皆の問題
そこは知らない森の中だった。
空には夕焼けが広がっており、背後には円形の祭壇がある。
そして、その祭壇の一部には、石で作られた長椅子があり、そこにはピンクの髪の毛を持つ、一人の少女の姿が見えたのだ。
「お久しぶりです。イサーベールです。
もうお忘れになったかもしれませんが」
俺がそれに気付くなり、少女――イサーベールは立ち上がり、こちらに軽く頭を下げてから、「どうぞ」と言って長椅子を示した。
再会するのはいつぶりだろうか。
相当前なのは確かな事で、今日、今、ここで会うまでは、名前以外は忘れかけていた。
「ど、どうもお久しぶりです……Pさんは本当に居ないんですね」
だが、わざわざそんな事を言って気分を害する必要は無く、挨拶を返して少しを歩き、横を通って椅子へと座る。
「(良い匂いだな……)」
香水の匂いだ。気持ちが安らぐ。
何かの花の匂いだろうが、種類は生憎分からない。
「Pさん……とは……?」
そんな事とは知らないのだろう、イサーベールがそこに疑問し、聞かれた俺は「あっ」と言って、その回答となる言葉を返した。
「俺が勝手につけたあだ名です。そう言えば名前は何て言うんですか?」
ついでに聞くと、イサーベールは「存じません」とすぐに言う。
「Pさんの名前を知らないんですか??」
と、個人を特定して改めて聞いても、同じ言葉が返されただけだ。
Pさん。俺が勝手に呼んでいる名前だが、きちんとした名前も知らないらしい。
おそらく彼女の上司だろうに、不便なんかは無いのだろうか。
「じゃあ何て呼んでるんですか……?」
「知ってどうするのですか?」
そう思って聞くと、「ぴしゃり」とそう言われ、反応に困って黙ってしまった。
しつこく聞かれるのは嫌なのだろうか。
口を閉ざして動きを見つめる。
イサーベールは祭壇に行き、そこを前にしてこちらに振り向き、
「今月も合格です。取得したポイントは十六Pとなって居ます」
と、事務的な口調で俺に告げるのだ。
「じゅうろくP?!」
何か少なッ!? 何かじゃなくても少なッ!?
正直な所はそう感じたが、「何で?」と聞くのは憚られ、俺はそれだけを口にして、言葉の続きを静かに待った。
「変態的要素が多く見られ、そこが減点の対象となりました。
詳細を今、お話しますか?」
「い、いいえ! 良いです! 後でユートに聞きますんで!!」
少ない理由がすぐにも分かり、俺が慌てて言葉を返す。
Pさんだったらまだしもだったが、女性に言われるのは何だか嫌だ。
具体的にはそう多分、ダ・チン祭に参加した為だろう……
「そうですか」
聞いたイサーベールはそれだけを言い、俺の目の前にメニューを呼び出した。
少しの間を浮かんでいたが、掴むと僅かの重みが生まれ、前屈みになってそれを広げて、変わった所を確認してみた。
魔法五 魔法力付与 十五P
真実五 マジェスティの基本的な見分け方 十六P
変わって居たのは以上の二点。前回からの引継ぎが以下だ。
言語五 亜人型の魔物との会話 十五P
特能五 魔法耐性(取得した属性) 十三P
とりあえず魔法五について質問してみる。
「自分の武器に魔法力を付与します。
あなたは魔法一で火を選択して居ますので、火の属性が宿せます。
直接魔法を放つよりは精神力に負担が少なく、また、長持ちも致しますので、戦士系の方には重宝でしょう」
「なるほど……分かりました」
要するにダナヒがやったアレを、自分の力だけで生み出すと言う事だ。
やろうと思えば無くても出来るし、正直俺は魔法が苦手だ。
それ故にそこは一先ず置いて、他の三点で取得に悩む。
「ちなみにですが、真実はこの先からは口外禁止です。
もしも誰かに話した場合は命の保証は出来かねますので、その事を重々ご理解下さい」
そんな時に淡々と話され、内容の怖さに絶句する。
そして、それ程重要な物なのかと、真実に対する興味も持った。
