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流星は戦闘が開始されるやいなや現場から逃走し、二階の窓から庭を観察する。庭では、ゼントロン達が各々ヴァイストロンを相手にしていた。
ハコの前には少し前までカブだった女が立っている。肩口までの黒髪が風に揺れる。
風が止んだと同時にハコがカブのヴァイストロンに上段の突きを打つ。神速とは言い難いが、中々の早さである。しかし、カブにはヒットしない。ひらりひらりと寸でのところでかわされている。
「避けんなバカ! ちゃんと当たれ!」
怒りのあまり無茶苦茶なことを言い出すハコ。冷静さを欠いた拳が当たるはずもなく、ハコはカブに翻弄される。カブの顔は嘲笑の笑みを浮かべているが、笑い声を上げることはなく、ギギゴゴ、としか聞こえない不協和音を奏でる。ハコがそれを聞いて、更に逆上し、がむしゃらにケンカキックを繰り出す。当然カブはそれをかわし、カウンターでハコの顔面に向けて握り込んだ拳を一閃。外す。ハコは瞬時に間合いを取り、喚く。
「あぶねーな! 当たったらどうする!」
カブは一瞬、苦々しい表情を浮かべる。
「こーなったらアレを使うしかないな……」
ハコはそう呟くと、物置にじりじりと歩を進める。そして中に纏められていた大量の釘を無造作に引っつかむ。
「パーシャル・アームド!」
そう叫んだハコの右手が光に包まれる。光が消えた後のハコの手にはデザートイーグル、のような拳銃が形成されている。
「あーやっぱりまだ完璧じゃないなぁ……。でもお前相手には十分だ」
ハコはギラリと目を光らせ右手のデザートイーグルもどきをカブに向ける。トリガーを引き、撃つ。放たれる弾丸は釘。しかし、狙いはカブの頭を左に外れ、流星の家の壁に釘が刺さる。
耳慣れぬ銃声に流星が視線を向けると、ハコが四方八方逃げるカブに向けてデザートイーグルネイルガンを打ちまくっている。わなわなと震えていた流星は突如激昂する。
「ハーコー! 後で全部抜いとけよぉ!」
流星のメッセージは怒りに身を支配されているハコの耳には届かず、銃声は止まない。
「それにしてもあの銃っぽいのは何なんだ?」
なおも流星の家の壁に釘を穿ち続けるハコを視界に入れながら流星は疑問を口にする。
「あれはハコちゃんの新しい能力ですね☆ わたしたちは地球で家電を媒体に体を得てから、以前にはない力を手に入れたんです☆ 詳しくは調べてみないとわかりませんが、ハコちゃんは見様見真似で武器を作れるみたいですね☆ あの銃は昨日やってたゲームに登場していたはずです☆」
「だからちょっとデザインが違う上に釘を撃ってるのか……。なんて攻撃的な能力……」
ハコがその気になればより強力な兵器をコピー出来るという事実に恐れおののく流星。
騒がしいハコとカブの闘いの程近くでCPとゴリラが向かい合っている。お互いが相手の出方を伺っており、戦局は始まる前から膠着状態だ。
元はゴリラだったヴァイストロンはこげ茶色でベリーショートの髪をしており、CPよりも頭二つ分は背が高い。がっちりとした体格はゴリラの名に恥じないものだ。
CPはゴリラを見た目からパワータイプだと推測する。しかし意外や意外、相手の戦力を測りかねる今、冷静にこちらを窺うとは中々やる、とCPは思う。純粋な力比べとなると分が悪いCPは頭を巡らせる。そこにハコが撃った釘の一つがCPの頬を掠める。
「っ……!」
一瞬の視線の動きを察したゴリラが一気にCPに殺到する。洗練されていない無骨な正拳突き。直撃。CPの体が宙に浮き、後方に吹っ飛ばされる。いや直撃ではない。ヒットの瞬間にCPはクロスした両の腕でゴリラの突きをガードし、バックステップで勢いを殺していた。
「まったくあいつは……」
心底から腹立たしげにCPはぼやく。直撃は免れたが、CPの腕はジンジンと痺れている。パワータイプという見立ては間違っていなかった。接近戦に持ち込むのは危険だとCPは距離を取るが、ゴリラは相手の意図を直感的に悟っているのかじりじりとCPとの距離を詰める。一定の距離を保ったまま再びの膠着。
