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流星は桜屋を見送ってから居間に戻り、夕食の準備に取りかかる。
先ほど外に出た時、どこかからカレーの匂いがした。匂いを嗅いでから流星はどうもカレー気分になっていた。冷蔵庫の中にある食材を鑑みて、今日の献立をカレーライスに決める。
流星は愛用している少々草臥れた紺色のエプロンを手慣れた様子でさっと身につけ、レイに食材を出すように頼む。
「使いかけの人参、玉ねぎ、鳥もも肉、あとカレールーを出してくれ」
「了解した」
レイは手品のように流星が言った食材を手元に出現させる。
「前から気になってたんだけどさ。これってレイの体のどこに入ってんの?」
「至る所に散りばめられている。六四五リットルという容量は変わっていないぞ」
「絶対そんなに入んないと思うんだけどな……」
レイは流星よりも身長が高いが、大型冷蔵庫ほどの大容量があるようには見えない。
「まあなんだ、実は私にもいまいちわかっていないんだ」
「そうなのか。となるとこの食材も安全かどうかわかんないな……。家電を基にしているとはいえ、宇宙人の体内を経由してるんだもんな」
「以前スキャンしてみたが、直ちに人体に影響はないはずだ」
「その言い方は裏がありそうな印象を与えるぞ」
「そうなのか? 気にしないで使ってくれた方がこちらも気を遣わなくてすむのだが」
「まあ使うしか俺に選択肢はないし、気にしない事にする」
諦めて流星は調理を開始する。人参、玉ねぎ、鳥もも肉、ジャガイモを一口大に切り、ほぼカレー専用になっている深めの鍋でサラダ油を熱し、切った材料を炒める。
流星はここでレイの視線に気付く。
「そんなにじっと見られてたらやりにくいんだけど」
「気にせず続けてくれていい。私の星には料理という文化がなかったからな。見ているだけで面白い」
「面白いんだ? 機械の星だもんなぁ。ちょっと俺には想像つかないよ」
流星は計量カップを使わずに目分量で水を加え、じきに沸騰したのでアクを取り除く。
「先ほど水を加えたが、この説明書には六百ミリリットルと書いてあるぞ。少し多い」
「大体でも出来るからいいんだよ。一人では食べきれないし、明日明後日もカレーだからな。そのうち水分も飛ぶだろ」
十五分ほど煮込んでから火を止めてルーを投入。味にムラがあるのが嫌いな流星はここでしっかりルーを溶かす。弱火でさらに煮込んでいき、隠し味にソースを入れる。
「また説明書きにないことをしたな」
「ソースを入れると味に深みが増す……気がする」
「なるほど……料理……奥が深いな……」
「そんな神妙な顔で言う程のことじゃないと思うけど」
カレーを煮込んでいる間にサラダも作っておく。カレーは好きだが、味が一辺倒になりがちなのでサラダは欠かせない派の流星。冷凍していたご飯をレンジで温め、皿に盛りつけて完成。
「いただきます」
家に人は増えたが一人の食事は変わらない。流星はニュース番組を流し見ながら、淡々とカレーを口に運ぶ。いつも通りの食事風景なのに何だか味気ないと流星は感じる。
「レイ。そういえば地球の食事に興味あるって言ってたな? 何なら食べてみるか?」
「いいのか?」
「作った俺がいいって言ってるんだからいいんだよ」
「あ~ん」
「ちょっ!?」
「どうした、流星。何かおかしかったか?」
「いやいや! 何でもない!」
レイの予想外の「あ~ん」にドキッとしてしまう流星。レイのような大人の女性が無防備に口を開いている光景はなんだかとても雰囲気がある。流星はついついそんなことを考えてしまう。
流星は気を取り直してテーブルを挟んで身を乗り出すレイに「あ~ん」をしてあげる。スプーンがレイの口に吸い込まれる。
「んんっ!」
ガタン、と音をたてて立ち上がるレイ。それを見た流星は驚く。
「どうした! 不味かったか!? やっぱり地球の食べ物は合わなかったか!?」
「むむむ………………美味い!」
「……そりゃようござんした……」
流星は緊張した面持ちから一転、力が抜ける。気に入ってくれたなら良かったと思いつつ、流星は食事を再開する。カレーを一口食べてから、「あれ? これって関節キスじゃね?」という思いが湧いてきて、頬に赤味が差す。
「流星、体温が上がっているぞ? どうかしたのか?」
「カレーをね! 食べてるからね! カレーのせいだから! ほんとほんとマジでカレー」
焦りながらも流星は食事を再開する。
流星が食事をしている姿をレイがじっと見つめ、スプーンの動きを目で追っている。幸運にもまだ涎は垂れていない。
「あのさ、レイ。もしかしてもっと食べたい?」
