#48 行きはヨイヨイ、帰りはコワイ。
◇◆◇一夜が明け◇◆◇
◇薄暗い雲海の谷の底に設けられた一室では明かりの火が灯されている。そこにはユクスの教えにより、一晩地獄の変身教習が敢行された、奇っ怪な存在が佇んでいた◇
こんなに、こんなに辛い事になるなんて……。気軽に“教えて!”なんて言うもんじゃ無かったよ、トホホ(古い)。
けど、悪魔になって苦節十五年(※実質七年ちょっと)、遂に人の姿になることに成功したんだ!なんてったって元人間、センスは無くとも一度イメージさえできれば余裕だったぜ!
ああ、腕と足なんて、いつ振りの感覚だよ!……まぁ、約一週間振りなんだけども。
目の前のユクスは見るからにお疲れな様子だ。ハッピー要素の無い長い夜だったもんな、そりゃ疲れるよね。
『お陰様で何とか一晩で変身出来るようになったよ……。ありがとう……疲れたよな』
自分から発せられる幼い少年の声。地に足を着ける感覚、明らかに変化したのが分かる。
「やっと……成功しんした……か。ルベルア様も昔はコロコロと姿を変えてらしたのに、よもやこれ程まで力を失われるとは……封印とは実に恐ろしいモノでありんすね……」
すまん、ユクス。ケイオス様と俺は別人なんだよ。昔のルベルア様なんて居ないんだ。
『本当に何も分からなくてさ、後は自分で練習するから休んでてくれよ』
「確かに疲れんした……。お言葉に甘えて休ませて頂くでありんす」
『あっ、ごめん。休む前に鏡みたいな物があれば貸して欲しいんだけど、良いかな?』
「鏡……分かりんした。イア、ルベルア様へ鏡をお持ちなさい」
「カガミ、オモチシマス」
ルクスの命令に応じ、四本腕の変なハニワみたいな物体がトテトテと部屋を出ていった。ここ以外にも部屋は幾つかありそうだな。んで、あの変な物体、イアって言う名前なのね。
「では、すみませんが妾は休んでくるでありんす」
『ああ、ゆっくり休んで』
ユクスは部屋から出て行き、姿見にしては少し小さな鏡を持ったイアが入って来た。四本の腕でしっかりと鏡を抱え込み、俺の前まで来て立ち止まると、そのまま固まり動かなくなった。
えっ、ずっと鏡持っててくれるのかな。どれどれ、俺の新しい姿は一体どのくらいイケメンかな。人間だった頃よりも若くて美男子になるようにイメージして変身したんだけど……。
うん、背は……160センチくらいで、ショートウェーブの黒髪に小さな顔。黒い瞳をした眼は大きく、眼だけで顔の半分はあるかも。鼻はこれでもかってくらい高く、口は小ちゃい。ストローで食べれる物しか口に出来ない系の可愛い男の子って感じね。
そうそう、腕は耳の下から生えて、脚は顎の付け根からスラッと伸びた驚異の股下……というか、顎下140センチ。
ってオオイ!!胴体はどこ行ったんですかーっ!?頭から直接手足が生えちゃってるよぉぉおお!!
眼、デカすぎ。鼻、高すぎ。口、小さすぎ。耳、だけやたら上手く成功したなオイ。
悪魔の時より、よっぽど化け物やん。クッソー、イケメンになろうとしたのが間違いか……。せめて普通の人になれるまでは練習しなきゃ……ハァ。
◇◆◇フスカ村・仮拠点◇◆◇
雲海の谷に新たな化け物が誕生した朝、一晩経っても戻らぬルベルアに、メルから心配の声が上がっていた。
「やっぱり何かあったんだよ。ルアさん、ワプルの方向に居ないもん」
「まぁ、落ち着けメル。ルベルアだって簡単にやられる様な奴じゃ無いんだろ?で、何処にいるか分かるのか?」
心配し、狼狽えるメルとは違い、いつもと変わらぬ様子のアリエスがまだ眠そうな眼を擦りながら尋ねた。
「うん、今は向こうからルアさんの気配を感じるよ」
メルが指差したのはフスカより北西の方角。昨日、モンスターの大群が押し寄せてきた方角である。
その方向にテスタントの眉がピクリと反応。
「北西……ですか。もしかするとルベルア様は雲海の谷に居るのかもしれませんね」
「なんだと!あの悪魔め、さては余らがモンスターの大群と戦闘したと知って、悔しくて抜け駆けしおったな!!」
「ミハエル様!ルアさんはそんなタイプじゃありません!何かあったに違いないです……。あの、雲海の谷に助けに向かってはいけませんか?」
「ううむ、余は今すぐにでも黒ノ王とやりに行きたいのだが――」
ミハエルにルベルア救助の伺いを立てるメル、それを聞いていたリエルが何を思ったのか二人の間に割り入り、両手でそっとメルの頬に触れた。
「メル、落ち着いて。ルアさんの状況も分からないし、ベクールからのローグもまだ来てない。今、雲海の谷に向かうと皆が危ない目に合うよ。いつか言ってたみたいに、メルの方からルアさんを引っ張る事は出来ないの?」
――!!
