25 こちらにおいで
今の私の名前はオリヴィア・アーレイド。ランドルフ家と揉め、養子入りしたアーレイド家は、帝都の大学に通う一人を除き皆独立している。
(最後に会ったのって、手続き用の書類を作った時……?)
それも実にあっさりしたものだった。すでに帝都近郊の街に隠居している伯父夫婦、そして従兄達と書類手続き後は楽しく会食してそのまま解散、といった具合に。
「あの時はまさか一切同情されないとは思わなかったなぁ」
婚約破棄され、生家にはとてもいられない状況だった私に、少しも哀れみの目を見せなかった。
(むしろ健闘を称えられた感じだったわ……)
急になぜこんなことを思い出したかというと、アーサーがカフェ・レムナントの周辺で、険しい顔して歩いている従兄を見かけたというのだ。その話を、店の二階の居住スペースで夕飯を取りながら聞いている。ちなみに本日のメニューはドリア。お米料理はやはり生まれ変わっても愛してしまう。
「《あの会食は面白かったぞ! オリヴィアの現状を大笑いで全肯定できる人間がいるとはな!》」
母方の実家であるアーレイド家は昔から学者気質の者が多かったらしく、貴族社会での競争や立ち回りに向いていなかったせいか、徐々に貴族としての力を失い、穏やかに没落していった。裕福ではないが、全員あっけらかんと楽しく生きている。
「むしろ私の婚約破棄のお陰で、末っ子の学費が浮いたって喜ばれちゃったしね」
だがあれで随分気も楽になった。多少なりとも世間の目が気にはなっていたが、あっさりとアーレイド家に受け入れてもらえたおかげで、あの勢いを失うことなく家を出ることができたのだ。
「勤勉な一族なのだな」
アーサーの隣で、夕食を食べ終わったルーネが口元を拭きながら会話に入って来た。彼は今、うちの客間で寝泊まりしている。給金を下げてもいいから住まわせてくれと泣きつかれたのだ。
『数十年ぶりのまともな生活っ!』
と、部屋にあるフカフカのベッドに転がって大喜びしていたのが印象的だった。
もちろん、未婚の男女が同じ家で寝泊まりなんて。という話にはなるのだが、そんなことを言われる度に、
『ワタシが? オリヴィアと? ワタシが? ワタシが??』
本気で言っている意味が分からないとルーネは目を丸くしたり、
『例えば君。共に暮らす犬や猫、庭木や花壇の花々とどうこうなりたいと思うのかね? ああいや、もちろん個人の趣味嗜好があるのはわかっている。君がそうならワタシはかまわないよ。ワタシの父方の従弟がやはり別の種族に恋をしたこともあった……』
などと異種族の恋愛について語ろうとするも、相手はルーネの伝えたいことがイマイチ理解できずギョッとして会話を続けるのを辞めていた。彼の浮世離れ具合から、自分達がそんなことを考えること自体下世話なことだったのだと後悔する者まで出るくらいだ。
私にその話が振られた場合は、
『女の一人暮らしじゃ不安で。日中はいいんですが……』
用心棒代わりに。と言ってみたり、
『私も彼と同じように頼れる家がないので……』
それとなくこれまでの境遇を匂わして同情を買っているうちに、自然と周囲は批判するようなことではないな……と受け止めてくれたようだった。
「好奇心旺盛な一族って感じかな。話してると楽しいけど、あんまり群れるタイプじゃないんだよね~だから貴族社会ではうまくいかなかったみたいなんだけど……」
ルーネの質問に答えながら、私は保冷庫からデザートのコーヒーゼリーを取り出す。嬉しそうに皿に手を伸ばすエルフは私の答えはもう聞こえていないようだったので、
「アーレイド家にはアーサーの結界って効かないよね?」
妖精王との会話に戻ることにした。
「《ああ。だから用があれば店に来るだろ。気になるなら誘導するぞ?》」
「そこまでしなくってもいいよ。きっと明日か明後日には来るんじゃないかな?」
「《なんだ。なにか思い当たることがあるのか?》」
「ちょっとね……」
いい加減私も学んだ。帝都で不可思議な噂があれば、高確率でカフェ・レムナントの名前が上がることを。
そしてこの翌日、ある意味期待通り、私の従弟(そういえば戸籍上は兄だ)が店にやって来た。ちょうど看板を閉店しようと扉の外に出たタイミングで。
「オリヴィア。久しぶり。元気だったか?」
なかなか顔を出せずに悪かった、と目の下にクマを作ったニルス・アーレイド。このクマに私は見覚えがある。
(ジョルジュ先生よりはマシかな?)
