17 恋の闇路は案外明るい?
この時間の四番街は二度目。一度目はキーキー騒ぐフラワーフェアリーをどうにかしたが、その時よりも日が沈むのが遅くなっている。
(真っ暗になる前にどうにかしたいけど)
ホラーは苦手だ。妖精王がいるのでそういう怖さはずいぶんと減るとはいえ、想像だけでゾワゾワとしてしまう。ただ今回は相談に来た学生二人も不可思議な存在は感じたと言っていたので、私の領分の可能性もあるとは思っているが。
(妖精は見えないけど感じる人はたまにいるのよねぇ)
学生の内、背の高い方はケビン、体格のいい方はバート、そして謎の女性に恋しているのがクリフという名前だそうだ。
彼らが暮らす学寮は関係者以外立ち入り禁止なので、
「引きずってでも連れてきます!」
「クリス……ずっとその見えない彼女と一緒にいるんです」
二人がクリスを連れてくるまで、三番街の大通りにある学生向けの食堂で待つことにした。
「……どんなのが出てくるか検討つく?」
一人用のテーブルに、ドンと出されたボリューミーな茹でた鶏肉と大量のマッシュポテトに圧倒されつつ、小さな声でアーサーに話しかける。今回の不可思議な出来事も妖精だと仮定して、どんな種族が出てくるのか、私はイマイチ思い浮かばない。
「《お楽しみだな》」
「なにそれ!」
アーサーはどうやら検討がついているようだ。得意顔でこちらを見ている。
「教えてよ~……」
「《あの図鑑に載ってたぞ!》」
「うそっ!」
学生がワイワイ盛り上がっているので、妖精王と会話しやすい。
あの図鑑はまだ全部目を通していないのだ。最初から順に読み込んでいたのだが、アーサーは私が寝ている間に最後のページまで読み終わったらしい。
う~ん……と、パラパラと眺めた時の記憶を呼び起こしている最中だった。
「ねえ君。どこの学部? ここじゃなかなか見かけないよね?」
「音楽院の子かな? どう? よかったらこれから俺達と遊びに行かない?」
いかにもチャラチャラしています、という風貌の学生が二人、ニヤニヤと話しかけてきた。
(ナンパだ!! ナンパされてる!! え? ここ食堂だよね?)
私の方は思わず二人を幽霊を見るかのような驚きの顔で見てしまった。この! 私を! ナンパ!? しかもまぁ、ひねりも何もない誘い文句。
「あはは! 驚いちゃった? こういうのに慣れてないのかな? 可愛いね」
「だいじょーぶ。俺達、優しいって女の子皆に言われるからさ~」
迷惑防止条例違反で憲兵に引き渡すぞ! なーんて言っても仕方がない。騒ぎは起こしたくないし、丁重にお断りしよう。
「ごめんなさいね。人を待っていて」
「それって俺らよりいい男?」
なんだその決め顔は。こんなにカッコイイ俺達が声をかけてやったんだぞという心の声が漏れてるぞ。
やばい……久しぶりによろしくない言葉遣いになってしまいそうだが、それを歯を食いしばって堪える。
「そうですね。まあ大概の男はオマエら……失礼、あなた方よりマシなんでそうなりますね!」
「ハァ?」
明らかに相手は気分を害しているのか、こちらを睨みつけてくる。知ったことじゃないが。
こっちには王様がついている。これ以上はやめておいた方がいいぞ、とこの二人に伝えられないのが残念だ。
「ちょっと顔がいいからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
というテンプレートなセリフと共に、一人が私の腕を掴もうとした。
「ヒィ!!」
「うわぁあぁぁあ!」
情けない悲鳴を上げたのは、皿の上にあったナイフとフォークが急に彼らの頬の横を高速で通り過ぎたからだ。ひとりでに。
騒がしい食堂の中でも響くほどの叫び声だったので、一気に注目が集まった。
「い、いいいい今っ何が起こった?」
明らかに彼らにとって不可思議なことが起こったのだ。到底理解できないことが。目の前の私は指一つ動かしていないことを彼らはハッキリ見ている。
「《情けない声だな》」
久しぶりに本気で怒っている。アーサーは私が幼い頃から一緒にいるせいか、こういうことには少々過保護なところがあった。
「おい! お前らまたか! いい加減にしないとうちで飯食わせねぇぞ!!」
店主がナンパ男達に気が付いて注意を始めた。どうやら常習犯だったようだ。
「いったい自分達がどんな人間に声をかけたか……もう少し味わってみます?」
最後の、す? の所で彼らの指先に電気が走る。私の表情を見て、私が妙な力を使っていると思い込んでくれたのか、
「ひっ……!」
「ししし、失礼します……!」
大慌てで食堂から出て行った。
「《もう少し懲らしめた方がいいんじゃないか?》」
その問いかけには小さく首を振っておく。ちょうど待ち人三人が来たからだ。内二人は明らかに感動している。さっきまでちょっとビビっていたのに。
食堂の店主にごちそうさまを伝えて足早に店を出た。妙なことをケビンとバートに口走られても困る。
「お力は本当だったんですね!」
「なあクリス! お前も見ただろう! この方はホンモノなんだ!」
こんな具合に。まだ賑わいの広場のベンチに腰掛けて、今回の相談に移る。友人が見えない謎の女にぞっこんとなり、日に日に生気を失っている、というあれだ。
(今日はなんだか忙しいわね……)
カフェ・レムナントの中にいる時とは打って変わって、落ち着きとは無縁な時間を過ぎていく。
目の下に濃いクマが出来ているクリスと思われる学生は、胡散臭そうに私を見ていた。これがある意味正常な反応だが、
(いや、あなたも十分こっち側だからね!!)