「正直に言おう。食べたい」
「本当に正直だな……」
苦笑しながらも流星は皿にカレーを盛りつけ、レイの前に置く。
「はいどうぞ、召し上がれ」
「ありがとう。イタダキマス」
いただきます、と言い慣れていないからかどこかイントネーションがおかしい。レイはスプーンを子供のようにグーで握りながらカレーを食べ始める。
「美味い!」
またもやガタンと席を立つレイ。
「落ち着いて食べなさい。なんだったらおかわりもあるぞ」
普段は落ち着いた振る舞いをしているレイがカレーに夢中になっているのが、流星にはなんだかおかしい。
「ちょっと! わたし抜きで何楽しそうなことしているんですか☆」
いつの間にかテーブルの下にスマ子がやってきている。
「ご飯食べてるだけだよ。ところでどこ行ってたんだ?」
「ハコちゃんのゲームの相手してました☆ わたしもそれなりにゲーム出来ますからね☆」
最近のスマートフォンにはゲームのアプリも充実している。
「あいつのプレイスタイルには時々付いて行けないけどな」
流星も何度かハコとFPSゲームをしたことがある。上手いのだが、どうも突っ込むのが好きなようでカバーをするのが大変だった。
「レイさんだけずるいですぅ☆」
「だったらスマ子も食べるか?」
「食べます☆ 流星さんの料理を食べるのは初めてですね☆」
「食事自体が初めてだろ?」
流星は小皿に盛ったカレーを床に置く。その様子は何だか室内犬が餌を与えられている様子に似ている。
「さすがにこの扱いは酷すぎません……? ペット扱いですか……。スマ子のこの小さい体にも人の心が宿っているんですよ……」
「悪かったから! ぷるぷる震えるのは止めてくれ!」
流星はスマ子と小皿をテーブルの上に運ぶ。
「それじゃあいっただきま~す☆」
スマ子は体全体を使いスプーンを駆使している。使いづらそうだがスマ子の体の大きさに合うほど小さいスプーンはない。
「美味いだろう?」
何故かレイが得意げに言っている。
「美味しいです☆ 流星さんはいつでもお嫁さんになれますね☆」
「もらってくれる人がいればな」
軽口に軽口で返す流星。するとハコが腹をポリポリと掻きながら居間にやってくる。
「もうハコ、あんまりはしたない恰好しないの」
「へいへーい。んなことより流星、一緒にゲームやろ! ってなになに? みんな何してんの?」
「カレー食べてます☆」
「流星! あたしの分は!?」
「ハコも食べるのか?」
「食べる食べる。なんかよくわかんないけど仲間外れにしないでよ」
「じゃあ私の分もよろしく」
いつの間にかCPがテーブルについている。
「全員集合しちゃったじゃないか……。まあカレーならまだまだあるけどさ」
「CPさんはなんだか意外ですね☆ 無駄な事はしない主義だと思ってました☆」
「地球に来た時から食に対して興味はあったんだ。機会を逃していたがみんな食べてるようだからお零れに預かろうと思ってな」
「へい、お待ち」
「おおーこれがカレーか!」
「ハコ、食べる前に手を合わせて『いただきます』と唱えるのが作法だ。農家や家畜の皆さんに敬意を払うらしい」
CPがハコにそう言うと、ハコはきちんと手を合わせる。
「…………いただきます」
てっきり言うことを聞かないのではないかと周囲は心配したが、意外にもハコは言われた通りにする。
「いただきます」
続いてCPがそう言って、ゼントロン一同と流星の初の食事が始まる。
流星はテーブルについている面々を見ながら、そういえばこの家で誰かとご飯を食べるのは久しぶりだ、と思う。物心がついた時には母は他界していたし、単身赴任している父は滅多に家に帰って来ないからだ。
「どうしたんです? ぼーっとして?」
考え事に耽りスプーンが止まっていた流星をスマ子が心配そうに見上げる。
「いや、何でもない」
流星はそう誤魔化してカレーを一口。
「いやはや流星は料理がすごく上手いな。天才的だ」
「そんなことないぞ。カレーくらいなら誰でも作れる。小学生でも作れるくらいだ」
レイが妙に褒めてくるので否定する流星。実のところ、流星は同学年の男子よりかは出来ると自負しているがわざわざ言うようなことではない。
「そうなのか? 地球の小学生は恐ろしいな……」
「カレー作るのなんてそんな大層なことじゃないって! 練習すれば誰でも出来る」
「ほう……私にも出来るだろうか?」
「料理に興味があるのか? 簡単な料理だったら俺が教えようか?」
「おお、いいのか流星? 是非お願いする」
話の流れで、流星はレイに料理を教えることになる。いつかCPが言っていたように、ゼントロン達は物事に対して知識を持っているが、それを実際に行ったこと経験はない。教える人が近くにいた方がきっといいだろう。
