28 満月がもたらすもの
今日もオリヴィアとルーネがカフェに来る客達と談笑しながら、コーヒーを注いだり、サンドイッチ(オリヴィアがそう呼ぶのだ)を更に綺麗に盛り付けたりしている。俺はその様子をカウンターの専用席に座っていつも通り眺めているだけ。客達はピアニストが奏でる音を楽しんでいる。
「どうしたのアーサー?」
なんとなく面白くなくて、キッチンのフォルテの様子を見に来たら、オリヴィアが追いかけてきた。
「《いや、三番街をぐるっとしてこようかと》」
「そっか! いってらっしゃい」
俺の妻を名乗る妖精が来てからというもの、たまにこうやって妙な気分になる日があるのだ。特に、店が盛況な日はよりそうなりやすい。これだけ人間がいるのに、俺のことを認識してる人間はオリヴィアだけというのが関係している気がしている。
(《ここが居心地悪いなんて言ったらオリヴィアがどんな顔をするか……》)
だからこの靄が広がり過ぎないうちに、気分転換に出かけるようにしていた。
「《アーサーさま、その前に氷を出して行って! 今日はアイスコーヒーがよく出てるから》」
フォルテは容赦ない。言われるがままフロストを呼び出し、カランと小さな音を立てて氷がケースの中へと入っていく。
「《ありがと!》」
「《昼過ぎには帰って来る》」
「《はーい!》」
妖精王たる俺はフォルテにとっては用済みのようで、惜しまれることもなく手を振って送り出された。こちらも手を振り返しながら店の外へと出ると、窓越しにオリヴィアと目が合う。
(《あ……》)
カウンターに座るマリーが、誰に手を振ってるの? とオリヴィアに尋ねているのが見えた。ルーネの方がそれを誤魔化すように、試作品のホットサンドを勧めている。マリーの意識はすぐにエルフの方へと向いて顔を赤らめながら頷いていた。
(《実体化……羨ましいなんて思う日が来るなんてな》)
これまで――二千年もの間、人間の目に触れたいなんて思ったことなどなかった。
オリヴィアに会ってからだ。積極的に人間と関わりたいと思ったのなんて。最初はただの気まぐれだったのに。
さらにこの気持ちが加速したのは、あのティターニアが来てからだ。アイツを思い出す度に気持ちが重くなる。
(《なんでオリヴィアに話したくないんだろうな~》)
いや、なんとなくはわかっている。オリヴィアが、俺の妻の話を聞いた時の反応を知るのが怖いのだ。彼女は俺が結婚していたことにきっと驚くだろう。問題はそのあと。それを面白がるか、ショックを受けるか。
(《面白がられたら俺がショックを受ける気がする……》)
これが今の俺の正直な気持ちだ。
カフェ・リアンフロンの前を通ると、馬車が何台か停まっているのが見えた。最近は二番街からのお客も増えてると聞いていたがその通りのようだ。
結局、本当に三番街をぐるりと一回りをしてカフェ・レムナントまで帰って来る。
「《……!!》」
店の中にライオネルがいた。オリヴィアと楽しそうに話ながら裏庭へと出て行ったので反射的に追いかけてしまう。
「《おい……! ここで何してんだ》」
「うわっ! びっくりした!」
俺から何を言われるのかわかっているようで、オリヴィアが焦りながら言い訳を始める。
「ちょっと急用がね」
ライオネルも俺がオリヴィアの側にいるのがわかったのか、
「……先日は失礼した。もう二度と勝手に貴方の秘密を話すようなことはしないから安心していただきたい」
目線が俺の方から少しずれている。あのティターニアとかいう自称妖精王の妻のことは見えるのに、なんで俺の事は見えないのかは謎のままだ。
「《何しに来たんだよ》」
「ランドルフ家が大暴れして大変みたい。ちょっとこっちに飛び火する可能性がでてきたから早めに知らせに来てくれたの」
どうやって? とはあえて聞かなかった。ティターニアがやったに決まっている。今回は俺にバレないように結界を通り抜けたらしい。
(《力が強いのはわかってたがここまでとは》)
ムッとする俺を放置して、オリヴィアとライオネルはテラス席に座り、近状報告だけでなく昔話まで始めた。心地よい太陽の陽射しの下で、二人共会話に夢中なようだ。チラチラと他の客から向けられる視線が俺を通り抜けていく。俺の居場所がまた失われた気がして、結局またキッチンへと逃げ込んだ。
「《おかえり! アーサーさま!》」
「《……ただいま》」
明らかにいつもと様子の違う俺を、珍しくフォルテが気にかけてくれた。
「《オリヴィアは外だよ? ライオネルが来てるんだ》」
不貞腐れている原因がオリヴィアがいないことだと思われているのか……。
「《なあ、なんで俺は人間に認識されないんだろうな》」