そう声を大にして言いたくなるのは、すでにネタバレ状態だったからだ。
(でもよかった!! 幽霊じゃない!)
クリスの腕に絡みついている美しい妖精は私と目が合うと、
「《なにアンタ! アタシのことが見えるの!?》」
「まあね……」
私の返事に驚いた上で、嫌そうに顔をしかめている。『ターゲット』以外に妖精が視える人間がいるのは想定外だったようだ。
「《リャナンシーだ》」
妖精王はぶっきらぼうに私に答えを教えてくれた。まだ先ほどの怒りが収まっていない。
「《それは勝手に人間が決めた名前でしょっ》」
フンッと顔を反らすが、アーサーにギロリとひと睨みされるとすぐに怯んでクリスの背中に隠れた。
「あなたはエリーゼが見えるのか!」
クリスはクリスで急に私の評価を変えたようだ。そして非難するかのような声を友人二人へ向けた。
「ほら、やっぱり君達の方がおかしいんじゃないか! エリーゼは確かにここにいる! 美しい恋人がいる僕への嫉妬か!?」
「違う違う! オリヴィアさんが特別なんだ!」
「“妖眼持ち”なんだよ! だから視える方が特別!」
なかなか友情に熱い。友人と言えどあんな風に言われたら、ちょっとはムッとしそうなところだが、ケビンもバートも必死で彼を納得させようとしている。
「《この妖精があの人間の生気を吸い取ってんだ。側にいるだけで生気は吸われていく……判断力もなくし始めてるようだから、もうそろそろ限界だな。早めに離した方がいい》」
クリスの方はアーサーの姿も声も聞こえていない。あくまでエリーゼ……リャナンシーだけ見えるようだ。アーサーに睨まれている妖精は、マズイ……と口がへの字になっていた。
「クリスさん。あなたが一緒にいるのは妖精で……おそらく彼女があなたの生気を吸い取っているんです」
はじめましてもそこそこに、私は本題に入った。だって早い方がいいって妖精王が言うし。
「なんだって!!?」
目を見開いてクリスは愛する妖精の方を向いた。幽霊と言われても信じなかったが、妖精と言われたら信じたのは、
「ああ! どうりでこの世のモノとは思えない美しさだと……!!」
ということらしい。なかなかポジティブな人間のようだ。
「《俺は今機嫌が悪いんだ。さっさとその人間から離れないと八つ当たりの対象にするからな》」
「《えええっなにそれー! 意味不明なんだけどー!》」
反応がギャルのそれ。ミステリアスな美しさとのギャップが正直面白い。不満そうだったが、リャナンシーの方もそろそろとは思っていたようだ。クリスを殺す気まではもちろんなかったので、妖精王も怖いことだし、大人しく言うことを聞いた。
「《黙っていてごめんなさいクリス……! あなたのその前向きさがアタシにはたまらなくご馳走だったの!》」
思いのほか心のままに告白してこちらがビックリだ。
「《でも……これでお別れね……本当はもっと早く離れるべきだったんだけど……つい名残惜しくって……》」
「《そいつの生気の味がよかっただけだろ》」
うん。とリャナンシーはこれまた素直に頷いている。アーサーの声がクリスに聞こえなくて本当によかった。
「そんな! 僕はどうなったってかまわない! 最期まで君といるよ……!!」
「《それよりまた元気になってちょうだい! そしたらまた会いに来るわ!》」
「本当かい!?」
ケビンとバートに通訳をしていた私はこれには思わず、
「え!? ちょっとそれは……!? え!!? いいの!!?」
と、ツッコまずにはいられない。そんなフランクな付き合いを続けるの!?
「《大丈夫! 次はちゃんと加減するから! ねえ、いいでしょう?》」
「もちろんだとも!!」
リャナンシーが尋ねた相手はクリスではなくアーサーだったのだが、彼の方もあまりのあっけらかんとした妖精の態度に毒気を抜かれてしまったのか、
「《ほどほどにしろよ》」
と、答えるにとどまった。
「え、本当に? いいの……?」
「僕の幸せは僕が決めます! ええはい……友人に心配をかけ過ぎない程度に……」
愛するエリーゼとほんの少し距離を取っただけで、自分の行動を客観視できるようなったたようだが、望みは変わらないようだ。友人二人に詫び、私に向かって礼を言った後、
「これからもずっと一緒だエリーゼ!」
「《ええ! ずっと一緒ね!》」
私の方は少々現実逃避気味に、
(これって妖精と人間の共存? いや、クリスは恋してるだけだし……えぇ~恋路にカウントしていいのかなぁ)
なんてことをぼんやりと考えていたのだった。
結局、リャナンシーと一週間離れただけでクリスのクマは消え去り、彼らは一週間おきに一緒に過ごすようになった。
「ちゃんと授業にもでますし、以前よりさらに元気に過ごしていますよ!」
「本当にありがとうございました!」
学生三人はその後せめてものお返しだと、それぞれ友人を連れ、カフェ・レムナントの常連客を少しずつ増やしてくれた。




