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弟子入りの条件

 背丈は人間の半分程度で、その体系はずんぐりむっくり。

 殆どの者が酒を好み、細工と鍛冶を得意としている。

 性格は頑固で肉体は強靭。戦士としても職人としても一流と言って差支えが無い。


 これが、ナエミから事前に受けたドワーフと言う種族の特徴だった。

 そしてそれは、街に着いた時に殆どが合っていたという事を知るが、子供も女もおっさんまでもが、所謂ツンデレだった事には俺は少々閉口していた。


「人間風情が何の用じゃ? べ、別に怒っておる訳では無いがな……」


 と言う、街の入口に居た門番に始まり、


「何しに来たんだよクソ人間が! 何か探してるんなら手伝ってやるぜ!?」


 と言う、通りで声をかけてきた男の子に繋がる。


「バカモン! 知らない人間に近付くでないわ!

 か、代わりと言っては何じゃがな、このワシが案内をしてやってもええぞ……?」


 挙句にはその子の父親らしい不機嫌な顔のドワーフに捕まり、鼻の下を擦りつつ、さりげにアピールされる始末であった。


 第一感想は「(面倒くせぇ……!)」で、ユートはそれを口にも出した。

 だが、言えない俺は心で呟き、「どうする……?」と、代わりにナエミに聞くのだ。


「あー……じゃあお願いします。

 腕の良い鍛冶屋さんを探してるんです。それも、出来れば弟子を取ってくれるような」

「フン! 腕がええ鍛冶屋と言うのなら、この街のドワーフが全員そうじゃ! ふざけた事を抜かしておると、家に招待してご馳走をするぞ!」


 その言葉にはなぜか照れ、もじもじし始めるおっさんだ。

 宛らこれから告白する女子で、見ていてあまり気持ちの良い物では無い。


「じゃが、強いて言うならブラールの工房かの。

 奴の腕前はひとつ上を行っとる。ここで遭ったのも運の尽き。

 クソ暇じゃから連れて行ってやるわい!」


 続けて言って、歩き出したので、呆れた後に背中を追うのだ。

 通りを抜けて坂道に着き、そこを上って右へと曲がる。

 それから更に坂道を上り、酒場のような所に着いた。


「人間のメスガキにはちとキツかろう? どうしてもと言うならおごってやらんでも無いぞ?」

「だ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 そこで止まり、ドワーフが言うので、ナエミが丁重にそれを断る。

