4 訳あり物件
ホテル・アルカディアの支配人はバンディッド伯から、
『オリヴィア嬢のことをくれぐれもよろしく』
と、直接言われていることもあってか私に特別親切だった。立ってるものは婚約破棄した男の親でも使えと思っているので、ありがたくその伝手を使わせてもらう。
「空き物件でございますね。家屋仲介人をご紹介いたしましょう。連絡をとりますので少々お時間を頂戴できますでしょうか?」
私の相談にほんの少し記憶を巡らせ、すぐにちょうどいい人物が思い浮かんだようだった。
「お手数おかけいたします」
別に私は急いでいない。最後に至れりつくせりのホテルを堪能するのも悪くないだろう。そのうちここを出て一人暮らしをするのだと腹も決まったので、プライベート感が足りないなんて不満も解消済みだ。
物件探しが、いやカフェ経営を本格的に始まるにあたって私は毎日街歩き、食べ歩きをおこなった。ここは異世界。いくら似ているとは言っても、前世の記憶そのままはやれないので市場調査だ。
(大きなカフェなら従業員も多いし、やれることは増えそうだけど)
私は一人。ということは店の広さはあまり必要ない。自分一人でお店を回せて、自分一人食っていけるだけ稼げればいいのだ。
もう少しちゃんと試算しなければ、と思っている段階で【家屋仲介人】との顔合わせがあった。ホテルのロビーにやって来たのは、はつらつとした若者だったので、
「《相手が成人したての元令嬢だからって新人の練習台にでもしよーってんじゃないか?》」
というアーサーの心配をよそに、
「父がバンディッド伯に懇意にしていただいておりまして。お話は伺っております」
まさかの次期社長だったことがわかり、アーサーは口をへの字にしつつ彼の仕事ぶりを観察することにしたようだった。というか、短期間であちこちに私の話が周知されているのがわかり、ホッとするやら恥ずかしいやら。
この若者の名はデニス・アリロベ。頭の先から足先までピシッと身だしなみが整えられているが、大変フランクな人物で、ついついお喋りが進む。
「カフェ経営ですか! 楽しそうですね! 二番街にあるトリノアレスは行かれました? あ! あと四番街のプラネスト! あそこのパスタ美味しいですよね~!」
まさかの私の思いつきのカフェ経営を全肯定。彼の方がこの街のカフェについて俄然詳しいようなので、あとで物件以外の相談にものってもらうとしよう。趣味は食べ歩きとのことだ。
「住居付き店舗、尚且つ小規模となりますと大通りよりも少し中に入った所がいいでしょう」
サクサクと私の意図を汲み取って、ロンディエナの地図をいくつか指差した。ホテルのブラウニーが興味深そうにその地図を覗き込んでいる。もちろん、アリロベには見えていない。
「三番街がご希望ですと、こちらとこちら、あとここもいいかもしれません!」
目星をつけて、早速出発だ。
「《このホテルを出るの?》」
高くて小さな可愛らしい声が聞こえた。ホテルのブラウニーが少し残念そうに眉を下げている。
「《ここを出ても遊びにくるさ。いいホテルだからな》」
私の代わりにアーサーが答えてくれた。このブラウニーとはすっかり顔見知りになっていたので、私も少々名残惜しい。
「……遊びにくるし、遊びにきてね」
できるだけ小声で、ただし、ブラウニーの方を向いて呟いた。表情を見るに、ちゃんと伝わったようだ。
「え?」
「いえ! どんな所か楽しみです」
先導していたアリロベが振り向いたので咄嗟に誤魔化す。彼が私の昔の噂——妖精がいるという虚言癖持ち——を知っていて、話題にされても面倒だ。
「……」
何か言いたげな表情をしたが、彼はまず自分の仕事を全うすることに決めたようだ。プロ意識を持ってて偉いぞ!
だが、アリロベが案内してくれた物件はどれも空振り。なんせ背後にいる自称妖精王が、
「《日当たりがイマイチだな。ここはなし》」
「《ちょっと人通りが少ないんじゃないか? 客が来なくちゃ意味ないだろ》」
「《店舗はともかく部屋が狭すぎ。次だ次》」
しまいには、
「《隣の雑貨屋の店主、不倫してるな。さっき向かいの食堂の娘と意味深な視線交わしてたぞ。そんなのが近所の物件なんてやめておけ》」
隅から隅まで粗探しをしてダメ出しをし続けてくれた。そう、いくつか私は気に入った物件はあったのだ。
(くっそ~~~こっちが人前では反論できないからって~~~~!!)
