ヨゼル王国の思惑
今を遡る事六日前。
ヘール諸島と共闘する事を、私はヤールの口から告げられた。
第一声は「何?」と言う物で、正直な所は聞き間違いだと思った。
だが、ヤールの再度の報告で、間違いではない事を知ったのである。
不倶戴天の敵、とまでは行かないが、ヘール諸島とは敵対していたはず。
その敵である国の肩入れをする理由は、こちらの国には無かったはずだ。
それに何より、第一の疑問だが、ヘール諸島が一体どの国と戦いになると言うのだろうか。
それらをヤールにぶつけてみると、あまり聞き慣れない国名が出て来た。
いや、そもそも国名では無いのか、「魔の島」等と言う名称的な物で、その地に関しての詳しい事は、ヤール自身も知らないと言う。
ただ、この一件には、あのティレロ・アルバードが深く関わっていると言う話であり、その点を訝しんで眉根を寄せると、ヤールは報告の最後の一文。
「なお、レーヌ・レナス将軍には、援軍司令のティレロ・アルバード卿の、警護、同行を申し付ける。
卿の指示に良く従い、我が軍の威光を知らしめるべし」
と言う、国王の正気を疑いたくもなる、ふざけた指令を読み終えるのである。
これは決して慢心では無いが、逆と言うなら話は分かる。
私が司令と言うのであれば、参軍としてのティレロの同行は、全く理解が出来ない訳では無い。
だが、それが逆と言うのは、経験、知識、実績に於いて、あまりに理不尽かつ謎と言う物で、それこそ聞き間違いでは無いかと思い、報告書を見せるようにヤールに告げるのだ。
渡されたそれを見て見ても、確かに、間違い無く、報告の通りに記されている。
とうとう狂ったか。と、国王を憐れみ、前国王以上の呆れを感じる。
「これはあくまで噂なのですが、ティレロ卿の妹御に熱を上げておられるとか。
その素性すらはっきりしない、随分と歳の離れた妹のようですが、名義上でも兄のティレロ卿には、頭が上がらない状態なのやもしれません」
所謂、籠絡。色仕掛けである。
私は新国王の器は知らない。絡んだ事が殆ど無いからだ。
だが、父親を殺した真犯人を見抜けないような能力ならば、あっさりとそれにハマる可能性は決して無いとは言い切れないだろう。
夢中になっている女の兄故、贔屓をするし優遇もする。
その結果としての司令職だと言うなら、これは当たり前に納得が出来た。
「(だとしたらもう、この国は終わりだな)」
獅子身中の虫と言うが、ティレロはまさにそれに近い。
いずれは臓物を食い荒らされて、この国は内から滅びるだろう。
ティレロを虫と認識する者が、誰も居なければ……の話であるが。
「(少なくともミッシェランは気付いているだろう。
……ドーラスとてやがては気付くはずだ。
そうなると自らの立場が危うくなり、粛清の対象になるだけだと思うが、或いはティレロにはそれを承知でも、無理を貫く必要があるのか……)」
「それで、いかがいたしますか? 命令を受けて、援軍に行くのですか?」
考えていると、ヤールに言われ、それにはまずは「ああ」と言う。
それが命令、と言う事もあるが、奴が一体どういう目的で、ヘール諸島を助けるのかを知りたかったのだ。
そういう理由から私は現在、王国海軍一番艦のキングサーペント号の甲板に居る。
普段はあまり表に出ない、国王の玉とも呼ばれる船で、昨今、強奪されたばかりのランドデストロイにも劣らない船だった。
基本的には王族以外がこの船を使う事は出来ないのだが、やはりは何らかの事情があるのか、国王はこの船の使用を黙認し、約六万の兵と千隻の船舶を預けて、これを援軍としたのであった。
無論、これだけの海軍力は少し前の王国には無い。ならばなぜ今あるかと言うと、以前の旧ラーク王国に援軍を送らなかった事が関係している。
