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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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32 元婚約者と元義妹

 二番街にあるランドルフ家の屋敷は、ほんの一年足らずでその姿を大きく変えていた。

 全ての窓は曇り、庭は無秩序に草木が生い茂り、そこら中に蜘蛛の巣が張り巡らされていた。欠けた生垣はそのまま、屋敷内は火が消えたように静まり返っている。だが……、


「《ああ忙しい忙しい!》」


 小さなブラウニーが一人、かつてオリヴィアが過ごしていた部屋を音もたてず綺麗に片付けていた。少し前にランドルフ家の不正を探る調査官が、この部屋の中も全て裏返して調べ上げていたからだ。

 屋敷の人間はもう誰もこの部屋に近づかない。なぜなら誰も使っていないはずのその部屋は、いつも不思議と埃一つ落ちておらず綺麗に整っていたからだ。……最近ではもう、そんな状況を確認する使用人もいなくなっているが。


「《まったく! またオリヴィア達が帰ってくるかもしれないのに引っ越しちまうなんてっ! そうでなくとも、次の家主はもっと面白いやつがやってくる可能性だってあるのに!》」


 ブツブツと、出て行った妖精仲間の愚痴をこぼしながら棚の上の埃を拭き上げる。


「《主賓室は残りの一人が出て行ってからだな。慌てなくていいように屋根裏あたりから掃除を始めておくか》」


 ピョンっと窓辺に飛び上がり、外を見るブラウニーの瞳には正門から入ってきた馬車が映っていた。バンディット家のものだ。


「《ベンジャミンか! せっかくオリヴィアと結婚できるはずだったのに。バカなやつ!!》」


 吐き捨てるような声と共に、テトテトと部屋を出ていった。


 久しぶりにランドルフ家に足を踏み入れたベンジャミンは眉を顰めている。どこもかしこも荒れ放題だったからだ。オリヴィアが居た一年前とは信じられないほど変わってしまっていた。だが眉を顰めたのは出迎えた屋敷の使用人達も同じ。穏やかで美しいベンジャミンの顔には無精ひげがはえ、髪の毛もベタついている。


「……モニカは?」

「ベンジャミン様……恐れ入りますが、本日、お約束はなかったかと」

「だから何だというんだ」


 ランドルフ伯爵が拘束され、その妻は慌てて実家の領地へと逃げ去った後、残っているのは二人の娘のモニカだけ。今やこの屋敷の女主人となったモニカだったが、もちろんお家は傾いているどころか崩壊に近いため、使用人達の結束力は弱い。ドシドシ廊下を歩きながらモニカの部屋へと向かうベンジャミンを止める者はいなかった。


「……今日こそ決着を付けようモニカ」


 ノックもなく令嬢の部屋の扉を開け、気だるげに身支度を整える婚約者へと声をかける。くぼんだベンジャミンの目にはもう彼女が魅力的に映ることはなかった。


「なに?」


 一瞬、モニカはベンジャミンの姿に視線を送る。だがすぐに嫌なものを見てしまったと眉間に皺をよせ鏡の中の自分に集中を戻した。


「僕達の婚約を……」

「ああその話。もういいわ。婚約破棄しましょう。ただし、お互いに慰謝料の支払いはなし」


 感情もなく淡々としていた。これまでならあえて相手が不快になるような言葉を選んだり、同情を誘うように悲痛な声を出したりしていたのに。一切ベンジャミンに興味を失っているように見える。


「……きゅ、急にどうしたんだ……これまで散々金を払えと……」


 覚悟を決めランドルフ家にやってきたはずのベンジャミンは狼狽えていた。『金』の話さえすればモニカは必ずこちらを向く。なのに今日はその話すらする気もないようだ。


「だってあなた。バンディッド家を追い出されるんでしょう? あれ? 違った? 自分から家を出たんですっけ?」


 どっちでもいいけど、と相変わらずベンジャミンの方を見ることすらしない。


(本当に……金だけの存在だったのか……)

 

 わかっていたのに、とベンジャミンは自嘲的に笑った。笑うしかなかった。


(そういえばオリヴィアは資産のことにも僕の容姿にも興味がなかったな……それを心細く感じてたんだから、勝手なもんだよ僕も……)


 モニカの言う通り、ベンジャミンはバンディッド家を自らの意志で出た。正式にはまだだが、ウォーレン商会で働くことが決まっている。やはりと言うべきか……その仕事は彼の父親のコネだ。だが同時に一切配慮不要という話も商会にはきちんと伝わってもいる。


「……君には新しい金づるができたんだね」

「あら! そんな嫌味も言えるようになったの!」


 アハハと高笑いして、モニカは元婚約者の顔を見ることにしたようだ。


「その気概がお義姉様との婚約中にあればねぇ。自分の不満から目をそらすから()()()くらいにしかなれないのよ」


 ストレス発散のちょうどいい標的を見つけたと、モニカの視線は悪意に満ちていた。 


「『妙なモノ(妖精)ばかり見ないで! もっと僕に興味を持って!』 だなんて。赤ちゃんみたい! あのキツ~イママにちゃんと愛されなかったものねぇ……母性を求められてお義姉様も可哀想~!」

「違う……そんなことは……」

「いいえ! あなたは不満だったのよ! お義姉様はいつだって私達には見えない妙なものに夢中だったもの! 本人は隠せていると思っていたようだったけれど……アハハ! あれは滑稽だったわねぇ!」


 図星だったのか、ベンジャミンが悔しそうに俯く。オリヴィアは確かに彼の家柄にも、資産にも、もちろん容姿にも興味を示さなかった。ベンジャミンにとって自信を持てる事柄は、彼女には特別なものではなかったのだ。


