14 小箱
「あの、その噂をどこで……?」
いまだに叔父夫婦と従妹が吹聴しまわっているのか。それとも開店当初からの噂がご近所や学生達に留まらず、ついに商家の奥様の耳にまで届くようになってしまったのか。
少し気まずそうにしながらレイチェル・ウォーレン夫人は質問に答えてくれた。
「実は何度か、夫と共にお屋敷にご挨拶にうかがったことがございまして……その時にアルバス様から……」
「父から!?」
というか、
(まさかの屋敷時代から……!)
思ったより年季が入っていた。
「アルバス様はオリヴィア様のお力を信じていらっしゃったようです。それで、なにかいい書物でもないか……という話になりまして。かなり古いものだったのですが、妖精図鑑をご提案いたしました」
「あの図鑑! ええ、今でも大切にしています!」
私がランドルフ家から持ち出した数少ない私物の一つだ。あの図鑑はウォーレン商会から購入したものだったのか。
(あれ書いた人、たぶん本当に妖精が視えてたのよね)
挿絵も内容も、私が普段視えているものとほとんど同じだ。すべての妖精を網羅しているわけではないが、あの図鑑を基にして、両親や使用人達に今、どんな妖精がそこにいるかを語っていた。なんせ私には絵心がない。
(でも、妖精王の話は載ってなかったんだよな~)
屋敷に居つく妖精がメインだった。私にとってはちょうどよかったが、あの図鑑の著者も私と同じような暮らしをしていたのかもしれない。
「《早く鞄の中のことを聞いたらどうだ?》」
待ちきれないのか何かに気付いたアーサーが急かしてくる。たしかに、夫人のハンドバックが少し膨れている。彼女は私の視線にすぐに気が付いたようだ。
「ああやっぱり……お力は本当なんですね」
そう言って夫人は鞄の中から恐る恐る、金具付きの古い木箱を取り出した。
「まったく開けることができなくなってしまって。留め金に触れようとするといつも静電気のようなものに弾かれるのです」
「……この中には何が?」
カフェのテーブルにそっと置かれた木箱。……すでに私には視えているが、あえてまだ何も言わない。
「それが、何だったか忘れてしまって……」
「《なんだそりゃ。ますます中身が気になるな!》」
アーサーが興奮気味なのは、木箱の上で一生懸命こちらを威嚇しているのが、小さな藍色のドラゴンだったからだ。私は初めて見た。妖精図鑑にも載っていない。
「子供の頃の宝物箱だったんです」
「なるほど~……」
ドラゴンは宝を守るなんておとぎ話は聞いたことがあるが、その一種だろうか。
(そもそもドラゴンは妖精……?)
私は一体、何をどこまで視ることができるんだか。案外自分でも把握てきてない。
自分の話が嘘でないと私に見せるためだろうか、夫人は恐々と留め金に指をかけようとするが、
「あっ」
小さなドラゴンが口から、これまた小さな電撃を放っていた。バチッという音と共に夫人は慌てて指を話し、私の表情を確認した。何かいますか? と言いたげに。
「えーっと……小さなドラゴンが……この木箱を守ってるようです」
見たままを伝えた。夫人が怖がるかとも思ったが、いい言い回しが浮かばなかったのだ。だがどうやら心配する必要はなかったようで、
「まあ! 小さなドラゴン! それは幼体でしょうか? それとも元々そういった品種なのでしょうか?」
キラキラと目を輝かせ始めた。そういえばウォーレン商会の奥様は大の生き物好き、と聞いたことが……。
「ど、どうでしょう……?」
確かに気になるとことではある。チラッとアーサーに視線を送ると、
「《幼体だな。千年前にそれのデカイやつを見たことがある。言葉もまだ使えないようだし、かなり若いんじゃないか?》」
とのことだったので、
「子供のようです」
と、訳知り顔で答えた。
「まあまあまあまあ! なんてことでしょう! 物語の世界に入ったみたい……!」
感動して打ち震えている。彼女はどうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
詳しく話を聞くと、自分の身に起こったこの不可思議な出来事のことを放置するではなく、もっと深く知りたくなり私の事を思い出したそうな。
「オリヴィア様の噂はその……うかがっておりましたので、ご無礼と思いつつもこちらのカフェにお邪魔したのですが」
「無礼だなんてそんな! 毎日いらしてくれてとっても嬉しかったですよ」
私と話す機会をうかがっていたのは確かだが、同時にこのカフェの居心地を気に入ってくれたのだそうだ。これはリップサービスではないと思いたい。
この会話の最中も、木箱の方からバチリバチリと電撃が走る音が聞えてくる。妖精王がドラゴンと遊んでいるのだ。彼にとっても珍しいということは、私はもう二度と出会うことがないかもしれない。
(私もドラゴン、撫でてみたい……!)
静電気はちょっと怖いが。
小さなドラゴンの方は妖精王相手に戸惑っているようだった。ドラゴンの頭に触れようとするアーサー相手に、遠慮気味に抵抗を続けていたが、ついに諦めてたのか緊張した面持ちで大人しく撫でられている。いつの間にかキッチンからこちらにやって来ていたフォルテも、興味深そうに様子を眺めていた。
「《オリヴィア! こいつをこのカフェの門番に育てよう!》」
「えええっ!!」
またこの妖精王は突拍子のないことを言うんだから……お陰で声が出ちゃったじゃないか。
「どうされました!?」
「あ、いえ……えーっとどうされます? ドラゴン、どかします?」
妖精王がやりますんでご遠慮なく。でも、どかしたドラゴン……どうしよう……宝物でもあれば、納得して移動してくれる? うーん……手ごろな宝物ってなにかあったかな?
