24 新体制新メニュー
注文カウンターには背の高いエルフが背筋をピンとして立っている。長い髪を一つに結び、口元には薄っすらと微笑みを浮かべていた。
「熱いから気を付けて。ああいや、これはワタシが運ぼう。なに、気にすることはない。こいうのをリンキオウヘンと言うらしい」
杖をついているお客の代わりに、ルーネがコーヒーとプディングを席まで運んでいる。当初の私の心配をよそに、接客に関してはそれほど問題はなかった。尊大な、演技がかった物言いはなかなか封印できないようではあるが、本人は多少なりとも改善するつもりがあるので良しとしよう。
(というか、お客さんがこのキャラ楽しんでる風なんだよね~)
老若男女問わずウケがよかった。外観の美しさから女性人気は想定していたが、予想外なことに男性にも人気もあったのは嬉しい誤算だろう。
閉店後、コーヒーカップの取っ手を丁寧に拭いているルーネは一切文句も言わず、裏方の細かな仕事もキッチリこなしている。人は見かけによらない。
「誰にでも態度を変えないのがいいのかな?」
性別だけではなく年齢も関係なかった。誰にでも偉そうな口調だが、それでいてよく気付き親切なのだ。
「ワタシから見れば人間など皆似たようなものだからな。僅か数十年の儚い命の種族じゃないか」
「エルフから見たらそんなもんかぁ」
チラリ、とアーサーの方に視線を向ける。彼はおそらくルーネ以上に生きているが、似たように感じているのか気になる。
(それはなさそうよね~)
私の視線の意味が分かったようで、
「《俺は人間の好き嫌いあるぞ》」
当たり前のように答えた。
カフェ内に二人も偉そうな妖精が存在しているのだが、思ったより荒れることもなく、お店は上手く回っている。なにより、実体が一人増えるだけでかなり違う。
(兎にも角にも、席数を増やせたのが大きいわ!)
店内だけでなく、開き戸の向こうにある裏庭にも席を作ったのだ。
(あんまり店内がキツキツになるのも嫌だったんだよね)
急遽、裏庭の手入れもしなくなり慌てたのだが、ルーネの美意識が爆発し、彼主導でやってくれているので助かっている。どこからか聞きつけた、あの薔薇とダリアのフラワーフェアリー達もやってきて、さらにアーサーの樹木の精まで登場し、あっという間に美しい屋外席が完成したのだ。妖精様様と言うしかない。
それから、開店後もフードメニューを追加で調理できるようなったため、売り切れ状態が長く続くこともなくなっていた。売り上げも上がり、正直いいことづくめ。
「《そろそろルーネも店の仕事に慣れたみたいだし、オリヴィアがやりたがったアレ、始めたらどうだ?》」
「なんだねそれは。やりたいことは早くやった方がいい。人間はあっという間に年を取る」
「え!? ……そう? そしたら準備進めちゃおうかな……!」
憧れのアレだ。
「クリームソーダね!」
間もなく秋が来るが、寒くなっても店内を暖めれば美味しく飲める。そしてさらにもう一品。
「ホットサンドもやりたいのよね~。あ、えーっと今ある惣菜パンをギュッとして温める料理なんだけど……」
パッといい説明が思いつかず、私は身振り手振りを使ってホットサンドについて妖精達に説明する。出来立てが美味しいということも。
「なるほど。一人だと注文後に調理する余裕がなかったいうことか。ワタシという存在が居て初めてなせると言うわけだな」
「《俺もだな》」
「《僕もだね》」
と、我が店の妖精達の自己肯定感の高さには感服だ。実際その通りだしね。
(あぁ~楽しみっ!)
最近は妙な出来事が続いたが、本腰入れて秋メニューを考えよう。謎の美妖精もライオネルが私に警告しようとした内容も気になるが、アーサーが話したがらないうちはつつくのはやめることにした。
(問題の先送り……?)
