35 首無しの騎士
あの日から一週間。アーサーはずっと怒っている。結界が消えて私の元へと駆けつけてくれた時はあんなに心配してくれていたのに。
『な、ななななんでそっちを庇うんだよ!!』
私の隣に浮かんでいたティターニアに噛みつかんばかりに迫って行ったので、慌てて間に入ったのがショックだったらしく、子供のようなふくれっ面で二階へと上がって行った。
『家出するとかではないのだな』
妙に俗っぽい言い方をしたルーネは、ぼーっとした頭で現状を理解したようだ。フォルテも寝起きのように目をシパシパとしていた。
『これはこれは女王陛下』
クロは先ほどの私の様に膝を折り頭を下げていたが、
『《クロ。あまりアーサーをつつかないでおいてね》』
『……承知いたしました』
冷や汗を流して笑顔が引きつっている。私には感じない重圧を感じているようだ。
『《ああ、怖がらないで。アーサーが自分から過去を知りたいと思うようになったのはとってもいいことなの。ただ少し、壊れモノを扱うように……お願いね》』
そうして私の方に向き直って、
『《オリヴィア》』
私の名前だけ読んだティターニアは、私の頬を触り風と共に消えた。
「……ん」
「は~い」
アーサーからホットサンドの乗ったトレーを受け取り、ウォーレン夫人の席へと運ぶ。彼は私の前では拗ねるように口がへの字のままだが、カフェの仕事はキッチリとこなし(ホットサンドを丁寧に焼いたのも彼だ)、夕食も相変わらず一緒に取っていた。
「なんならわざとオリヴィアに絡みに行っている。もう少し待てばあちらが音を上げるだろう」
ほおっておきなさい、とルーネは呆れ顔だ。もちろん、アーサーのいないところで。彼は今、サンドイッチ用のパンを受け取りに外へ出ている。
「なぁに? ケンカでもしたの?」
「その段階までいけばいいんだけどねぇ~」
理由を話すのも難しいので曖昧に濁すしかない。
(ちゃんと話、したいのに……)
どうにかアーサーのご機嫌をうかがい、話し合うタイミングを探っているのだが、あちらは意固地になっているようでなかなか目も合わせてもらえない。
「えー! なになに! どうしたの!?」
カフェのカウンター越しに向かい合い、興味津々とばかりにマリーが顔を近づけてくる。
「ん~……まあ、ちょっとねぇ」
「《ヤキモチを妬いてるんだって!》」
マリーの後ろを通り過ぎながら、フォルテがルーネがそう言ってたよと大きな声で喋っている。今日はフィンのピアノの日なので、フォルテはピアノ近くの特等席でじっくりと楽しむ日でもあるのだ。
「やきもち? って、ん? 子供の声……?」
「えっ!?」
聞こえないはずのフォルテの声に、マリーが振り返って反応した。キョロキョロと周囲を見渡している。フォルテもギョッと目をまん丸くして、思わず口に両手を置き、動きを止めていた。
「ん~寝不足だからかな~……最近、怖い噂聞いてさ~」
今日はそれを話したかったの、と再度カウンター内にいる私の方へとマリーは向き直った。私の方はまだドキドキとしていたが、今はアーサーのことで頭がいっぱいなので、とりあえず今あったことは頭の隅に移動させておくことにする。
「デュラハンを見た! って人がいっぱいいるの、知ってる?」
「デュラハン~? あの、馬に乗って自分の頭を抱えてる騎士ってやつ……?」
いつの時代もどこの世界も、怖い話が好きな人間は多い。特にデュラハンは死の予兆。死の近い者の家を訪れ、その人間の名を告げるという。妖精というよりも怪異と言った方がしっくりくるかもしれない。
「ほら、このカフェさ……ピアノが……その……だからオリヴィアならなにか知ってるんじゃないかと思って」
「ああ、なるほど」
そう言えば最初の怪異はこの店のピアノだった。誰もいないのに音が鳴り、捨てようとすれば怪我人が出て、いつ見ても綺麗。だからこの店は長らく買い手がいなかった。
「けど私は何も……今初めて聞いたよ」
「えーっ! ほら、このお店にもたまに来てるロップ商会の若旦那……デュラハンを見たって震えて寝込んでるって」
「若旦那って……スティールさん!?」
そうそう、とマリーが頷く。確かにここ数日見ていない。彼はいつも開店してちょっと経つとやって来て、コーヒーを一杯だけ飲んで出て行くことが多いお客さんだ。
「その……亡くなりそうなの?」
「いや、お医者様の話じゃどこも悪くないらしいんだけど……」
