レナスの憂鬱
「漆黒の騎士団との合同演習だと……?」
とある日の昼。王城での事。その報告は突然に、かつ、不躾に届けられた。
届けた来たのは女性であるが、トイレで手洗いをしている際に捕まり、こちらが顔を顰めて居るにも関わらず、一方的に報告をされたのだ。
「……それは分かったが、次回からは、もう少し場所を弁えて欲しいものだ」
手を拭きながらに外に出て、後ろに続いた女性に向かう。
「も、申し訳ございませんでした! あまり時間をかけていると、厳しいお叱りを受けてしまうので、ついつい場所を弁えず……」
女性はそう言って頭を下げて、そのままの態勢で命令書を出して来た。
「お叱り……? と言うと、陛下の命令では無いという事か?」
それを受け取り、質問すると、女性はそのままで「はい! はい!」と頷く。
悪い事をしたと分かってくれたようで、その顔は見る限りでは申し訳なさそうだ。
「……頭を上げろ。もう気にして居ない」
故に許し、そう言うと「それで、お返事の方は……」と、頭を上げて聞いて来た。
「ああ、承知したと伝えてくれ」
短く言うと、「分かりました」と言い、頭を下げた後に女性が立ち去る。
命令書と言う形で届く以上は、実際の所は嫌も応も無いのだが、それを彼女に言っても仕方無く、彼女の背中を黙って見送る。
「しかし、漆黒の騎士団とはな……」
呟いた後に歩き出し、命令書を読みながら執務室に向かう。
目的としては新兵と、漆黒の騎士団の訓練のようで、どうやら私は新兵を率いて奴らに立ち向かわなければならないようだ。
これがドーラスの発案ならば、私は「またか……」と思っただろうが、発案者が降伏した共和国の息子の「ティレロ・アルバード」である事には、少々の疑問を感じていた。
「(訓練自体は国の益になる。相手が騎士団と言う事を除けばな)」
大抵の場合は新兵は、新兵同士で訓練をする。
相手が仮にも騎士団等では、実力の差がありすぎるからだ。
もっと言うなら相手に取っては、新兵等では訓練にならず、こちらにとっては戦いへの恐怖、あちらにとっては慢心と言う、負の感情を抱きかねないきっかけにすらなりえるのである。
「(或いはそんな事すらも分からずに、自己主張の為に進言をしたか……それを聞く方も聞く方だが、やらされる方はたまったものでは無いな……)」
それも相手がドーラスでは、私にとっては尚の事だ。
それこそ、今日にでも打ち合わせの為に、奴と会わなくてはならない事だろう。
「あ、お疲れ様です! 休憩中なんですけど来ちゃいました!」
執務室ではゼーヤが待って居た。
私を見るなり立ち上がり、言葉の後に小さく笑う。
「忙しない奴だ。休める時には休め」
返した後に付き合いで笑い、命令書を閉じて机に向かう。
「なんですかそれ?」
と、ゼーヤが命令書に食いついたので、通り過ぎ様に無言で渡した。
「ええ!? 新兵と騎士団って、考えた奴アホでしょこれ!?」
どうやらそこは同意見のようで、自分の思考に一安心する。
「お前が指揮を執って見るか?」
それから冗談で言って見ると、ゼーヤは「うーん……」と考え込んだ。
「やめときます。興味はありますけど、ドーラスのとっつぁんと絡みたくないですし」
その言葉には素直に笑い、「私もだ」と返してゼーヤを笑わせる。
「あー……私だ。ドーラスだ。レナス殿はおられるか」
「いぃ!?」
直後の声は外からのもので、タイミングの悪さにゼーヤが青ざめる。
一方の私は息を吐いてから、外からの声に「どうぞ」と返した。
手間は省けたが、心構えが出来て居ない分、感じるストレスはそれなりに大きい。
「失礼するぞ」
現れたのは当然ドーラス。
不機嫌な顔で歩みを進め、私の机の前で止まる。
ドアは閉めず、開けっ放しなので、そこには少々「イラッ」としたが、それを押さえて「何か?」と聞くと、ドーラスは「何かとは何か」と言った。
「あー……じゃあオレ、休憩が終わったんで、稽古の方に戻ります」
空気の悪さを見て取ったのか、逃げるようにしてゼーヤが立ち去る。
その際にテーブルに命令書を置き、ついでにドアを閉めて行ってくれたので、私のイラつきの一つが消える。
「言うまでもない、演習の事だ。一体何を企んでいるのかね?」
「企む……?」
訳が分からずそう言うと、ドーラスは「違うのか?」とまずは言った。
「新兵で騎士団と戦おう等、無謀以外の何ものでも無い。
