7 修行の終わり
私は妖精が視えるというメルヘンな能力の持ち主ではあるが、それなりに地に足ついて生きてきた。夢は抱くが現実も知っているつもりだ。
(なぜなら大人やるの二回目だから!!)
というわけで、無双はできずともなんとか知恵を絞り出す。
「やっぱカウンター注文の先払いシステムにするわ」
「《カウンター注文の先払い……?》」
ホテル・アルカディアの部屋の中で、アーサーが私の言葉をそのまま繰り返した。
これは私が開く予定のカフェの仕組みの話だ。この街で一般的な、給仕がお客に注文をとり席まで運ぶ形式ではなく、カフェにやって来たお客が会計カウンターにいる私の所でメニューを決め、支払いまで済ませる。
「会計後すぐに商品を渡したいんだけど、ちょっと難しいかなぁ……軽食ならいける……? うーん……」
「《客に自分で運ばせるのか? バル見たいに?》」
最近まで働いていたカフェ・リアンフロンとは大きく違う。食べ歩きをした他のカフェともだ。むしろこれはこの街の飲み屋のスタンダード。
「席数は絞るつもりだけど、あんまり私がバタバタしたくないんだよね~」
数字がたくさん書き込まれた手帳のページを開きアーサーに見せる。この内容はリアンフロンのオーナーにも見てもらってもいた。
「《おー! 頑張って計算してるな!》」
面白そうに私の計画書を覗き込む。妖精王と収支計画なんて世界観が違いすぎる気もするが、まあいい。
「《ふ~ん。損失がないどころか利益が出るのか》」
「ええ!? そりゃそうよ!」
趣味で始めるものだが、かといってバンディッド伯からせしめた慰謝料を垂れ流しにするつもりもないのだ。
「儲ける方が楽しいでしょ?」
「《確かにな!》」
とは言え私一人が暮らしていくのに困らないくらいの利益ではある。家賃がかからないという点も大きい。
「《食いもんは何にするんだ?》」
試食させろよ、と楽しそうにしている。
「そこはちょっと期待してくれていいよ」
ああやっと使えるぞ、前世の知識が!
(それにしてもアーサー、どうも時々口調が……)
王様というには乱暴だが、二千年あれば変わるだろうと言われればそれまでなわけで……。
「さて、楽しい打ち合わせをしに行きましょうかね!」
これから店内改装の打ち合わせ。外装の方はすでに決まっていたのだが、店内に関してはやはりなかなか決められず、結局キッチンを最新のものに取り替え、カウンター周辺をカフェ風に変更し、壁紙を変えるだけで終わる予定だ。
「あのブラウニーが綺麗に管理してくれたから改修費がかなり浮いたわ」
アリロベから紹介してもらった改修業者は、もちろん元バルの噂を知っていた。幽霊が出るというアレだ。そのため、ピアノはどうかそのままで作業を……というお願いはアッサリと了承してもらえた。
「《俺がアイツに説明しておいてやるよ。大人しくしておくようにも言っとく》」
「助かる~!」
打ち合わせの後は、リアンフロンでカフェ修行。今日も忙しいが、やっと身体も慣れてきた。
周囲も、『生きていくために働く、元貴族の可哀想なご令嬢』という扱いから、『なんかよくわからないけど趣味でカフェを始める元お嬢様』、みたいな扱いになってきている。なんせカフェで働いた後は、三番街で一番お高いホテルへと帰っているのだから、貧しさとは無縁なんだろうと。
「オリヴィアさんのカフェ、オープンしたら遊びに行きますね」
と言ってくれる同僚も増えた。
それだけではない。ホール業務をしている最中に、
「オリヴィアさん。すみませんがキッチンを手伝ってもらえますか?」
突然、かなり急かされてホール業務中にキッチンへ呼ばれた。不思議に思いつつ、チラリと店内を見てみると、顔見知りの貴族のご令嬢達が店内に入ってきたことが多々あり、婚約破棄された身に染み入る優しさも貰っている。
「ずっとここで働いてくれてもかまいませんが……お客様を持っていかれそうで心配ですよ」
冗談だとはわかっているが、ここのオーナーにそう言われた時にはなんとも言えない誇らしさのような感情が湧いてきた。
「そうしたいところですけど、現実は厳しそうです」
ふふっと元お嬢様らしく不敵に笑って見せる。カフェ・リアンフロンと私が始めるカフェはターゲット層が違う。ここは平民も非日常を味わえる高級路線だが、私はごくごく庶民が日常の中でホッと息をつけるカフェを目指すのだ。具体的に言うと、客単価が違う。
(まあ、お客に自分で食べ物を運んでもらうしね)
このお店で働かせてもらえて本当によかった。自分が何をどこまでどうこなせるか、だいたい把握もできた。これで自分のカフェを始めた後、『こんなはずじゃあ……』となることはないはず。
「お世話になりました!」
店の改修が終わったのと同時に、私はカフェ修行を卒業した。惜しんでくれる人がいることを、自分で誇るべきだろう。




