36 帝都観光
月明かりの下に影が二つ並んでいる。足音も二人分。アーサーは珍しく実体化したまま私の隣にいる。
「地面に足を付けるのも悪くない」
彼は自分の過去をどれだけ知っているんだろう。何か思い出しただろうか。妻がいたことは知ってたようだけど、その夫であるのは自分の中に眠っている『オベロン』だってことは?
(っていかんいかん。つい考えちゃう……今度こそちゃんとアーサーの口から聞くまで待たなきゃね)
実体化してそれほど時間は経っていないのに、夜道を歩くだけでアーサーはあっちこっちから声がかかっていた。主にカフェのお客だが、私の知らないところでも知り合いを増やしていたらしく、
「この間は連れ帰ってくれてありがとよ! カミさんが今度お礼に夕飯食べに来てくれって……ありゃあまた男前を見たいだけかもしれんが!」
「あんまり呑みすぎんなよ~前みたいに真冬の路上で寝るようなこたぁないようにな」
ガハハと大笑いしている雑貨屋の店主と軽口を叩きあったり、
「あー! この間のお兄さんだ!! ありがとねぇ~ばーちゃん運んでくれて……重かったでしょ!?」
「羽のように軽かったよ。ばーちゃん、腰は大丈夫だったのか?」
「まぁ~そんなこと言って! 悪い男だねぇ! うちのばーちゃん、ますます元気になっちゃう!」
ちょうど店を閉めていた食堂の女将さんに声をかけられ、彼が積極的に人助けをしていることも判明した。
この街、どれだけ道端に転がってる人間が多いの!? と、ツッコミを入れそうになったところで、
「首のない騎士が馬に乗って飛び出してきた~って腰抜かしちゃったらしいのよ~」
けどそこにいい男が現れて、すっかりそっちに意識が言っちゃったんだって! と、食堂の女将さんはアハハと大笑いしていた。
「首のない騎士か~最近よく出るって聞くな」
表情を変えず、アーサーがさりげなく会話を続ける。なんせちょうどこの手の話題を探していたところだ。
「そうそう! なんだっけ? デュ……デュラなんとかっていう……ばーちゃん、凄いもの見たって私らに自慢してるよ」
こちらは特に『死』について怯えてはないようだ。怪異を楽しむタイプらしい。
「どこで食堂のおばあさんと会ったの?」
「四番街との境目くらいだな」
手を振って女将さんと別れた後、そのまま大通り沿いに足を進める。特に何ごともなく三番街を抜け、四番街の路地裏へと入ったあたりでアーサーがほんの数秒、何かを探るよう動きを止めた。
「っ……こっちだな」
妙な気配を感じ取ったアーサーがさらに奥まった道へとコースを変えた。こりゃ近くにいるぞ、と前もって予告があるのも珍しい。今回は近くにいるモノの正体もわかっているので心構えもできる。
「アーサーはデュラハンに会ったこと……」
ある? と言葉をつづける前に、
「うわぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」
突然の悲鳴にかき消された。叫び声が裏通りに木霊し、二人同時に走り始める。
「オリヴィアはここにいろ!」
「いやいや! 一人の方が怖いっ」
確かに! という顔をしてアーサーは、
「俺から離れるなよ」
と、私の手を引く。温かい、確かに血の通った手のひらを感じた。
(離れないよ)
ギュッと手を握り返す。強めに。
「ああぁぁぁっ! なんだ!? なんなんだ!!?」
すぐに二度目の叫び声。さっきより大きい。
(いるーっ!! ていうかデカッ!)
角を曲がったところで腰を抜かして半泣きになっている青年と、怪訝な表情で彼を見つめる通りすがりの人々。そして道幅いっぱいに、首のない大柄な騎士と、筋骨隆々の黒馬がたたずんでいた。
「あ……レムナントのっ……!」
最近カフェで見かける学生だった。我がカフェの噂ももちろんご存知のようで、半分べそだが安堵したような声を上げて、青年は私達の方へ縋るように石畳を這ってきた。
「大丈夫だよ……立てそう? あとは引き受けるから帰ってゆっくり寝るといいわ」
コクコクと頷いて、青年は横目で首なし騎士を見ながらゆっくりと立ち上がる。
「飲みすぎだ! 気を付けて帰れよ!」
アーサーがわざわざ大きな声をだすと、周囲にいた人々もな~んだと納得してその場を後にした。半透明なデュラハンとその馬の中を通りながら。
「で、お前は何しにここへ? 趣味の死亡宣告か?」
人の気配がなくなった後、いつも通り怯えた顔一つすることなく、アーサーは私を庇うようにしてデュラハンの前にふんぞり返る。
「《これはこれは! 妖精王ではありませぬか! ご機嫌うるわしゅうございます》」
驚いたことに、デュラハンの体からなんとも明るい声が聞こえてきた。親愛が込められた声色に思わず眉間に皺が寄ってしまう。もっとおどろおどろしいものを想像していたからだ。
馬から降り、片手を胸に当て腰を折る。頭は……ないので下げられないが、礼を尽くそうとしているのもわかった。
「《最近の帝都は面白いことが溢れているとの噂を聞きましてな、私、久方ぶりに旅でも……と、やって来た次第でございまして》」
「まさかの観光!?」
しまった。つい気が緩んでツッコミを……失礼な言葉遣いだった……と思った途端に、デュラハンの興味が私に移ったのを感じる。なんせ、頭がないので(そういえば頭はどこ? 腕に抱えていると妖精図鑑では読んだけど)判断が難しい。
「《おぉ! 貴女様は私を見ても恐れずにいてくださる! これは助かった! そこいく人間に道を尋ねようしたのですが……驚かれて逃げられてしまうのです》」
そりゃそうだ! とは口に出さない。彼がしゃべり終わるのを待つ。
「《先日は老女に声をかけたら腰を抜かしてしまいまして……あれは申し訳ないことをしました。それで次からは若者にしようと決めていたのですが……》」
それでさっきの青年か。
「《ランドルフ家のお屋敷に行きたいのです。確か二番街にあったかと思ったのですが、どこを探しても見当たらず……》」
「ランドルフ家ぇ~~~!!?」
ああ! またやってしまった。我慢してたのに……。それを誤魔化すように私は努めて冷静なフリをして、
「ランドルフ家の屋敷は二番街にありますよ。なんなら今からご案内しましょう。なんせ、私の家だったところですし」
「《なんとっ! 貴女はランドルフ家にお住まいだったのですか? 失礼ですが、なぜ……? 住み込みでお仕えを?》」
「いえ。単純にそこで生まれ育ったので……」
「《なんとなんとっ! それは失礼。オリヴィア・アーレイド様というお名前でしたので……ご結婚をされたのですね》」
「おい! なんだそりゃ!」
すかさずアーサーがカットイン。どうもデュラハンと話がかみ合わない。なんで私のフルネームを知ってるの!? なんでランドルフ家に行きたいの!?
