26 境界線と共生
六番街での不可思議な出来事はいつも人気のない時間。通常なら夜十時を過ぎればほとんど外を歩いている人間はいない。
「警備兵も巡回してくれてるんだけど……最近じゃ九時には人っ子一人歩いてないんだ」
そのせいでさらに早く帰宅する職人達が増え……という悪循環。何故か矛先は私の従弟の勤め先である帝国都政院――道に迷っちゃうんだからと、街路管理課へと繋がっていった。
もちろん解決の糸口は見えず、いよいよ追い詰められてニルスは私を頼ることにしたのだ。
『原因の究明と対策、できれば解決を……やり方はオリヴィア達に任せていいだろうか。まあ原因が妖精ならどう報告するか考えなきゃいけないが……』
なかなか難しそうだと苦笑をしていた。だがおそらくニルスならなにかいい言い訳を考え付くだろう。
「《ちゃちゃっとやるか!》」
アーサーは妙にやる気を出している。ニルスに認識されていたのがよっぽど嬉しいのだ。
「けど、アーサーがいたら出てこないんじゃない?」
「《俺を誰だと思ってる! 妖精王だぞ!!》」
私達のやり取りを、ニルスは黙って聞いてくれていた。アーサーの言葉は私がそれらしく翻訳して伝える。
「自信があるみたいだからちょっとだけ期待してて」
「助かるよ」
街灯の下で周辺地図を広げながら、私達はニルスがまとめた怪奇現象発生スポットを確認した。点々としているが、
「《これだけ絞れてたらすぐだな》」
アーサーが指をクルクルと回すと小さな光の粒が現れる。もちろん、ニルスはギョッとキョロキョロし、慌てて周囲を確認していた。また妙な噂が広がったら大変だ。もちろん、人っ子一人歩いていない。
「炙り出すって!」
私も慌てて状況を説明する。光の粒が一気に飛び散って行った。あの粒一つ一つが、妖精の気配を追跡をしてくれるのだ。
「そんなことができるのか……」
街中を調べるならそれなりに時間がかかるが、的が絞れているので今夜中にはいけそうだと妖精王は自信満々。なによりいつにも増してやる気が見える。
それからわずか三十分もしないうちに、
「《みーつけた!》」
無邪気な声と共に、意気揚々とアーサーが動き出す。
「アッチにいるって! 捕まえよう!」
「え!? 捕まえられるのか!?」
「私の相棒がね!」
夜の道を走るなんて久しぶりだ。久しぶりどころか前世ぶりかもしれない。隣を走るニルスも私と似たり寄ったりの生活のようだ。必死に足を動かしていた。この非日常的な行動が妙におかしくって、二人共こんな状況で頬が上がっている。
(妖精がいる生活は日常的なことなのになぁ)
ちぐはぐな感覚だが、いつの間にかこれが普通になってしまった。この感覚が世間一般とは違うということはしっかり理解しておかなければ。
「あの角を曲がったと――」
「《ゴラァァアァァ!!》」
「《うわぁあああごめんなさいぃぃぃ》」
どうやら私達が到着する前に始まってしまったようだ。街灯の灯りが届かない裏道に、光の糸がぐるぐると渦巻いている。
「あそこに……!?」
光の糸に向けて指をさしているニルスは、妖精を存在を視識できたことに感動していた。今日はサービス精神旺盛な妖精王が、犯人の妖精を光で取り囲み、輪郭をハッキリとさせる。小さな……せいぜいペットボトルくらいの妖精が浮いたまま捕まっていた。そしてアーサーに詰められ半泣き状態。
(やっぱり。ヒンキーパンクだったか)
妖精図鑑には、彼らは森で暮らし、怪しい灯りで人間だけでなく他の動物をも惑わして、相手が混乱したり、慌てる姿を楽しんでいる存在、とあった。
「《だって人間って反応がよくって~~~他の動物じゃこうはいかないしぃぃぃ!!》」
「《それにしたってやりすぎだろーが!! さっさと元の住処に帰れっ!!》」
「《でもでも~~~!! なんでこっちが人間に気を遣わなきゃいけないんだよぉぉぉぉ!!》」
このヒンキーパンク、わりと主張が強めのようだ。バレて謝ったかと思ったら、森に帰りたくないのか開き直っている。
「……なにが起こってる?」
光のシルエットが激しく揺れているのを見て、ニルスはなにやらうまく事が運んでいないのでは? と感づいたようだ。
