31 静かな噂
「何度見ても本当に綺麗なグリーン!」
「アイスクリームがあうんだよなこれが」
念願のクリームソーダを前に、常連客がキラキラと目を輝かせていた。
しゅわしゅわの炭酸水に月海花の青いシロップと陽風の実の黄色いシロップを混ぜ合わせて緑色にし、そこにハチミツを入れている。どちらのシロップも東洋から仕入れたものなので、この国では珍しい。ちなみに、小さなアイスクリームの上にはチェリーのシロップ漬けが乗せてある。
(ちょっと甘酸っぱいんだけど……これはこれで美味しいわ!)
私が本来知っている味とは少々異なるが、お客には好評だ。今はまだ曜日限定で出しており、これ狙いでやって来るお客も徐々に増えていた。
「あ~~~氷にひっついたアイスクリーム美味しい~~~!!」
「酒代を控えてこっちを呑みに来た甲斐がある……!」
と、きゃいきゃいと楽しそうにカウンターで話しているのは常連のおじ様方だ。
「夏に間に合えばよかったんですけどねぇ」
「いいやいいや。この店、いつも快適だからいつ飲んだって美味しいよ」
満足満足、と言いながら帰って行った常連客と入れ替えに、今度は音楽院の女学生が二人、店内に入って来た。この店では珍しくない、当初アーサーかルーネ目当てで通っていたが、気付けば我がカフェメニューを堪能するのが何よりの楽しみ! という、満点なルートを辿っている子達である。
(いわく付きピアノなんて、オマケ程度になっちゃったな)
年代物のわりに、相変わらずピカピカなピアノが我がカフェには置かれてあった。
「カウンターいいですか?」
「もちろん」
彼女達のお気に入りはチョコドーナツだ。飲み物はコーヒーだったり紅茶だったりとその日の気分で注文する。
「あの……オリヴィアさん……以前お願いしていた件なんですけど……」
「はい。確かに」
亜麻色髪の女学生から私はそっと封筒を受け取った。今日はこのためのカウンター席だったようだ。
「……助かります。昨日も届いて」
封筒の中には紙幣が。私にではない。クロ宛てだ。
結局、私は彼の仕事の仲介のようなことをしていた。お客の方は私を介すことでちょっとした安心感が出るらしい。
この亜麻色髪の女学生の元には、数か月前からちょくちょく花束が届けられていた。だが送り主がわからず気になって仕方がないそうだ。
「直接聞けばいいのに!」
隣に座る赤髪の女学生が大袈裟に批判的な口ぶりになる。
「だ、だって違ったら……どんな顔をして次、合えばいいか……!」
花束の送り主の見当はついていた。彼女の意中の男性なのだ。同じ音楽院の先輩で、彼女がコンサートで着るドレスと同じ色の花がいつも贈られてくるらしい。
「ま。匿名ってのがちょっとね。世の中、慎み深い男ばかりじゃないし。変なのだったら困るか」
赤髪の彼女が言うことはもっともだ! と私もウンウンと頷く。音楽院の女学生相手に、妙な気を起こす人間の話は残念ながら聞くのだ。
「《もしも妙な男でしたらついでに排除しておきましょう。なに、おまけです。私にも娘がいるのでね》」
……彼女達の隣の席にはクロが座っていた。もちろん、二人には見えない。
「じゃあキッチリ依頼を出しておくね」
チラリとクロの方を見ると、彼は頭を下げながら目を伏せ……途端に消えた。
(うーん……これが猫又……!)
頼もしいじゃないか。
「そういえばオリヴィアさん……別件なんですが……」
「なになに~?」
目的の封筒を渡したのを見届け、ドーナツを食べ終え、コーヒーをすすった後、赤髪の女学生がハッと思い出したように声をかけてきた。なにやら使命感が宿ったような瞳をしている。
(な、なに……?)
