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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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29 東の国から

「オリヴィア~ホットサンド二つ!」

「はーい」


 アーサーが嬉々としてキッチンにいる私とフォルテに声をかける。ホットサンドは予想通り、カフェ・レムナントの秋の人気メニューとなっていた。


「《もう夕方だけど表に出すホットサンド追加しとく?》」


 カウンター並びのショーケースの中に、()()()()()()()のサンドイッチを置いてあるのだが、もうあと数個しかない。


「うーん……今日はお客さん途切れないし、もう少し作っとこうか」

「《了解~》」


 いつものように手際よくフォルテがパンと具材を重ねていく。

 さて、私の愛するカフェは最近(というには今更だが)、不可思議事の相談所という役割に新たな要素が加わった。


「あっ……」


 頬を染める若い女性達が、上目遣いにアーサーを見つめながら店内に入って来る。注文の最中も彼に夢中のようだ。


(ルーネとはまたファン層が違うんだよね~)


 どちらも人気は高いのだが、アーサーは今のような若い女性客だけではなく……、


「ちわっす! アーサーさん!」

「おう。静かに楽しめよ」

「そしたらまた稽古つけてくれますか!?」

「ここでしっかり飲み食いしていったらな」


 若い男子からの人気もあるのだ。ちなみに今来た彼ら、以前四番街のカフェで私をナンパした学生である。

 実体を得たアーサーが、意気揚々と散歩に出かけた先で、ナンパした相手が悪かったのか怖いおじさん達に詰められているところをアーサーが助けたのをきっかけに懐かれていた。

 私も――それに本人も驚いていたのだが、アーサーは精霊を使わず素手でそのおじさん達を軽くいなしていたのだ。


『……お、俺は妖精王だぞ! 何でもできる!』


 なんて言っていたが、体が勝手に動いていたようだったし、記憶がないことと関係しているのかもしれない……と曖昧に結論付け、結局謎は深まるだけだった。


(ライオネルが何か知ってそうだけど……)


 アーサーが嫌がっているようだったので、ライオネルはこの件には触れないし、私も聞いていない。知りたいけど……知りたいけど!!


「ここのホットサンドってヤツ、めちゃくちゃ美味いからいくらでも食えます!」

「夏限定のかき氷、食いたかったなぁ~」


 明らかにアーサーを喜ばせようと反応を伺いながらの発言(おべっか)だ。ご機嫌そうに『うむ』と頷いた妖精王に尻尾を振りながら、学生達はそれぞれ二皿もホットサンドを注文した。どうやら金持ちの家の子らしく、着くずしてはいるが衣服も高価なものを身に着けている。


(不可思議相談所兼イケメン喫茶に……いや、妖精喫茶……?)


 売り上げも順調。人手も増えたので、満を持してとっておきのメニューを準備している。そう、クリームソーダ! 

 一番の問題だった冷凍庫がついに手に入った。アイスクリームがこれで冷やしておける。ウォーレン商会の奥様と仲良くしていたお陰か、海外製の小型庫を融通してもらえたのだ。高価だったが、必要経費と思うことにしよう。なんの気兼ねもなく冷凍食品を置いておけるのだから。ちなみに炭酸水は天然の瓶詰めされたものを購入し、着色には花や果実のシロップを使う。


(何色にしよっかな~)


 落ち着かないこともあるが、楽しいことを考えるとやっぱり気分も上がる。


「ホットサンドです」

「ありがとうございますっ!」


 これだけは注文から出来上がるのに少し時間がかかるので、お客の席まで運んでいる。店員増員あってこそのメニューとなっていた。熱々の香ばしい匂いをかいで学生二人はにんまりと笑顔になっている。


 チリン、とまたドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 小柄な、猫目の男性だ。私の方に小さく会釈をし、そのまま注文カウンターへと向かう。


(ん?)


 アーサーと、そしてルーネも猫目の男性を驚いたように凝視していた。


(なに!? なになにないなに!!?)


 だが、その男性はそんなこと気にも留めずに、


「コーヒーを」


 穏やかな声で注文する。手慣れた様子でコーヒーを受け取ると、さっと裏庭のテラス席へと出て行った。初めてのお客だが、随分と手慣れている。


「ちょっ……」


(緊急会議よ!)


 キッチンへ移動した私は、アーサーとルーネを手招きして呼び寄せた。そのままコソコソ話を始める。


「……なに!? なにごと!?」

「いや……妙な気配で……けど、どこかで……うーん……」

「あれは妖精だろう……おそらく……」

 

