#25 言えなかった言葉。伝えられた想イ。
この後、結局ミルザは口を聞いてくれないし、子供達はポイーンピッターンの真似をして馬鹿にしてくるしで散々な目に合った俺は、村長のジジイや数人の天使に適当な挨拶を済ませた後、メルにふて寝すると捨て台詞を吐き寂しい一夜を過ごした。
◇◆◇翌日の早朝・ワプル村南◇◆◇
ピチュン……ピチュン……ピィ、ピィ、ピチチチ!
◇周辺からモンスターが一掃されたワプル村では、可愛いらしい小鳥たちが気持ち良さそうに唄ってい――◇
『ぬぁんだってぇぇぇぇえ!?』
―――バサバサッ!
◇ワプル村の南側・小高い丘に数本の木が立っているだけの場所はメルが人目を気にせずルベルアと話すために幼い頃から良く来ていた場所である◇
昨日はメルが村人や天使達との挨拶で忙しそうで話す時間が無かった。
ということで今日は朝早くから南の丘へやってきた訳だが、話の中で驚きの事実が明かされた。
ここには何故かリエルの姿もあるけれど、話の内容を気遣う必要は無さそうだ。
というのも、メルは俺の居ない間リエルに色々相談していたみたいで、メルが転生者だという事も俺との関係も全て知っているんだとか。
メルと俺の“秘密共有者”みたいなもんか。それは良いとして、その後に聞いた言葉が信じられない。
『ほ、本当にあれから八年も経っているのか?』
改めてメルの姿を見ると確かに大きい、とても七歳児には見えない。
厳密に言うと、全く気付いて無かった訳じゃないんだ。
皆の雰囲気が少し変わったかなーとか、あんなに小さかったメルもなんか凄く身長伸びたなーとか、村長のジジイのシワも増えたなーとか………。
でもまさか八年も経っていたなんて!!
「うん、まさか元の世界に戻されてリハビリしてたなんて思いもしなかったけど、生きててくれて良かった!でもルアさんの元の体は別の人になっちゃったんだよね?」
メルは顎に手を添えたり、腰に手を当てたりしながらその事について考え込んだ。
その横でリエルは聞き覚えの無い単語に不思議そうな顔をしながらも、口を挟むこと無く、大きなポケットから木の実を取り出し食べている。
『ああ、バースの弟のマドカ……って言っても覚えてないんだっけか。その少年に譲ったんだ。自分で決めたことだから気にしなくても良いぞ』
マドカ自身が言っていた通り、ワプル村でマドカの事を覚えている奴は一人も居なかった。
謎の多い少年だったけど、マドカから聞いた言葉から察するに俺とは深い関係があるんだろう。
田渕芽瑠の事は話さない方が良いのだろうか。メルは元の世界に居た頃の事を話したがらないからなぁ。
でも、知ったのに黙ってるのもスッキリしない。
確か元の歳は十七歳、この世界でのメルも既に十五歳だし、これだけ多くの愛情を受けている今なら大丈夫か。
『なぁ、メル。俺、自分の事を調べていた時にさ、向こうでの芽瑠を見つけたんだ。多分、間違いないと思う』
「えっ!?あ……いや……隠してた訳じゃ………」
『いや、普通は気付かない方がおかしいよな、クク。ただ、俺はあっちの世界でメルを助けられなかった事がずっと気がかりだったんだ。それが死んだわけじゃ無かったって事と、ずっと一緒に居たメルがあの時の少女だったって事が分かって嬉しかったよ』
「……ルアさん……怒ってるんじゃないの……?だって、私の所為でルアさんは……」
黙々と木の実を食べていたリエルだが、小さく震え出したメルの変化を察したのか、噛むのを忘れて木の実を頬張り続けている。
きっとメルからの相談に俺の前世に関する話もあったのだろう、心配そうな眼差しで話の行方を追っているが、頬はリスの様にパンパンだ。
『本当にそういうんじゃ無いよ。俺さ、こっちの世界が夢だったんじゃないかって思い始めてた時に芽瑠の名前を見つけたもんだから嬉しくて泣いたんだぜ?』
「ほごご……もがっか……じゃふ」
リエルが何か言ったけど、ゴメン……全然聞き取れないぞ。
それと口から二個、木の実が落ちたよ。
「ルアさん、ごめんなさい!私、本当は初めからルアさんがあの時に助けてくれようとした男の人だって分かってたの!何度も謝ろうと思ったんだけど言えなくて……ごめんなさいっ!」
「もごもも……んがん……が……んぐっ!!」
リエルが心配そうに駆け寄ってきて、泣きながら俺にしがみついているメルの背中をさすった。
それには優しさを感じるが、何かを言おうとする度に口からポロリと木の実が落ちてるぞ。
この状況でしがみつかれてドキドキしてる俺もどうかと思うが、リエルも雰囲気壊れるからじっとしててくれないかな。
『謝ることなんてないぞ。異世界に来れた上にメルの相棒になれたんだ、俺は毎日がすげぇ楽しいと思ってるよ』
「う……ぐすっ。ルアさんには……ぐすっ……助けられてばかりだね……。ずず……でも……私……この世界に来たとき……ルアさんが……一緒に居てくれて心強かったの……!本当に……ありがとう……!」
『よしよし、もう泣くな』
「…………うん」
ぐしゃぐしゃになった顔を上げ、涙を拭ったメルがやっと笑顔を見せてくれた。
馬鹿だなぁ……俺だって救われてるんだよ……。
『俺からも言わせてくれ……忘れないで居てくれてありがとう。またメルに会えたんだ、人間やめて悪魔に戻った甲斐があったよ。それに、やっぱり笑顔の方が可愛いぞ』
こんなに素直な悪魔など他には居ないだろう……。
クッサー!恥ずかしー!!またやっちまった!!