新兵に死者と怪我人が出るだけだ。それでも貴殿は承知したと言うが、何か企みがあっての事だろう?」
それから続け、机を叩き、企みとやらを聞き出そうとした。
「(意外にまともな事を言うな……)」
私は正直、衝撃を受けており、直後には何も返せなかった。
それを言えないと察したのだろう、ドーラスは「言わんか……そうだろうな……」と、勝手に苛立って目の前で舌打ちし、「それならこちらにも考えがある」と言い、背中を向けて歩き出したのだ。
「待っ……」
右手を伸ばすが最早手遅れ。
ドーラスは「フン!!」と鼻息を吐き、怒り肩を作って部屋から出て行った。
「ドアを閉めろ……」
伸ばした右手を額に移し、首を振って一人で呟く。
しかし、それで閉まる訳は無く、仕方なく立ち上がってドアへと向かった。
ドーラスの執務室を訪ねたのは、その日の夕方が近くなってからの事だった。
訪ねた理由は誤解を解いて、演習の詳細を決める為だ。
私事であるなら無視も良いが、これはれっきとした公務であり、正直な所は面倒だったが、私に課せられた責任だからだ。
「言い訳とは珍しいな……? 私の脅しに恐怖したのかね?」
誤解を解くと、ドーラスはそう言って、「まぁ良い」と続けて鼻で笑った。
「言い訳では無いのだが……」
一応言うが、ドーラスはそれには絡んで来なかった。
「それで、一体どうしたいのだ?」
と、指で机を叩きつつ、私の顔を見て聞いて来たのだ。
「当然の事だが死者は出したくない。力の加減を徹底して欲しい。
こちらも今回は防御に徹して、戦の雰囲気を掴んで貰うつもりだ」
おそらく演習の事だと思い、こちらの意見を言って見る。
ドーラスはそれに「ふむ」と唸り、「それが妥当だな」と同意をしてきた。
「貴殿はどうする? 演習に加わるのか?」
続けたそれには「いや」と返し、聞いたドーラスが「ほう」と言う。
「それでは勝てんぞ?」
と、更に言われたが、「勝ってどうする……」と、短く答えた。
「新兵の訓練が目的だ。私が加わっては意味が無い。
余計な心配だとは思うが、新兵故の事故というものある。
そちらも万が一には警戒をして欲しい」
その言葉にはドーラスは、「承知した」と答えて指を止めた。
「しかし、この演習に何の意味がある? 新兵同士で済む話ではないか? ティレロと言ったか、あの若造めが、うまく陛下に取り入りおって……一体何を企むのやら……」
それから何やらボヤき出したので、両目を僅かに細めて見守った。
こいつはいつもこういう風にして、誰彼かまわず憎んでいるのか……
そう思った事が原因である。
「……まぁ、兎も角、話は理解した。副団長のリーロに伝えておこう。
わざわざ私が出る事も無かろうし、当日の指揮も奴に任せる。
それまでに何か変更点があれば、リーロに直接伝えてくれたまえ」
それに気付いたか、愚痴を止めて、ドーラスが私の顔を見る。
「承知した。協力に感謝する」
と、礼を言って立ち去り掛けると、執務室のドアがノックされた。
「ティレロ・アルバードです。少しお時間を頂きたいのですが」
直後の声がそれであり、「何……?」と、ドーラスが顔を顰める。
だが、流石に拒否は出来ないのだろう、「どうぞ……」と言って顔を戻した。
「それではな、レナス殿」
それからわざわざ言葉に出して、私に暗に帰れと言ってくる。
元よりその気であった為に、「ああ」と答えてドアを開けた。
「これはレナス様。奇遇ですね」
立っていたのは当然ティレロで、言葉と反して冷静そのもの。
茶色の瞳で私を眺め、青の長髪を右手で掻き上げる。
年齢は確か二十二と言ったか、一般的には美男と言えるが、何を考えているのかが分からないので、私は好んで絡まないようにしている。
「すまないが、道を空けて貰えるか」
故に、ティレロの言葉には答えず、脇に控えている女性に向かう。
瞳は琥珀で髪の毛は白。年齢はおそらく十八くらいか。
いつもティレロに付き従っている名前も知らない人物である。
「ああ、これは失礼を……おい」
それに気付いたティレロが言って、隣の女性が体を動かす。
「それでは失礼する」
その後に一応挨拶をして、ティレロの脇を抜けて廊下を進んだ。
背後の二人は何も言わずに、執務室に入ってドアを閉めた。
一体ドーラスに何の用なのか。
気になると言えば気になるが、立ち聞き等は出来ない為に、窓の外の風景を見ながら、自分の執務室へと向かって歩いた。
ティレロと一緒に居た娘っこは以前にどこかで登場しています。




