23 新人スタッフ
「《誰だそいつ》」
エルフの彼を見た妖精王の第一声だ。明らかにご機嫌斜めなのがわかる。
「誰って……誰?」
カフェのカウンターでモグモグとハムとチーズのサンドイッチを頬張っているエルフ。彼の名前すら私は聞いていなかった。とにかく腹が減って仕方がないと悲痛な声に急かされて、あらゆる疑問をスキップして食事を提供したのだ。
「これは失敬! 自己紹介がまだだったね!」
口元にパンくずがついたまま、見るからに生気の戻ったエルフは特にアーサーを恐れるでもなく、
「ワタシはシェルヴァ=ルーネ=ナイア! エルデンの森に連なる者だ」
決めポーズ付きの決め顔を向けてきた。
私も、アーサーも、そしてフォルテもどう反応していいかわからず、ぽかんと口を開けている。
「……アーサーの仕込み?」
まじまじとシェルヴァ=ルーネ=ナイアと名乗るエルフの顔を見たまま尋ねる。まだ決め顔のままだ。
「《んなわけないだろ!》」
妖精王は大焦りで否定をしているが、私はまだ疑っていた。
「でもこの間さ、予言してやるって……うちのカフェに適性ある従業員が現れる! って言ったよね……?」
三人目の妖精として、彼はこのカフェで働くことになるのだろうか。だが、
「《こんな不審者連れてくるかよ!!》」
「む。失礼だな君。ちょっと力が強いからと言ってそのような態度はいかがなものかね」
なんだと!? と妖精王がくってかかろうとすると、エルフはヒェーッと私の背中に隠れた。え? 口だけタイプ?
「あの、あなたは……」
話が進まないからとアーサーを宥め、後ろを振り返って尋ねる。
「ルーネと呼ぶことを許そう。なんせこれほど美味しい食事は久しぶりだ。なに、感謝の印だよ。遠慮することはない」
なんだかいちいち演技がかったというか、もったいつけた話し方をする妖精だ。……妖精だよね? と急に不安になる。ちょっとこれまで会ったことのないタイプの種族のようだ。
「えーっとルーネさんは……その、エルフでいいんだよね?」
「ああそうだ。人間は我々の事をそう呼ぶ。最も高貴なる生き物だとっ」
そっかぁ……と生返事をしていると、チリンと音を鳴らせて店の扉が開いた。
「今日やってるのかい?」
「ごめんなさい! 今日はお休みで……」
「ああすまん! そこの兄ちゃんがいたから……邪魔して悪かったな」
じゃ! と、常連の男性が手を上げて帰って行った……が、待って! ちょっと待って!
「えっっっ! おじさん視えるの!!?」
「《待て待て待て待て》」
店の外まで追いかけようとする私をアーサーが止めにかかった。風の精によって扉がバタリと閉められる。
「《あのおじさんが視えてるんじゃないよ。ルーネの体は人間も見ることができるんだよ》」
ピアノの側でずっと様子をうかがっていたフォルテが、そうでしょう? とルーネに視線を向けた。
「いかにも! 美しきワタシの姿は人間の目にも映るのだ。まさかそんなことも知らないとは……これも時代の流れか」
呆れられてしまった、というよりガッカリされた。ちょっと心外だ。
「《それで。オリヴィアに何か用か?》」
私とルーネを引き離し、間に陣取って問い詰めるように迫った。妖精王がエルフに圧をかけている。
「ああもちろん。働き口の相談にね」
「へっ!?」
やっぱりアーサーが仕組んでたんじゃん! と言いかけた所で、
「いやしかしちょうどよかった。なんと君が予言してくれていたとは! 話が早い。やはりワタシは導かれたのだな!」
「ちょ、ちょっと~!? 勝手に納得しないで! まだ雇うなんて言ってないわよ!?」
あらゆる疑問を置き去りにして一人で進行していく。
(このエルフ接客業やれるの!? お客さんにもこの態度で行くってことでしょう? え? やれる?)
調理も提供も会計も掃除もできるの? このエルフが? なんて考え始めたあたりで、
(すっかりペースに巻き込まれちゃってるな……)
なかなか手ごわそうだ。ここはちょっとペースを落とさなければ。
「あの、最初から説明してもらえますか?」
「ふむ。ワタシが生まれたのは今から二千年ほど前、魔王が去りようやく世界に平穏が……」
「待った!! それは最初過ぎ……!」
というか、アーサーが記憶を失った頃に生まれたのか……。この件はあとでじっくりと聞くとしよう。
ルーネは少々考え込むように目をつぶった後、ゆっくりと話し始めた。
「エルフというのは、妖精と人間の間にあるのだとワタシは考えている。同様に妖精と自然の間に精霊が存在する。要するにグラデーションだな」
また壮大な話だ。だが本人も私が望んだ説明ではないと気付いたのか、
「妖精は無意識に周辺からマナを取り込んで生存している。それは知っているね? 知らない? そうか、ここからか……」
不出来な生徒に教えてやらねばという使命感を得たのか、今度はガッカリされることはなかった。代わりに、目に力が宿っている。
ルーネが言うには、マナとはそこら中にある空気のようなものだそうだ。妖精はそれを取り込んで生き長らえているため、人間とは違い食事をとらなくとも死ぬことはない。
「二千年前、魔王が世界の半分のマナを取り込んでしまったと聞いている。……それ以降、マナの量は徐々に回復はしているものの、すでにワタシのようなマナを多く必用とする種族は減ってしまってね」
ブラウニーやフラワーフェアリー等の小型妖精は燃費がいいのだとも教えてくれた。だから今でもよく見かけるのだと。
「ここからが本題だ。ワタシはマナを吸い込んだ食物を食べることによって、足りないマナを補っている。そしてこの人間の蔓延る文明の中で何かを食べるためには、まず金を稼がねばならない」
「《ちょっと待った!》」
行儀よく手を上げたのはアーサーだ。フォルテも倣うかのように両手を上げている。
「《食べてマナを摂取するなら、別にその辺の草でも花でも、それこそ川の水でもいいはずだぞ》」
「《そうだね~なんにでもあるもんね~》」
妖精組から異議が出るとは予想外だったのか、ルーネがごにょごにょと口ごもり始めた。
「……人間の最大の発明というべき『料理』の味を知ってしまったのだ……もう昔のワタシには戻れないのはしかたがないことなのだ……」
自分に言い訳しているようだった。
「つまり、美味しいマナ補給のために私のところに来たと。妖精が視えるから働く上で面倒な説明もいらないし?」
「その通り!」
自分に理解あるところで働きたいということか。
「《で、導かれたって話は?》」
「なんだ。自分の力に気付いていないのか? その力をひけらかせているというのに」
ムッとしたいところをグッと抑えてアーサーは答えを待っている。自分のことより自分のことを知っている人間は彼には貴重だ。
「その力を持って『予言』なんて大そうな言葉を使えば、現実を引き寄せてしまうことだってあるだろうさ」
「そうなんだ……」
じゃあやっぱりアーサーが仕組んだんだなぁと、ぼんやりと私の頭の中は諦めモードになっていた。私は今からこの彼を雇うのだ。さあ、どうやってこのカフェの仕事を教えよう……素直に聞いてくれるだろうか……。
(流石妖精王……やっぱり自称じゃないのかも)
アーサーは口元に手をやり、私のように何かぼんやりと考えているようだった。そのまま黙って、屋根裏部屋の自室へと戻って行った。




