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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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30 異種間恋愛の行く末

「お久しぶりです!」


 夕方、元気に店内に入って来たのはリャナンシーに恋している青年だ。


「あら、いらっしゃい。元気そうでよかった!」


 これは型にはまった挨拶ではなく、本気で言っている。なんせリャナンシーは人間の生気を吸い取る妖精。彼は自ら愛する妖精にその生気を捧げていたので、元気な姿を見ると心底安心するのだ。


「《やっほ~来ちゃった~~~!》」


 ……生気を吸い取っている本人が一緒にいるならなおのこと。相変わらず受け答えが軽いリャナンシーことエリーゼは、クリスと腕を絡めながら元気に手を振っている。クリスはそのまま、当たり前のように二人分のコーヒーとプリンを注文し、二人席へと運んで行った。


(おぉ……ちゃんと椅子を引いてあげてる)


 テーブルの上にトレーを置いたあと、さっと手慣れた様子でエリーゼのためにエスコートしたのだ。もちろん、我がカフェ レムナントの店員以外には見えていない女性のために。


「あの二人が異種間恋愛をしてるっていう?」


 フム。とルーネが興味深そうな視線を向けていた。


「……うまくやってるみたいだな」

「やっぱり? 顔色いいもんね」


 意外なことに、アーサーは二人の様子に安堵していた。もう少し面白がったり、二人の関係に批判めいたことを言うかと思ったのに。


「覚悟ができているのだろう」

「?」


 静かな声で……同時に少し感心するような顔にルーネはなっていた。


「種族が違う……生きる時間も常識も違うのだ。二人の関係は決しておとぎ話のようにはいかない、ということを理解している顔をしている」

「おとぎ話……」


 二人は幸せに暮らしましたとさ、の後にも物語が続くということがエリーゼ(リャナンシー)とクリスはわかっているということか。


「《でも楽しそう!》」


 キッチンからヒョコッとカウンターの向こうを眺めるフォルテが見たままの感想を述べる。


「そうだね~」


 相変わらずクリスは常にデレデレとした表情でエリーゼを見つめ、時折クスクスと笑っていた。手元にはブックカバーのついた本が。周囲にいるお客からは、彼が誰かと待ち合わせをしていて、一人で本を読みながら笑っていると認識されている。


(エリーゼ! めちゃくちゃ喋るわね!?)


 クリスが話せないからというだけではなさそうだ。話したいことがたくさん! という風にこちらには見える。

 リャナンシーは、異性(ターゲット)をメロメロにするために巧みな話術を使う、と妖精図鑑に書いていた。相手の自尊心をくすぐりつつ、美しいその見た目だけでなく中身まで心酔させるのだそうだ。私はその文章から、キャバ嬢のトークテクニックのようなものを想像していたのでギャップに驚いている。


(人間あるある話で盛り上がってる……!)


 あるあるネタは妖精も好きらしい。人間は日の光ではなく時計に振り回されているだとか、妖精の存在は信じてないのに幽霊に怯えているだとか……。


「《人間ってほんっとう~に可愛いよねぇ~!》」


 甲高い声がカウンターまで届いた。私はそっとレジ下の戸棚から妖精図鑑を取り出し、リャナンシーのページをめくる。


「おぉ! それが例の図鑑かね」

「そうそう」

「あ~リャナンシーの……」


 ルーネが覗き込み、さらにアーサーも横から幻想的な美しさのリャナンシーが描かれたページを見ていた。そして、三人が同時にエリーゼの方に視線を移す。


「なんというか……」

「ハツラツとしてるよね」

「元気がいいのはいいことだ。……今は合意の上で人間の生気を分けてもらっているのだろう……?」


 頭を寄せあい、こそこそと小声になっていた。


「妖精も時代と共に変わるのねぇ」


 その時代に合わせてウケるキャラを変えているのだろうか。それとも、世界の流れに乗って(なんせ近年の変化は妖精にとってあまりにも早いらしいし)自然とそうなったのだろうか。


(ルーネも、人間の時代に合わせて暮らそうとはしてるしな)


 自己主張が強い彼だが、うちのカフェにすっかり馴染んでいる……いや、馴染もうとしている。


「……ルーネとアイツだけかもしれないぞ?」

「フム……悔しいがその可能性はある」

 

 妙に含みのある言い方をするアーサーと、渋々その意見に同意するルーネ。妖精は同種と言っても群れ合うとは限らないので、個体差が大きいと言いたいのだ。特に()()は。


 結局、彼らは閉店間際まで店にいた。だから私達はまた何か厄介ごとでも相談されると思ったのだ。いつも通り。


「な~んだ。ラブラブっぷりを見せつけにきただけだったわけね!」


 閉店と共に、二人はまた腕を組んで帰って行った。


 店を閉め、私は二階にある自室へと戻りのんびりとくつろぐ。いつもの穏やかな夜だ。ゴロンとソファーに寝転がっている姿は、とても元伯爵令嬢とは思えない姿だが、そのことについてとやかくいう人間も妖精もここにはいない。

 アーサーは先ほど、妙な気配がすると外へ出て行った。最近ちょっとばかり過敏なところもあり、ほんの少しのことでも気になってしかたがないようだった。だが結局、いつも何事もなく終わっていた。


「《オリヴィア! クリスが来たよ!》」


 うとうとしていたところ、一階にいるはずのフォルテの声が耳元で聞こえ飛び起きる。


「……クリス?」


 頭が働かないまま、一瞬自分が今どこにいるか、いったい何時なのかもわからないまま、理解できる名前だけを繰り返す。


「《人間だよ! ほら。今日の夕方、妖精と来てたでしょ?》」

「あー……あのクリス……」


 なんで? 忘れ物? 徐々に思考能力が戻り始めたのを確認しながら店への階段を降りた。


「夜分にすみませんオリヴィアさん!」


 クリスはいつも通りのテンションだったが、なんだか夕方とは違い笑顔がぎこちなく見える。


(んんん~? こりゃやっぱり何かあったな)