「流星! おかわり!」
ハコが満面の笑みで空になった皿を流星に寄越す。流星はそれを受け取り、席を立つ。
「ハコ、口元が汚れているぞ」
「んー」
レイがティッシュでハコの口元を拭っている。何だか、母と子みたいだな、と思いながらハコの前にカレーを置く。
「カレーにチーズをのせると味がまろやかになってこれまた美味い」
「マジか! レイ! チーズ! チーズ出して!」
ハコにせがまれたレイはスライスチーズを取り出す。ペリペリと包装を剥がし、乳白色のチーズをカレーにのせるハコ。若干溶けてきたところで一口。
「うまし! スパイシーなルーが口の中でチーズと一体になって新たな世界へ誘ってくれる! チーズは味覚のツアーガイドやでぇ!」
「……あのさあ、もっと有益な地球の情報を身につけた方がいいぞ」
「食べた後はみんな面白おかしいコメントをするもんじゃないの!? テレビでやってたよ!」
「あれはそういうお仕事なんだよ。普通の人は基本的に言わない」
「何だとぉ! 騙された! 今すぐテレビ局に抗議してやる!」
「やめておけ。地球人に迷惑をかけてはいけない」
レイがピシャリとハコを叱る。
「ごめん。初めてのカレーの美味しさについテンションが上がってしまった……」
レイとハコのやり取りを見て、流星はふと疑問に浮かんだことがあったので質問する。
「みんなは結構付き合い長いのか?」
「私とスマ子はここに来る前からの知り合いだが、ハコとCPはこちらに来て初めて会った」
「知り合いって言い方はちょっと距離がある感じしますね……」
スマ子が少し寂しそうに言う。
「以前は所属が違っていたが、今は上官と部下の間柄だからな! そのなんだ、公私を分けるためにだな。わかってくれ」
「わかってますよ☆ レイさんのそういう真面目なところ好きです☆」
「むう……」
バツが悪そうな顔をするレイ。こういった表情を引き出せるのは二人の仲が良いからだろうな、と流星は少し羨ましく思う。
「じゃあハコとCPは地球に来てから二人に会ったのか。それにしては前から知ってる感じだったな」
「まー二人は有名だったからなー」
「私も二人の事は知っていた。あの戦役での数少ない生き残りだったしな」
CPの言葉を聞いたレイは俯き、何かを思い出しているように流星には見えた。
「そんなこと言ったら私だってお二人のことは知ってましたよ~☆」
「え。 なんで知ってんの?」
「そりゃあハコちゃんの『士官候補生タコ殴り事件』を知らない人はいないですよ☆」
「なにそのいかにも血生臭い事件……」
「ちょっ! 流星そんな目で見ないでよ! あれは新人をいびってる奴がいたから、あたしがお灸を据えてやっただけだよ!」
「やっぱり相手が司令部のお偉いさんの関係者とは知らなかったんですね☆」
「ハコなら知っててもやりそうだ」
「んなこと言ってるけどお前もなんかしでかしたんだろ!」
「別に大したことはしてない。上官に意見具申をし続けたら何故かここに送られることになっただけだ」
「それはつまり嫌われてんだよ! やーいやーい! 嫌われてやんのー!」
ハコが子供のようにCPを煽るが効果はあまりない。
「有能だけど反抗的な人がいるって話題になってましたよ☆」
「そうなのか? あの頃はあまり周囲を気にしていなかったからな……」
「それは今も……まあ止めとこう……。じゃあスマ子も何かしでかしたのか?」
「私はちょいと火遊びが過ぎまして☆ 怪しいデータがあったので趣味で調べていたら、上の人が怒っちゃいました☆」
「……今までの話を総合するとみんなここに左遷されてきた感じがするんだけど……」
「ぶっちゃけ地球はヴォルテカが存在する確率は少ないですからね☆」
「やっぱり厄介払いされてるじゃん……」
「いやいや可能性が低いだけですから☆ もしかしたらあるかも知れません☆」
「そんな曖昧な情報で俺の人生は狂わされたのか……」
「流星、意外とこういう辺鄙なところにあったりするんだって」
「まあなんにせよ、明日からの捜索次第だろう。では、ゴチソウサマ」
レイが手を合わせてそう言い、空になった食器を流しに片付けに行く。溜め息を吐きながら流星もそれに続く。そうして皆が食べ終わり、何の気なしに流星がカレーの鍋を覗く。
「三日分のカレーだったんだけどな」
カレーはすっかり平らげられていた。
「連日カレーを食べなくて済んだ、ということで☆」
「それもそうだな。それに……いや……やっぱ今のなし」
みんなで食卓を囲むのは結構楽しかった、という言葉を流星は飲み込んだ。