 歯切れの悪い二人は共に自信がないのか、視線を左右に逸らしていた。とりあえず普通の人間ではなさそうだ。

 チラリとテラス席を覗くと、穏やかにコーヒーをすすっている。まるで常連客のようにカフェ・レムナントに馴染んでいるその猫目の彼は、結局閉店まで居座っていた。


「お客様すみません。そろそろお店を閉める時間でして」


 この時点で私は、これからいつものように不可思議体験をすることを覚悟していた。ギラリと怪しく光るその瞳は、本当に猫のようで思わず引き込まれる。


「ここのコーヒーはとても飲みやすい。気に入りました」

「……ありがとうございます」


 私と同じくらいの背丈のその彼は、そっと右手を前に出す。


「私はクロ。お察しの通り人間ではありません。どうぞよろしく」

「は、はい……」


 なにがよろしくなのかわからぬまま握手した。他の客を見送ったアーサーとルーネ、フォルテまで裏庭に出てくる。


「で、なんだったんだこいつ」

「こらっ」


 私がよくわからない存在と握手したのが気に入らなかったのか、アーサーが過保護モードになっていた。


「これは失礼。本日はご挨拶に……このように遠回しになって申し訳ありません。私もこのように世を忍ぶ身……少々慎重になってしまいまして」

「でも実体化できるんですよね?」


 ていうか、結局この()は妖精ということでいいいのだろうか? 『人間ではありません』なんてちょっと含みのある言い方をしていたが。


「私のこれは変化(へんげ)の術と呼んでおりまして。まあそちらのお二方と同じようで少々ちがうのです」

「そ、そうなんですか……」


 『変化の術』なんて、まるで忍者か何かみたいな言い回しだ。

 

「まどろっこしいな。結局お前は何者で、何が目的なんだ」


 アーサーのぶっきらぼうな問いかけに、ニヤリ、と猫目の男が笑った。


「国では『猫又』と呼ばれる存在でございました。ちょっと情勢がきな臭くなりまして……まあ心機一転、妻子と共に国を移りましてね。元々情報を生業にしておりますので、何かお困りごとがございましたらお声がけください」


 住まいも三番街……それもご近所さんらしい。


(猫又!? っていうか今、妻子って言った!?)


 アーサーも目を見開いて驚いている。猫又なんてまるで前世の日本を思い起こすし、当たり前のように結婚して家庭がある妖精……というか妖怪がいることがすんなり理解できなかった。


(妖精と妖怪の違いって何……? 呼び方の違い……?)


 なんてところにまで私は引っかかっていたのだが、


「つまり商売の相談かね」


 ルーネの方はそうでもないようで、カチンコチンにかたまった私達を無視して話を進める。


「ええ。このお店にくるお客の皆々様は、不可思議な存在を受け入れてくださってるそうで……私なんぞを使ってくださる他のお客様もご紹介いただければと……なんせ妻子を食わせないといけないもんでして」


 情報屋らしく、うちの情報はばっちり調べていたようだ。


「《ジョウセイがきな臭いってどういうこと?》」


 マイペースにフォルテが話題を戻す。だが確かに、わざわざ故郷を出てこんなところまでやってくるなんて、よっぽどの理由があったのかもしれない、と私の興味も気になり始めた。


「今じゃあ世界中どこでもですが、やれエレキテルだやれ写真機だのと……私どもの姿を探ろうとする輩も増えまして。捕まったらどんな目にあうやら……その点、この国じゃあまだいくばくか、我々のような存在と人間とが共生していると聞いたのです」


 ブラウニーのような妖精はすでにクロの故郷では見かけなくなったと、残念そうに目を伏せ、

 

「今更、この暮らしを辞めて(あやかし)として……というのも厳しくて。特に娘は生まれた時からずっとこうやって暮らしておりましてね」

「うーむ。時代だな」


 深く頷いたルーネには、クロの気持ちがよく理解できるようだった。


「わかりました。お客さんを積極的に紹介ってのは難しいですけど、もしクロさんの力が必要そうな人が居たら連絡しますね」

「ありがとうございます!」


 それだけでも助かると感謝されたが、妻子を養っているなんて話を聞いたら私も気になってしまうので、


「あ、そうしたら一件早速お願いしようかな」


 というわけで、ランドルフ家の現状の調査をお願いすることにした。ライオネルに頼りきりというのも申し訳ないしね。不安の元の最新情報はあって困ることはない。


「承知しました! 数日お待ちください!」

「無理しなくていいですからね!」

「……その辺は重々承知しております。ですが期待していてください。なんせ人間でないのが強みです」


 そう言ってクロは不敵に笑った。


◇◇◇


 夜が近づく中、店から出たクロを半透明なアーサーが追いかける。


「《おい。俺からも一件調べて欲しいことがある》」

「ええもちろん! なんでございましょう」


 まるでアーサーがそう言って来るのを待っていたかのようだった。クロは驚きもせず妖精王に向き合っている。


「《ティターニアという妖精について探ってほしい》」

「ティターニア! かの妖精の女王様でございますか! ははぁ! それはまた……」

「《……無理ならいい。危ない仕事になるかもしれないしな》」


 ダメで元々の依頼だった。アーサーから見てもティターニアの力は本物だ。探ることでクロがどうなるかわかったものではない。


「ええそれはもう……いやしかし、多少ならなんとかなりましょう」


 そうして頭を下げた後、クロはフッと姿を消した。

 妖精王にもその姿は見えず、


「《ではアーサー様、こちらの方は少々時間をいただきます。途中何度かご報告いたしますので、しばしお待ちを》」


 闇に紛れた声だけが、アーサーの耳に届いた。



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