あの時ティレロ……と決まって居ないが、国はこんな事を言っていたはずだ。
ヘール諸島への警戒の為に、海軍力に兵士を回す、と。
その結果として出来た物が、現在の王国の海軍であり、構成員の六割以上が陸軍出身者と言うのが現状らしい。
故に、私を知る者も多く、敬意を持って接してくれている。
それがティレロには面白く無いのか、「やる事が無いなら見張りでもしてきたらどうですか?」と、甘い皮肉を含ませた言葉で、私を甲板へと追いやった訳なのだ。
こちらとしてもありがたい事なので、「そうだな」と答えて私は外に出た。
そして、周りに誰も居ない事を見て、右手を壁につくのであった。
船に酔ったのか? と聞かれそうだが、私は幸い船酔いはしない。
ならばなぜフラついてるのかと言えば……私は実は海が怖いのだ。
まず第一に泳げない。機会が無くて覚えられなかった。
そして第二に深い海が恐ろしい。船が沈めば足場が無いのに、なぜ、周囲の人間は、平然としていられるのかと不思議に思う程に。
地上であれば何があろうとも、私は死なない自信があるが、海の上では溺れたら終わりだ。
泳げないという事は船が沈めば、イコール終わりと言う事であり、故に私はこの状況には、人には知られないようにしている物の、かなりの恐怖を感じていたのだ。
「レナス様?」
「ヒッ!?」
そんな時に名前を呼ばれ、ビクリとしてから体を向ける。
場所としては私の左手。マストの下に兵士が居たらしく、私の異常に気が付いて、心配から声をかけてきたようだ。
「大丈夫ですか……? 顔色がよろしく無いようですが……」
「あ、いや、大丈夫……これはその、アレだ。女特有のアレだ」
勿論、それは大嘘だったが、兵士は「あー」と納得した様子。
むしろ聞いて悪かったとすら思ったのか、直後には「これは失礼を」と言って来る。
一応それには「いや」と言って、話を逸らして目的地を聞く。
すると、兵士はそろそろ着く事を私に教えてくれたのである。
「海王には親戚を殺されてるんで、正直、援軍には賛同できませんが……
国王様の命令じゃあ、我慢するしか無いんでしょうね……」
その後に兵士がボソリと続ける。所謂現場の愚痴と言う物だ。
彼らは兵士で、言わば駒だが、駒にも勿論人格はあり、生活も、個性もある物なのだ。
だが、それは悲しいかな、国家と言う物の前ではちっぽけで、彼、個人が嫌であっても、命令は滞らず遂行される。
それはおそらく、彼自身も痛い程分かって居るとは思うが、だからと言って「ダマレ」では、彼の人格があまりに浮かばれない。
故に、私はせめてもの気持ちで「お前は死ぬなよ」と、言ってやるのだ。
「は、はい! ありがとうございます! 弱音を吐いてしまい申し訳ありません!」
果たしてそれをどう受け取ったのか、兵士が言って敬礼をする。
「左舷十時!」
直後にはそんな声が聞こえて来たので、兵士と共にそちらの方を見た。
場所としては船の舳先、即ち見張り台の上からの声で、指定された方向には無数の船団が現れていた。
その数およそ三百隻程。
ヘール諸島のダナヒが率いる、ランドデストロイを中心とする、海賊船団の登場だった。
情報通りならあの国には、確かカタギリが居るはずである。
私がここに居る事を知れば、奴は一体どうするだろう。或いは憎しみから我を忘れ、私を攻撃してくるのだろうか。
それとも立派な男になって居て、一時の感情では動かなくなっているのか。
不安、好奇、そして期待。様々な気持ちを同時に感じ、私は海への恐ろしさも忘れて、近付く船団を眺めていた。
おそらくあと二十話位で完結するかと思います。
学園編を無理矢理入れれば、三十話位になると思いますが、冗長になるだけのような気がして、どうしようかと迷っています(本筋とは関係無いので)。




