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平身低頭という言葉ほど、今の流星を表すものはない。
「昨日は申し訳ございませんでした」
朝の教室は昨日の放課後とは打って変わって、ホームルームを待つ生徒達で溢れている。流星は桜屋の前で九十度近く頭を下げ、謝罪を試みている。
「まあ、あれしきの事で腹を立てるほど狭量でもないわ」
桜屋は足を組み、一限の予習を片手間に行っており、目線はノートに注がれている。
「さすがは委員長、心がお広くあらせられる……」
「お、をつければ何でも敬語になるわけじゃないわよ。敬語の使い方がなってないわね。現国も学び直さないと」
桜屋は右手を流星の方に差し出す。飼い犬よろしくお手をしろということか、と流星は思うが、すぐにさすがにそこまでサディスティックな性格ではないと考えを改める。
「この手の意味は?」
「昨日の宿題を提出して、というサイン」
流星が朝から過剰に低姿勢なのにはきちんと理由がある。
「やっておりません……」
あれからゼントロンの一味が一度解散したはいいが、同じ屋根の下にいることは変わらず、流星を悩ませる事態が頻発し、桜屋の提示した課題に手を付ける時間が無かったのだ。
桜屋の鋭い視線が流星を捉える。
「そう……淀橋君は思ったより阿呆のようね……」
「返す言葉がございません……」
「格別の事情があったのなら、私も納得するし前言も撤回する。理由を教えてくれる?」
昨日家に帰ると異星人達が自宅の家電を取り込み、成り行きで同居することになってしまった。レイが納豆を納めることを断固拒否したり、スマ子によって流星が中学生の頃好きだった子から貰い後生大事に保存しておいたメールを読み上げられそうになったり、ハコが自らの体を利用してFPSゲームを始めてネット対戦の相手にブチ切れているのをなだめたり、CPが怪しげなサイトにアクセスしようとしているのを止めたり……流星には桜屋には言えない理由しかない。ポケットに仕舞われているスマ子の変形を直に見せれば信じてもらえるだろうか。しかし、委員長を巻き込む訳にはいかないと、流星は思い直す。
「特に理由はありません……」
こう言うしかないだろう? と流星は苦虫を口一杯に噛みつぶしたような面を隠すために下を向く。桜屋はじっと流星を見ている。盛大に溜め息を一つ。
「やってこなかったことをとやかく言っても始まらないわ。始まるのはホームルーム。ほら、席に戻って。起立」
桜屋は追及の手を止め、クラス委員長としての職務を全うする。凛とした声が教室内を切り裂き、がやがやと騒がしかった級友達が静まり返り、起立する。
「礼」
流星は自席に戻り、礼をする。先ほど桜屋に行った礼よりも浅い。
「着席」
椅子を引き、腰を落ち着かせる。先ほど委員長があれ以上追及をしなかったのは、担任が教室にやってきたから、それだけだろうか? といったことを流星は考えていた。
「もしかして今日も帰るなんてことはないでしょうね?」
終礼が終わったと同時に桜屋が流星の席の前に陣取る。
「ええそれはもちろん……ですが校門前の掃除なので……」
「そう、じゃあ仕方ないわね。でも鞄はここに置いていってもらおうかしら?」
言い終わる前に鞄は桜屋に押さえられている。人質ならぬ鞄質を取られる流星。
「普通そこまでする?」
流星はその執念に思わず素直な感想を言ってしまう。
「委員長としての責任よ」
ここで教室の誰かが、二人って最近仲良いよねー、と言っているのが流星の耳に入る。
「そう見えるならその目は節穴だ……」
「何か言った?」
「いや何でもないです。鞄を置いて掃除に行ってまいります!」
すっくと立ち上がりきびきびとした動作で教室を出て、校門に向かう流星。何人かのクラスメイトと共同で掃除にあたり、規定時間内に終わらせる。掃除道具を仕舞い教室に向かうかと思いきや、いったん下駄箱に戻った後、流星はそのまま駐輪場に歩き出す。
「また桜屋さんに怒られちゃいますよ☆」
周りに人がいないのをいいことにスマ子が喋り出す。流星は自宅に置いていこうとも考えたが、生活をそこまでゼントロン達に左右されるのも癪なので持ってきたのだ。
