13 奥様
最近、気になるお客がいる。
(あ、今日も……)
品のいいマダムのご来店だ。毎日、夕方になるとやってくる。派手な格好ではないが、質のいい布地のワンピースに流行の靴、なにより背筋がピンとしてあらゆる所作が美しい。
『《探るか?》』
昨日来た時、ついにアーサーがいつもの席から立ちあがった。
残念ながらこのマダム。カフェ・リアンフロンの常連なら違和感はないが、カフェ・レムナントの常連となると少しイメージと違う。よって怪しい、と妖精王に結論付けられている。
『だめだめ! お客さんのプライバシーは守らなきゃ』
店の周辺を怪しくウロウロしているわけでもない。ただの身なりのいいお客さんだ。
『《どうせどっかの貴族だろ。バンディッド家の刺客かもしれないぞ》』
『刺客って……流石にそれはないでしょ』
確かにこのマダム、どこかで見かけた顔ではあるのだ。ランドルフ家に居た時の顔見知りだとしたら、貴族階級の人間である可能性は高い。
いやしかし、噂を聞く限りバンディッド家は今なかなか大変そうだ。私になんてかまっている暇はないだろう。もちろんランドルフ家も。
『恨まれるようなことはしてないわ。私の方はね』
多額の慰謝料は貰ったが、バンディッド家からするとはした金。ゴシップ誌にあれこれ吹き込んだりもしていない。そもそも記者は私に近付けもしないし。
結局、毎日注文してくれるドーナツを気に入ってくれているのだと思うことにした。うちのドーナツは他の店に比べて少し軽いのだ。ずっしり感はなく、空気を含んで柔らかく食べやすい。作るのに少々時間はかかるが、フォルテという有能店員が住み込みでいてくれるので毎日問題なく提供できている。
「ホットコーヒーと……今日はチョコドーナツを一つ。お願いできますかしら」
「ありがとうございます。すぐご用意を」
「こちらのドーナツ、他所では食べられない味でしょう? こんなに美味しいのにこのお値段で申し訳なくなります」
ほら、やっぱりドーナツにハマってくれただけじゃないか。と、チラリとアーサーが座っている席に視線を向ける。
(いやでもまだ怪しい……って思ってる顔してる)
妖精王の眉がハの字になっているのだ。
二週間連続で食べたくなる味ってことでいいじゃないか! と私は気を取り直し、トングでショーケースの中のドーナツを取り出し、温かいコーヒーをカップに注ぎ入れる。
「気をつけてお持ちください」
「どうもありがとうございます」
ニコッと小さく微笑んでマダムはトレーを受け取った。それを危なげなく席まで自分で運んでいく。そしてゆっくり一時間ほどかけて、彼女はドーナツとコーヒーを味わうのだ。
(うん。いつも通りね!)
我がカフェの常連客は、なかなかにありがたい存在だ。売上も読めるし、店にお客が入っていると新規客も入ってきやすい。それをバンディッド家の刺客だなんて……! と、思っていたのだが、
「……コーヒーのおかわりをいただいても?」
「もちろんです」
珍しく二杯目のコーヒー。なんだかマダム、今日はいつもよりソワソワとしている気がする。何度か私とも目が合った。アーサーが、ほらみろ……と勝ち誇った顔をしている。
結局、夕方六時、閉店の時間まで彼女は店にいた。コーヒー三杯にドーナツを二つ食べている。この時点で私は、これから何かが起こることは覚悟した。
(バンディッド家絡みでもランドルフ家絡みでもありませんように!)
お客はもう彼女のみ。せめてもの祈りを込めながら、マダムに話しかける。
「恐れ入ります。間もなく閉店の時間でして」
「あ……はい……」
何か言いたそうに私と目を合わせるが、本人の中でまだ何か躊躇いがあるのかいそいそと帰り支度を始めた。
「《ほら! 聞いてやれよ!》」
けしかけるようにアーサーが近くまでやってきた。
(ま~た面白がってるな)
私としても気になってしまっているし、半分覚悟を決めているので今日はアーサーの言うことを素直に聞くとしよう。
「あの、なにかご用事がおありだったのでは?」
「……!」
本気でビックリしている顔だ。そりゃわかるよ、と伝えたいが、とりあえず笑顔を向けて安心させる。
「おわかりになりましたか……大変失礼をいたしました」
シュンと肩を落としたマダムは、私の様子をうかがいつつ、話始めた。
「私、レイチェル・ウォーレンと申します」
「えっ……あ! ウォーレン商会の!」
やっと思い出した。まだ父が存命だった時に贔屓にしていた商会の奥様だ。叔父に代替わりしてからは別の商会と取引きをしていたので、本当に久しぶりに見かける。
「お久しぶりでございますオリヴィア様。ご挨拶が遅くなり失礼いたしました」
「そんな! 私の方こそ」
ウォーレン商会は海外製品の取り扱いが多く、東洋のものまで手広く取り扱いがあり、その頃まだ前世を懐かしんでいた私は父にねだって日本風の商品をよく買ってもらっていたのだ。
「《あー! いたいた! いたな!》」
アーサーも同時に思い出したらしい。何度か商会のパーティに招いてもらい、挨拶をしたこともある。
(ウォーレン商会のパーティは子供が行っても退屈しないように、メニューもイベントも凝ってたのよねぇ)
そこにはいつも穏やかな笑顔のレイチェルがいた。
急いで『閉店』の札を下げ、父が生きていた時代の思い出をしたり、最近のウォーレン商会の近状を聞いたり。
「三年前に息子夫婦が跡を継いでいまして、今はもう隠居生活を」
ふふっと小さく笑った。
私の婚約破棄の事も、ランドルフ家を抜けたことも知っているようだが、そのことには特別触れなかった。私が話さない限りそうすべきではないと考えているようだ。
「それで、本日はどのような?」
一通りの話題が終わった後、私の方から尋ねた。どうも元令嬢の私に遠慮している節があったのだ。
「いえ……その……実は……」
またもモゴモゴとなっている。それから一度ゆっくりと目をつぶった後、申し訳なさそうな視線と共に、
「あの……オリヴィア様は不可思議なものを視る力がおありだとうかがいました……」
小さな声でなんとか言葉を出した。
(そっちだったか~~~!)
と、口が開いたまま固まってしまった私。そして、
「《お! 面白くなってきたぞ!》」
上機嫌の妖精王。
いったいどこまで私の噂が広まっているやら。