リエルの言葉に一同の、そして狼狽えていたメルまでもが目を点にした。
皆は心中に同じ思いを抱く……(えっ、リエルが凄くまともな事を言ってる!)……と。
とはいえ、リエルは元々真面目な娘。ただちょっと普段の行いに不思議な部分が多く、皆がリエルに抱くイメージの中から“真面目”と言う印象は抜け落ちていた。
「あ、そ、そうだね。ごめんなさい。私、周りが見えてなかったね」
「気にしないで、出来そう?」
(ルアさんを引っ張る……。小さい時は出来たけど、ルアさんが元の世界に行ってた間には何度試してみても無理だった。
けど、あの時は気配も感じられなかった。でも、今ならルアさんとの繋がりを強く感じられるし、試してみる価値はあるよね)
「うん、リエル、ありがとう!試してみるよ!」
北西を向いたまま眼を閉じ、静かに集中を始めるメル。
「ルベルアを引っ張るなんて出来るのか!なら、何も問題は無いじゃないか!」
「トマス………黙っ………」
「トマス、今は静かにするべきだ」
息が揃うククアとノート。トマスはピッタリと口を閉じ、静かとなった場には集中するメルの小さな息遣いだけが聞こえ、何とも言えぬ空気が張詰めた。
「ルベルアが戻ったら問いただしてやらねばなるまいな!」
「王!」
「うむ……」
何故に今喋り出したのか、空気を読まぬミハエルにアリエスからの一喝が飛ぶ。
と、再び静寂に包まれた場で、メルの眼が“カッ”と見開かれた。
「ルアさんっ!来てぇっ!!」
気合いの込められた声と共に、メルは宙に手を伸ばし、何かを掴むと思い切り引き寄せた。
◇◆◇
雲海の谷の底・宝石の間
心配されている当の本人ルベルアはと言うと――
「なぁ、少しは良くなったか?」
「ナッテマセン」
そうだよなぁ……鏡に映った姿を見れば一目瞭然なんだけどさ……。もしかして他の人の目には普通に見えてたりして、と思ったけど、そんなわけ無いよな。
――かはっ!!これは……メル!?
顎下140センチの姿で鏡とにらめっこしていた俺に、強烈な引力が発生した。この感覚は覚えてる、この世界に生まれて半年ほど経った頃、メルから離れて生きようとした俺をメルの元に引き戻した力だ。
『イ、イア……危ない!退いてくれ!』
まだ慣れぬ変身と、あまりに咄嗟の出来事に、元の姿に上手く戻れない俺のひょろ長い脚は、引力に抵抗出来ずにガクガクと震え、今にも曲がってはいけない方向に曲がりそうだ。
「カシコマリマシタ」
鏡を抱えトテトテと不格好にカニ歩きで横に移動するイア。
それを見て安心した俺の脚は抵抗する力を失い、体ごと浮き上がり、引力に引っ張られるがままに“ドカン!ガシャン!”と置物を散乱させながら壁へと叩きつけられた。
『ヒギッ!!痛ぢぢぢぢぢゃ!』
激しい痛みと、物体すり抜けも出来ぬ難儀な肉体に、人の姿になりたいという欲求がグングンと薄れる中、壁に張り付き行き場を失った体は、ロケットの様に上へと突き上がる。
『痛じゃじゃじゃーっ!!』
聳える岩肌と競り合いながら上昇する俺の体は、削られながらも谷に掛かる雲海を突破、青空の下へと飛び出し、遮る物の無い空中での横移動へと変わった。
『マッジで痛かったーっ!普通の人間だったら間違いなく死んでたぞ……早く元に戻らなきゃ』
視界の端には薄く黒い靄が見える。恐らくは削られた体から元の魔力体が漏れだしているのだろう。
イメージ、イメージ……。二本の角……影みたいな悪魔の姿……左右に浮かぶ手……チョロンと伸びた下半身……。
――ッギュンッ!!
遮る物が無くなったからなのか、メルとの距離が近づいたからなのか、突如として引力による飛行は急加速。
『うぎぇっ!早っ……すぎ……るぅぅえ!戻れ……な……ぎぇ!』
◇◆◇
フスカ村・仮拠点(村長宅)内部
「やったぁ!ルアさんが近づいてるのが分かる、分かるよ!」
手をかざすメルの表情がパッと明るくなる。
「どうやら成功したみたいだな」
「ああ、これで心配事は無くなったって訳だ!」
メルの顔から心配の色が消えるのを見て、ノートとトマスも拳と拳を合わせる。
「ふむ、真にメルとルベルアの間柄と言うのは興味が尽きぬな」
ミハエルが呟き、髭を撫で――
――ドッガァァアッン!!