「《失礼! 私は相手の名がわかるのです。なんせ『死』の気配を感じ取ると相手に告げずにはいられない質でして》」
更にアハハと笑って、
「《ああ! 旅行中は『死』の宣告なんてやりませんよ。だから頭を置いてきたのです。荷物になりますし》」
「~~~~っ!」
完全オフ日だから、仕事する気はありませんってこと? そもそも『質』をコントロールできるんだ!? ていうか自分の頭、置いてきたって……それ大丈夫なの!? なんて、言いたい言葉をグッと飲み込む。私も、アーサーも。
「《ランドルフ家には人間の友人がいまして……ええ、最期は私が彼の名を呼んでそれっきりだったので……墓参りをしたくて……》」
急にデュラハンはしんみりと大人しくなる。どうやら墓参り――それも私のご先祖様――ついでに帝都観光を、といった予定だったようだ。
「……あの、いつの時代のランドルフ家の人間かわかりませんけど……お墓は領地にあるんです」
「《領地!? あ……あー! だからイライジャは領地に遊びに来いと……!》」
納得するように手をポンっと叩いている。仕草がいちいち可愛らしい。
(イライジャって……ひいひいおじいちゃんだわ……)
百年ちょっと前のランドルフ家当主。私の高祖父だ。家系図で名前を見たことがある。肖像画も。まさかデュラハンの友人がいたなんて……というより、妖眼持ちだったなんて知らなかった。
「《いやはやお恥ずかしい……墓参りの場所を間違えるとは……帝都の人間を怖がらせるだけでした。聞いていたよりずっと妖眼持ちの人間が多かったのにはこちらが驚きましたが》」
「……」
妖眼持ちの人間が増えていることについては、私には心当たりがある。アーサーだ。ティターニアが彼の融合は不安定と言っていた。オベロンは妖精王。その力が漏れ出して人間に影響を与えているのかもしれない。
(って、ヤバイ!!)
デュラハンは名前を見ることができると言っていた。今の『アーサー』を『オベロン』いや、『アストラ』なんて呼ばれたら、ティターニアが言う『妙なキッカケ』になって危険な分離が始まってしまうかもしれない。
(どうしよう……!)
今からバンディッド家に駆け込む? ライオネルならティターニアの居所を知っているだろうか……。
「せっかくだからランドルフ家の屋敷にでも行ってみるか? 思い出の場所なんだろう?」
アーサーはフッと笑っていた。彼にとってもあの屋敷は思い出の場所だからかもしれない。だが、私としてはアーサーにこれ以上デュラハンと関わってほしくない。どうしたものか……と、冷や汗が浮かんでくるも、
「《よろしいのですか! アーサー様!》」
「えっ!?」
このデュラハン。今、『アーサー』のことを『アーサー』と呼んだぞ!? ただこの件に驚いたのは私だけではなかった。アーサー本人も、ビックリと目を見開いていたのだ。
「俺の名前……」
「《これは失礼を……確かに他の名前も薄っすらあるようですが……私にハッキリ見える名前はあくまで『自認』というやつでして。要するに呼ばれてしっくりする名前と言いますか》」
「けど、アーサーが妖精王ってことはご存知だったんですよね?」
「《ええ。もちろん。これほど強い力を持つ妖精であれば、妖精王か妖精女王というのは我々のような存在にはすぐにわかります》」
顔があったらきっと得意気な表情だったに違いない。デュラハンの声だけでそれがわかったのだから。
(そうか……アーサーの自認は『アーサー』なんだ……自分をアーサーだと思ってくれてる……)
急に私のやる気が出てくる。たまらなく嬉しい。
「よし! せっかくの帝都に来たんだし、ランドルフ家ツアーに行こう! もう妖精達しかいないけどね!」
「《おぉ! なんと……思い出の地に行けるとは! ありがとうございます!》」
「久しぶりだな」
今度は私を先頭に、夜の帝都観光が始まった。




