1
異星人達と戦った翌日という事情を学校側が考慮してくれるわけもないので、流星は今日も今日とて登校する。
流星は昨日、ヴァイストロンのおかげで家の片づけやらをしなければいけなくなってしまったので、桜屋に要求された課題が出来なかった。一応やろうと机に向かったものの慣れない戦いの疲れが出たのかいつの間にか船を漕いでおり、ノートに盛大な染みを作っただけで終わってしまった。
朝のホームルーム前。クラスメイトと談笑する桜屋の前に行き、流星は一言、
「誠に遺憾ながら本日も課題はやっておりません……」
不祥事の弁解をする政治家のような口調で謝意を表す。
「そう……そんな気はしていたわ……。でもまあいいわ。そういうこともあるでしょう。次はこういったことがないように」
菩薩のような表情で桜屋は流星を許す。てっきり聞くに耐えない辛辣な言葉で詰られると想像していた流星は拍子抜けする。なんだったら両手を差し出して鞭で打たれる覚悟までしていたのだ。
「委員長、いいの?」
「いいって言ってるでしょ? 何? 罰を与えられたいの? 口汚い言葉で罵ってほしいの? 期待に添えなくてごめんね」
桜屋は申し訳なさそうな顔でペコリと頭を下げる。
「いやいや謝らなくていいから」
「別に私は人の趣味をとやかく言わないわ……」
伏し目がち、かつ憐憫の情を感じさせるトーンで桜屋は言う。
「そういう趣味持ってること前提で話すの止めてくれます!? やっぱ怒ってるよね!?」
「怒ってないわよ」
アルカイックなスマイルを送る桜屋。流星は今までのやり取りで桜屋は怒りの表情を笑顔で隠すタイプなのだと察する。
「今日こそは放課後も残ってちゃんと勉強するから」
「……今日はやめておきましょう」
ついに見放されたか、と流星は落胆する。そもそも自ら勉強を教えてくれ、と乞うた訳ではないことを忘れている。
「今日だけよ。明日はちゃんとするから。ちょっと私に野暮用が出来たのよ」
「そうなんだ……」
流星はほっと胸を撫で下ろす。その理由が自分で思っているよりも桜屋との時間を楽しんでいるらしいことに流星自身は気付いていない。
「課題は追加しないから、前に言ったものをやっておくこと」
「わかったよ。そろそろ授業が始まるから」
流星はそう言って自らの席に戻るために桜屋に背を向ける。
「それじゃあ、また後で、淀橋君」
授業を恙無く終えた流星は、桜屋との勉強会もないので真っ直ぐ帰途に着く。
「はー☆ やっと話せます☆」
流星のポケットからスマ子の声がする。流星はスマートフォンに接続するハンズフリーマイクロフォンを耳にセットする。実際にはスマ子には接続していない。しかし、こうすれば外でスマ子と喋っても一人言を言っている変人には思われない。
「珍しくちゃんと大人しくしてたな」
「流星さんはわたしを甘く見過ぎです☆ スマ子はやれば出来る子ですよ☆」
「そうなんだ、へー」
「ちょっとー☆ 真面目に聞いて下さいよー☆」
スマ子と取りとめのない話をしていると、あっという間に我が家に着く。
「おかえり」
「ただいま」
先日と同様にレイが挨拶を返してくれる。長らく遠ざかっていた他者が当たり前にいる生活に、流星は何とも言えない気持ちになる。
「どうした変な顔をして?」
「いや何でもない。それよりハコはどうしてる?」
昨日の一戦でエネルギーを消費しすぎたハコは、一度目を覚ましたものの、再び深い眠りに落ちてしまった。安静にしていればすぐに元通りになる、とCPは言っていたが、それでも気になるものはなる。
「昼ごろ目覚めて今は流星の部屋でゲームをしているはずだ」
「病み上がりにゲームはどうかと思うが……。もう大丈夫そうで良かった」
「昨日の今日だからな。本日は休養に充てて明日からヴォルテカの捜索にあたろうと思う」
「ちゃんと人間らしく行動してくれよ」
「肝に銘じておこう」
レイはそう請け負ってくれるが、それが末端にまで行き届くかは疑問の余地があるところだ。特にハコやCPには注意が必要だと流星は見ている。
「そうだ流星、人間は疲れるとお風呂に入ると聞いている」