「キャアッッ!」
突然の轟音にリエルは叫び、アリエスは武器を手に取り音のした外へ飛び出すした。ククアは慌ててその後を追う。
何が起きたか分からずに固まるメル、踞り震えるリエル、その二人を気遣うトマスとノートを眺めながらミハエルは首を傾げる。
「この魔力、ルベルアでは無いのか?」
「はい、恐らくは……。ルベルア様がフスカの補強の為に建てた防壁と衝突したのだと思われます」
ミハエルの呟きにテスタントが静かに答える。しかし、高い聴力を持つテスタントの耳が、外からの意外な声を拾った。それはアリエスの“なんだコイツは!見たこと無い化けもんだ!”という言葉。
「我が主、新手の様です!」
「なんだと!?新手なら余に任せよ!!」
急に眼をギラリと輝かせ、武器を掴み駆け出すミハエル。中に残っていた五人も後に続くように外へと飛び出した。
丸太や石で作られた防壁は見事に爆散し、その中央には確かに化け物が立っている。
『痛ジェジェ~……』
「黙れ!化け物め!」
大きく剥がれた皮膚からは黒い瘴気の様なモノを漂わせ、小さな顔面から生えた両手両足、ガクガクとした動きからは行動の予想が難しく、アリエスは距離を置いて新手の化け物を睨み付けていた。
「う、えっ……ルアさんじゃ……無い?そんな……そんな……確かにルアさんを感じたのに……。ううん、今も感じてる……どうして?」
「皆の者、離れよ!……むんっ!」
眼をギラつかせたミハエルが大きく剣を振りかぶり、離れた位置から斬擊を打ち放つ。
――バギィィッン!
斬擊が化け物の左半身を捉えると、新手の化け物は大きく体を撓ませた。
『痛ジャッ!ミバベドゥウ……オデダアァ……』
「むうっ!真っ二つにするつもりで放ったのだが、見た目以上に硬い奴のようだな!ガッハハハ、面白い。昨日のモンスター共よりは楽しめそうだ」
興奮するミハエル、しかし風雲急の事態は刻一刻と迫っていた。
◇◆◇フスカ村南東の道◇◆◇
全速力で馬車道を駆けるは四人の名うてのローグ。
「ハァッ、ハァッ、もう無理、もう走れない!」
走るには不相応な格好で真っ赤な髪を揺らし、小股で回転する足を止めること無く、文句を言うレイア。
「そんな事言ったって、ハァッ、予定に間に合わせるなら、ハァッ、走るしか無いだろ!」
体力にと持久力には特別自信のあるアーマスだったが、重い鎧を身に纏う負担は大きく、男前な顔にはびっしりと玉のような汗が浮かぶ。
「そもそもレイアが馬車は無理って言うから走ることにしたんじゃない。もうすぐ着く筈だから、それまで頑張ってね」
小人族故に他の三人より運動量の多いヤハスだが、先端に綺麗な宝石の付いた杖を抱え、汗一つかかぬ平然とした顔で並走している。
ヤハスより更に平然と駆けるのは猫の獣人であるミナ。手には皮のグローブを装着し、手足四本を使い三人より前を悠々と進んでゆく。
「早くしないと置いてくニャ、もし村にお宝があれば一番先に着く人、つまり僕が貰っても良いって事ニャ」
「お宝なんて無いだろうし、村にはもう天使の人達が居るんだってば」
ルンルン気分のミナにヤハスからの的確な突っ込みが飛ぶ。ベクール出発の日から馬車を諦め歩行に切り替えた四人、早めの切り替えにより、予想を上回る早さでフスカ到着を間近としていた。
◇◆◇雲海の谷◇◆◇
「凄い物音がしたかと思えば……。イア、ルベルア様はどちらへ?何があったのか妾に説明なさい」
「ルベルアサマ 、 イヂヂ 、 イイナガラ 、 トンデッタ 、 イア 、 カガミ 、 モッテマシタ」
イアのカタコトを聞き終えたユクスは顎に右の人差し指を当て、難しい表情で首を傾げた。
「ルベルア様が飛べるのは元より承知、ワプルに戻られたでありんすか?あそこには魔王を嫌う英雄が居るというのに……どれ」
静かに瞑目を始めたユクス。その千里眼に映し出された光景は、数人の天使と一人の人種族が見守る中で天使王にタコ殴りにされるルベルア(変体)の姿。
その光景を眼にしたユクスは毛羽立ち怒りを露にし、気付けば大鴉となって飛び立っていた。目指す先は勿論フスカ村。
「許さぬぞ……!また妾の元から大切な人を奪うつもりか、人種族!」
◇ルベルアが事態を解決出来ぬまま、三つの勢力は確実に衝突する流れを強めていた◇