「元はといえばお前らのせいだろ……。俺がいないところで好き勝手やられても困る。今回は仕方ない」
他の人から見たら一人言を言っているようにしか見えない。駐輪場についた流星は自らのマウンテンバイクの前輪に通されているチェーンの鍵を外す。ふと流星が校舎を振り向くと、三階の窓辺に佇む、今まで見たこともない冷やかな表情を浮かべた桜屋が目に入る。
「思ったより早くばれた……」
桜屋は目をこちらに据えたまま、スカートのポケットから携帯電話を取り出している。
「あっ☆ 桜屋さんから着信です☆ 出ます?」
「出ません。あーでも後でメールを送っておいてくれ。未送信のやつ」
流星が電話に出ないと見るや桜屋は鞄を引っ張りだして見せる。こいつが惜しけりゃ戻ってきな、というメッセージ。
流星は焦ることなく鞄を開いて、というジェスチャーを送る。少し戸惑いがちに桜屋は流星の鞄を開ける。
「……!」
そこには体育の時間に使う運動靴と滅多に使われないので誰もがロッカーに入れっぱなしにしている美術と家庭科の教科書。流星はこうなることを予想し、必要な物は別の袋に入れておき、下駄箱のロッカーに置いていたのだ。軽くて中身が無いことがわからないように偽装工作までする周到さ。
「普通ここまでする?」
今度は桜屋がその台詞を言う番だった。
流星は勢いよく桜屋に頭を下げ、マウンテンバイクを漕ぎだす。あっという間に校門を潜り、徒歩通学らしい桜屋はもはやどうやっても追って来られない。
「もうメール送っていいですか☆」
「ああ、頼む」
桜屋に送ったメールの内容は、先ずは謝罪、次に未提出の宿題は今日こそやるということ、最後にもう一度謝罪。
「返信が届きましたよ☆」
「今見られないから読んでくれるか」
何だかんだ言いつつもスマ子によるメール読み上げ機能を使いこなす流星。咳払いを一つしてスマ子は似ていない声真似をしながら桜屋から届いたメールを読み始める。
「淀橋君には失望した。こうなればこちらにも考えがあるわ。PS 現国の教科書P23からP45の作品を読んで感想文を提出しなさい」
「課題が増えてる……」
「桜屋さんって苛烈な方ですね☆」
「珍しく意見が一致したな」
転んでもただでは起きない桜屋に敬服する流星とスマ子だった。
「こういう場合、おかえり、と言うのだったな」
帰って来た二人をレイが出迎える。
「……ただいま」
この言葉を言うのが久しぶりな流星。
「ただいまです~☆」
きっと初めてであろうスマ子。
「言いつけ通り誰も外出していないぞ。早速だが会議を始めたい、居間に集まってくれ」
「俺も同席していいのか?」
「もちろん。原住民代表として意見を聞かせてくれ」
流星は原住民という表現にどこか釈然としない思いを抱えつつも、自室に荷物を置いてから居間に向かう。居間には既に一同が会しており、テーブルを囲んで昨日よりも真面目な雰囲気が辺りを包んでいる。
「それでは全員集まったので始めようか。スマ子、現況の報告を」
「はい、地球に降り立ったゼントロンは現在四名☆ 戦闘員はわたしを除く三名です☆ 仲良く流星さんの家で暮らしています☆ 次にわたし達の探しているヴォルテカの情報ですが、日本の関東地方にて微量の反応を感知しました☆ 恐らくこの辺りにあるはずですが、詳細な情報は実地で調べてみないと現状わからないですね☆」
流星は耳慣れない言葉があったので質問をする。
「流れを遮って悪いがヴォルテカってのは何だ? それがゼントロンとヴァイストロンが探しているものなのか?」
「そうだよ。まーあたしも良く知らないんだけど。何かすごいらしいよ」
ハコがわかったようなわからないような説明をしてくれる。
「それでは何も伝わらないぞ。といっても我々も全宇宙を制する程の高エネルギー体ということしか知らされていない。お上はいつも木端に全てを打ち明けないものだ」
辺境の惑星に派遣されたことに些か不満があるような口ぶりのCP。
「ヴァイストロンに関する情報は何かあるか?」