私の問いかけに、夫人の表情がしょんもりとなっていた。
「ああ……ですが……その、箱を開けてしまったらどこかへ行ってしまうでしょうか……?」
つまり、ウォーレン夫人はドラゴンがどこかに行ってしまうくらいなら、その木箱は開かないままでもいいそうだ。まあ確かに、長年忘れていた宝物箱ということだし、今更開かなくても問題はないだろう。
「《俺は中身が気になるから開けたい》」
子供のような言い草な妖精王。そのままドラゴンに交渉を始めた。
「《どいてくれ、箱を開けたいんだ。なに、取り上げたりはしないさ》」
だが小さなドラゴンはプイッとそっぽを向いてしまう。話せはしないが、言葉は理解できるようだ。妖精王相手にやるじゃないか。妖精も子供ながらの無鉄砲さがあるのだろうか。もちろん、王様はちょっぴりムッとしている。日頃彼に歯向かうのは私ぐらいだからだ。
「《そもそも中身はあの人間のものだろ! 少しは譲歩しろ!》」
ピッと人差し指を夫人の方へ向けていた。しかし、子供相手にそれは通じない。案の定、頑なに視線を合わせない小さなドラゴン。
「《こっちは実力行使もできるんだからな!?》」
いよいよ大人げない態度だ。王様の威厳とは程遠い。だが私の非難めいた視線を感じとったのか、アーサーはすぐに勢いをなくした。
「《だってお前らも何を守ってるか気になるだろ……》」
それはその通りなので、
(押してダメなら引いてみる?)
今からドラゴンに聞いてみますね。と夫人に断りを入れて――いまだに妖精との会話を聞かれるのは落ち着かないのだ――ドラゴンの目の前にいるアーサーと場所を交代した。
「ほんのちょっとだけでいいの。ただ、中が見たいだけなのよ。お願い」
お、ドラゴンが横目でこちらを見た。効き目はありそうだ。と思ったら急に横からカットインが。
「アナタがそれを気に入って守ってくれているなんて、とっても嬉しいわ! このままずっと守ってくれていたってかまわないの! ただ、ほんの少し中身を確認して、私が思い出に浸りたいだけで……」
夫人が下手に出たのが効いたようだ。
しかたないなぁという態度で、小さなドラゴンは木箱からカフェのテーブルへと降り立った。
「……やりました!」
「まあまあまあまあ! どうもありがとうドラゴンさん! すぐにすみますからね」
今度は何の躊躇いもなくウォーレン夫人は留め金に手をかけ、パチリと木箱を開いた。
「開きました!!」
キャッキャと少女のように喜んでいる。見えはしないが、確かに小さなドラゴンの存在を感じ取れたのだ。満面の笑みのまま、夫人はゆっくりと箱の中へ視線を落とす。
「あら……本当に懐かしいものが出て来たわ……」
感慨深げな声を聞いて、私も横からそっと中身を拝見した。押し花に手紙、ガラス玉にリボン、小さな香水瓶……確かに、幼い少女の宝物に相応しいものがたくさん入っている。心ときめく、まさに小さなドラゴンが守るべき宝物。
(とても状態がいいわ……昨日木箱に入れたばかりみたい)
ドラゴンが守っていたおかげだろうか。どれも在りし日の姿のままなのだ。
「……ありがとう。これを宝物だと守ってくれて」
「!!」
ふと隣を見ると、夫人がポロポロと涙をこぼしている。本人も驚いたように慌てて涙を拭いながら、
「申し訳ありません……思い出の波が一挙に押し寄せてきて……どうして忘れていたのかしら」
そっと木箱を撫でている。一つ一つに、涙があふれるほどの思い出が込められていたのだ。
「……その、箱から取り出さなくてもいいんですか?」
「ええ、それはもちろん。ドラゴンさんとの約束ですもの」
物自体ではなく、それに込められた思い出の方がウォーレン夫人にとっては大事だった。一目見て、それが取り出せたから十分なのだと。
(わかるような……わからないような……)
アーサーは押し黙って夫人の様子をただ眺めていた。
「本当にありがとうございました。この御恩はきっと……!」
「そんな。ドラゴンの説得は夫人がされたようなものですから」
「とんでもない! オリヴィア様がいたからこそですわ!!」
レイチェル・ウォーレン夫人と小さなドラゴンは(もちろん再び木箱を守っている)、夕闇の中、軽やかな足取りで帰って行った。
「《せっかくだから金も受け取ればよかったじゃないか》」
「嫌だよ~インチキ霊能者みたいになったら嫌だし」
今回程度ならまだいいが、噂が広まってとんでもない相談がやってきたら大変だ。あくまでボランティア……というスタンスでなければ、いざという時逃げられない。
「《なんだそりゃ。別にインチキはしてないだろ!》」
ケタケタ楽しそうに笑うアーサーの声を聞きながら、ちょっと遅めの閉店作業に取り掛かった。今日は悪くない一日だ。
後日ウォーレン商会から、例の妖精図鑑の最新版――とはいえ百年以上前のもの――が届いたのだった。




