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帝都不可思議カフェ綺譚―婚約破棄は自称妖精王と共に―  作者: 桃月 とと


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27 異国から

「オリヴィア! 久しぶり~」

「あら! いらっしゃい!」


 カフェ・リアンフロンで修行していた時の同僚、マリーが一ヶ月ぶりに来てくれた。リアンフロンも盛況で忙しかったのだろう。


「疲れてる? 寝不足?」


 コーヒーとたまごサンドを注文しながら、私の目元を覗き込む。いつもと逆だ。


「あ~……わかる? ちょっと昨日夜更かししちゃって」


 ええ。いつもの不可思議現象の対応でね!! 妖精の活動が活発になるのは主に夜なので、どうしても寝るのが遅くなるのだ。


(体がまだ若いからどうにかなるけど、これ、年を取ったら大変そう……)


 なんて年齢不相応なことを考えてしまうのは、前世の記憶があるからだろう。


「大丈夫? レムナント、人気出たもんね。一人じゃ大変でしょ……休むのも大事だよ」

「ありがと。でも、手伝ってくれる人も増えたからなんとかなってるわ!」


 私よりずっと年上のエルフなんたけどね、とは言えないが。

 ルーネはカフェの仕事を気に入ってくれているのか思いのほか意欲的に働いてくれており、今朝もあくびばかりの私に変わって、フォルテと二人でサクサクと開店準備を進めてくれたのだ。今はキッチンで売り切れ間近のベーコンとチーズの惣菜パンを追加で作ってくれている。


「聞いた聞いた! すっごい綺麗でカッコイイ人だって……!」

「はは……」


 これがルーネのやる気の源でもある。人間に褒め称えられるのが大好きなのだ。彼のファンは日に日に増えており、承認欲求を満たしている。


(二十年前まで舞台俳優やってたって言ってたしな)


 エルフ狩りが怖い! なんていう割に目立つことはやめられないようだった。


「そっちは最近どうなの?」


 カウンター席に移動したマリーに、とても便利な会話のとっかかりを使って尋ねる。


「ふふっ実はそれを言いたくって来たのよね~」

「じゃあ!」


 マリーは嬉しさを隠しきれないようだった。


「そうなの! ついに名前のある役を貰えたのよ!!」

「すごいすごい! 絶対に見に行く!!」

「へへっ。そう言ってくれて本当に見に来てくれるのオリヴィアだけなんだよねぇ」


 ありがと。と、満面の笑みのまま、マリーはたまごサンドを頬張った。

 彼女はカフェ・リアンフロンで給仕の仕事をしつつ、舞台女優として花咲くべく頑張っている。隣領から単身で出てきているため、帝都では一人暮らしをしていた。元伯爵令嬢の私にも気兼ねなく話しかけてくれ、修行中はずいぶんと助けられた相手だ。


「帝都の劇場でいつか主役をやってみたいな~」


 マリーはちょっと照れながら今度はコーヒーをすすった。


「《コイツはなかなかいい演技をするからな。もうすぐだろ》」


 隣のカウンター席に座っている妖精王が、俺はマリーの実力がわかっている、と言わんばかりの得意顔になっていた。私が観劇に行く時はアーサーも付いてくるので、彼もマリーの演技力を知っている。

 私もアーサーも最初は友人の応援のつもりで通っていたが、今ではすっかりファンになっていた。


(いつかマリーが大物舞台女優になったら、古参ファンだって大きな顔したいッ!)


 なんて願望が私にはある。


「オリヴィア。ドーナツはどうするかね? 今日はよく出るからプレーンだけでも補充をしようと思うんだが」


 失礼、と声をかけてルーネがこちらにやってきた。


「そうだね。ちょっと早いけど……あ! 明後日のパン、増やしてもらうようお願いしに行かなきゃ! ピアニスト(フィン)の日はいつも足りなくなっちゃうし……」


 フィンがピアノを弾いている日は相変わらず込み合うので、何もかも多めの準備が必要なのだ。そんな軽い打ち合わせを二人でしているところをマリーは真剣な表情で聞いていた……かと思うと、


「え……? あなた……まさか……シェルヴァ・ナイア!?」

「!!?」


 ビクッと体が震えたのは、私だけではない。ルーネもそしてアーサーもだ。このエルフの名はシェルヴァ=ルーネ=ナイア。マリーが今、口から出した名前が三分の二も入っている。


「え? あれ? えーっと? その、知ってる……?」


 完全に動揺した私は曖昧な質問を投げかける。探りを入れているのがバレないように。ルーネの方は冷や汗を流しながら目をキョロキョロとしていた。挙動不審過ぎる。


「《おい! バレてんじゃねーか!?》」


 心配している風を装っている妖精王の声には、若干のワクワクが含まれていた。漏れちゃってるぞ!


