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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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6 手綱を引いていたのは?

 帝都にあるランドルフ家の屋敷では、最近奇妙な出来事が続いていた。


「コソ泥はまだ捕まらないの!?」


 夜中、部屋が荒らされたり、家畜が騒いだり、庭園に剪定道具がばら撒かれていたりと不可思議なことばかり起こっていたのだ。


「それが、荒らされているだけで何も盗られてはいないのです」


 使用人達は怒りを容赦なくぶつけてくるモニカに怯えていた。もちろん、ランドルフ家の現当主もその夫人も似たような性質の持ち主なので、日に日に使用人達の表情も暗いものになっている。


「だけど誰かがしているのは確かでしょう!? 本当に使えないっ!!」


 ガシャンと音を立てて投げつけたポットが扉に当たった。バラバラの破片をメイド達は泣きそうな表情で拾い集める。


(やっとあの虚言癖の女がいなくなったっていうのに、いなくなった途端に奇妙なことばっかり起こるなんて……!)


 イライラが止まらないモニカはまだお茶が入ったままのカップもメイドめがけて投げつけた。


「モニカ! どうしたんだい!?」


 タイミング悪く現れたのは彼女の婚約者、ベンジャミン・バンディッド。国内屈指の金持ち一家の次男だ。大丈夫かい? と恐怖で震えているメイドに優しく声をかけ、他のメイドを呼び寄せていた。


「酷いわベンジャミン……私が……私が大変な時に……!」


 彼を操るのは簡単だ。ちょっと涙を見せればいいだけ。


(ほ~らね)


 ベンジャミンは慌ててモニカの方に駆け寄ってくる。


「ああモニカ! どうしたんだい? またどこか具合が悪くなった?」

「うぅ……そうなの……ずっと気持ちが悪くって……屋敷では変なこともばかり起こるし……ねぇ、やっぱり貴方のお屋敷で暮らせないかしら……?」


 上目遣いの彼女に、ベンジャミンは頬を染めて見惚れていた。だが、


「ごめんね。母がどうしてもそれはダメだと……」

「でも、子供が生まれてから結婚だなんて……そんなの外聞が悪すぎるわ! この子も可哀想っ!」


 モニカは少し荒々しくお腹を撫でる。なんせ実際は何も入っていない。妊娠は彼女の——彼女達の虚言なのだ。だからこそ焦っていた。早く結婚しなければ、バンディッド家の財産が遠のいてしまう。

 

「もう少しだけ待ってくれ! 父が今、母を説得しているから……もうすぐさ!」


 だが実際はそう簡単にはいかない。バンディッド伯爵夫人はモニカのことを見抜いていた。


『泥棒に息子をくれてやると仰るの? まあ、現当主の貴方がそう決めたならそうすればいいけれど』


 怒りのまま、吐き捨てるような言葉を夫に向けていた。

 ベンジャミンは元々、ランドルフ家に婿入りする予定ではなかった。オリヴィアとの婚約は彼女が嫡子から外された後だったのだ。だが今は違う。嫡子であるモニカと婚約したのだから。


『……我々には責任があるだろう!』

『我々の責任ですって!? 幼子でもないでしょうに、いつまで息子のお尻を拭いてあげるおつもりかしら! ランドルフ家にくれてやるならもう放っておけばいいのです!!」


 いつにも増して荒々しい声の夫人を前に圧倒され、バンディッド伯は黙りこむ。 

 

『バンディッド家として、今回の件に巻き込まれたオリヴィア嬢への責任は果たすべきでしょう! なんせ貴方は親友との最期の約束を破ったようなものです! ですがベンジャミンとモニカ嬢! 二人は違います! 約束を破ったのだから、二人で責任を取ればいいのです!!』


 そうしてもちろん、息子本人にも怒りを露わにしている。


『貴方をそんな不誠実な人間に育ててしまったとは……一生の不覚です!』


 と、婚約破棄以降まともに口を聞いていない。父親であるバンディッド伯以上に、その妻は息子とその新しい婚約者への怒りと嫌悪感を露わにしていた。彼女は道理に反することを心底嫌っている。

 さらに言うと、バンディッド家の嫡子である兄ライオネルからは、


『お前は馬鹿か?』


 実に端的な謗りを受けて以降、会話はない。つまりベンジャミンも自分の家では居場所がないのだ。だから頻繁に新しい婚約者に会いに来てもいた。


「アイタッ」


 突然、ベンジャミンの頭の上に木の実が落ちてきた。ここは屋内。その実が成る木は窓の向こう。


「なんで……どこから……?」


 キョロキョロするも、部屋にはベンジャミンとモニカの二人だけ。


「ほら……気持ちが悪いでしょう? オリヴィアお義姉様がなにかしてるんじゃ……」

「そんな……」


 二人はただ青ざめて落ちてきた木の実を見つめていた。


 実際のところ、オリヴィアは何もしていない。何もしていないからこそ今のランドルフ家の屋敷は荒れている。

 ランドルフ家は伯爵家なだけあって由緒ある家系だ。歴代の当主達は帝都のタウンハウスも、もちろん領地の屋敷も大切にしてきた。するとそれに呼応するように妖精の数や種類も多くなっていき、ちょうどオリヴィアが生まれた頃にはピークになっていた。


「《もうオリヴィアの顔を立てる必要はない》」

「《ああつまらん。こんな家めちゃくちゃにしてしまおう》」

「《庭仕事をしていたアイツ、別の屋敷に行ったぞ》」


 ブラウニーにシルキー、それにパック……妖精達は不満たらたらだ。

 オリヴィアは無自覚にこの不揃いな妖精達の手綱をうまく握っていた。妖精達も無自覚にオリヴィアとの毎日を楽しんでいたのだ。なんせ、妖精と話せる人間なんてなかなかいない。


 こうして少しずつ、少しずつ、ランドルフ家は終わりに近づいていった。


◇◇◇


 一方その頃、カフェ・リアンフロンで絶賛修行中のオリヴィア。毎日が目まぐるしく過ぎていく。ランドルフ家やバンディッド家の内情に思いを馳せる暇などないほど。


 元令嬢であるオリヴィアを受け入れてくれたカフェ・リアンフロンは彼女の希望通り、しっかりとカフェで働くということを()()してくれた。オリヴィアも無理な願いを聞き入れてくれたことがわかっているので、元貴族の肩書きなど存在しないかのように馬車馬の如く働いた。


「こりゃ~大変ダァ!!」


 高級ホテルのベッドにダイブしてそう叫んだ後、そのまま眠りについた。久しく労働していなかった身体には(実際のところ今世では初めての本格的な労働だ)、カフェでの皿洗いも、ホールでの給仕も彼女の身体に特大の疲労を与えていた。


「《まずは体力作りだなぁ~》」


 半透明な手がそっとオリヴィアの頬を撫で、少し名残惜しそうにその手を離し、妖精王が指先を振ると、風の精霊シルフィが現れた。一筋の風と共に、オリヴィアにそっとブランケットをかける。


「《頑張れよ~》」


 優しい眼差しが、その寝顔を見下ろしていた。


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