「疲れると入るわけじゃないが疲れはとれるな。どちらかというと日々の汚れを落とすことが主目的じゃないか?」
「となると好都合だ、実は昨日の戦闘で土や埃があちこちについていてどうも気持ちが悪い。お風呂を借りてもいいだろうか?」
流星は相手が異星人ということもあり、あまりゼントロンの生活に口出しをすることはなかった。故に就寝時に布団を用意したり、風呂に入れたりすることもなかった。彼女達がここに来て幾日か過ぎたが、いつも各人思い思いの場所で雑魚寝をしているし、一度も風呂に入っていない。
「……もちろんいいよ。というかまあその何だ、成り行き上とはいえここはお前達のいる場所になったわけだし……常識の範囲内で自由にしてくれていいんだぞ……?」
一度死線を乗り越えたからか、当初よりも流星は彼女たちを疎ましく思っていない。
「そうか、それはありがたい。じゃあ早速ひとっ風呂浴びてくるとしようか!」
妙にウキウキとした様子でレイは風呂に向かって歩き去った。
「とりあえず俺はするべきことをするか……」
片付けはまだ全て終わっていない。
庭に出て、工具箱の中から釘抜きを持ち出し、外板に深深と刺さっている釘を一本一本抜いていく。本来なら原因であるハコにやらせるのが筋なのだが、昨日の戦闘における一番の負傷者に作業を強いるのはあまりにも人道的でない。
「でもあいつ今ゲームやってるんだよなぁ……」
無理矢理抜くと外壁に傷をつけてしまうので慎重に作業をしながら流星は一人言を言う。
流星はそうしてしばらく釘を抜いていたが、疲れたので休憩をしようと家の中に戻る。冷蔵庫に入れておいたスポーツドリンクでも飲もうかと思ったが、レイは今風呂にいる。
ゼントロン達には当初言ったように家電の機能を果たしてもらっている。と言ってもパソコンやゲーム機にはあれ以来触っていない。そう考えるとレイとスマ子はよくやってくれている方だ。
「これからみんなが外に出ることを考えると新しいのを買った方がいいのか……。まあそんな金ないんだけど」
コップに注いだ水道水を飲みながら流星は呟く。
「流星さんって結構一人言多いですよね☆」
「五月蠅いな。一人暮らしの人間は一人言が必然的に多くなるんだよ」
「必然なんですか?」
「必然だ」
「寂しさを紛らわせるため?」
「ほっとけ!」
ここでピンポーンとインターホンが鳴る。
「誰だ? 今日は届く予定のものはないはずだけどな」
基本的にインターホンを鳴らすのは宅配業者なのだな、とスマ子は思ったがそれを言うと確実に怒られることを察して黙っておいた。
「もしかしたらヴァイストロンだったりして☆」
「お礼参りにはしちゃ早いな。それにあいつらだったらいきなり突っ込んでくるんじゃないか? わざわざインターホンを鳴らす意味がない」
流星は居間に据えられたモニターを確認するが、画面は真っ暗だ。
「おかしいな、故障したのか?」
「インターホンを鳴らした人が隠してるんじゃないですか?」
「怪しいな……」
一体何者がやって来たのかを思案していると、インターホンがもう一度鳴らされる。
「まあ出るしかないな。いきなり殴られるくらいの覚悟はしておこう」
一度の戦闘の経験は流星をある種大胆にさせたようだ。玄関に行き、扉を開く。
そこには予想外だが、見慣れた人物がいた。
「淀橋君、こんにちは。お邪魔していいかしら?」
「委員長!? 何で!?」
流星はその場に桜屋がいることへの理解が追いつかず、混乱する。
そして、はたと気付く。シャツの胸ポケットにスマ子を入れたまま桜屋と対面していることに。流星は、これでは家では常に美少女フィギュアを持ち歩く人間だと思われてしまう、と思考し汗が止まらなくなる。桜屋はそれをクラスメイトに吹聴して回るような人間ではないとわかってはいるが、何より桜屋にそう思われることが困る、と流星は思う。
「玄関先で立ち話も何だし、入っていい?」
桜屋は流星よりも少し背が低いので上目遣いになる。
「えっあっそうですね。どうぞ……」