 夕方の予感は当たっていたのだ。


「いいよいいよ入って~」


 なるべく軽く、気楽に話ができるよう彼を招き入れた。フォルテが珍しい夜の来客にワクワクしているのか、それともバー時代のことを思い出したのか、ご機嫌にコーヒーを入れてくれる。


「いや本当……すみません……ちょっとご相談、というか聞きたいことがありまして」


 ちょっぴり緊張しているようだ。もじもじと動かす指に視線を落としている。が、急に決意したようクリスは頭を勢いよくあげ、


「妖精になる方法、ご存知ないですか!!?」

「えっ!!? 妖精になる!!?」

「はい!! やっぱり異種間恋愛って色々大変で……いや! これはこれで楽しんです! でも一応……一応ですよ? そういう方法がないか知りたくって!!」


 興奮気味に早口になっていた。思わず圧倒される。どんな質問かと思ったら予想もしないことだったというのもある。


「し、知らないなぁ~……フォルテは知ってる?」

「《知らな~い》」


 思わず彼に見えていないフォルテにも話を振ってしまった。だがなんと言ってもフォルテは気が利く妖精なので、


「《ルーネに聞いてくるね!!》」


 と、勢いよく二階へと上がって行った。ルーネは人間のようなタイムスケジュールで生活しているので、すでに眠りについている。だが善良なブラウニーが起こしたとしても怒るようなことはないだろう。彼の信条に反する。


(私とクリスは文句言われるかもしれないけど~……)


 私も答えを知りたくて黙って見送った以上、甘んじてその文句は受け入れるしかない。

 

「フォルテさんがそちらに……?」

「今ルーネを呼びに行ってくれたよ。アーサーは出かけてるけど、知識量は正直ルーネの方があるから」


 その間に、ちょっと聞きづらいことをこちらが尋ねる。


「エリーゼとはうまくいってるんだよね……?」


 現状以上の状況を望んでいるであろう質問の真意を知りたかったのだ。


「もちろん! 楽しければ楽しいほど時間の流れは早くなります。だから前もって選択肢を確認しておきたくて」

「なるほど……ってことは妖精になってもいいんだ?」

「もちろんもちろんもちろん! それでエリーゼとさらに長く一緒に居られるのなら!」


 一切の迷いのない返事だった。清々しい笑顔だ。覚悟しているとかそういう重苦しい印象はない。彼にとっては当たり前の選択なのだろう。


 フォルテに手を引かれ、私のように目をこすりながら店に降りてきたルーネの答えはこうだ。


「大昔に……妖精女王が人間を自らの眷属にするために妖精化したという話を聞いたことがある……全く……こんな答え……一晩くらい待てないのかね」

「ごめーん! どうしても答えを待てなくって……!」

「すみません! エリーゼには僕がこういう風に考えてるって知られたくなくって!」


 二人でへへへと笑いながらペコペコ頭を下げると、ルーネの不機嫌も治ったようで、やれやれこれだから人間はといつもの上から目線になった後、


「相手と同種になりたいなんて考え、異種間恋愛をしている者なら誰しも一度は考えるものだよ。私の従弟もずいぶん調べ周っていた」


 もういいかね? と確認した後、ふぁ~と大あくびをして、ルーネはのそのそと寝室へと戻って行った。


「……妖精女王ってことは、アーサーさんとは違うんですよね?」

「違うねぇ……」


 一瞬、シンと店内から音が消える。だが、


「でも方法がないわけじゃないんだ!!」


 やったー! と両手を上げてクリスは喜んでいた。


◇◇◇


 結界を不用意に触れ回っている何かがいると、アーサーは表情も硬く、その場へと急いでいた。


(《まさかティターニア?》)


 だが妻を名乗るその妖精であれば、自分に気付かれることなく結界をいじることが可能だ。すでにそれは証明されている。


「《あ、来た来た~! おそーい!!》」

「《ハァ!? エリーゼ!!?》」


 手を振っているリャナンシーを見て、アーサーの力が一気に抜ける。明らかに自分を呼び出すために彼女がわざと結界にちょっかいを出したのがわかったからだ。


「《用事があるなら店で言えよ!》」

「《だって~~~ちょっとクリスの前じゃ恥ずかしくって~~~》」


 クネクネと体を揺らしながらニヤニヤとしているエリーゼを、アーサーは眉をひそめて見ていた。


「《で?》」

「《えっ! 冷た~い! そんなんじゃモテないよ!!》」

「《やかましい! 帰るぞ!!》」

「《待った待った!!》」


 慌ててアーサーを引き留めた後、エリーゼはやっぱり照れながらポツポツと尋ねた。


「《ねぇねぇ。力の強い妖精王ならさ~。妖精を人間に変えたりできる?》」

「《……妖精を……人間に?》」


 考えたこともなかった、と、アーサーの動きが止まる。思考に集中しようとするが、うまくいかない。


「《え~~~じゃあ考えといてよ! なれるならなりたいだよね、人間!》」

「《わ、わかった……》」


 あまりにも軽くエリーゼが言うので、アーサーもつられて簡単に返事をしてしまう。


「《ありがと!! よろしくねー!!》」


 そうして月の光に溶け込むようにリャナンシーは姿を消した。愛する人間の元へと帰ったのだ。


(《妖精が人間になる……?》) 


 アーサーは暗い路地裏に一人、その思考に囚われるかのように動けなくなっていた。

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