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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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3 三番街大通りのカフェ

 三番街を探索するのは初めてだ。人生二度目の大人だが、ちょっとドキドキしながら通りを見てまわる。一応元伯爵令嬢だったので、帝都の二番街にタウンハウスがあるとは言っても、街中を単独でウロウロ……というのは難しかった。


「《このあたりは侍女と一緒に来たことあるだろ。オリヴィアが七歳の頃だったかな》」

「そうだっけ? よく覚えてるね」


 三番街の大通り沿いの石畳を歩きながら、一応小声で返す。すでに衣装はこの街の女性が着るスタンダードスタイルのワンピースを纏っているからか(店に無理を言って見本として飾られているのを購入したのだ)、私は街にしっくりと馴染んでいた。


(店がたくさん! この辺だったら不便はなさそう)


 重ねて言うが、私は元伯爵令嬢だったので基本的に上げ膳据え膳、着替えすらも手伝ってもらっていたのだ。そのせいか、私がこれから単独で生きていくつもりだと伝えたすべての関係者が、とんでもない表情になっていた。哀れみ、冷笑、そして呆れたような顔。


『令嬢育ちのお前が、一人で生きていけるわけがない』


 というわけだ。

 だがしかし、何度でも言うが、私には前世の記憶がある。むしろこの十九年が人生ボーナスの前払い状態。家事どころか自分の世話すらしなくて済んでいたのだから。

 

(すでに大概のものは怖くなくなったからな~前世……)


 今世の自我も前世の私に引きづられているところがあるので、今後の生活に不安がないわけではないが、楽しみの方が勝っていた。なんとかなるだろうと。


 三番街は心地よい賑わいが続いていた。笑顔が多く、店先で楽しげに談笑している店主の姿も見える。異国風の衣装を纏った人々も慣れた足取りで、私がやってきた方向へと向かっていた。港にでもいくのだろうか。


「《で、やっぱりこの辺りに住む気なのか?》」


 アーサーにはどうやらお見通しのようだ。長らく一緒にいるので、性格というより性質が見抜かれているような気がする。

 いつまでも私がホテル暮らしをすることはないとわかっているのだ。まだ初日だっていうのに。


「ホテル生活って楽だけどちょっと落ち着かなさそうじゃない?」


 独り言のように呟いて返事をする。

 もしかしたらこの後、ホテル生活に満足する可能性もなきにしもあらずだが、私には私だけの城が必要なのだ。なんなら、伯爵家の屋敷内の自室も侍女や世話係り達がしょっちゅう出入りしていたのでプライベート空間とは言い難かった。贅沢な悩みだとはわかっているが……。


(なんなら妖精も出入りしてたしね~)


 実はこの『私だけの城』での暮らしを密かに夢見ていた。現実するとは思わなかったので、余計楽しみという感情が大きく膨らんでいる。


「《バンディッドの金でしばらくホテルで豪遊したらどうだ?》」


 可能な限り搾り取ってやれと、アーサーはちょっと悪い顔をして笑っていた。


「もちろんそのつもりよ」


 こちらも悪い笑顔を返す。どうせそう簡単にいい物件は見つからないだろう。


(あら、いい匂い)


 中央広場に向かって大通り沿いを歩いていると、どこからかコーヒーの香りがする。キョロキョロと匂いも元を探すと大きな回転式の扉が見えた。

 【カフェ・リアンフロン】。ちょうど疲れてきたところなので、そのままゆっくり回る扉の中へと入った。このカフェはなんと二階にバルコニー席まであり、華麗な外観と華やかな空間に惹きつけられ、どうやら貴族街からもお客が来ているようだった。


(あっリンフォード家の……えーっとイヴァン様とアーノルド家のキャロライン様だ)


 二人してウットリと見つめ合っていたが、私に気づいた後は気まずそうに手元の美味しそうなアップルパイに視線を移す。どうやら私がランドルフ家を()()()ことはすでに広まっているようだ。


(よしよし! どんどん広まってちょうだい!)


 私はもうあの家とは無関係です!