「CPさーん、がんばってくださーい☆」
膠着の中にあるCPに暢気な声援が送られる。
「スマ子、空気読め」
「わたしたちには応援くらいしか出来ませんから……」
黄昏た目をしてそう言ってはいるが、わたしは戦闘班じゃなくて助かったー、という気持ちを汲み取る流星。
二階の二人をよそに大将二人が対峙している。
「あなたとこうして向かい合うのはあの時以来ね」
「そうだな。お互いあの状況でよく生きていたものだ」
「目的を達成するまで私は死ぬつもりはありません。それでは排除させていただきます!」
地を蹴ったドゥカティがレイとがっちり組み合う。
「力比べか? 久しぶりだな!」
レイとドゥカティは組み合った両手を頭上に持ち上げ、渾身の力を込める。ミシミシと音を立てる二人の体。状況は拮抗しているかと思いきや、じわじわとレイが押され始める。
「さっきの威勢はどうしたのかしら?」
「ぐっ……」
レイの両の腕を引き絞るドゥカティの女は、先ほどまでの優雅な物腰とは打って変わって好戦的だ。
「おいおい……レイが押されてるぞ……」
流星は窓辺から二人の攻防を眺めながら、ここで負けてしまったらどうなるのだろう、ということを考えていた。
「大丈夫ですっ☆ 大丈夫……レイさんがそう簡単に負けるわけありません!」
「だといいけど……。そういえば地球にやってきたヴァイストロンって四体のはずだったよな? 残り一体はどこにいるんだ?」
「案外後ろにいたりして☆」
冗談めかしてスマ子が言う。二人の背後でがさりと音がする。
「いやそんなまさか……」
まさかの事態というのはどうしてなかなか起こり得る。
耳障りな不協和音と共に細い鉄の腕が流星とスマ子の間に割って入る。拳は家の壁にめり込んでいる。
「どわぁ!?」
一瞬遅れて流星は反応をする。振り向いた流星は瞳に不気味な光を宿した電動アシスト付き自転車のヴァイストロンと視線が交差する。流星とスマ子は脱兎の如く逃走を開始する。自転車ヴァイストロンは壁に突き刺さった自らの腕を抜こうと必死になっている。
その隙をついて流星は二階にある普段は使っていない部屋に転がり込む。隠れる場所を思案していると、ぎしりぎしりと床の軋む音が流星の耳に届く。敵は確実に迫っている。流星が選んだ隠れ場所は――部屋に入ってすぐ左手にある箪笥と天井の隙間、である。
部屋の扉が勢い良く開かれ、先ほどのヴァイストロンが侵入してくる。辺りを見回し、流星とスマ子を探している。押し入れを確認した後、ヴァイストロンは乱雑に置いてある段ボールを一つ一つ開け始める。
「どうやら大丈夫そうですね……」
急に耳元でスマ子に囁かれ、背筋がぞわりとする流星。思わず悲鳴をあげそうになるが堪える。ここで叫んでは見つかってしまう。極力小さな声で返答をする。
「喋りかけるな……。見つかったらどうするっ……!」
「みんなバイクの中、一人電動アシスト付き自転車のヴァイストロンなんてきっと小物ですよ☆ 二人でも何とかなるかも知れません☆」
もはや見つからないと高を括っているのか、調子の良い発言をし始めるスマ子。
「だから俺は戦わないって言ってるだろっ……!」
「流星さんはわたしたちに加担しているという自覚を持って下さい☆」
「図らずもだろうが……!」
「ですが、相手はそんな事情を考慮してくれませんよ☆ いい加減わかってください☆」
スマ子の言葉はもっともなので流星は言い返せなかった。相手にしてみれば、流星はもはやゼントロンの地球上での協力者の一人だ。自らの意思では確かになかったが、それで関係者ではないフリをしても仕方ない。むしろ無自覚に行動するのは危険だ。スマ子なりに流星の身を案じているのかもしれない。だがしかし、そうであったとしてもお前らが今の状況に俺を陥れたんだろうが! という思いは流星の中から消えることはない。喜び勇んで戦いに身を投じる気には到底ならない。
「あーもう、わかったよ……。だけど戦闘に参加する気も別にないからな……」