タイトルは「マジェスティの基本的な見分け方」で、それなら俺も割と知っている。
だからこそスルーをしようと思ったが、重要だと言うなら話は別だ。
「じゃあすみません。ポイント丁度なんで、真実五をお願い出来ますか」
そう思ったが為に決定すると、イサーベールは「分かりました」と言った。
「基本的には相棒妖精がついています。最も分かり易い例がそれです。
しかし、中には妖精が居ない例、妖精無しマジェスティが存在します。
これにはメリットとデメリットがありますが、関係が無いので今回は省きます。
妖精無しマジェスティの見分け方は、まずは言葉が通じるという事。
対応する言語を習得して居なくても、話す言葉は理解が出来るのです。
それは、文字に関してもそうで、書く事が出来なくても読むだけならば可能です。
……以上が真実五の内容の全てです。決して口外はなさらないように」
ハッキリ言って微妙な所だが、とりあえずの形で「はい」とは返す。
大体の言語を習得した今、それを判断するのは難しく、今更それを知った所で何になるのかと思ったからだ。
「(勿体無い事したかな……)」
と、直後に思うが、五を聞かなければ六には行けない。
故に、未来への投資と考えて今回の件は割り切る事にした。
「それではメニューを返却して頂きます」
イサーベールの言葉の後に、両手に掴んだメニューが消える。
まだ終わるとは伝えて居なかったが、ポイントがゼロの為にそこは省いたのだろう。
「……ここって、Pさんの教会がある所なんですか?」
何気無く聞くと、イサーベールは「いいえ」とだけ短く言葉を返した。
聞かれるのは嫌なんだな……と判断して黙ると、
「……ここは私の空間です。個人の心理が色濃く出る場所。
それはあなたが知る方の、あの空間にも言える事です」
と、聞いても居ない事を後に続けた。
「心理が強く……? それはどういう……」
「それではまた次の月に」
しかしながら質問はかわされ、イサーベールの姿が消える。
周囲の風景がぐにゃりと曲がり、闇へと変わったのは直後の事だった。
何十日かぶりにヘール諸島に戻ると、三つの問題が発生していた。
内、一つは俺個人のもので、これはすぐに解決できたが、残り二つが厄介な問題で、取り掛かる前に意見を聞く為に、俺の帰りを待って居たのだと言われた。
「それでは状況をお話ししましょう。
まず、一つ目の問題ですが、これはヨゼル王国に関わる事です。
ご存知とは思いますが我が国は、海賊行為を奨励しています。
と、言うよりは主収入はむしろその行為にこそあって、ヨゼル王国の裕福な商人や、軍船、哨戒船等を獲物として来ました。
が、報告によると軍船の数が増え、以前に比べて攻撃的になったとの事。
こちらの被害もすでに相当です。
あちらも本腰を入れて来たのかもしれませんが、これをこのまま放置は出来ません。この事への対処が第一の問題です」
話をするのはデオスであり、場所はいつもの食堂だ。
聞いて居る面々もいつもと変わらず、俺とダナヒとカレルであった。
しかし、二人は知っている為に、再度の説明には興味を持たず、カレルは何やらレポートを書き、ダナヒはつまらなそうな顔で、ペンギンやら魚やらの折り紙を折っている。
「そして二つ目。
こちらは南東の、魔の島に関わる問題になります。
その名の通り魔の島は、魔物と半魔が住む島ですが、先日、この島から出航したと思われる船が漁師達によって目撃されました。
数は三隻で、そのどれもが、前時代的な船ではあったそうですが、今までに例が無い事なので、警戒の必要はあるかと思います。
そもそも誰が技術をもたらしたのか、それも或いは問題なのかもしれません。
ともあれ、長くなりましたが、以上が現状で抱えている問題です。
大体の方針は決まっていますが、参考の為にも意見をお願いします」
それらに構わずデオスが話し、説明を終えて席についた。
