#43 貴方がツイててくれたから。
激しい空中戦の最中“レッドホーク兄弟”のズズとゲゲに上下からの挟み撃ちを仕掛けられたトマスとノートドラゴン、二人の動きに一瞬の迷いが生まれたその時、
「ギャッアアッ!」
夥しい血飛沫とけたたましい叫び声が上がった。
◇◆◇――時は遡り――◇◆◇
「ククア……ククア!翼の傷が深くて飛べないのか……このまま落ちたら二人とも助からない……。くっ、なんとかしてお前だけでも助けてやるからな」
「ピィ……!」
「心配するな、私だって竜化くらいは出来るんだ。一回化けるくらいならこの体でもまだ持つだろ」
「ピ……ピィィ……!」
「ふっ、お前を助けられるなら竜から戻れなくなっても構わないさ。そうなっても気負いする必要は無いからな、私が自分の意思でやる事なんだ」
地上へと墜ちゆく二人に言い知れぬ空気が流れるが、その落下速度は加速を続ける。
やがて見えてきた地上にはまだ陸を走るモンスターの影は少ないが、草が多く生える土地とはいえ地面には変わり無く、落ちて無事にすむ事はまず有り得ない。
血に染まったククアの美しい鬣をそっと撫でるアリエスは小さく溜め息を漏らし、そして笑った。
「まぁ、なんだ……もし話せなくなったら伝えたいことも伝えられないかも知れんからな。今言っておく事にするよ、ククア……お前とパートナーで私は幸せだったぞ」
「ピィィィッ……!!」
ククアドラゴンは必死に翼を動かそうとするが、僅かに動くだけで出血の量が増すばかり、力無く落下してゆくその眼から幾つもこぼれ落ちる大粒の涙。
その涙が落ちる先――
全速力で走っていたメルはちらほらと見え始めた空のモンスターに気付き足を止め警戒するも、リエルが居なければ空中の敵を叩くのは無理と判断し凝望するのを止め再び駆け出した――
が、駆け出して直ぐにモンスター以外の姿を視界に捉える。
えっ!?あれはククアさん……と、アリエス様!!落ちてくる……きっと怪我をしたんだ!
目に映った光景から瞬時に状況を把握したメル、しかしまだリエルの姿は見えない、ドラゴン状態のリエルならば追い付いていたかもしれないが、今のリエルはメルの全速力に比べると格段にスピードの劣る“ホワイトフェザー”での飛行……。
ダメだ、あの落下の速さだとリエルが来るのを待ってたら間に合わないよ!ああっ、どうしよう!なんとか、なんとかしなきゃ!でも私だけじゃどうにも……。
前にアリエス様は昔の戦いで竜の力を使いすぎた所為でもうドラゴンになれないって言ってたし、あのままじゃ二人とも落ちて助からない!
オチテ……タスカラナイ……。
一秒すら無駄にしてはいけない状況だというのに、メルの脳裏には過去の映像が甦る。
いつも通り学校へ行き、他の人の世界に自分がうっかり足を踏み入れないように気を付けて過ごし、誰も居らず中傷の言葉が書かれた紙だけが毎日新聞受けに溢れる我が家に帰り一日を終える。
その“いつも”を破りたくて立っていた無人ビルの屋上。
どうして今、あの日の光景が浮かぶの!?
頭を振り過去の残影を打ち消そうとするメルだったが、まるでその瞬間に戻ったかの様に鮮明に甦る光景、人の世界に入るまいと気を付けていた私の世界に飛び込んできた見ず知らずの男性の姿。
とても良く覚えている、もう見ず知らずの男性なんかじゃない。
こんな愚かで自分勝手な私を命懸けで助けてくれようとした、ううん……助けてくれた私のヒーロー、私が挫ける度に『お前を一人にはしない』って言ってくれる人生最高の呪いの悪魔……。
そうか、あの時のルアさんも必死だったんだ……、私は知らない人の為にあんなに必死になれる自信は無いけど、アリエス様もククアさんも私の大切なお姉さん、絶対に居なくなって欲しくない!!
気付くとメルの両目からは途切れる事無い涙が頬を伝っていた。
「ルアざんっ……お願い……二人をだずげだいの……私に力を貸じでっ!!」
フワァッ――!!?
グズグズに崩れた顔のメルの体がフッと軽くなる。
えっっ?これは、ルアさんの翼!!どうしてルアさんが居ないのに私の背中に!?ううん、今は理由なんか要らない!
「ありがとう……ルアざん!本当にいづもツイててくれてるんだね」
黒き翼を背にしたメルの行動は迅速で、地上から雷が走った様に空に向かって一筋に伸びた紫の光。
「ククア、もう賭けるしかないんだ!お前の為にやるんじゃないぞ?だから何があっても気にするな、私は私が生きる為にやるんだ……ドラゴ」
――ガシィッ!