関係を既に持ってしまっているのだ。それを無かったことになんて出来はしない。流星は覚悟をしなければならないことを悟った。
「妥当な落とし所です☆」
実はスマ子は結構腹黒いんじゃなかろうか? という思いに囚われる流星。
「それにしてもいつまでやってんだよ、あいつ……」
そんな二人のやりとりを全く知らない自転車ヴァイストロンは、未だに黙々と段ボールの開封作業に勤しんでいる。
流星は興味本位から相手の観察を試みる。他のヴァイストロン達はバイクを媒体にしていた。それにも関わらず、眼下で段ボールを開けているのは電動アシスト付き自転車だ。
見た目は自転車をパーツごとに分解し、それを子供が人型に組み立てたような印象を受ける。他のヴァイストロン達は変身後、ゼントロン達と同様に人間らしい形態なのに自転車ヴァイストロンはそうではなかった。何か理由があるのだろうか。体の中心には縦に二つのスポークが配置され、時々くるくると回っている。
「スマ子。あいつはなんで一人自転車を媒体にしたんだと思う?」
餅は餅屋、エイリアンはエイリアン、だ。
「知るわけないじゃないですか☆ わたしの考えでは、間違えただけだと思いますけど☆」
「んなアホな……」
「あの自転車を『モーター付きの二輪車』と捉えれば外宇宙から来た生命体は原動機付自転車と見分けがつきませんよ☆」
「確かに構成している要素は同じだ。だけどなぁ……」
「なんというか、悲しいですね☆」
生まれながらにしてケチがついてしまった自転車ヴァイストロンに同情の気持ちが禁じえない。そんな彼、いや彼女かもしれない、は尚も段ボールを開け続ける。
箪笥の上に本来人は載るべきではない。体勢も悪いこともあり、流星の腕は自身の体重を支えることが辛くなってくる。
「大丈夫ですか、流星さん☆」
スマ子はいつの間にか制服の胸ポケットに移動し、こいつは楽チンだ、といった様子だ。
「俺時々お前のことマジでぶん殴ってやろうかって思うことがあるんだ……」
「あらやだ怖い☆」
イラッとした流星はついスマ子を掴もうとし、手を自らの胸元に――
「あっ」「あっ☆」
流星はバランスを崩し、真っ逆様に畳の上に落ちる。自転車ヴァイストロンは背後で聞こえたドスンという音で振り返る。流星としっかり目が合う。目と言っても、自転車のライトが変形したようなものだ。
「あはは……どうも」
あまりにばつが悪いので曖昧なリアクションをとる流星。すかさず流星を捕まえようと手が伸ばされる。その素早い手を辛くも避け、流星は部屋から飛び出す。流星は階段を駆け下りながら怒りの籠った目でスマ子を睨む。
「わたしは別に何もしてないですよ☆」
それこそが問題なのだが、一々そのことについて問答している暇は二人にはない。
「下に降りてはみたがどうするべきだ!?」
「庭ではまだみんなが戦ってますから、邪魔しちゃ悪いですよね☆」
「助けを求めても仕方ないってことだな……。こっちで何とかするしかないのか……?」
「実はわたしに秘策があります☆ 何故そんなに嫌そうな顔を? 流星さん☆」
現在ゼントロンの中で最も信頼度の低いスマ子の提案を飲まざるを得ない流星は苦々しい表情を隠すことが出来なかった。
流星は自転車ヴァイストロンと対峙している。ここが一般的な民家の廊下でなければさながら早撃ち勝負をするガンマンのように見えたことだろう。緊張感は漂っているものの、廊下の脇には捲り忘れた先月のカレンダーがかかっていたりするので今一つ締まらない。そもそも流星は今にも雨が降り出しそうな空のような顔をしているので締まるも何もあったものではない。
流星は情けない顔のまま右手を中空に掲げ、くいっくいっと指を動かし相手を誘う。そのハンドサインの意味を理解したのか、ヴァイストロンが流星に向かって走り出す。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!」
奇怪な機械音を発しながら疾走する自転車ヴァイストロン!