「本部からの通達によると既に少なくとも四名は地球に降り立っているそうです☆ 詳しい位置はわかりませんが敵さんもヴォルテカの反応を察知しているはずですから、そのうち会えるでしょうね☆」
「会えるでしょうね☆ じゃないだろ。スマ子は非戦闘員なんだろ? だったら向こうの方が戦力は上じゃないか!」
「わたしは情報管制官という役割なので……。でもやるときはやります!」
「意気込みでどうにかなるのかよ!」
「そこはほら、半人前同士頑張りましょう☆」
「俺を頭数に入れるな! 何で異星人同士の争いに巻き込まれなくちゃならないんだ!」
「まあ視点を変えれば地球人も異星人な訳ですし☆」
「確かに……って、いやいや納得出来ませんよ!」
「まあまあ落ち着け流星。地球人を巻き込む気はない、少なくともゼントロンにはな……」
レイは歯切れが悪そうに言う。
「それってヴァイストロンはどうだか知りませんよってことか……」
無言を以て肯定とするゼントロン一同。これは俺が思っている以上に地球には危機が迫っているのではないだろうか、と流星は思う。一高校生が一人で抱えて何とか出来る範疇ではない。しかし、流星にはこのことを政府や警察に知らせて信じてもらえる自信がなかった。
「……それでヴォルテカを探すアテはあるのか?」
流星が会議を進める発言をする。もはや他人事とは思えなくなっている所がある。
「残念なことにないんです☆ 反応は確かにこの地域にあるのですが、流動的に位置情報が変わっているみたいで☆ 反応も強くなったり弱くなったりしてますし……」
「というわけで明日からは我々も外に出て調査活動をしたいのだ。地球にやって来た目的を果たさなくては」
流星もいずれはレイたちがこの家から出ていき活動をする、とはわかってはいた。しかし、今のままでは不安が残る。故に、ある提案をすることに決める。
「ヴァイストロンに先を越されるのは地球人にとってもヤバいことになりそうだし、仕方ないか……。でも、地球人にお前らの存在が知られれば、マスコミとか研究者とかがこぞってやってきて、目的を遂行するのが難しくなると思う。だから、先ず人間らしく行動をすることを約束してほしい」
「元よりそのつもりだった。本来なら流星にも知られるべきではなかったからな」
「その割には堂々とうちの冷蔵庫を乗っ取ったような気がするけど……」
「まあ、その、なんだ、気にするな」
「そこはレイが気にするところじゃないかな!?」
「過ぎてしまったことを言ってもどうにもならないぞ、流星」
流星は突っ込みが堪えないタイプを相手にすると疲れる、ということを体感している。
「わたしはどうみても人間じゃないんですけど☆ どうしたらいいですか?」
手の平サイズのスマ子が言う。
「確かに……じゃあスマ子は良く出来たフィギュアということで……」
スマ子は人前で喋ったり、動いたりしなければどこかの深夜アニメの美少女フィギュアにしか見えないだろう。
「つまり流星さんは美少女フィギュアを常に持ち歩き、時折話しかける人物ですね☆」
「完全に危険人物だな……。ていうか自分で美少女とか言うな」
「おっと☆」
流星が繰り出した指をサッと避けるスマ子。
「そんな手を食らうわたしではありません☆」
その得意顔に何となく腹の虫がおさまらない流星は次の手に移る。大きく息を吸い込んでスマ子に吹きかける。
「あ~れ~☆」
風圧にバランスを崩し、ステンコロコロと転がるスマ子。テーブルの上から落ちそうになったので流星は手を出し、受け止めてやる。
「じゃれついている場合ではないぞ。流星、具体的に我々はどうしたらより人間らしく見えるだろうか? 個人的にはかなり人に似せていると思うのだが」
レイが腕組みをしながら、思案している。確かに一見しただけでは人に見える。
「やっぱり服が変だ。そんな姿で街をうろついている人はいないだろう?」
「確かにここに来たばかりの頃は全く知識がなかったからな。服ならすぐにでも形成することができるだろう」
「便利だな。まあ、これで衣服の問題は解決だ」
「他に気をつけるべき点は?」
「そうだな。みんなは俺の遠い親戚という設定で行こう」