 聞いたドワーフは「フン!」と言い、「礼儀だけはしっかりしおって!」と、キレたフリをして実質では褒めていた。


「(もう素直に褒めろよって感じだな……)」


 小声で言うと、ナエミは笑い、「そこが良いんじゃん」と小さく返す。

 ユートは「あぁぁぁ! めんどくさぁぁあ!」と、あれからずっとキレッぱである。


 酒場の前から移動して、今度は左に坂道を見つける。

 そこを上って更に左に行き、ようやく目的地の鍛冶屋に着いた。

 何の事は無い入口からは正面に見えていた高台の上で、ここからならば通りと入口、そして周囲に広がる森を一望するのも簡単だった。


「ここじゃ。まぁせいぜい頑張れ。人間風情にゃ出来んと思うが、諦めたらそこで試合は終了じゃ」


 連れて来てくれたドワーフが言い、俺の背中を叩いて去った。

 どこかで聞いたフレーズだったが、そういう偶然もきっとあるのだろう。


「あ、ありがとうございました!」


 鍛冶屋になりたいのは俺では無いのだが、そこには構わず礼を言う。


「助かりましたー! ありがとうございまーす!」


 こちらはナエミで、聞いたドワーフは、振り向きはせずに右手を見せた。


「さて」


 と、ナエミが振り返り、背後の鍛冶屋に体を向ける。

 作りとしては神殿造りで、建物の周囲に壁は無い。

 十本程の白い柱が同色の屋根を支えており、燃え盛る溶鉱炉と、いかにもな道具がその屋根の下に設置されていた。


「うっわ。凄いな。デキる空気がギンギンに漂ってる」


 これはナエミで、聞いた俺もユートも揃って疑問顔。

 創作家独特の感性だと思い、あまり突っ込まず「そうか……」と答える。


「なんじゃあお主らは? 仕事の依頼か? 生憎今は忙しくてな。

 二日ほど待ってくれると大変助かります」


 そんな中で現れたのが、高圧的なのか腰が低いのか、イマイチ分からない中年のドワーフで、俺達が対応に困っていると、「ああ」と言って間を抜けた。

 それから鍛冶屋の中へと入り、椅子を引っ張って来て「まぁ座れ」と言ってくる。


「あ、いや……その俺達は……」

「お邪魔しまぁーす」


 言葉の途中にナエミが動いたので、仕方が無しに中へと入った。

 そして、出された椅子に腰かけて、同じ高さになったドワーフと向き合う。


「で、何を作ればええんじゃ? 武器か防具か? 結婚ガントレットか?」

「(結婚ガントレットって何!?)」


 直後に思うが声には出さず、「きゃ、客じゃないんです」と代わりに発した。


「ん? なんじゃそうなのか……やる気になって損をしたわ」


 聞いたドワーフが残念がって、ハンマーを握って歩き出す。


「あ、でも、用はあるんです! 話を聞いてもらえませんか!?」


 これはナエミ。ドワーフは立ち止まり、何も言わずにこちらを向いた。


「えっと……あの、いきなりなんですけど、私を弟子にして下さいっ!」

「本当にいきなりだね……」


 事情も言わずに本題を言う。ナエミらしいが全くいきなりだ。

 ユートの言葉には「ああ……」と言う事で、そのいきなりさに同意した。

 普通は理由とかを話すものだが、ナエミはここでもマイペースである。


「……人間の弟子じゃと? 冗談はよせ」

「冗談じゃないです! 本気です! モノ作りの心に国境はありません!  毎日百回の腹筋でもします! だから弟子にして下さい!」


 ドワーフに言われたナエミが立って、拳を作って熱意を見せる。


「なんという熱意……そこまですると言うのか……」


 割と低い。ハードルが。どこまで本気か分かったモノじゃない。

 それを見たドワーフがそう言ったので、その感覚には少々呆れた。


「ふむう……まぁ、熱意は分かった。

 が、腕を見てみん事にはな。この世界ではセンスが全て。腕や経験は後からついてくる。

 そこでじゃ、本当に弟子入りしたいなら、ワシが今まで飲んだ事が無い、珍しい酒を作って持って来い。

 これは単純に、ワシが今、猛烈に酒を飲みたいからじゃ」

「あ、はい……」


 突っ込む所が多すぎる。ドワーフとはみんなこんな感じなのか。

 これにはナエミも呆れたらしく、返事をした後に「えぇ~……」と言った。


「ただしうまい事。これが絶対条件じゃ。

 適当なモノなら誰でも作れる。分かったら行け。我が弟子よ!」

「もう弟子になってるー!?」


 何だかんだでノリノリらしく、ドワーフがそう言ってユートが引いた。


「分かりました師匠!」


 一方のナエミにはスイッチが入り、すぐにも答えて動き出す。


「あ、出来れば甘口でお願いします」

「あ、はぁ……」


 袖を掴んでくるドワーフにはそう言ってから、俺達はナエミの背中を追った。




 辿り着いた場所は街の市場で、ナエミは迷わず何かを買っていた。