亜麻色髪の女学生も神妙な顔になっていた。
「……ご生家の……ランドルフ家の……その、国の調査官が入られたと……」
「ご当主はすでに拘束されたそうで……」
「あくまで噂、う、うう噂なのですが……」
歯切れは悪いが、伝えておかなければ……という気持ちを感じる。なにより心配そうな視線を向けられていた。
カフェ・レムナントにやってくるお客の一部は、私がランドルフ家出身だということも、婚約破棄された後、自立しようとこのカフェを開いたことも知っている。酷い目にあった上に貴族という身分を捨てた私が、さらに可哀想な目にあうのではないか。せめて私が不意打ちにあわないように……ということなのだろう。
「あ~……私の方は大丈夫ですよ。ええ、この店も」
この件に関してはクロが実に手際よく情報を届けてくれていたので、すでに心構えもできている。
彼女達の言う通りランドルフ家は今、ボロボロのボロ。噂は本当だ。
(まさか私が気付く前から目を付けられてたなんてねぇ)
随分前から――それこそ代替わりしてからずっと、国の然るべき機関に疑いの目を向けられていたのだ。ランドルフ家は。
簡単に言うと叔父は脱税していた。納めるべき税金を誤魔化していたので(それも長期間)、状況はかなりまずそうだ。既に証拠は調査官が手にしているのでどうにもできない。そのうち、調査官が私の所にも話を聞きに来ることだろう。
(あの人達、あんなに簡単に帳簿が見つかるとは思ってなかったでしょうね~)
私とアーサーが帳簿が隠してある場所(掛け時計の裏の隠しスペース)をクロに伝え、彼がわざわざ調査官が抜き打ちでやって来た日に屋敷に潜入し、全てを見届けてくれていた。
『私が部屋に入った時にはすでに掛け時計が不自然に傾いていましてね。オタオタしているランドルフ伯爵の様子を笑いながら見ているブラウニーがいたので、これは彼の功績でしょう』
クロはフッと笑っていた。彼が言うには大きな屋敷だというのに、妖精の数は随分少なかったそう。だというのに、叔父が管理官に連行されている姿見たさに、屋敷中の妖精が勢ぞろいしてたそうな。
(まさに年貢の納め時ってことね。これで終わればいいけど~……なかなかしぶといからなぁアイツら)
頬が緩んでと笑いそうになるのをグッと我慢して、私は試作品のカヌレをトングで掴み、二人の皿の上に置いた。
「え? あの……」
「気にかけてくれてありがとうございます」
ちょっと踊り出したい気分なのだ。ここまでランドルフ家の醜聞が広まると私も実感が湧いてくる。
(やられっぱなしだったしね~)
あの屋敷にいる頃は、せいぜい小さな『ギャフン』止まりだった。今回も私の手で直接『仕返し』はできなかったが……。
(まあ……結果よければすべてよし!!)
元々ランドルフ家が乗っ取られたことは周知されているし、私がオリヴィア・アーレイドとなった後、あちこちに『私はあの家とは一切関係ありません!』という手紙を送っていたこともあってか、元ランドルフ家の一員にもかかわらず、今のところなんの影響もなかった。
◇◇◇
「思ったより早かったな?」
「ランドルフ家の崩壊?」
私が即答したのが面白かったのか、閉店後の店内でプッとアーサーは吹き出していた。
「俺が手を下すまでもなかったか」
「その通り! ああいう奴らはほっといても勝手に自滅するのよ。こっちで建設的に人生楽しんでた方がいいに決まってる!」
二千年以上生きてる妖精王とは違って人間の生は短いのだ!
「……そうだな。こっちの方が楽しいな」
「……?」
アーサーが寂しそうに笑っている。なかなか見ない表情だ。気になって深堀しようとしたが、
「あ。そういえばお前の元婚約者達の騒動を知らないのは残念だったよ」
パッといつもの表情に戻った。ニヤリと悪い笑顔になっている。
アーサーは先ほどの女学生二人組が、ベンジャミンとモニカの泥沼婚約破棄騒動について触れなかったことを言っているのだ。
「あれは私に気を遣ってくれてただけでしょ~」
「叔父が収監されてる話題はふって、元婚約者の話は避けるのか?」
あの二人は現在裁判中。婚約破棄したいベンジャミンと、婚約破棄したくないモニカ……というより、婚約破棄するなら慰謝料寄越せ! というモニカと、こっちが慰謝料もらいたいくらいだ! というベンジャミンで揉めに揉めている。モニカに関しては、父親のこともあるだろうに実に元気だ。
「そんなもんよ」
「うーん……わからん」
肩をすくめると、アーサーが指をヒョイと振って店内の椅子をフワフワと浮かべた。フォルテと私がささっと床を拭き上げる。
「オリヴィア。明日の分のチーズが足りない」
キッチンからルーネが顔を覗かせ、どうする? と首を傾げていた。
「え!? 今日そんなに出た!?」
「ホットチーズサンドはここ一週間の一番人気だ。しかたあるまい。今から私が買ってこよう」
「ありがとう! 助かる」
「ついでに葡萄酒も買ってくるとしよう」
そっちが本命だったか。ルーネは鼻歌を歌いながら買い物に出かけて行った。
(うん。今日もいい日だ)
古巣の方はなにやら大変そうだが、こちらの方はすこぶる穏やか。
……この穏やかさが続けばいいのだが。