案外、私もアーサーも真実を知るのが怖いのかもしれない。やっと掴んだ今の幸せが、アッサリなくなってしまうような気がして。
こうして、しばらくは穏やかな日々が続いた。
「ルーネさんはどこの人だい? この国の人じゃあないだろう」
という常連客からのドキッとする質問も、
「そうだとも。だが、詳細は言えないのだ。わかってくれ」
それらしく答え、人々の想像を掻き立てた。私の身元も薄っすら知れ渡っているので、ルーネも身分ある誰かの落とし子だというのが常連客の中で一番有力な噂となっている。
「《ルーネはウソが上手なんだね!》」
あどけないフォルテの誉め言葉にエルフはウッと言葉を詰まらせてはいたが、
「《二千年、人間社会で生きて来ただけあるんだな》」
珍しく褒めるようなことをアーサーが呟いたので、気を取り直したようだ。
「二十年程前まで隣国では舞台役者をしていたのだ。その後こちらの国へ。あまり長く同じ場所に留まると、ワタシが老いないことに皆気が付いてしまうからね」
アーサーほどではないが、ルーネも各地を転々とし、彼なりにひっそりと生きてきたのだと教えてくれた。舞台役者はひっそりなのか? とは今は言わないでおく。
「あれ? でもエルフは幻術が得意だって」
妖精図鑑に書いていたことをフと思い出す。なんなら実体化した今も、エルフ特有の長い耳ではなく、人間と同じ形になっている。年齢を重ねた姿に見せるのも、それほど難しくはなさそうだが……。
「程度の問題だな。全身をずっと……というのは単純に疲れるんだよ。マナ不足になって突然実体化が解ける危険もあるのでね」
いかにアーサーが規格外なのか、これでわかったろう? と言うわけだ。アーサーのドヤ顔にはちゃんと理由があったということか。
「エルフだってこと、これまで人には話さなかったの?」
カフェ・レムナントでのお客の反応を見るに、ルーネがカミングアウトしても、彼を受け入れてくれそうな人間は多いような気がする。なんせ最初はウチの噂に興味を惹かれてやって来たお客も多い。だが、
「オリヴィア! 君はエルフ狩りの歴史を知らないのか!?」
「……エ、エルフ狩り!?」
物騒な単語が出て来た。残り二人の妖精の反応を見るに、フォルテは何も知らないようだったが、
「《エルフ狩りって……千年は前のことだろ?》」
妖精王はしっかりと覚えていたようだ。眉間に皺をよせ、もうその時代の人間は誰一人生き残ってないと言いたげにしている。
「呑気なことを言わないでくれたまえ! 今でもこの噂を信じている人間は多いのだ!」
「噂?」
エルフの噂なんて私は知らない。彼らの情報といえば、美しい姿の者が多く、手先が器用、それから幻術が得意ということくらいだ。
「エルフの血は万病に効き、肉を食らえば不老不死を得られるというアレだ!」
当然知っているだろう! と圧が強いが、やっぱり知らない。
「人魚の話じゃなくて?」
「同じく、この時期人魚狩りも行われたのだ! それも知らないのかねっ」
批判的な言葉と視線を投げかけられてしまった。正史に残っていない歴史もあるということか。
「くれぐれも余計なことは口にしないでくれたまえよ!」
「わ、わかった……」
全く人間というのはどこまで強欲なんだ! とブツブツ文句を言っていたが、その後もカフェのお客に対するホスピタリティは完璧で、私もアーサーも不思議で仕方なかった。
「《人間を恨んでないの?》」
この二日後の開店準備中、唐突なフォルテのストレートな質問に私達は聞き耳を立てる。
『今日はこれから雨が強くなるようだから、入り口のマットを交換しておかなければ。ロベル老夫婦が来る日だ。足を滑らせたら大変じゃないか』
人間を恨んでもしかたのないエピソードがあるというのに、ルーネからはいつも通り、人間を気遣うような言葉が出てきていたからだ。
エルフはブラウニーの質問に一瞬キョトンとした後、
「何も知らない彼らをどう恨めばいい? 我々エルフという種族はそれほど狭量ではないよ」
フッと優しく微笑んだ。
「《知らなかったらいいんだ?》」
へぇっと納得するような納得していないような、そんな声をフォルテは出していた。
「そうだな……人間は愚かだが、それだけではないこともワタシは知っているつもりだ」
それはそれ、これはこれ。お互いの全てを知ることが”善”とは限らないのだと、あっけらかんとしている。
「知ったら今の状況が壊れちゃうなら、知らなくていいってこと?」
私は無意識に、最近の疑問の数々――主にアーサーについてだが――を見て見ぬふりしていることを正当化しようとしていた。そしてそれを見抜くかのような、ルーネの淡いグリーンの瞳が私の瞳を覗き込む。
「無知というのは時に幸福をもたらすのだよ。ワタシがエルフと知らないお陰で、この店の客はワタシを失わずにすむわけさっ」
私の不安が肯定されたような、許されたような気がしたのはほんの数秒だけ。
「だが深い関係であればあるほど、その幸福を味わえるのほんの僅かな時間だ。気を付けたまえ」
髪をかき上げ格好をつけた後、ルーネはいつも通り窓ガラスを拭き始める。フォルテは今日の食器の準備を始め、私とアーサーだけがカウンターの中に取り残された。
「《あの女妖精のことだけどよ……もう少ししたら話すから》」
「……うん。わかった」
二人して妙な照れ笑いだ。
アーサーが私と深い関係を築いてると思ってくれているなら、どんな真実も怖くない。ただ、粛々と受け入れるとしよう。