「あ、お金が無いんだった……お願いヒジリ! 貸しにして!」


 と、直後には気付いて拝んできたので、「ああ……」と答えて貸しにする。


「ありがと! じゃあ次の店にいこ!」


 ナエミはそれにそう答え、商品を受け取って店から移動した。


「千六百ギーツになるが、人間は嫌いじゃから千五百ギーツにしてやる」

「あ、はい……ありがとうございます」


 残された俺が会計を終え、礼を言ってから後を追う。


「ごめんネ!」


 ナエミが居たのは二つ隣の雑貨を扱う店であり、俺に気付くなりにそう言って、片目を閉じて両手を合わせた。


「さっきの店で何買った?」


 それをスルーした上で質問すると、ナエミは「カリン」と短く返答。

 聞いた俺が「カリン?」と言うと、「そ、カリン」とオウム返しをした。


「カリンって何?」


 これはユートで、俺も知らないので、「さぁ……」と答えて首を捻る。


「三千八百ギーツじゃが、ハンパでムカツクから三千ギーツでええ」


 ここでもツンデレ。あそこでもツンデレで、ありがとうと言うのもはばかられて来た。

 雑貨店の亭主の声に頷き、財布を出して支払いを終える。

 買ったものは瓶のようで、抱える程度の大きさがあり、他にも蜂蜜と砂糖を買っていて、それらは瓶の中へと入れられた。


「あとはもう一軒、酒屋さんだね」


 ナエミがそれらを抱えようとしたので、「お、俺が持つよ」と役目を代わった。


「で、何だカリンって?」

「花だよ。でも、買ったのは実の方。実際これがカリンかは分からないけど、ニオイと形が超似てたから」


 歩きながら質問すると、ナエミはそう言って紙袋を見せてきた。

 そして、紙袋の口を開き、「良い匂いでしょ?」と、聞いてくるのだ。

 中身を覗くとナシのようなモノが見え、甘ったるい匂いが鼻をつく。


「うっ……」


 顔を若干顰めると、「あれっ……」と言ってナエミが笑った。


「ボクは好きだなこのニオイー」

「いや、俺だって嫌いな訳じゃないけど……」


 嫌いじゃないが独特である。いきなり嗅ぐとちょっとだけ驚く。

 ユートが嗅いで言ったので、ナエミの誤解を解く為にも、その後に言葉を続けて置いた。


「それで、これを使って何をする訳?」

「ニブイなー……もうお酒しか無いでしょー。

 ウチではジュースにして飲んでたんだけど、配合次第でお酒にもなるかなーって。

 あっちでもあまり見なかったし、少なくともこっちじゃ見た事が無いから、師匠も気に入ってくれると思うんだー」


 そこでようやく理由が分かり、「なるほどな……」と俺は納得をした。


「(あっ、でも、あっちの文化にならないか? いや、あっちじゃジュースにしてた訳だから、酒にするなら別に良いのか……?)」


 不安になるがそう考えて、大丈夫と判断して事を進める。


「(いざとなったら俺が責任を取ろう。Pさんだったら分かってくれるさ)」


 と、Pさんへの信頼からそうも思うが、実際の所は保証は無かった。


「あ、見ーつけ!」


 直後にナエミが酒屋を見つけ、小走りで店の中へと消える。


「ナエミって結構アグレッシブだよね」

「まぁ、動く時には動く奴だな」


 ユートの声にはそう答え、足元に気を付けて店に入った。


「七百五十ギーツになるが、半端な金額なんで千ギーツにしてやる」

「(普通にボられてるうぅ!?)」


 そして、ここでは普通にボられて、代金を支払って店を後にした。

 購入したものは焼酎のようなもので、「これで出来るかなー」とナエミは嬉しそう。


「味見が愉しみ♡」


 とワクテカするユートには、「どう見てもお前も未成年だよな……」と、飲ませない旨を伝えて置いた。

 それから再び鍛冶屋に向かい、買ってきたものを台に広げる。


「なんじゃそら???」


 ナエミの師匠はそれらを目にして、目を丸くして疑問していた。


「師匠のお眼鏡にかなうかどうか……これからお酒を作ろうと思います!」

「なぬ!? こんなものからか!?」


 拳を作ってナエミが言って、聞いた師匠がそれに驚く。

 ナエミはその後にカリンを取り出し、着々と作業をこなしていった。

 俺とユートには出来る事が無く、ナエミの作業をただ見守るだけ。


「ポルポンポの実から酒が出来るとはな……」

「ポルポンポ?」


 やがて口を開いた師匠に、それが何なのかを質問してみた。


「一言で言うなら爆薬じゃ。カリンというものに似とるらしいがな。

 それに騙された鳥や動物に食われる事で遠くに運ばれ、胃の中で爆発をする事により、しゅを増やすと言われておる。

 ワシらはアレをすり潰し、発火剤のひとつとして使っておるが、まさか酒に出来るとは夢にも思っておらなんだわい」


 胃の中で爆発とは何ともエグイ。小鳥や動物が気の毒すぎる。

 直後に俺は「ぇ……」と言い、青ざめた顔でナエミを見つめた。

