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初めてを君に

 喜ぶべき事は一つあり、驚くべき事は二つあった。

 喜ぶべき事から言うのであれば、俺一人で移動が出来たと言う事。

 いや、裏庭から館の中までじゃなくて、自分の島から館の裏庭まで、魔法で移動が出来たと言う事だ。

 以前もまぁ、出来てはいたが、その後の展開は知っての通り。

 移動魔法どころか普通の魔法でも、使った後に倒れる事があったが、今回はそこまで眠くなかったと言う点が、俺的にはとても嬉しい事だった。


 正直な所、俺はこの時まで、ライバードの鍛錬に疑いを持っていた。

 瞑想なんかで魔法力が上がるなら、坊さん無双だろ……とか、密かに思っていた。

 だが、こうしてきっちり結果を出されると、嫌が応にも信じるしか無く、アレさえ無ければ。そう、アレさえ無ければ。

「この人は俺の師匠です!」と、胸を張って言えるのにと俺は思うのだ。


「毎日一本! 健康飲料!」


 と、事ある毎にライバードはユートと共に連呼している。

 しかしそれは一般人には、ライバードしか見えて無い訳で、そんな老人を「俺の師匠です!」と言う事は、俺の勇気では無理な事だった。

 ……まぁ、人間何かしら、困った癖を一つは持っている。

 俺だってムッツリだと自覚しているし、そこを突かれると「ウルセー!」と怒るだろう。


 妥協では無いが、その点は追々として、目的地である食堂に行く。

 皆がすでに集まっていたので、「すみません」と言ってから席に座り、その後に俺は驚くべき事の二つを一気に聞かされるのだ。


 その一つ目は「魔の島」に居る魔物達の動きが怪しいと言う事。

 ボートのような小舟を使って、無数の魔物達が移動をしているらしく、このままで行けばヨゼル王国か、或いはヘール諸島の北東に到達すると言う事だった。

 報告によるとその総数は、三万から五万の間と言われ、対する俺達のヘール諸島は、例えばスラッシュ達に援軍を求めても、一万にも満たない戦力らしい。

 戦場が海である限り、一日の長はこちらにあるが、だからと言って正面を切って戦ったとしたら敗北は目に見えている。

 流石のダナヒもそれは分かり、さて、どうするかと悩んでいたのだが、大陸の強国、ヘール諸島の宿敵、ヨゼル王国の使者がそんな時に、ダナヒの館を訪ねたのだと言う。

 曰く。


 人類共通の敵である、魔物達との戦に於いて、我がヨゼル王国は貴国との共闘を申し込みたい。

 以前の諍いや恨みは忘れ、人類の為に戦おうでは無いか。


 と。

 その使者は現在隣室に居て、ヘール諸島――つまりダナヒの正式な回答を待っている。

 俺達はダナヒにそれを聞かされ、国の明暗を分けるであろう、意見を求められているのであった。


「……まぁ、あたし個人はあの国に対して、何の感情も抱いて居ないわ。

 だから協力してくれるって言うなら、素直に受けても良いと思う。ただ、どうやって情報を手に入れたのか、そして、共闘する目的が、本当に人類の為だけにあるのかと言う点には、疑問符を付けておいた方が良いかもしれないわね」


 これはカレルで、警戒する理由は俺の頭でも理解が出来た。

 敵の敵は味方だと言うから、この際の協力は分からないでも無い。

 だが、タイミングの良さと言うのだろうか。

 こちらが知ったばかりの事を、ヨゼル王国がすでに知っていたという点が、何だか異常に気になるのである。

 しかしそれは、俺程度の人間が心配するまでもなく分かって居るだろう事で、いちいち「そうそう!」等と口出しをして、ウザがられる必要は何も無い。

 故に俺は心の中だけで、カレルの意見に賛同するのだ。


「なるほどな。デオスはどうだ?」


 ダナヒも却下をしなかった辺り、言っている事は分かるのだろう。

 次には隣のデオスに向いて、副官の発する意見を待った。


「受けるしか無いでしょう。正直な話、こちらの戦力だけでは無理でした。

 カレル嬢の仰る通り、情報の掴みどころが不明ではありますが、この際、彼の国を利用すると思って、提案を受けるしか無いと思います」


 流石はデオス。と密かに思う。

 内容的にはカレルと似ているが、何よりもダナヒの扱い方がうまい。ここでもしも「助けて貰いましょう」等と言えば、ダナヒは絶対に「ヤダネ!」と言ったろう。

 だが、「利用」と言う言葉にそれを変えて、心理を巧みに操った訳である。

 案の定ダナヒは「利用、か」と、そこの部分を繰り返し、直後には「それならアリかもしれねぇな」と、考えを若干、軟化させた様子。

 少ししてから「ヒジリは?」と、振って来て、他の二人と俺を見るのだ。


 俺なんかが意見を言って良いのか?