「うっ、なんだ!?」
「ピィッ……!」
「アリエス様!ククアさん!ぐすっ……、助げに……助げにぎましたっ!!」
その体に人族以上の力を宿すメルは血に濡れたドラゴンと一人の天使をしっかりと支え、落下する二つの命を繋ぎ止めた。
「その声は……メル?メルなのか!?」
驚き下を向くアリエスだが、ククアドラゴンの影に隠れてメルの姿は見えない。
「はい、メルです。遅くなっでごめんなざい……けど二人が無事で良がっだぁぁ!地上に降りたらすぐ回復するので少し待ってて下ざい!」
メルがここに居るということはドラゴンになったリエルが一緒に居る筈、だというのにククア以外のドラゴンの姿が見当たらず不思議に思うアリエス。
とはいえ、沸き上がる疑問よりも安堵の方が大きかった事は言うまでも無く、自分を捨てる覚悟までしていたアリエスの手は柄にもなく震えている。
「癒しの光、グラン・ヒール!」
地上に降りると即座にククアの傷を癒したメル、ドラゴン化を解除したククア、そしてアリエスはメルを固く抱きしめたまま地面へと膝から崩れ、空のモンスターに警戒することもなく泣き合った。
メルとククアの顔も酷いモノだが、アリエスも普段の仏頂面からは想像できない程に涙でグシャグシャになっている。
一頻り泣いた後、急に別のスイッチが入ったかの様に立ち上がり、乱暴に顔を拭いたアリエスはすっかりといつもの顔に戻り、加えて不敵な笑みを浮かばせる。
「ふっはは、こんなに泣いたのはいつぶりだろうな。泣くのはここまでだ、上じゃあトマスとノートも苦戦してる筈だ!それに借りを返さなきゃならん奴が居るからな」
「そう……だね、アリエスをこんなに泣かせて……許さない……!行こう、ドラゴフォーム……!」
「急いでトマスさんとノートさんの加勢に行かなきゃですね」
改めて空に向かい飛び始めた三人の元に降下してきたモンスターが迫るが、その対処をメルへ任せグングンと高度を上げてゆくククアドラゴンに跨がるアリエス。
その二人の目に飛び込んできたのは、今まさに上下からの挟み撃ちで危機を迎えていたトマスとノートドラゴンの姿。
だが、下からの注意を怠っている魔族を見逃してやるほどアリエスは優しくない。
「さっきはどうもっ」――ヒュカッッ!
「ギャッアアッ!!」
響き渡る悲鳴と大きく舞う血飛沫、トマスに対し完全に優勢であったズズはアリエスの接近に気づかずにスッパリと片翼を失い空中戦線から脱落。
「ナニィッ!?ズズッ……!」
ズズの非常事態に焦り体を急旋回させ助けに向かおうとするゲゲ、
――ビュシュッ!!「ギァァァアッ!」
それを見逃す筈も無いトマスの一撃が深く斬り込まれ戦闘不能となり落下を始める。
「ハァッ、ハァッ。アリエス、ククアッ無事で良かった!けど、どうやって回復したんだ?」
「メルに救われたのさ、もうじき来る筈だからトマスとノートも回復して貰うと良い」
「そ、そうか……メル達が来てくれたのか、正直言って俺達も危なかったから助かったよ。ってことはここを抜けたモンスターはメルが倒してくれたのか?」
「いや、降りてきたモンスターはメルに任せたんだが……飛んでったモンスターは相手をしてこなかったらしい。けどまぁ、メルを追いかけてリエルもこっちに向かってるらしいからな」
「そうか、なら問題無いな。周りに味方が居ないならアイツも思う存分魔法が使えるだろうし……ん?ちょっと待ってくれ、リエルが居ないのにどうやってメルは二人を助けたんだ?」
「ん、説明するのが面倒だ。見れば分かるさ」
「ピィ」
「わっはは、そうか!」
こうして話す間にもフスカを目指すモンスターは減る様子もなく飛んで行くが、低い知能といえど力の差を感じるのか、向かって来る個体は現れない。
「トマスさん、ノートさん、堕ちてきた二体にはトドメを刺しておきましたけど、レッドホークと闘ってたんですね、怪我は大丈夫ですか!?」
鳥型モンスター数匹を難なく片付けたついでにあのレッドホーク兄弟の息の根も止めてきたのであろう、それをあまりにケロリとした顔で言うメルに、トマスとアリエスは思わず笑いがこみ上げた。