 ナエミは今はカリン……ではなく、ポルポンポを洗ってスライスしており、切る度に「ポシュポシュ」と弾ける果実に、若干の疑問を感じているようだ。


「まぁ……大丈夫でしょう……」


 しかし、それでも作業を止めず、瓶の中にそれらを入れる。


「あれ……?」


 それから蜂蜜を上からかけて、巻き上がる黒煙に顔を顰めた。


「なんとも奇抜な製法じゃで……これは思ったより大物かもしれんな」


 顎鬚を擦ってドワーフが言う。素材を知っている癖に暢気な物だ。


「ストップ! ストップ! そこでストップ! それカリンじゃないらしいぞ!」


 一方の俺が焦って言うと、ナエミは「そうなんだ?」と、一言を言い、


「だからおかしいんだー」


 と続けて笑った。


「笑っちゃうよねー」


 と、振ってくるユートもどうやら理解してないようで、この場で一人だけ焦っている俺が、ナエミを止めようと足を動かした。


「きゃっ!?」


 ナエミが続けて焼酎を入れ、中身が「ボンッ!」と小さく爆ぜる。

 爆発したぁぁ!? と、俺は焦るが、そこで黒煙が収まったので、ナエミは「化学反応?」と首を傾げた。


「ナエミヤバイって、これってカリンじゃなくて……」

「待って、あとはお砂糖だけだから。はい、これでかんせーでーす」


 横に立ってそう言うも、ナエミは無視して砂糖を投入。

 最後に瓶に蓋をして、「出来ました師匠!」とドワーフに言った。

 マイペースすぎて鼻水が出る。それを擦って出来上がった物を眺める。


「うむ……実に斬新じゃった。爆薬を酒に変えるとはな。

 ……それで、何時ごろ飲めるようになるのかの?」


 それにはナエミが「半年くらいです」と答え、俺とユートが「半年ぃ!?」と驚いた。


「爆薬?」


 ナエミは直後にそうも言ったが、それは独り言で完結させた。


「まぁ、そんなもんじゃろうな……」


 聞いたドワーフはまずは一言。


「よかろう! 今日からお主はワシの弟子じゃ! 酒が出来る頃には半人前にはなっとろう」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします師匠!!」


 それからナエミの弟子入りを認め、ナエミが喜んで頭を下げた。


「おめでとーナエミー! 半年後に味見に来るね!」


 ユートも喜び、そう言っていたが、俺は素直に喜べず、一人で瓶を眺めていた。


「(大丈夫かこれ……急に爆発とかするんじゃないのか……?)」


 理由はそれで、不安の極地だが、「じゃあそういう事で」とナエミに言われて、「ビクリ」としてから「は……?」と返すのだ。


「半年のお別れ。無理はしないで体調にも気を付けて。

 ヒジリが死んじゃったら意味が無いんだからね」

「あ、そうか……そうなんだよな」


 忘れていたがそうだった。

 弟子入りが認められたと言う事は、ナエミとはここでお別れなのだ。

 まさか半年も居る訳には行かないし、ナエミもそれを断るだろう。


「分かった……じゃあ半年後にな。これ、生活費として置いて行くから、借りだとか思わずにちゃんと使えよ」


 故に、一時の別れを受け入れ、自分の財布をナエミに渡した。


「ありがと。じゃあ半年後に」


 ナエミはそれを受け取って、「にこり」と笑って俺を見た。


「そ、それじゃナエミの事、よろしくお願いします」


 その笑顔には少々照れつつ、視線を逸らして師匠に言った。


「おう任せとけ! 人間は嫌いじゃがこのムスメは気に入った!

 ワシの全てをブチ込んでやるわい!」


 それがエロイ意味では無い事を祈りつつ、俺はもう一度「よろしくお願いします」と言った。

 そういう単語に敏感なのは、青少年ならば仕方が無いのだ……


「じゃあねナエミ、元気でね~!」


 ユートが言って手を振るも、見えていない為に反応は無い。

 代わりに「じゃあな」と俺が手を振り、結果としてそれがナエミの右手を動かす為の材料となった。


 ナエミはしばらく手を振っていたが、百mも離れるとそれを止めた。

 そして、俺達に背中を向けて、師匠と何かを話し出したのだ。

 街の外まで見送れよ、とまでは言わないが、せめて見えている間は手を振って居て欲しい。


「あっさりしてんなぁ……寂しくないのかあいつ……?」

「ねー。ヒジリはこんなに寂しがってるのにねー?」


 その為ボヤくとユートに言われ、俺は若干の動揺をする。


「さ、寂しがってないだろ! し、心配なだけだよ……」


 それには焦ってそう答えたが、実際の所は少し寂しく、何とはなしに後ろ髪を引かれる別れとなったのは確かな事だった。


ツンデレだらけの三十五話でした。

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