髪の色も年齢もバラバラの親戚が一度に三人も……。あまり上手い言い訳ではないが留学生にしては日本語が達者すぎるし、大勢を一手に引き受けることはあまりない。親戚という設定の方がまだマシだろう。
「確かに流星の家を出入りするのだから、そういうことを決めておいた方がいいな」
流星が他に決めておくべきことはないだろうか、と頭を捻っていると遠くでバイクの排気音が響く。
「決めておくべきことはこれくらいだな。問題が起こったら随時足していけばいいだろ」
「静かにしてくれ」
レイが口元に人差し指を当て、話すなというサインを全員に送る。しばし呆気にとられた面々だが、レイの真剣な表情から、何か異変が起ころうとしていると察知する。
一同に緊張が走る。
「何か来るぞ」
先ほどから聞こえていたバイクの音が近くなっている。音は何層にも重なっており、それが一台ではないことがわかる。そして音が最大になった時、一斉にそれらは止む。
「どうやら家の前に止まったようだな」
CPが冷静に呟く。
「どうする? どうするよ? レイ?」
ハコは飛び出したくてうずうずしている。普段は只の子供のようだが、今は初めて会った時のようなギラついた目をしている。
「向こうの出方を待つのも上策ではない。行くぞ」
スマ子はいつの間にか流星の肩の上で、しっかりブレザーの襟を握っている。
「おいおい! まだ敵、そのあれだ、ヴァイストロンが来たって決まったわけじゃないだろ! バイクの集団が家の前に止まったからって何殺気立ってんだよ! 俺がちょっと見てくるから、大人しくしててくれ!」
流星は走って玄関に行き、誰よりも先に表に出る。そこには三台のバイクと一台の自転車があるだけだ。真っ赤なイタリア製のドゥカティ、日本のいたるところで新聞配達や牛乳配達などで見るカブ、名前が特徴的なゴリラ、それと何故か電動アシスト付き自転車。
「ほら、誰もいないじゃないか」
玄関の方を振り向き、遅れてやって来たレイ達に異変がないことを知らせる流星。
しかし、異変は起こっていた。流星の背後でバイク達が変形を始め、人の形になる。
流星には圧倒的に危機感が足りなかった。
人生において切った張ったのやり取りをしたことがない。明確な敵意を知らない。
元は血の色のドゥカティだった何者かが流星の後頭部目がけて一撃を繰り出す。
「流星! 伏せろ!」
レイが今まで聞いたこともない切迫した様子で叫ぶ。
スマ子が流星の肩から飛び降りながら、耳を思いっきり引っ張る。
「いったっ!」
そのまま体勢を崩し、流星はあまり手入れがされていない庭に転がる。岩が砕ける音がし、玄関の庭石に紅の手が刺さっている。
「あらあら、お久しぶりではありませんか」
今流星を殺そうとした者が久々に会った知人に対する気安さでレイに向かって手を振る。振った手から粉々に砕けた石の破片が辺りに散り、流星の顔に降り注ぐ。薄目を開けた流星の瞳に映ったのは、レイ達と同じような格好の赤い髪の女だ。燃え盛る炎のように紅く長い髪、双眸も深紅。無機質な色の肌に鮮烈な赤が躍るドゥカティの女。その女に向けてレイが口を開く。どこか会いたくない者に出くわした苦みを湛えている。
「やはり……生きていたのだな」
「当然です。あれしきのことで死ぬ私ではありません」
転がっていた流星はさっと起き上がり、レイ達の近くに逃げる。
「スマ子、耳が千切れると思ったが、助かった、ありがとう」
「どういたしまして☆」
スマ子もこの場においては冗談を言う余裕がない。
「あいつらがヴァイストロンか……。レイはあの赤いのと顔見知りみたいだな」
「きっとあの時戦っていた人ですね☆ 詳しい関係はわたしも知りませんが……」
「今日はちょっと挨拶のつもりで来ただけですわ。それにしても人間と仲良くするなんて一体何を考えているのやら……」
「ヴァイストロンには関係ない」
「まあつれないお言葉。こんな未開発惑星の原住民と仲良くするなんて……。何となく気に入りませんわ」
ドゥカティの女が右手を上げ、こちらに軽く振る。
控えていたヴァイストロン達が一斉に躍りかかる。流星は屋内に逃げながら、叫ぶ。
「頼むからよそでやってくれぇ!」