「おばあちゃんが持ってた舞台のパンフレットに載ってた挿絵とソックリ! もう本当にびっくりだわ!!」

「ぶ、舞台の……!? それって……」


 もはや冷や汗を越えた汗を流しているルーネと、マリーの話を食い入るように聞いているアーサー。そして、いつの間にかやってきていたフォルテでカウンター席周辺の妖精密度が上がっている。

 彼女の祖母はその舞台で衣装を作っていたらしく、パンフレットに載っている役者達とも交流があったそうだ。


「リティカ王国の……もう五十年以上前のなんだけどさ!」


 と、ここまで言ってマリーは、


「あ、私のおばあちゃんリティカの出身で……って、どう考えても別人か~まさかこの見た目で五十歳以上ってことはないだろうし」


 アハハと楽し気に笑っている。それにつられるように一生懸命に笑顔を作る私とルーネ。話の理解できていないフォルテは、頭を傾けている。


(セ、セーフ!!)


 彼女が一人で自己解決してくれた。と、思ったのも束の間……常連客が話に割り込んできた。


「そういえばルーネさんは他所の国から来たっていってたなぁ!」

「リティカ王国だったのかい?」


 ワハハと大笑いしているアーサーの声が私とルーネには届いている。


(いやいやいや。冷静にならなきゃ……まさか皆、ルーネさんが五十年前に舞台に立ってた本人だとは思ってないだろうし)


 チラっとエルフに視線を向けると、いつの間にかいつもの大仰な仕草の彼に戻っていた。


「もしかすると、それはワタシの祖父かもしれないね! 詳しくは話せないが、祖母は祖父と一緒になることは許されず母を生んだと聞いている……いや……祖母の血筋の問題でね……そうか、祖父は舞台役者をしていたのか……」


 ここでルーネはフッと遠くを見る。まるで自分のルーツを初めて知った嬉しさと、(存在しない)祖母が何故愛する人と結ばれなかったのか理解し、悲し気に微笑むしかないと言わんばかりに。ついでに自分は高貴な血を引き継いでいるという設定まで匂わせた。


(年季が違う……!)


 伊達に人間社会に溶け込んで生きてきたわけではないのだろう。それらしい噓をさらっとついて相手を納得させた。マリーも常連客も、なるほど……詳しくは聞き出さないけれど事情はよくわかりました、とばかりに神妙な顔になっている。

 それを確認したルーネは一瞬だけホッとし、そしてちょっとだけ疲れたように見えた。


◇◇◇


「ああ驚いた……!」


 閉店後、ルーネは思い出したように再び冷や汗を流し始める。


「リティカ王国に住んでたんだ?」

「ああ。ワタシは王都の大劇場で人気が出過ぎてしまって……あまりに目立ったので、しばらく潜んでからこちらの国に移動したんだが、まさかパンフレットで気付かれるとは」


 今後は更に気を付けなくてはと言いながら、ブルッと身震いしていた。


「そうだねぇ。カメラも出回り始めてるし」

「《シャシンは便利だよな》」


 カメラも写真も理解している妖精王。ちょっと面白い。


「以前は国の移動も一苦労だったのだが、気が付いたら船旅も陸路の移動もずいぶんと簡単になっていて驚いたよ」


 不安気なエルフに妖精王はちょっと皮肉っぽく、だが励ますように声をかけた。


「《人間の進歩はすさまじいが、それでも今の人間はエルフのお前に気付けないと思うぞ》」

「そうだね。まさかルーネさんがエルフとは思わないよ」


 そんなことを思いつきもしない時代になったのだ。


「そうだろうか……」


 それは嬉しいような、寂しいような……と、複雑そうな表情のまま、ルーネは考え込みながら黙々と後片付けを始めたのだった。


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