16 溺れる者は藁をもつかむ
ウォーレン夫人から貰った改訂版妖精図鑑には、やはりあの小さなドラゴンは載っていなかったが、山や川や海、それに市中で暮らす種族と、私が持っているものより妖精のバリエーションが増えていた。
(見たことない妖精、案外いっぱいいるのね)
なかなか読みごたえがある。この図鑑を作った人はどれだけ時間をかけて書き上げたんだろう。
チリンと店のドアベルが鳴って顔を上げる。お客の対応をしていない時は基本、こうやって本を読んだり、最近は語学の勉強をしている。港が近いだけあって、たまに海外からのお客もくることがあるからだ。
「いらっしゃいませ」
店に入って来たのはここ最近たまに来る学生二人組。最初は面白半分に『幽霊ピアノ』を見にやって来たようだったが、うちのカフェを気に入ったのか、いつも二人で連れ立って来ていた。たまに漏れ聞こえる会話の内容から商学部の学生と思われ、当初はうちで出している食事に興味があるのか、
『どこでこんな料理の知識を?』
『出身は?』
と、やや不躾に質問してきた。が、私も『異世界です!』とは答えられないので、
『さぁ~どこだったかな?』
曖昧に濁し、不満そうな表情を向けられていた。その後も少々舐めた態度を取り続けており、現在彼らはツーアウト。スリーアウトでうちの用心棒から強制出禁をくらってしまう。
私としては、イキリたいお年頃よね。と寛大な気持ちで接していたのだが(実際、口調が偉そうなくらいで、よく食べよく飲んでくれる)、妖精王曰く、
『《俺がムカつくからダメ》』
とのことだ。流石王様。基準が自分。
(大丈夫かな~)
ちょっぴり心配しつつ注文を受ける。だが今日はそんな心配いらないようだった。
「あの……先日は失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした……」
「いえその……相手の立場で態度を変えるなんてもってのほかだとはわかっているのですが、調子に乗ってしまい……もう二度とこのようなことは……!」
「わあああ! ちょっと! やめてください! いいから! 別にいいから!」
二人揃って冷や汗を流しながら頭を深く下げるので、あっという間に店内にいた他のお客の注目の的だ。
(この感じ……私の出身を調べたわね)
私、オリヴィア・アーレイドはすでに貴族の身分ではない。にもかかわらず、生家のランドルフ家ではなくバンディッド家の当主が後ろ盾についていると世間は認識していた。このカフェがオープンするまではバンディッド伯の口添えにかなり助けられたこともあるので、その認識は間違ってはいない。まあ、カフェのオープンを機にスッパリと関係を断ってはいるが。
学生二人の青ざめた顔を見て、妖精王がゲタゲタと笑っている。
「《愚かな人間だ! だが、愚かさに気付き、すぐに謝罪をしたことは評価してやろう。俺は寛大だからな!》」
寛大って!? と言ってやりたいが、私としてもアーサーの怒りが静まったのはよかった。
「それで……今日はどうされます?」
いつものアイスコーヒー飲む? それともこれで帰る?
「あ……今後も利用してもよろしいので?」
「もちろんですとも!」
謝ってくれたしもういいよ。それが伝わるよう、ニコリと返してみる。二人共あからさまに安堵するように胸に手を当てていた。
「……では、アイスコーヒーと今日はタマゴの惣菜パンを」
「自分もそれで……お願いします」
二人はいつもの向かい合ったテーブル席ではなく、カウンター席へと座った。
「《こりゃ何かあるな》」
妖精王が自分の特等席の隣に腰かけた二人に、興味津々の視線を向ける。
(私がランドルフ家出身って話じゃなくて!?)
さっきの話の続きをするのかと思ったが、アーサーの予想では違うようだ。
自分が貴族出身だということは特に隠していない。婚約破棄の件も紙面には出ているので、聞かれたそうだとサラッとだけ答えている。だからその手の話がしたいなら別にかまわない。
私が今楽しく暮らしているのは見ての通りだ。境遇に同情してたまにカフェに通ってくれるならそれはそれでいい。
学生達はいつもとは違って押し黙ったまま、もくもくとサンドイッチを口に運んでいた。
(私の過去の話じゃなきゃ、残る可能性は一つだけど……)
そう。妖精関係。噂はゆっくりと広がっているようだし、私のことを調べた時に一緒にその噂も聞いた可能性がある。
二人は同時にアイスコーヒーを一気に飲みほした。そしてお互いに視線を合わせる。
(くるっ!)
そう思った直後、
「あの……オーナーにご相談が」
「我々の学友のことなのですが……不可思議な出来事に巻き込まれていて」
予想が当たってなんとも複雑な気分になる。
正直、『妖精が視える』なんて噂、誰もまともに信じないだろうと思っていた。だが困っている人間からすれば、藁にもすがる気持ちで助けを求めているのかもしれない。
(インターネットもないし、噂頼みになっちゃうか~?)
不可思議な出来事に対応してくれる人間なんて、確かに私も知らない。たまにインチキ霊能者の話は聞くが、私という人間もいる以上、インチキ霊能者が本当にインチキかどうかもわからないところではあるけれど……。どこの誰とも知らない自称霊能者より、身元がハッキリしている分、私のところに相談に来るのは理解できる。
「《よし。相談内容が面白かったらこれまでの無礼な振る舞いは不問としよう!》」
無礼に振舞われたのは私なんだけど、とは言わないでおく。アーサーがノリノリなので、もうこの相談は避けられない。
「具体的にうかがっても?」
あーあ、いいカッコしちゃって私は……。たった二件解決しただけだっていうのに。
背の高い方の学生がゴクリと息をのみ、声を潜めて、
「とある友人が、明らかに怪しい女性に恋をしているのです……」
「怪しい女性?」
もちろん、ただ『怪しいだけ』なら私じゃなくていいわけで……。体格のいい学生の方がさらに小声で答えた。
「我々は見たことがないのです……いえ、我々には見えないのです……」
恐怖でブルッと体を振るわせた。ただ彼らも驚くべきことに存在は感じたそうだ。実体は見えないのに、確かに目の前に誰かがいたと。
「あの……私、幽霊は専門外で……」
「ええ! もちろんそれは聞いております……!」
聞いてるんかい! と、ツッコまないのはカフェの雰囲気を壊さないためだ。
「一度見ていただいて、ご意見だけでもうかがえれば……!」
その友人は日に日に生気が失われており、彼らは心配しているそうだ。
「ただ、とても幸せそうで、我々の話に耳を傾けてはくれないのです」
「どうかお力を……!」
二人して再び深く頭を下げられてしまったので、慌てて止める。
「では、お店を閉めた後でも?」
「もちろんです!」
アーサーは話を聞いてワクワクとしていた。
「《いやぁ! もっと噂が広まるといいな!》」
妖精王は気楽なもんだ。
さあ、学生街にはなにが待っているんだか。