お願いしますの対象は、どうやら俺のようであり、話が終わった事に気付いて、ダナヒとカレルが作業を止めた。
そして俺に顔を向けて来る。
「えーと……まず一つ目なんですが……」
攻撃的になったヨゼル王国への対応だ。
「やっぱりこっちも良い船って言うか、強い船を造るのが良いんじゃないかと思います」
まさに月並み。万年平均点。
「聞くまでも無い事なんですけど」と、全員が思っただろう。
しかし、せいぜいが十七の子供が事細かに戦略を語るのも恐ろしい。
「そりゃそーだ」
「そうですね」
ダナヒとデオスがそれぞれ言った。呆れてはいない。好意的に受け取ってくれたのだ。
だが、そこには財源やら、資材やらの問題があると思われ、「それで行くか!」と言う風に、全力での賛同はしてこなかった。
後で聞いた話だが、小型船でも数百万ギーツ。
大型船に至っては、二億ギーツはかかるらしく、造りたくても造れないと言うのが、この時の俺達の現状だったらしい。
「あと、二つ目の問題の方は……そもそも、魔の島って何なんですか?」
そうとは知らずに俺は平気に、頭を悩まさずに言葉を続け、それを聞いたデオスが「ああ」と言い、質問の答えを教えてくれた。
「名前の通り魔物達が住む島です。
と言っても、かなり大きいので、大陸と言っても良いのかもしれません。
かつてはこちらにも魔物が居たのですが、住み分けの為にそうなったとか、人間達が協力して、その島に追い払っただとか諸説あります。
旧、デイラー王国の半魔達が逃げ延びた先と言う話もありますね。
まぁ、つまり、魔物と半魔が、好き勝手な事をして暮らしている島、と、そう認識して問題無いでしょう」
「その、魔物の島から出航した船が、ヘール諸島の近くで見られた訳ですか」
続く質問にはデオスは「ですね」と言い、答えを聞いた俺が黙る。
正直な所、「それが何か……?」と、暢気に思う所もあるし、前々からこの世界に居る者では無いので、事態の大きさがイマイチなのである。
「それってヤバイ事なのか?」
仕方が無しにユートに聞くも、「魔物が船に乗っただけでしょ?」と、むしろ俺より楽観的。
そこに参考を見いだせなかった俺は、
「正直そっちは良く分かりません……」
と、素直な気持ちを皆に伝えた。
「ま、目的がわかんねーからな。魔物だからやっちまえ、ってのも、流石に人間の横暴だろうさ」
そこには賛成だったのだろう、ダナヒが言って「ふっ」と笑う。
カレルも「そうね」と賛同しており、俺は一先ず息を吐く。
「では見張りの船を増やし、今後の動向を見守る、で良いですね?」
「そうだな。今はそれで良い。人間相手にも苦労してんのに、好き好んで敵を増やすこたぁねぇよ」
デオスが聞いてダナヒが答える。
恐らく決定していた事なのか、カレルもそれに小さく頷いた。
「(ど、どうやって作ったんだー!?)」
と言う俺の疑問は、ダナヒの前にあるヘールくんの折り紙で、物理的に不可能っぽいので、過程を見逃した事に後悔をした。
「で、だ。第一の問題に戻るが、こいつもあらかた決めてある。
造ろうって言っても造れるもんじゃねぇからな。
それなら貰っちまおうって話だ。
情報では本国の港のひとつで、モノスゲー戦艦を造ってるらしい。
こいつを俺様とオメェで分捕る。
ついでにその混乱に乗じて、軍船の二~三隻も頂いちまおう。
相手は弱る、こちらは強くなる。一石二鳥の作戦だろーが?」
直後のそれはダナヒのもので、先とは変わって目が輝いている。
「で、でもそれって泥棒なんじゃぁ……」
と、常識的な意見を言ったが、「俺様達はそもそも海賊」と言う一言で、完全に黙らされてしまうのである。
「わかりました……じゃあ行きます。ついて行きますよ」
そこには一切の迷いが無いので、むしろの敬意で言葉を返し、会議がこれで終了したので、自分の問題の為に島へと向かった。
見張りの意味でもついて行きますよ(心の声)