睨みつけるにとどめているが、アーサーはわかっているのかケラケラ愉快そうに笑っている。私が妖精が見えない設定で生きているのを逆手に取られてしまった。
「《妖精王の言うことを聞いておけ。悪いようにはしないさ》」
ドヤ顔をしているが、
(じゃあいい物件探してこーい!!)
とはいえ、何も今日急いで物件を決める必要はない。一方で、アリロベの方はとっておきの物件がどれも実を結ばず、真剣な表情で地図を見ていた。そして意を結したかのように、
「オリヴィア様、最後にご案内したい所があるのですが」
「おぉ! ここってかなりいい場所じゃないですか!?」
アリロベが地図上を指差していたのは、三番街の大通りから二つほど奥に入った通りだった。住宅エリアから三番街の大通りに抜ける道なので、人通りも十分見込めるとのことだが。
「《こんないい場所を最後に案内するなんて、コイツのやる気が足りないか訳あり物件ってことだろ》」
背後から、フンッと鼻を鳴らすような声が聞こえてきたが今は無視。
「物件価格が高いんですか?」
言い淀んでいるアリロベに次の言葉を促す。お願い、そうであれ! と思いながら。お金の問題ならなんとかなるかもしれない。
「いえ……その……実は価格は今日見てもらった中で一番安いんです。売主が早く売却をしたがっていて」
それから彼は大きく息を吸い込んで、
「実は、出るんです」
はい、訳あり物件の方でした。
(妖精ならともかく、オバケの方はなぁ……)
そっちは見たことがない。オバケみたいな妖精は見たことがあるが。
それでアリロベが言い淀んでいた理由もハッキリした。やはり彼、私の噂を知っている。こりゃあの性悪叔父夫婦と従姉妹が言いふらしてるな。この物件を紹介すると、私に対して失礼になるんじゃないかと思ってくれていたのだろう。
「《よし、見にいくぞ。変なのなら俺が追い払ってやる》」
変なところで頼もしい妖精王。なんならこの物件探しをアーサーが一番楽しんでいる節もある。
「元々バルだったんですが、十年以上前に店は畳んでいるんです」
「あら! そうしたら!」
「ええ。カフェは始めやすいと思います」
簡単な調理場があれば改装もしやすい。小さな裏庭もあり、二階と屋根裏部屋があって居住スペースはアーサーに文句をつけられることはなさそうだ。問題は、
「店内にピアノがあるのですが、持ち出そうとすると必ず誰か怪我をするのです……ああ! 大怪我とかではありません! 精々コケてすりむくくらいで……」
私のとんでもない表情を見たのか、慌てて手を横に振っていた。その後、ゴクリと息をのんで、
「そのピアノは十年以上誰も弾いていないにもかかわらず、今も状態がよくってですね……」
まるで誰かが毎日手入れをしているようだと、アリロベは苦笑いを浮かべたところで、目的地に到着だ。
(あらっいい感じ!)
深いグリーンの外観は少々古さを感じるが、レトロ感があって私好み。アーチ型の窓がかわいい。小さなショーウインドウにはまだ酒瓶が置かれたままにしてあった。
「その、この物件を最後にご案内したのは……」
「ええ。大丈夫です。ご配慮感謝しますわ」
アリロベの罪悪感を晴らしてあげたかったので、ニコッと微笑んで見せた。私を妖精が見えない女性として扱おうとしてくれていたからだ。しかしアリロベは、
「実は、自分もここで不可思議な現象を見たんです。……ピアノの鍵盤がひとりでに動いていて……妙な気配も……」
思わず素に戻ってしまっている。真っ直ぐに澄んだ瞳で私を見ていた。
(真実が知りたいのねぇ)
私の噂に嫌悪感を持っていないのはありがたいが、噂を信じられてもちょっぴり反応に困ると言うのが本音だ。これまでもいないわけではなかったが、やはりそれは少数派だったわけで……とはいえ、期待には応えたくなるというのが人の性だろうか。
「私が見えるものであれば、正直にお答えしますね」
「あ、ありがとうございます! その、長年ずっとモヤモヤとしておりまして……」
妖精なら見えるが幽霊は見えない。一体何がいるのか私もドキドキしてくる。
(妖精だったとしても、どんなのが住み着いてるんだか……けどまあ妖精なら……)
妖精王様がなんとかしてくれるでしょう。
じゃらじゃらとした鍵の束から、アリロベは美しい細工の施された鍵を取り出し、ゆっくりと鍵穴を回した。




