22 満員御礼
アーサーから謎の美しい妖精については誤魔化されたまま、夏も終盤になっていた。とりあえずあの美妖精については、
『《すっっっごく力の強い妖精だよ! アーサーさまくらい!!》』
というフォルテの情報のみ。なんだかんだライオネルもあれ以外カフェに来ていないのだが、それはうちの妖精王が、
「《今度の結界はそう簡単には破れないからなっ》」
と言っていたのでそういうことだろう。
正直気になるので追及したいところなのだが、そうも言っていられなくなったのだ。
「あちゃ~今日も満席かぁ」
「え!? 惣菜パン全部売り切れ……!? じゃあドーナツは……ない……あ、プディングも全部売り切れてるのか……」
ありがたいことにカフェ・レムナントは開店数ヶ月にして、なかなか入れない人気店になっていた。フードメニューも多めに作るようにしたのだがそれも追いつかない。
(そもそも席数、多くないもんなぁ)
まだ十分にスペースに余裕はあるのだが、妖精達がいるとはいえ、一人で対応するには限界がある。あくせく私が動き回っていてはゆったりまったりした空気も壊れてしまう。
さらにカフェが混み合う原因となったのは、フィン・ノーランによる店内演奏だった。これは期待以上の効果を見せていた。ある意味ではタイミングが悪いのだが……。
「こんな楽しい音楽がこんなに近くで味わえるなんて……!」
音楽院の奨学生というだけあり(演奏ではなく調律なのだが)、フィンのピアノは惹きつけられるものがある。選曲もすべてお任せし、店内にカップルが居ればロマンチックな音を奏で、雨の日は明るく軽やかなピアノが響き、誰かの記念日ならお祝い感のあるリズムが流れていた。
近年帝都では、貴族や商人だけでなく庶民も音楽に触れることが増えているだけあり、誰もがフィンのピアノを楽しんでいたのだ。
「今日もチップいっぱいだねぇ」
注文カウンターに置かれた彼用のチップ入れのビンは今日も賑わっていた。
「本当に助かります~! これで来週も食事を抜かずに学校に行けるぞ~……!」
フィンに初めて会った時より、今の彼は心なしか覇気が出て来たような気がする。
(お肌にも張りと艶が出て来たような)
しっかり食事がとれている証拠だろう。
「《フィンのピアノ、聞ける人間がもっと増えるといいね!》」
「そうだよねぇ」
今日も何人も店内に入れずガッカリと去っていくのを見送っていた。
「《誰か雇うか? あ、ライオネルはダメだぞ!》」
「バンディッド家の人間をこき使えるわけないでしょ!」
アーサーもまた指定席に座ってひっきりなしにやってくるお客を眺めていることが増えた。彼は人間が美味しそうに食事をとっているところを見るのが好きなのだ。
「まあでも。確かに誰かを雇うのはありかも」
今の席数なら私だけでもなんとかなる。ただし、今以上のことはもうなにもできそうもない。メニューはこれ以上増やせないし、席数もそうだ。なんなら最近はずっと気が張っていて、開店中は私も余裕がなくなっていた。
(慣れたらあれやろうこれやろうって考えてたけど……)
とてもそうはいかない。
「妖精に理解があって、調理も出来て接客もできる人か~」
「《妖精に理解があるってのがまず難しそうだな》」
「妖精王の力でどうにかしてよ~」
「《んなこと言うと、とんでもないの連れてくるぞ!》」
「いやごめん噓! 冗談!」
けらけらといつも通り笑っているアーサーを見て私は内心ほっとしていた。やはりあの美妖精がやってきてからしばらく、ずっと何か考え込むような表情が続いていたからだ。
(……なんにも教えてくれないけど)
とりあえず、調子が戻ったならそれでいい、ということにしておこう。
「《この妖精王様が一つ予言してやろう。もうすぐ全てを満たす者がオリヴィアの前に現れるであろうっ》」
仰々しい演技をしながら冗談を言うくらいには元通りのようだ。
(心配させちゃったかな?)
私が疲れた顔をしているのを、アーサーが気にしていることはわかっていた。少しでもこちらの気が楽になるようにおどけてみせてくれたのだ。
と、この時は思っていたのだが……。それは店休日。カフェ・リアンフロンへ現状の相談をしに行こうと三番街の大通りを歩いていた時だった。
「えっ!? 大丈夫ですか……!?」
「《う……うぅ……》」
小さな呻き声を上げた髪の長い男性が道端に倒れていたのだ。
(どうしよう……えーっと病院は……)
それにしても人が倒れているのに誰も見向きもしないなんて……随分と皆冷たいじゃないか、と妙な正義感が湧いてきた私はやっと気が付いたのだ。
「《小娘……ワタシの姿が見えるのか……!》」
「あ……はい……」
しまった。しまったぞ。私は目の前にいる彼が、人間にどう呼ばれた存在か知っていた。図鑑に載っていた姿にそっくりなのだ。
(妖精図鑑に書いてた通りなら……私だけで対応できるかな……)
よりにもよってアーサーは朝からホテルのブラウニーに会うと言って別行動中。
「《そなたがオリヴィアだな……!》」
「……!?」
むくりと起き上がって、電灯に掴まりながらその男性はゆっくりと立ち上がった。
(私の名前知ってるの!?)
なんで、どこで、という疑問は彼がすぐに教えてくれた。
「《愛らしいフラワーフェアリーが教えてくれたのだ。この街にはまだ妖精と話せる人間がいるとな》」
「……薔薇と……ダリアの……?」
小さな声で尋ねる。ひとり言ですまされる程度の。
「《そうだとも! さらに殊勝にも妖精の困りごとを解決する為に働いているというではないか》」
私はブンブンと首を横に振る。少なくともそっちメインじゃないと伝えたいが、もちろん伝わらない。
「《なに? 当たり前のことをしているというのか? ふむ。ますます見上げたやつだ》」
こっちが話せないからって勝手な解釈が進んでしまっている。というか、やはりまだよろけている。大丈夫か?
「《ではこちらも遠慮なく頼むとしよう》」
「えっ!!?」
解釈どころか話も進んでいた。なに!? なにを頼まれるの!?
「《美味しい食事をいただきたいのだ》」
ちょっと照れながら、この『エルフ』とおぼしき男は長い髪をかき上げたのだった。