「《ちょっと前までは男女が二人だけでこんな所にくるなんて……って時代だったよな?》」


 あっという間に時代が変わっていくなぁとブツブツ言っているアーサーをチラリと見て、私はコクリと頷く。最近じゃあ貴族階級でなければ、恋愛結婚も珍しくなくなってきているという話だ。


「ご注文はいかがいたしましょう」


 濃紺のベストに身を包んだ男性給仕がそっと声をかけてきた。


「コーヒーとアップルパイを」


 人気商品は一目瞭然だった。ほとんどのテーブルにこのアップルパイがあったのだ。この国では紅茶の方が元々メジャーではあるのだが、最近コーヒー人気も上がって若者がこぞって飲んでいる。


(きゃ~美味しそう!)


 縁に蔦模様が描かれた皿がすぐに運ばれてきた。前世ならすぐにスマートフォンを取り出し、写真を撮ったに違いない。

 騒ぎたい気持ちを抑えながら早速それをいただく。フォークを刺した時のサクッとした感覚がたまらない。


「……!」


 ん~! という私の声が聞こえているのは目の前に()()()()()アーサーだけだろう。


(甘味もちょうどいいし、これは何個でもいけるわね)


 ランドルフ家の屋敷で出てきたアップルパイも美味しかったが、一つ食べればお腹いっぱいの量と甘さだった。個人的にはこれくらいが好みだ。


(パイ生地とりんごの割り合いが絶妙……な気がする!)


 幸せそうに堪能してる私をアーサーはご機嫌そうに見ている。彼は人が食べ物を食べているところを見るのが好きなのだ。私の前世の世界だったらきっと大食い番組に釘付けになっていただろう。

 アップルパイを一口サイズに切り分け、フォークにさしてさりげなくアーサーの方へと向ける。彼は一瞬目を大きく見開いたが、そのままパクリとフォークの先を咥えた。


「《うん! これはちょうどいい甘さだ。俺好み》」


 満足げな笑顔になっている。フォークの先にある一口サイズのアップルパイは確かにそこにあるのに、存在感を失っていた。

 アーサーは食べる必要がない。食欲もなく、空腹も感じない。だが、どうやら味覚も嗅覚もあるらしく、美味しいものが美味しいとわかるのだ。


「《おい! 食べるなよ!》」


 わかってる、と口パクで答えた。小さい頃はこうなった彼の()()()()をそのまま私が食べていたのだが(だってなんだかもったいなくて)、大人になるにつれ『お行儀が悪い!』とアーサーに叱られるようになってやめたという経緯がある。


(自称妖精王にお行儀を指摘されるなんてねぇ)


 今世は不可思議な世界で暮らしているのだと、変なところで自覚した。

 アップルパイを完食し、コーヒーをいただきながらコッソリと店内の雰囲気を眺める。なんだかんだ、心を落ち着けてこんなのんびりとするのも久しぶりだ。


(雰囲気いいわねぇ~皆ニコニコじゃん)


 カフェの店内にいるお客達は芳醇な香りに包まれ、美味しいもので満たされ、穏やかに会話が弾んでいる。……某カップル以外は。気まずくさせて申し訳ない。

 お店のセンスもいい。調度品も上品だから貴族も……まあ若い世代だが入りやすいし、かといって高級すぎないから平民も楽しむことができる。


(そういえばカフェ巡り好きだったな)


 もちろん、前世の話だ。


「やりたいことか……」


 ふとホテルでアーサーに聞かれた言葉を思い出し、つい声が漏れてしまった。彼はもちろんこれを拾って、


「《お! 飯屋でも開くか?》」


 食べている姿の人間をたくさん見れると思ったのかノリノリになっているところ申し訳ないのだが、私は肩をすくめてみせた。


(憧れだけで初めて見てもいいもんかしら)


 好みの食器、好みの雑貨、好みの内装の中で一日過ごす。なにより“楽しそう”と、考えるだけで胸が高鳴る。これも久しくなかったことだ。


「人生三回遊んで暮らせるところを、人生二回遊んで暮らせる程度にしちゃってもいいと思う?」


 帰り道、人通りの少ない裏道を歩きながら、視線を合わせずポツリとアーサーに相談した。


「《二千年生きる予定がなけりゃいいんじゃないか?》」

「……そうね」


 今更だがバンディッド伯には感謝しなければ。余裕ある人生をありがとう!

 

「私、カフェ開いてみる!」


 言葉にすると、途端に気持ちが固まった。


 よし、早速行動開始だ!

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