なぜマリーがこんな情報を持っていたかというと、彼女の所属する劇団にスティール・ロップ氏の恋人がおり、その彼女が心配してオロオロとしているそうなのだ。
(妙なことが始まりそうな予感)
正直、今はそれどころではないのだが。
さらにこの日は妙なことが続く。
「今日はず~っとそこに小さい子供がいましたよね~? どこのお客さんが連れてこられたんですか~? ずいぶんとお行儀がよくってビ~ックリしました~」
フィンの指さした先はフォルテの指定席。閉店後の賄いをニコニコと食べながら、何気なく尋ねられたことに、一同はひっくり返りそうなほど驚いていた。
「み、見えるの!?」
「見える……? あ~……!」
すぐにその子供がフォルテだったのだとフィンは気付いた。すかさずフォルテがフィンの隣に駆け寄る。
「《ここだよ! ここだよフィン!》」
小さなブラウニーはピョンピョンと飛び跳ねていた。大好きなフィンとついに話せるかもしれないのだ。
「ん~……?」
固唾をのんで見守る私達の視線に気が付いたのか、フィンはそっと横を向き目をしかめた。
「小さな……今、ジャンプしてますかぁ~!? 薄っすら……本当に薄っすらですが見えますよぉ! え、ええええ~! 凄~い! 急にどうしたんだろ~!!」
しかし、マリーとは違い声は聞こえない。いくらフォルテが大声を出してもダメだった。
「いったいどうなってるんだろう……」
夕食を食べながら(今日のメニューは野菜のポタージュにラザニアによく似たものだった。もちろん、ルーネ作)、今日の出来事を話し合う。
「急に妖精の姿を見たり声を聞いたりできる人が増えるなんてことあるのかな」
「二千年前はそういうことも多かったと聞くが……」
「デュラハンを見たって人が相次いでるのもその関係?」
魔王が世界のマナを半分取り込む以前。妖精と人間の距離は近かった。妖精の存在を確認できる人間も多く、だからこそノヴァも生まれた。
チラリとアーサーに視線を向ける。神妙な顔をしてポタージュをゆっくり口に運んでいる。
「……アーサー……?」
名前を呼ばれたことに驚いたのか、最近わざとらしく避け続けていた私の方を見た。パチリ、と目が合う。
「……デュラハンなら目立つ。明日は満月だし、夜にでも探しに行くか」
サッと目をそらしながらモジモジとし始めた。やれやれと言いたげにルーネがわざとらしくため息を付く。
「ごちそうさま……今日も旨かった」
そう言ってアーサーは自ら皿を下げた。ここ最近で一番喋ったところをみるに、どうやら私達との関係を戻すキッカケを探してはいるようだ。なら、今しかない。
「ねぇアーサー。私ね、あの日のこと……ちゃんと話したいの」
「……俺も」
ポソリと言葉を漏らす。心細そうな表情で。
「ティターニアから何か聞いたんだろう? 俺についての何か……」
「うん。ごめんね。アーサーから話してくれるのを待つべきだったんだけど……」
いや、いいんだとアーサーは首を横に振る。
「曖昧なままならまだ話さなくていいだろうと高を括ってたんだ。要するに逃げてたんだな」
「そんなことないでしょ。クロに色々探ってもらってたって聞いたよ」
らしくないアーサーの態度に驚いて、私は急激に彼を応援しようと無意識に明るい声を出していた。
「結局その情報も受け取る前にこんなことになっちまったけど……そうだな……覚悟を決めたから頼んだんだ」
フッと柔らかな笑顔を浮かべた。久しぶりに見るアーサーの笑顔に私も嬉しくなる。
「あと少し、あとほんの少しだけ待ってくれ。ちょっとまだ言葉にできないんだ」
「もちろん」
彼の心のなかで散らかっている感情をどう表現していいかまだわからない、とのことであと少しだけこのまま、静かに彼の心が決まるのを待つ。と、思ったら、
「おし! そしたらデュラハン探しに行くぞ!」
「え!? 今から!? 明日じゃなくて!?」
「とりあえず動きたい気分!」
なるほど、ちょっとわかる。まだやっぱり落ち着かないのだろう。だけど前を向くことはできたようだ。
「デザートはどうするかね? 帰ってからにするならカフェの冷凍庫に入れておくが」
黙って私達の話を聞いていたルーネは、すでにそのデザートを食べ始めている。美味しい食べ物があれば、場の雰囲気など特に気にならないタイプのようだ。
ルーネ特製のスペシャルアイスクリーム(フルーツと生クリームが色鮮やかにトッピングされている)を前に私達は、
「「食べていく!」」
と、二人揃って答えたのだった。