迫る敵に流星は叫ぶ。
「スマ子! 今だ!」
「チェストォォォ☆」
流星は左手に隠していたビニール紐を勢いよく引っ張る。それによって廊下と居間を隔てていた扉が開かれる。その瞬間、スチールラックの一脚を持ったスマ子が飛び出す。一心不乱なスマ子の突貫でヴァイストロンの体の片方のスポークに鉄柱が挿し込まれる。
先ほど箪笥の上から観察していた時に発見した弱点、それは自転車であることに起因するものだ。車輪を持つものの宿命、というか構造上の問題。
「スポークに棒が挟まれば動けないだろ!」
スマ子の攻撃でバランスを崩し倒れそうになっているヴァイストロンのもう片方のスポークに、流星は背中に隠し持っていたスチールラックの一脚を挿入する。それが功を奏し、自転車ヴァイストロンは廊下に完全に倒れこむ。流星は馬乗りになり、動きを封じようとするが相手は抵抗を止めない。
「くそっ! 暴れるな!」
やたらめったら振り回される手足に打たれる流星。何とか抵抗をさせないように流星は両手で相手の腕を床に押し付ける。
「スマ子! 俺のポケットからインシュロック出してくれ!」
一瞬の間。
「結束バンドって言ってください☆」
スマ子は流星のポケットに潜り込みインシュロックを取り出す。
「これいつも持ち歩いてるんですか?」
「んなわけないだろ! こんなこともあろうかとさっき用意したんだよ! さっさと手と足を結んでくれ! こいつ結構力強いんだよ!」
スマ子は鮮やかなバンド捌きで自転車ヴァイストロンの手足を何重にも拘束する。拘束されたヴァイストロンはもがき結束バンドを外そうと試みているが、二重三重に結ばれたそれを引きちぎるには相当な力がいる。
それを見下ろしながら流星は初めての勝利という感覚に酔いしれる。今まで感じたことのない達成感に身を支配されている流星にスマ子が言う。
「いつまでそうしているんです☆ 今回はわたしの作戦のおかげですよ☆」
「だとしても功績の半分は俺の物だろ!」
「まあ誰がやったかなんて重要じゃありません☆ 外の様子を見に行きましょう☆」
「……ところでこいつはどうするんだ?」
「とりあえず放置しておきましょう☆」
「いいのか? どこかに閉じ込めるとかしなくていいのか?」
「流星さん一人で運ぶのは大変ですし、閉じ込める場所も無いでしょう☆」
「確かに一般的一軒家に誰かを閉じ込めるためのスペースはないな」
外からしか鍵がかけられない窓のない部屋なんてものはないし、座敷牢なんて物騒なものがあるはずない。
「ですよね☆ みんながどうなってるのか気になります☆ さっさと行きましょう☆」
結局流星も納得し、ヴァイストロンは放置することと相成った。
「ギガー!」
流星とスマ子の後ろで悲壮な機械音が聞こえたが、敗者に自らの処遇を変える力はない。