フラワーフェアリーに悩まされていた時の彼と同じ空気を纏っていた。笑顔が疲れている。
「《本当に来た!》」
妖精王は、面白くなってきた! と不謹慎にもはしゃぎ始めた。
「やっぱり忙しいんだね~帝国都政院のお仕事」
彼は所謂お役人。帝都の行政を担う機関で、仕事が肌に合っていたのか若くして街路管理官という職に就いている。現代日本風に言えば課長クラスってとこだろう。具体的には帝都とその周辺の道路の整備や修繕、通行の安全確認なんかを担当していた。
「あまりものだけど。よかったら」
「ああ、ありがとう」
コーヒーと予備のチョコドーナツを出すと、なんだかホッとしたように肩の力が抜けていっている。
「それで。今日はどうしたの? 何かあった?」
実は『何か』の内容は見当がついているのだ。つい先日お客からの噂で、六番街で起こっている不可思議な出来事について聞いていた。
「……察しがいいな。店にも来なかったのにすまないが、オリヴィアに助けてもらいたいことがあるんだ」
ニルスは私のこの力を、小さな頃から信じてくれていた数少ない人間の一人だ。というか、年上の彼が全く疑うことなく私の妖精話を聞いてくれていたので、私のこの妖精が視えるという能力が、この世界ではそれほど珍しくないのだと勘違いする原因の一つにもなっていた。
「六番街の職人達が、怪異だと言って騒ぎ始めていてな……」
「あれでしょ? 人気のない時間帯に歩くと、同じ道をぐるぐる回ってたり、なぜか一番街とか四番街に出てたり、それどころか帝都の外に出てるってやつ」
「ここまで噂が届いていたか……」
あちゃ~と頭を抱えている。都政院にとってはよくない状況のようだ。あまり妙な噂で帝都を乱したくはないのだろう。平和が一番。ちなみに六番街は工業地帯。小さなガラス工房から蒸気機関関連の工場まである。
「いつも人気がない時間、人気がない場所で起こっているんだ。しかもここ数週間、毎日誰かしら被害にあっていて……工房や工場に出勤したがらない作業員まで出始めて大変なんだよ」
はぁ~~~とニルスは大きなため息をついていた。
「一昨日ついにうちの調査員が見事に迷わされちゃって。なんでも、『こちらにおいで』と言わんばかりの妙な光に魅せられるらしい……」
この怪奇現象、実害と言えば一晩家に帰れない、もしくは妙なところに辿り着いてひたすら迷う……という程度ではあるのだが、人間のメンタル面が随分とやられてしまうようだ。原因がわからず、人々は『妙なことが起こっている……!』と怯えるしかない。
一部では『妖精の仕業だ!』と指摘する人間も(高齢者だそうだ)出ているが、すでに妖精はUMAのような扱い……より不可思議度が上がるだけになっていた。
「もう誰も彼も怯えに怯えて仕事にならないから私が直接動こうかと。……オリヴィアはいつからか妖精の話をしなくなっていたから、頼るのは申し訳なかったんだが……」
「そんなの気にしないで。なんせ今は兄妹だよ!」
キョトンとした後、ニルスは大笑いを始めた。そういえばそうだったな、と。
「頼もしい妹が出来て助かるよ。なぜか迷わされた者は、三番街にだけは辿り着いたという報告がないんだ。オリヴィアのせいかもしれないなぁ!」
「そ、そうなんだ……」
これは私のせいではなく、私の隣でニヤリと得意顔になっているアーサーの力のせいだろう。彼がこの不可思議な出来事に気付かなかったのも、怪異の正体が妖精王の力を避けているためだと想像もついた。
「やりすぎだな。そのような妖精は早めに対処した方がいい。仲間を呼びかねんぞ」
「えっ!? あ? えっ!!?」
ニルスが混乱したように言葉も出なくなっているのは、キッチンからひょっこり顔をだしたルーネの存在に……当たり前のように妖精の話をする成人男性が出て来たということに加え、仲間を呼ぶなんていうなんとも恐ろしい未来を予見したからだ。
「えーっとこの人は……」
エルフです。とは伝えられないので、なんと紹介したものかと迷っていると、
「詳しくは教えられないが、妖精に連なる存在だ。ワタシの言うことは聞いた方がいい」
自分でそれっぽく自己紹介をしてくれた。正体を隠して暮らしているが、前に出ることは元々好きなのがよくわかる。
「ああ! じゃあ貴方が、ずっとオリヴィアの側にいてくれた妖精ですか?」
「……え?」
「ん? 違うのか?」
なんとニルス達はアーサーの存在に薄っすら気が付いていたそうだ。私の仕草や、周囲に起こる不思議な出来事を見て、
「オリヴィアのことを常に守ってる存在がいたろう?」
そう思っていたからこそ、私が婚約破棄になって生家から飛び出したとしても、大袈裟に心配はしなかったらしい。
チラリとアーサーの方に視線を向けると、驚いた顔をしつつ照れている。
「ああ、違うのか。これは失礼」
ニルスは私の目線にペコリと頭を下げた。なるほど、こうやっていつもしっかり見てくれていたのか。
「《オリヴィアの兄貴、なかなかやるな》」
照れ隠しのように、アーサーはシルフィにニルスの周りを回らせ、優しい風が彼を驚かせていた。