「《精霊を使えば?》」
「《……いや、ルーネみたいに……俺の姿をだな……》」
ん? と首を傾けて俺の言いたいことを考えてくれているが、理解できないようだった。
「《いやいいんだ。氷はまだ大丈夫か?》」
「《うん! 大丈夫そう!》」
少し前なら俺もフォルテと同じように、この気持ちを理解できなかっただろう。太陽の下で周囲からオリヴィアと一緒にいるのが俺だと認識されたいなんて思う日がくるなんて。
(《やっぱり、最近少しおかしいな……俺》)
妖精達と自分の感覚にズレを感じている。これまでも多少はあったが、それは俺が他よりもずっと強い力を持つ妖精王だったからだと思っていた。だが最近はそもそもが違うような、そんな気がしている。
しばらくして、ルーネもキッチンへとやって来た。
「なんだねその目は……ワタシは休憩時間だ」
不貞腐れたままだったせいか、批判的な視線を向けられてしまった。
「《……ライオネルは?》」
「ああ、それでその態度か」
小馬鹿にするようにフッと笑った後、昼食用の特大サンドイッチを作り始めたルーネ。それが出来上がったころを見定めて、
「ああ! 私のスペシャルサンドイッチ……!!」
「《ごちそーさん》」
美味しくいただいてやった。が、これが悪かった。食べ物の恨みは恐ろしい。予想以上に叱られる羽目になったのだ。
「まったく!! 妖精王を名乗っているのになんだねその余裕のなさ! 優雅さの欠片もないっ!!」
あまりの剣幕にギョッとしていると、さらにたたみかけてくる。
「ヤキモチもたいがいにしたまえ! いい大人どころか君は二千歳を越えているのだろう!?」
「《ここまで来たら年なんて関係ないだろ……》」
反論が思い浮かばず、ブツブツと小声で言い訳をする。
(《そうか、ヤキモチを妬いていたのか》)
気分がノらない理由がこれでわかった。要するに俺はライオネルとオリヴィアが仲良さそうにするのが気に入らない。面白くない。
「《俺だって実体化できればこうはならない……》」
ここまできたら不貞腐れついでだ。ぶーっと子供のように口を尖らせる。
「《実体化して人間みたいに……お前みたいにここで働けたらこんな態度にはならないのっ! って、その目やめろ!》」
呆れるような、憐れむような目のルーネと、意味が分からないというフォルテの視線が刺さる。
「……君が本当にそれを望むならその願いはきっと叶うだろうよ」
「《そういえばそんなこと、前も言ってたな》」
本当にそんなことが起こるのか、俺自身も疑っていた。望めば叶う……そんな能力を持ってるなんて、二千年の間に気付かないなんてことがあるだろうか。
「なんでも叶うわけではない。叶うための段取りや材料が揃っていればそれは叶うのだ」
やれやれこんなことも知らないのかと、ため息をつかれてしまった。言い返したところだが、言い返す言葉がない。
「答えが出るのにそれほど時間はかからないだろう……君は本当に記憶がないんだね……ワタシもこの力を聞いたのは随分幼い頃だが……焦らず待っていなさい」
まるで子供に言い聞かすようだった。同時に手際よく再びスペシャルサンドイッチを作り上げたルーネは、フォルテに軽く声をかけた後、また俺に食べられたらたまらないと、さっと皿を持って部屋へと戻って行った。いつもリビングでのんびり昼食を取っているのだ。
(《待つしかないのか……?》)
だがそれは案外早くやって来た。それはライオネルの訪問から数日後、満月の日。
秋の匂いと共に、太陽が沈むのも日に日に早くなっている。
「今日は何もないといいなぁ~」
「そうか。今日は満月だな」
閉店後のカフェの片付けを軽く手伝いながらオリヴィアを慰める。
「疲れてんなら俺が一人で行って来るぞ」
「ありがと。まあ最近は慣れて来たし……アーサーが一緒なら怖いこともないしね。社会貢献と思うことにする」
妖精の力は夜に高まることが多い。さらに満月の日は絶好調。というわけで、カフェ・レムナントに持ち込まれる不可思議な相談は、満月以降に殺到することが多かった。
「……ん?」
「なんだ?」
「ん!!?」
「な、なんだよ……」
突然、オリヴィアがグイグイとこちらに近付いてきた。顔が近くて戸惑ってしまう。
「……!!?」
バチン! と突然、オリヴィアの手が俺の頬に触れた。
「え!!?」
「え!!?」
オリヴィアの手が、俺に? オリヴィアからは俺には触れられないのだ。もちろん、他の人間も。
「な、ななななんで?」
「え? あれ? 体が……」
まさか本当に?
「ああ、思ったより早かった。そうか、今日は満月……力が強まったのだな」
納得するようなルーネの声が、右から左へとすり抜けていった。