いやいや入れちゃ駄目だろレイ達が中にいるんだぞていうか女の子が家に来るのなんて初めてだどうしようお茶菓子とかあったかなそもそも何しに来たんだいやいやだからレイ達と会っちゃ困る! 突然の来訪者に流星の思考はしっちゃかめっちゃかになる。対する桜屋は威風堂々物怖じなどせずいつも通り。
スマ子はその場の空気を読んでしっかり人形のフリをしている。玄関のドアを開けてからは声も上げずに微動だにしていない。さすがは自称やれば出来る子である。
流星は状況に流されるままに桜屋を居間に案内する。いつもより丁寧にお茶を淹れ、突っ立っている桜屋の前に置く。
「何で立ったままなの?」
「座る許可をもらってないからよ」
「ああどうぞお寛ぎください」
「ありがとう」
桜屋の落ち着いている、を通り越して面接に来たリクルーターのような過剰な畏まった様子に、流星はやっと心拍数が安定し始める。彼女は家に突然やってきたものの『えへっ! いきなり来ちゃった! えっと、あの……迷惑だった……?』とかそういった茶目っけ溢れる感情を一切持っていない。そもそも桜屋麻耶という人間がそういった感情を持つことがあるのか流星にとっては大きな疑問である。
ソファに座ってお茶を一啜りした桜屋が口を開く。
「先ずは突然お邪魔してごめんなさい」
座したまま頭を下げる桜屋。シャンプーの香りか、芳香が流星の鼻孔をくすぐる。
「いやまあそれはいいんだけど……」
「気になっていると思うから、今日淀橋君の家に来た理由を説明してもいい?」
「ああそれは是非」
「最近淀橋君おかしかったでしょ? 私の見たところ淀橋君は言ってしまえば、特筆すべき点のない一般的な人間なのよ」
面と向かって取るに足らない人物だと言われた流星は心の中で涙を流す。
「別に侮蔑の意味で言ってるんじゃないわよ。私だってちょっと真面目な一学生、似たようなのはどこにでもいるわ。それにそれが悪い意味だとも限らないと、私は思ってる」
「フォローありがとう……」
「別にフォローのつもりで言った訳じゃないけど……。まあいいわ。そんな淀橋君が明らかに何らかの秘密を抱えている様子だったから、それが気になってここに来たの」
「秘密だなんて……人は大小関わらずそういうの持ってると思うけど……?」
内心ドキリとしたが、一般論を引き合いに出すという小賢しい誤魔化しを行う流星。
「別にそれを言え、と言っているわけじゃないわ。もし、それが何らかの悪事に関わることならば即刻止めなさい、と釘を刺しに来たのよ」
一クラスメイトという間柄でしかない自分にわざわざここまでしてくれるのか、と流星は素直に思い、真摯な対応をすべきだと結論付ける。
「確かにちょっと人には言えないことになってるんだ……。でも誓って犯罪に関わることじゃないから安心してほしい」
桜屋は大きな瞳で流星の目をしっかと見つめる。流星は照れのあまりに目を逸らしそうになるがなんとか堪える。
「嘘は言ってない目ね。それじゃあこの件はもうおしまいにしましょう」
深くは追求せず、信頼してくれるという桜屋の度量の大きさにただただ感嘆する流星。本当に同い年とは思えない。
「ありがとう。でもわざわざ家に来るなんて度胸があるね、委員長は」
「学校じゃ話し難いことだしね」
学校であればはぐらかしてさっさと家にでも帰ってしまえば済む話だ。言うなれば逃げ場をなくすために桜屋は家に来たのだ。そんなことにも気付かず流星はもてなしのために和風の意匠が施された箱を取り出す。
「あっこれお茶請けに」
流星は先日父から送られてきた京都の銘菓を桜屋に差し出す。餡が上品な甘さで日本茶にとても合う和菓子だ。
「あらこれは京都のお店の……」
「知ってるの?」
「この間テレビで紹介されてたのよ。えっと、それじゃあ一つ頂こうかな……」
桜屋はすっとお菓子を手に取り、小さな口に運ぶ。一口食べた桜屋はこれ以上幸せなことはないというとろんとした表情を見せ、流星を驚かせる。
「甘いもの好きなの?」
「っ!」
ほにゃりと至福に満たされた顔をきっと引き絞り真顔になる桜屋。
「好きなんだね?」
意外な事実に頬が緩む流星。