こんなん、他の奴に聞かれたら……って居たー!横でアホみたいにモグモグしてる奴、居たーっ!
「………モグ……モグモグ……コキュッン……」
無表情はやめなさい、無表情は!余計に恥ずかしくなるだろ!
「何をやめて悪魔に?どういう事ですかルベルアさん!?」
「ヒィッ!」
「んぐっう!?」
『うぉっ、ビックリしたぁ!なんなんだね君は!?』
――突然俺達の背後から話しかけてきた細身で背が高い男。
どこかで見た気がする顔だけど、誰だったっけ!?……の前にリエルは大丈夫か!?
「あっ、いきなり失礼しました。僕はガリバーと言う者でワプル村で雑貨屋をやっております」
男はハッとして名乗ると大きなお辞儀をした。
背が高いのに近くでお辞儀をするもんだから、色も形もパイナップルの葉みたいな髪が目の前をチラついて鬱陶しい限りだ。
ガリバー……?ガリガリガリバーか!ってかコイツの名前、ガリバーだったのか。
ガリガリガリバー、略してガリバーとか言ってたけど、普通にガリバーだったのか。って、ガリガリしすぎてややこしいわ!
相手がガリガリガリバーだと分かった瞬間に、聞かれてしまった内容を誤魔化すことに決めた。
そこには一切の迷いも罪悪感も存在しない。
木の実を喉に詰まらせて四つん這いになっているリエルの事も気になるけど、メルが介抱してくれてるから大丈夫だろ。
『ガリバー、さっき聞いたことは皆には内緒にしてくれないか?実は、俺は元々人族の英雄だったんだが悪魔王を倒したときに呪われてしまってな、それで今の姿になったというわけさ』
さも深い理由があるような、壮絶だった遠い昔を見るような、しぶーい俳優がやりそうな眼はこんな感じかな?
我ながら中々の演技力だぜ。
「そ、そうだったんですか!!あの古の英雄とこうして話せるなんて……光栄です!!」
目の前に信仰する神が舞い降りたかの様に、地面に膝を付いて手を合わせたガリガリガリバー。
子供みたいに眼をキラキラさせてるけど、古の英雄って誰の事だろう。
ともかく、相変わらず騙されやすい奴で良かったよ。
スマンな、本当は英雄なんかじゃなくてただの建築作業員なんだ。
『それで、どうしてここへ?』
「はい!村の自警団が遠くからこちらへ向かうホーンバードやブルームヘッドの群れを見つけたんです!」
“よくぞ聞いてくれました!”といった風に身を乗り出し興奮したガリガリガリバーが唾を飛ばしながら答えた。村の方角を差した指先にはビームが出そうなくらい力が込められている。
緊急事態なら早く言えよ!!
隣で話を聞いていたメルとリエルも慌てて立ち上がり、小さな草や砂が付いた服を雑に払うと置いてあったショートソードを身に付けた。
まだ少し涙の後が残っていたメルだが、顔を叩いて気合を入れている。
リエルも頬がスッキリしているところを見ると喉詰まりの件は無事解決したみたいだな。
「ルアさん、リエル、急ごう!」
「私はドラゴンになる?」
「ううん、ルアさんが乗せてくれるからリエルは本職で良いよ!」
『本職?リエルも剣士なのか?』
「違うよ、リエルはソーサラーなんだよ!ふふ、凄いでしょ!」
『なんでメルが自慢気なんだ?』
「いいじゃん!さぁ、リエルも乗って」
「まだ少しの魔法しか使えませんけど……」
『よし!行くか!!俺と合わさってからがメルの全力なんだからよ、皆の度肝を抜いてやろうぜ!』
「うんっ!」
「頑張ってね、メル」
フワァッ――――ビュンッ!
◇メルとリエルを乗せたルベルアは村の自警団と合流するべく颯爽と飛び立った。置いていかれて寂しそうな男の視線を受けながら……◇