「だけど、僕の優しさはオリヴィアを助けていたって……兄上が……」


 どうにか反論しようとそれを口にした時、ベンジャミンは自分の言葉にショックを受けたかのように瞳が震えた。この時初めて、彼は自分が元婚約者に何をしたのか理解したのだ。同時に、自分が何を失ったかも。


「貴方って本当につまらない男」


 蔑むようなモニカの声が、俯いたままのベンジャミンに届く。あれだけ威勢よくやって来たというのに、彼は既に打ちのめされ自分を憐れむこともできなくなっていた。


(本当に僕は……どうしようもない人間だ……)


 項垂れて顔面蒼白となったベンジャミンの横でカタカタと窓がゆれる。そして一瞬の静けさの後、部屋の大窓が強風と共に唐突に開いた。キャアッ! というモニカの叫び声でハッと顔を上げたベンジャミンは目を丸くする。

 彼が馬車に置いていたはずの婚約破棄に関する書類が風と共に部屋の中に舞い込んできたからだ。


「な……何で……?」

「ああもう! 本当に腹立たしい!!」


 不自然な自然現象に、ベンジャミンは呆気にとられ、モニカは怒りを露わにしていた。二人共、これがオリヴィアのいつも見ていたナニカの仕業だと思っていたからだ。信じていないつもりで、実はそれぞれこれが現実だとどこかで感じ取っていた。


「……これにサインを。今後の詳細は使いの者を出すよ」


 本来の目的を思い出したベンジャミンは、まだ少し顔色は悪いままだが、目には生気が戻っていた。


「……わかったわ」


 モニカの方もこれ以上ベンジャミンをイジメる気もなくなっていた。彼女は一刻も早くこの屋敷を出たいのだ。国外の豪商に後妻として請われ、彼女はこの国を出て行く。


「さようならモニカ」


 振り返ることはなく、ベンジャミンはランドルフ家を後にした。


◇◇◇


「お前は本当にお人好しだな」

「手伝ってくれたアーサーも同じでしょ! お人好し? お妖精よし?」

「妙な言葉を作るのはやめたまえ」


 私達はいつも揃ってカフェの二階で夕食をとっている。今日は店休日だったこともあってか、ここ一週間の出来事を振り返り、あーだこーだと意見を交わしながらルーネの作った野菜たっぷりのシチューをいただいていた。彼は最近、家庭料理に凝っている。


「ま! 思いつめた人間は何しでかすかわかったもんじゃないしな」


 アーサーは柔らかく煮込まれた肉の塊を口に放り込んだ。

 

「情けは人の為ならずって言葉があるのよ」

「どこの国の言葉かね?」


 私の格言を聞いて、すでにデザートのフルーツゼリーを食べ始めているルーネが興味を示した。

 

「私の国……魂の故郷の方ね」


 意味はね~、と得意気に説明しようと思ったところ、呆れ声のアーサーに阻まれてしまった。

 

「でもあのモニカまで助けてやる必用あったか?」


 言いたいことはわからないでもないが、私には私なりの理由がある。


「だって~~~人身売買は普通に犯罪じゃん?」


 実はモニカ。危うくとんでもないことに――下手したら命を落とすところだったのだ。

 彼女が意気揚々と嫁ぐつもりだった国外の豪商……彼の商売品は人間だった。

 クロからの報告でそれを知ってしまった以上、なにもしないというのも寝覚めが悪い。だから(実はほんの一瞬迷ったが)今では義兄であるニルス・アーレイドに相談したのだ。帝国都政院に勤めている彼は最近出世したのもあってか、他部署へも顔が利くようになっていた。


『人攫い!? このままだとまたウチ(街路管理)に仕事をまわされかねない……!』


 という焦りもあるらしく、早々に税関や貿易振興に関わる部署に話を回し、無事『モニカの豪商』は捕えられた。


「で、君の義妹はどうなったのかね? 自分が捕らえられると勘違いして逃げ回ったんだろう?」

「ちょっと遠目の国に……まだ向かってる最中かな……」

「あれはなかなか帰ってこれないぞ」


 モニカは未来の夫を憲兵の方へと突き飛ばし、自分は一目散に逃走した。念のため様子を見て居れくれたアーサー曰く、大きな外国船へと身を隠するも、その船はモニカを乗せたまま出発してしまったのだ。つまり、密航状態……。


「でもアイツ、脱税には関係してなかったんだろ?」

「後ろ暗いことばっかしてたんだろうね~」


 ハハハと乾いた笑い声が漏れてしまった。


「まあでも……モニカならどこに行っても大丈夫な気がする……」

「悔しいが、俺も同意」

「確かに生命力の高そうな人間の娘だ」

 

 その後はまたいつも通り、カフェの期間限定メニューの相談をしながら、楽しい夕食を終えたのだった。

 

◇◇◇


「なんでこんなことにーーーー!!!」


 その頃モニカ・ランドルフは船上であくせくと働いていた。密航はもちろん許されないが、かといって海へポーイと投げ出されることはなく。ありとあらゆる雑用をこなすことで、なんとか食事と寝床を与えられている。


「国に帰りたければこの倍は働くんだぞ!」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 泣こうが喚こうが、ここには誰も彼女を甘やかす人間はおらず、モニカは生まれて初めて自分の行いを後悔したのだった。


「私の馬鹿! 最初からベンジャミンじゃなくてライオネルを狙っていればよかった……!!」


 そんなつぶやきを聞いていたのは、水夫帽をかぶった小さな妖精だけだった。

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