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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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36 いつもの朝

 デュラハン騒動の翌日はカフェの店休日。朝はいつもよりゆっくり起きて、朝食のトーストを一口かじり、ルーネが用意してくれたサラダに彼のオリジナルドレッシングをかけ、バターをたっぷり使って焼かれた目玉焼きをゆっくり食べる。


(寝不足……)


 あれこれ考えすぎてしまった。あまりにも……あまりにも世界が急速に流れている気がして。


(アーサー……自分の記憶を取り戻すんじゃなくて人間になる方法を探してたなんて)


 その話を聞いたあと、意を決して尋ねたのだ。


『アーサーは人間になりたいの?』


 答えは、


『ああ』


 アッサリとしたものだった。


『オリヴィアと同じ時間を歩きたいんだ。今更記憶なんてどうでもいい。それよりも大事なものがあるって実感してる』


 とも。本人がどういうつもりで言っているか知らないが、こちらは予想もしてなかった発言に顔が火照ってしまい、そうなんだ~とうわずった返事を最後に、屋敷を後にした。

 そのせいか寝る前になって、急に不安が湧き上がって来たのだ。


『アーサー、ちゃんと考えてる!?』


 といった具合に。

 なんせ二千年あの体だったのだから。そんな簡単に人間になると決断していいものなの?


(いや、そっちの方が都合はいいのよ!? 分離しなきゃ世界が危険なわけだし。……でも、でもねぇ……)


 私個人としては、大変申し訳ない気持ちはあれど、今は世界より気がかりなのは『アーサー』だった。

 彼が望む通り、『人間』にはなれる。今更方法をクロに調べてもらうまでもない。けど、分離した後、彼が彼のままでいられるのか……。


(やっぱり記憶を取り戻してから……いや、せめて過去を知ってから決断した方がいいんじゃないかな)


 結局、クロがアーサーに情報を渡す前にティターニアに釘を刺されてそのまま。彼は自分がどのようにして記憶を失ったか知らない。


「気に入らない味でもあったかね? 今日のドレッシングは君の望み通り東洋風の味付けだが」


 ルーネの声で急に現実に引き戻される。私が()()()()食事も中途半端にボーっとしていたのが気に入らなかったようだ。


「ごめんごめん! 今日もどれも美味しいよ!」

「それは当たり前だろう」


 そう言いながらホイップの乗ったコーヒーゼリーがテーブルに置かれた。


「……女王陛下がまたいらしたのか?」


 どうやら心配もしてくれていたようだ。わかりやすすぎただろうか。

 ルーネはアーサーの過去は知らない。特に興味もないようだった。なのにこうして心配はしてくれる。アーサーの席にも同じようにコーヒーゼリーが置かれたからだ。


「そうじゃないんだけど……こう……最近色々あったでしょう? 心がついていけてない気がするというか……嫌な感じではないんだけど、これでいいのかなって……」

「ふむ。では心とやらがついてくるまで待てばいい」


 自分も食卓テーブルについてコーヒーゼリーを食べ始めた。おそらく本日二つ目の。


「いやでもさ~あんまりノンビリしてるわけにもいかないっぽいんだよねぇ」


 世界がピンチです。なんてことは言えないが、実際問題、あとどのくらいは『アーサー』のままで大丈夫なのかティターニアは教えてくれなかった。


(妖精時間で考えると実はあと百年くらい大丈夫だったりして)


 流石に希望的観測過ぎるか。妖精女王が自分から出て来たくらいだもんな。


「ならば行動あるのみだろう。人間は妖精よりも変化が得意だ。それほど時間はかかるまい」

「行動……そうだね、その通りかも」


 私だって変化には心の準備がいる。ドキドキとしながら期待と不安が同時に体全体に溢れ出す。


(アッサリしてたけど、アーサーだってそうだよね)


 昨夜は妙に浮かれて大事なことを話さなかった。だから朝から悶々としているのだ。

 ルーネは、よろしい、と満足したように食べ終わった皿を下げ始めた。そしてちょうどそのタイミングで、屋根裏部屋からアーサーが下りてきた。


「おはよう」

「おはよ」


 目が合ってすぐに声をかける。アーサーは自分の席に座り、美味そうだな、と呟いてパクパクと朝食を取り始めた。いつも通り……ではなく少し久しぶり。ティターニアに彼の過去を見せられた日からしばらくはずっとムスくれた態度だったからだ。平常運転に戻ってよかった。

