19 夏が来た
今年の夏は特別暑い……、という話はカフェにやってくるお客全員が口にしていた。私は夏になると帝都ロンディエナにあるタウンハウスからランドルフ領に戻っていたため、実はこれが初めて帝都の夏と言ってもいい。
「しかしこのカフェは涼しいなぁ」
「風通しがいいというだけでこれほど違うのか」
ランチタイムが終わった頃、パタパタと手を扇子代わりにして仰ぎながら、常連客のパン屋と仕立て屋の店主が店に入って来た。裏庭へと繋がる窓が開かれており、爽やかな風が通り過ぎる。
風の精霊シルフィがご機嫌そうにカフェや裏庭を飛び回っていた。
「《人間は大変だな》」
「《ね!》」
我がカフェの妖精組は高みの見物のようだ。妖精王はともかく、ブラウニーは気温の変化よりも生活環境の変化の方に影響を受けるらしい。今年の暑さ程度では特に影響ないそうだ。
「アイスコーヒーを」
「僕もそれをお願い」
うちの一番人気メニューとなったアイスコーヒーには冷たい氷が入っているのだ。もはやカフェメニューが人気なのか氷が人気なのか怪しいところだが、お客が喜んでくれていることは間違いないのでよしとしよう。
カランと氷が音を鳴らしてガラスコップの中へ入っていくのを、店内にいる全員が楽しんでいた。
「《アーサーさま~、氷をお願いします》」
仕事のできるブラウニーがいると店も安泰だ。氷ケースの残量を見たフォルテが妖精王に声をかけキッチンへ向かった。
「《しかたない。哀れな人間達への施しも妖精王としての務めだな》」
キッチンの方へ振り向き、ありがと、と口パクで伝える。アーサーは振り返らず手をヒラヒラと振っていた。
店内から見えない位置で、彼が氷の精霊フロストに美しい氷を作らせている声が私だけに聞える。つまり、原価はゼロ。惜しみなくお客様に振舞えるのだ。
(これがカフェ・レムナントの強みかも?)
不可思議相談所という役割以外としては……。
「カフェ・リアンフロンじゃあアイスクリームを出すようになったらしいぞ」
「ああこの間食べたよ。あれは美味しかったなぁ……」
「ええ!? あれ確か一皿千エルはしただろ!? それでも良心価格とは聞いたけどよぉ」
ちなみに今彼らが飲んでいるアイスコーヒーは百エル。単純に十倍の価格だ。
「いやぁどうしても食べたくてね」
「わかるけど」
カウンター席で二人は盛り上がっている。あちこちの飲食店にそれぞれの強みがあって面白い。
「レムナントも是非出して欲しいな」
「五百エルくらいだと助かるんだが……」
丁度彼らにアイルコーヒーのお代わりを注いでいると(お代わりは半額なのだ)、冗談めいた言い方でお願いをされてしまった。
「アイスクリーム、うちでもやりたいんですよね~」
「えっ!! ほ、本当かい!!?」
目をキラキラさせて二人とも食いついてくる。なんなら店内の他の客も、こちらに期待を込めた視線を向けていた。
私の小さな願望がある。それは、
(クリームソーダをメニューに加えたい!!)
レトロな雰囲気の喫茶店といえば! だ。せっかく自分のカフェを開いたのだから、自分好みにしたい。とはいえ、
「来年くらいには……」
と濁すにとどまった。今でもアーサーがいるのでやれないことはないのだが、流石にどうやって!? と、妙な疑問を世間が持ってしまう。
アイスクリーム。作ること自体は難しくない。しかし冷凍保存できる環境がほとんどの店には備わっていないのだ。まだこの世界、一般の飲食店レベルでは『冷蔵』はいけても『冷凍』は厳しい。
(設備投資してもいいんだけどねぇ)
慰謝料はまだ十分残っている。カフェ運営もほどよく儲かっているので、無理ではない。実はウォーレン商会に相談もしていた。
だが、冷蔵庫に似た設備の購入費をアイスクリームに乗せるととんでもないことになってしまう。その内もう少し安価なのが出そうだという話も聞いているので、とりあえず保留になっている。
「あ! でもね。氷菓子は出そうと思っていて」
いい道具を現在進行形でウォーレン商会に頼んで手配してもらったのだ!
(う~ん、今試しちゃう?)
今日は特別暑い。私も食べたいし。
「そりゃ楽しみだ!」
「そうですか? じゃあちょっと試食をお願いしよっかな」
ふふっと笑って見せると、店内のあっちこっちから手が上がった。
「是非私も!」
「こちらにもお願いします!」
ヒョコッとキッチンから顔を出したフォルテが張り切った顔になっている。アーサーもふんぞり返っている。彼なくしてはこの氷菓子は完成しない。
「ちょっと待っててくださいね」
私もキッチンへ入り、キンキンに冷えた保冷庫からオレンジ味の氷を取り出し、『かき氷機』の中へとセットした。
「《俺にも食べさせろよ》」
「もちろん」
ウォーレン商会から購入したかき氷機は少々大きいが、私の力でも簡単に氷が削れていく。ゴリゴリシャカシャカと音を鳴らしながら、細かくなったオレンジ色の氷が透明なガラス皿へと落ちて行った。
「《ボクもやりたい!》」
「どうぞどうぞ」
フォルテも小さい体からは考えられないほどのパワーで、一定の速度のままかき氷機のレバーを楽しそうに回した。
「《楽しい!》」
「疲れない?」
「《ぜんぜんっ》」
かき氷機の中のオレンジ氷はあっという間になくなってしまった。かき氷、一皿作るのに意外と量を使うということをすっかり忘れていた。
(売るならもうちょっと氷を用意しておいた方がいいかな)
とりあえず試食ということで、予定している半分ずつを店内にいるお客に振舞った。オレンジ色の氷の山に全員が目が輝いている。
この国ではシャーベットは食べられているが、私はかき氷という氷菓子を見たことがなかった。舌触りが違うので、どういう風に捉えられるか心配だったが、
「これはいくらでも食べられるな!」
「ジェラート……ではない?」
「頭キーンてきたっ」
「いつからメニューにのります!?」
「待って待って! その前にこれいくら!? 毎日食べたいんだけど!」
「どこの氷屋が作ってるんだい!?」
試食は好評。少なくとも今年の夏は売れるだろう。
「どこのって~そりゃあ……企業秘密ですよ!」
「あはは! そりゃそうか!!」
妖精王が作ってるなんて言ったらどんな反応になるかな、なんてちょっと想像したくなる。
「百五十エルで、最初の方は日替わりで味を変えようかと」
今食べたオレンジ味を筆頭に、柑橘系、ベリー系、そしてコーヒー氷を考えていた。どれも捨てがたい。
もともとまっさらな味なし氷にシロップをかけるスタンダードのかき氷も考えてはいたのだが、こちらでは見慣れないので、やはりジェラートに似たスタイルにしたのだ。コツは味の濃い氷水を作ること。だがなかなか塩梅も難しく、少々苦戦もしたのだが、
(うん! 今日の美味しい!)
これは夏季限定メニューに追加決定だ。
「今日は幸運な日だった!」
大満足でお客はカフェを後にした。
かき氷は期待通り、あっという間にアイスコーヒーの首位を奪い、カフェ・レムナントの一番人気となったのだった。