 まずはそう思うが、それは良いらしい。むしろ早く言えよとばかりの無言のプレッシャーを肌に感じる。

 だが、一体何と言うべきか。少しの間を俺は考えた。

 ヨゼル王国は俺の敵……とまでは行かないが、一つや二つは思う所がある。

 あちらにはあちらの理由があって、攻めて来たのは理解が出来る。しかし、セフィアと団長を殺された事は、忘れてはいけない重い事実で、そこに対して怒りと憎しみが全く無いとは言い切れなかった。

 例えば共闘するとして、セフィアや団長が許してくれるのか。レイラだって祖国を滅ぼされているのだ。一緒に戦うと言う事が分かれば、決して良い気持ちでは居られないだろう。

 そんな事を思うが故に、俺はなかなか言葉が出せない。個人としては理由は謎だが、命を助けられて無罪放免なのだから、今にして思えば全く以て恩が無いとは言い切れないのだが……


「まぁ、難しいわな」


 ダナヒもある程度を察しているのか、そうは言ったが急かしては来なかった。


「この協定を拒否した場合、最悪の場合は背後を突かれます。

 その予防策の為にもここは、思う所があっても受けるしか無いのです。

 確かにレイラ王女や配下の者達は決して良い顔はしないでしょうが、そこは彼らも国を失った者。こちらの窮状は分かってくれるかと」


 デオスの言葉の対象は俺では無くてダナヒのようだ。

 ダナヒがそこで悩んでいる事を、或いは見抜いて言ったのかもしれない。

 それでも俺はまだ悩む。どちらにしてもハッキリしたい。

 じゃないと戦っている最中に「これで良かったのか……」と思いそうで嫌だった。


「受けるしかねー、と、俺様も思う。オメェにも色々あったんだろうが、今回は割り切って貰うしかねえ。

 意地を張るのは簡単だけどよ。そのせいで無駄に死ぬ命もあるだろう。

 あいつらを利用すればそれが減る。そいつぁ流石に間違いのねぇ事だ。

 それはそれ、これはこれ、って訳じゃねぇが、思いをぶつけるタイミングな。

 それは少なくとも今じゃねぇんじゃねぇのか?」


 目から鱗とはまさにそれか。ダナヒの言葉で心が決まる。

 確かに今を乗り越えなければ、その後の事は無い訳であり、今、この時を乗り越える為には、ヨゼル王国の協力は必要だ。

 戦いが終わって関係がどうなるか。それは俺には分からない事だが、その後でも憎しみや怒りがあれば、その時に果たせば良いだけの事である。

 単純、と言われたらそれまでなのだが、「それはそれ、これはこれ」という、便利な言葉に俺はまんまと乗せられてしまったという事なのだろう。


「そうですね……確かにそうです。俺が子供ガキでした。受けましょう。協定を」


 結果としては俺はそう言い、ダナヒの強い頷きを目にする。

 それからダナヒはデオスと立ち上がり、隣室の使者への返答に向かった。

 その際の話し合いで決めた事は、決戦の日時と海域であり、これより四日後のモルト島沖が連合軍と魔物達の決戦の場と決まる。


 そして、三日後。

 俺達は総出で、沖に停泊した大型戦艦に乗るのだが、まずは小舟に乗ろうとした際に誰かに「ヒジリ!」と声をかけられる。

 埠頭で止まり、声の主を見ると、懐かしい顔がそこにはあった。


「ただいま。ってかどこ行くの? なんか凄い慌ただしい感じだけど?」


 定期船から下りて来る人の中に、若干ながら焼けた肌の、ナエミの姿があったのである。

 すぐ隣には師匠と思われる腰ほどの高さのドワーフも居て、ナエミが渡し板を下りて来ると後ろに続いて彼も降りて来る。

 そして、二人で俺達の前に立ち、先の質問の答えを待った。

 ナエミは修行に向かった際に担いでいたリュックともう一つ、長い、棒のようなものを背中に差している。

 一方の師匠は右手に握り飯(多分、ナエミが教えたのだろう)と、左手に酒瓶を持ってこちらを見ていた。


「な、ナエミ……???」


 肌が焼けているせいか確信が持てない。それに若干、大人びたように見える。

 修行の現場が熱かったせいか、服装もやや、薄めの物で、意外にナエミ? がグラマーだった事にも、俺は割と驚いていた。


「え? これナエミなの? こんなビッチな格好してたっけ」


 それは単純に短い……と言うか、動きやすさを重視した服装のせいだが、何にしてもビッチ呼ばわりするのは色々と失礼だと俺は思う。