「勉強で疲れた脳には糖分がいいのよ……。だから勉強の効率を上げるために甘いものを取ることはたまによく時々あるわね……」
「素直に好きって言ったらいいのに。それにしても意外だね」
あまり年頃の女子らしいところがない桜屋にもそういう一面があったのか、と流星は何故だか嬉しくなる。
「意外ってどこが?」
「学校ではそんな姿見たことないから」
「学校にお菓子を持ちこんじゃいけないでしょ」
こいつは何を言っているんだ、という表情で桜屋は言う。
「そりゃそうだ」
「まあ私も意外に思うことはあったけどね」
流星への反撃のために桜屋が口を開く。
「どこらへん?」
少し浮かれていた流星は守りが薄くなってしまう。
「そうね……淀橋君がプライベートでは女の子の人形を肌身離さず持っていることとか」
流星は一度気付いたのに、スマ子を胸ポケットに入れたままであることを思い出す。
「いやあのこれは……」
言い訳をしようにもスマ子の正体を明かすことは出来ない。流星は何とか言葉を捻りだそうと試みる。
「こっこれは……今日のラッキーアイテムなんだ!」
流星が何とか絞り出したエクスキューズは言わない方がまだマシと思えるものだった。
「……まあ、そういうことにしておきましょう……」
桜屋は厳しいところもあるが、優しい一面も持っている、そのことを痛感する流星。しかし、時に優しさもまた人を傷つけるのだ。
がっくりと頭を垂れると、胸ポケットで真っ赤な顔をして吹き出すのを堪えているスマ子が目に入る。お前のせいだろうが! と声を荒げると桜屋の優しさをふいにしてしまうので何とか耐える。
「さーてこれからどうしようか! 折角来てくれたんだし、勉強でも見てもらおうかな!」
怒りを誤魔化すため、そしてその場の居た堪れなさを解消するために、流星は無駄に声を張り上げる。
「それはいいけど。その前におトイレを借りてもいい?」
「廊下の突き当たりを右手にございます」
テンションが定まらない流星はおかしな喋り方になる。そんな流星を露とも気にせず桜屋はソファから立ち上がり居間を出ていく。
「いやードキドキでしたね☆」
「今ほどお前を憎いと思ったことはなかったぞ……」
「別にわたしが何か悪いことをしたわけじゃないですよー☆」
全く持ってその通りである。流星にはスマ子を隠すタイミングが幾らでもあった。そうしなかったのは流星の落ち度と言う他ない。
「空気を読んでケータイの形態にでもなってくれたらよかったじゃないか!」
それでもスマ子を責める流星の狭量さは測り知れない。
「いいじゃないですか☆ 桜屋さんは気にしないって言ってくれてますし☆」
「俺が気にするよ! 会うたびに、あの人ああ見えて美少女フィギュアにお熱なんだ、って思われるじゃないか!」
「事実なんだから仕方ないですよ☆」
「事実じゃないよ! 誤解で誤謬で誤りだよ!」
「三回も意味を重複させるほどですか☆」
スマ子と言い合いをしている流星の頭にふと、あることがよぎる。
トイレと風呂は位置関係的に向かいに存在している。何かの拍子でレイと桜屋が遭遇してしまうことがあるかもしれない。
「スマ子、レイと今すぐ通信出来るか?」
「可能ですよ☆」
「レイに委員長と接触をしないように言っておいてくれ!」
流星は実質一人暮らしということになっている。それが銀の髪を持つ妙齢の女性と暮らしているとなれば問題である。責任感の強い桜屋のことなので、二人の関係を洗いざらい吐かせるに違いない。
「了解です、すぐに通信します☆ あーレイさんですか☆ 今ちょっといいですか☆ いやそれほど緊急でもないんですけど、まあ流星さんにとっては緊急ですが☆ その流星さんに今お客さんがいらっしゃってまして、出来れば会わないようにしてくれということなんです☆ あれ? レイさん? レイさーん? もしもーし? えっと、その、通信が途切れました☆」
「何かあったのか!?」
「わかりません☆ 確かめに行きましょう!」
もしもヴァイストロンがまたもや襲撃に来たのなら、桜屋の身にも危機が迫っていることになる。状況を明らかにするためにも流星とスマ子はお風呂場に急行する。