「うーんちょっと……ごねられているというか……」
「妖精と交渉はできるだろうか……いやしかし、金銭は必要ないだろうし……」
困った……と私の従弟は腕を組み、難しい顔をして考え込み始めた。
(交渉ねぇ……)
今も妖精王とヒンキーパンクはギャアギャアとお互い主張しあっている。強力な力を持つアーサーは言葉こそ荒々しいが、自分を傷つけてまで追い出しはしないと相手にバレてしまっているようだった。
「えーっとちょっと失礼」
横入なんてあまりしたくないのだが、従兄のためだ。たまにはこの能力を生かさなければ。
「《なんだこの人間! ワタシたちが見えるのか!?》」
妖精側にギョッとされるのも久しぶり。どうやらこの妖精、私の噂は知らなかったようだ。
「あのね。一線を越えるとどうなると思う?」
「《ハア? 何の話だ?》」
小憎たらしい表情で妖精に煽られるも、無視して話を続ける。
「基本的にさ。人間と妖精って境界線があって、上手く共生してるわけじゃない?」
キョウセイ? と、ヒンキーパンクは頭を傾げた。
「同じ世界で一緒に暮らしてるってこと……まあ人間は基本妖精が視えないけど」
人間側はまさか妖精とこの世界で共生しているとは夢にも思わないだろう。だからこそ、
「今回みなことがあれば、今日みたいにあっという間に人間はいなくなっちゃうわけで……そうするとアナタは更に境界線を人間側に押しやるんでしょう? これ以上ことが大きくなったら面倒なことになるわよ」
その内、この不可思議な出来事を解明しようと本格的に誰かが動くかもしれない。
「その時、私達みたいに話の通じる人間が出てるくとは限らないからね」
「《そーだぞ。いつでも手加減してもらえると思うなよ》」
アーサーが面目を取り戻そうといつも以上に凄むと、ヒンキーパンクはウッと言葉を詰まらせた。
「確かに……うちより上の機関に話がいけばどうなるか……」
ボソリとニルスも呟く。
私達の話を聞いて苦々しそうに口をへの字にする妖精は、面倒はごめんだと考え直したようだ。
「《わかったよ。楽しんだことだし、帰るとするかぁ~》」
「《もうくんなよ!!》」
その言葉にニヤリとした笑顔を返し、お騒がせヒンキーパンクは闇夜に溶け込んで消え去った。
(こりゃほとぼり冷めたらまた来る気だな……)
とはいえ今回よりは上手くやるだろう。境界線のことは理解したようだったし。
「……解決した?」
「うーんたぶん。元々の住処に戻ってくれたみたい。少なくともしばらくは来ないよ」
「納得してくれたのか?」
「共生についてはね」
一瞬キョトンとしたあと、ああよかったとニルスはホッと息をつく。
「こんな簡単に解決するなんて……本当にありがとうオリヴィア。そしてその……相棒の……」
「アーサーだよ」
視線で妖精王の居所を知らせると、
「アーサー殿、あらためて感謝申し上げます」
深々と頭を下げるニルスに、アーサーは目を丸くして驚いている。それから照れ笑いをしながら、
「《感謝しろよ!》」
と、光の粒を使って文字を書いた。
◇◇◇
今回の件、ニルスは上手く理由をつけ世間的にもこの不可思議な事件を『解決』したと知らしめることに成功した。
「まず夜間警備兵を増やしたんだ。毎日続いた不可思議な出来事がピタッと一週間も起こらなければ、六番街の人間も少しずつ安心し始めてね。徐々に夜間警備兵の数も減らして……もちろんもう何も起こらないから、最後をの仕上げを……ね」
閉店後のカフェで今日はゆっくりコーヒーを飲みながら、ニルスは楽しそうに話していた。
「実は元々六番街には不審者情報が相次いでいたが、その不審者が捕まった途端、不可思議な出来事がなくなったようだ……と噂を撒いたんだよ」
彼の目的は、六番街の不安の処理。人々の思考を不可思議なものから、より理解しやすい現実的なものへと変えたのだ。
「わかった。このカフェでもその話をすればいいのね?」
「助かるよ。ここはそういう話をするお客が多いだろう?」
「よくご存知で……」
このニルスの作戦はうまくいった。この一か月後にはすっかり六番街は元通り。
今日も何ごともなかったかのように――妖精の存在などどこにも感じぬまま、人々は家路についている。