 だが、ナエミには聞こえないので、それを幸いにしてユートは無視し、とりあえずの形で「お、お帰り」と言って、現在の状況を手短に話した。


「え!? そうなの!? じゃあある意味で、凄い良いタイミングで帰って来たんだね……」


 聞いたナエミはまずは一声。その後に師匠に背中を向ける。

 それから師匠に「お願いします」と言い、ナエミが屈むと師匠が動いた。

 背中の棒……らしきものの括りを解いているようだ。


「ヒジリさーん! 何やってんすかー!?」


 これは俺が乗る予定であった小舟で待っている水夫の声で、もう少しだけ待って欲しいと言う事を謝罪の言葉と共に伝える。

 すでに小舟の殆どは沖の大型戦艦に到着し、上から降ろされた縄梯子を使って、乗艦している最中だった。

 あまり待たせると後が気まずい。そう思いながらナエミ達を見守る。

 すると、ようやく括りが解かれ、巻かれていた布が師匠に捲られた。


「ふおー!」


 それはユートの驚きの声。俺自身も無言だが驚いている。


「どうこれ? わたしの自信作。師匠が言うには七十五点らしいけど、そこいらで売ってる武器よりはイケてるよ~?」


 笑顔のナエミの横にあったのは、輝かんばかりの一本の槍。

 ナエミの師匠が「ほれ」と言って渡すので、受け取った上で詳細を見てみた。

 まずは重さだが、割と軽い。平均では十キロ前後はあるのだが、これはおそらく五キロも無いだろう。

 そして握り。本当に丁度良い。太すぎても細すぎても握り難いのだが、これは俺の手の大きさを調べたかのように、実にピッタリとフィットしていた。

 最後に長さだが、少々短い。数字にするなら百五十㎝程か。俺の身長の三分の二程だが、こればっかりは実際に使って見なければ何とも言えない。

 だが、ナエミの手作りだとなると……

 正直な所は少々不安で、それを解消して貰いたくて、俺は師匠の顔を見るのだ。


「んん……まぁ、七十五点じゃな……それ以上でも、それ以下でも無い。

 じゃが、そこいらの武器よりイケとると言う点には、ワシも否定のしようは無いな。

 おそらくこの世で二番目に優秀な鍛冶屋が創った品じゃ。心配はない。持って行け」


 一番は多分自分だろうか。俺の意図を見抜いた師匠は「にやり」と笑ってそう言うのである。


「ちなみに一番はワシのかかあじゃ」

「あなたじゃないの?!」


 そこには驚き、ユートと噴き出す。謙虚と言うか訳分からんと言うか、流石はナエミの師匠と言える。


「あの船で行くんだ? じゃあ大丈夫かな?」

「まぁ多分……何とも言えないけど」


 聞かれた為にそう言って、とある事を思い出す。それはナエミの爺ちゃんが乗って帰って来た船の名前で、その名前をあの大型戦艦につける為に待っていた物だった。


「あーあれ。確かユキカゼだったかな? 凄い幸運の船だったらしいよ。

 乗組員の熟練度自体も相当高かったらしいけど」

「ユキカゼか……あー、そんなだったかな」


 ようやく分かった。ユキカゼである。とりあえず、決めるかどうかは別にして、ダナヒに名前を教えてみよう。


「ヒジリさーん! そろそろー……!」

「あ、すみません! すぐに行きます!」


 そう思っていると、水夫に呼ばれ、大声を出してそれに答えた。

 そろそろ時間が限界らしい。と言うか、今でも晒し者だ。


「ごめん! そう言う訳なんで俺行くわ! 無事に返って来れたら何か食べよう!

 これ、ありがとうな!」

「フラグ出しまくりじゃん……怖いから、普通に行って来るとかで良いよ」

「あ、ああ。わりぃ、じゃあその、何だ、行って来るよ!」


 俺、この戦争が終わったら~なんて、死亡フラグがビンビンである。

 言われてみなければ分からない物だが、言われた為にすぐ謝って、俺は手を振って小舟に向かった。


「ボク……この戦争が終わったら、イチゴハルルをお腹一杯食べるんだ……」

「聞いてみると不吉すぎるよな……」


 そしてユートの言葉に突っ込み、一言謝って小舟に乗船。

 それから手を振るナエミに気付き、振り返しながら遠ざかって行った。


今回のあるシーンをネタにした物をゐうらさんに頂きました。

艦〇れをプレイしている方前提ですので、未プレイの方はスミマセン(汗)


挿絵(By みてみん)

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