 

「オリヴィア。カフェオレでも飲むかね?」

「うん! ありがとう」


 行動あるのみ、と口パクをしながら熱々のカフェオレが私の前に運ばれた。いつもはここまでしてくれるわけではないので、ルーネがかなり気を利かせてくれていることがわかる。なんせいつもと違い、彼は朝の散歩へと出かけて行ったのだ。


「……ねぇアーサー。昨日の話の続きをしてもいい?」 


 彼がデザート用のスプーンを手に取ったところで話しかける。自分でも不思議なことに、声も心臓も落ち着いていた。


「俺もその話がしたかったんだ」


 スプーンを置いて、目を合わせてくる。


「真実を教えてくれ。オリヴィアは知ってるんだろう? 俺が何者で、どうするべきなのか」


 動揺していない、揺れることのない瞳が見えた。


(知る覚悟、私より前にできてたんだ)


 こういう凛々しさは『アストラ』由来だろうか、なんてことが頭に浮かぶ。


「真実というか……私が見たものだけど」


 ティターニアが見せてくれたアストラとオベロンの過去、そしてアーサーの過去。彼女は語るでもなく、過去の記憶を見せてくれた。彼女の意見を何も挟むことなく、ありのままの歴史を。


「ちゃんとした真実なら、私よりティターニアさんの方が詳しいよ」


 きちんと知るなら適任者がいる。バンディッド家に行けばあえるだろう。きっと。


「いや。オリヴィアから聞きたいんだ」


 アーサーは迷いなくそう言った。

 私は、そう……と呟いてはみたが、実はちょっと、いやかなり嬉しい。私を信頼してくれている。

 

「記憶なんてどうでもいいって、今でも思ってる。けどきっと、それじゃあ人間になれないんだよな。俺が望むような人間に」


 困ったように笑っていた。彼も一晩考え続けていたのだ。


「自分が何者かわからない怖さをそのままにして、次に進むなんて俺らしくないだろ?」


 今度はいつも通り、屈託のない笑顔。


「だから聞いておくことにした。オリヴィアの口からなら怖くない」


 そうしてスプーンを再び持つと、勢いよくデザートを食べきった。ペロリと軽く唇を舐め、ゴチソウサマと呟く。


(こんな風に話してもいいのかな? 然るべき人と場所が必要なんじゃ?)


 けど、こんな風だからこそいいのかもしれない。もしかしたらそのうち魔王になってしまうかもしれない彼へ真実を告げるのには、いつもの通りの朝食の席が最適である……そうであってくれなくては困る。


「……うーん。じゃあ、どこから話そう」


 私もカフェオレを口に含み、まるで流行りの映画の内容を伝えるかのように、彼の――彼らの過去を話した。

 アーサーは、何も言わず……時折小さく頷きながらじっと話を聞いていた。一つ一つ、受け止めているようだった。


(ああでも……)


 話の終盤、私は思わず口ごもってしまう。彼らの分離方法について、どう説明するか。

 彼が記憶を取り戻し、分離したいと望めばそれは叶う。そうティターニアが言っていた。 


「どうした……?」


 私の様子に気付いたのか、急かすわけでもなく優しく声をかけてくれる。


(心配そうな顔しちゃって……私のことより自分のことでしょうに)


 いい加減、私も覚悟を決めなくちゃ。


「ルーネも言っていたでしょう? アーサーが望めばそれは叶うって……ティターニアさんも言ってたの。その、アーサーが望めば……オベロンと別々になることを望めば……」


 それだけで、彼には通じたようだ。


「……俺がそう願えば、俺はオベロンと分離して人間の『アストラ』になれるってことだな」


 『アストラ』という名前が出てきて、私はほんの少しだけ動揺した。アーサーにはバレないと思っていたが、そんなことはなく。


「俺は大丈夫だ。俺が何者でも、俺と一緒にいてくれるんだろう?」


 そっと、テーブルの上で私の手を握った。


「もちろん!」


 私もギュッと握り返す。


「なら、俺の答えは決まってるな」


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