11 翅付き妖精
四番街は学生の街と言われるだけあって若者が多い。音楽院だけでなく、帝国の叡智が集まる大学もあるのだ。夕日が沈む中、学生向けの食堂が賑わっているのが見える。
「こちらです」
案内された集合住宅は年季が入っているが、大切に使われているのがわかる建物だ。裏庭も管理されており、青々とした木々や、美しい花々が目の端に映る。
(この感じだとブラウニーが居そうだけど)
後で探して話を聞くのもアリかもしれない。ちなみに、我がカフェのブラウニーであるフォルテは、閉店後の後片付けを一人でしてくれている。こちらとしては大変心苦しいのだが、この感覚は人間独自のものらしく、彼らには理解できないようなのだ。
『《フォルテはやりたいことだけやる種族だから、気にするだけ無駄》』
妖精達に言わせれば、妖精王の言葉通りなのかもしれないが、私は人間サイドで生きているので、しっかりフォルテに報いる報酬を用意していた。
「ピアノの調律、引き受けてくれて助かりました」
ジョルジュの部屋へ向かう廊下で、念押しを込めてお礼を言う。後から、やっぱなし! と言われないように。
「そんな! こちらこそ。ここ数カ月で世の中の怖いものが一つ減ってしまったのでお気になさらず」
ハハハと相手はから笑いだ。幽霊の噂の中心である”あのピアノ”は誰も調律したがらず……だったので、この機会は逃せない。もちろんフォルテは大喜びしている。
「ここが私の部屋なんですが……」
彼の部屋は一階にあった。裏庭に続く扉もあり、日当たりも風通しもよくとても幽霊が出入りしている雰囲気はない。
「……どうでしょう? 何かいますか?」
この際不可思議な存在でいいから、何かいて欲しくてたまらない……と期待と懇願が混ざり合った視線がこちらに向いている。とにかく原因を知りたいというのが伝わって来た。
(部屋には何もいないのよねぇ)
整理整頓され、清潔で掃除も行き届いた部屋だ。チラリとアーサーの反応を確かめると、
「《何もいないな。ってことは幽霊か?》」
「!!?」
声を出すのは抑えたが、体がビクッと震えてしまった。私の変化を感じ取って、ジョルジュの目がカッと開いてしまっている。
「《ははっ冗談だ。ブラウニーでも探してくるとするか》」
ケタケタ笑いながら妖精王は廊下へ出て行った。
(あいつ~~~!)
しっかりこの状況を楽しんでいるようだ。
部屋中が緊張感に包まれていた。ジョルジュは私が何か言うのを今か今かと待っているので、どうにも居たたまれず部屋の中をうろつき、不可思議なモノを探すふりを続ける。気が付けば太陽が沈んでいた。
(うぅ……何でこんなことに……)
婚約破棄の後はまったりカフェ経営しながらスローライフ! が、始まる前に終わってしまった気がする。
(……部屋の中、見終わっちゃった)
しかたがないので外の確認でもしようと、裏庭に続く扉を開いた時だった。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
目の前に現れたのは、これぞ妖精! な姿をしたフラワーフェアリーが。小さな体に半透明な翅、尖った耳を持つ美しい花の精。おそらく裏庭に可愛がられている花が咲いているのだろう。
正直これは全く予想していなかったので、単純に驚いて叫んでしまった。室内にはほんの少しも妖精の痕跡が見当たらず、もしかしたら本当に幽霊の仕業かも、と内心思っていたというのもある。
「いましたか!!?」
ああ、嬉しそうなジョルジュの声……よかったね! とりあえず『何か』はいたよ!
「はい……二体ほど……その……妖精が……」
「!!!」
妖精!? 幽霊じゃなくて!? という反応だったので、目の前にいるのがどういったものかを説明しようとしたのだが、
「《やっと話の通じる人間が来たわ!》」
「《アンタの声が小さすぎたせいよ! こんなに時間がかかっちゃって!》」
「《ハア? アンタみたいに下品な品種じゃないから大声なんてだせないの。ゴメンナサイね~~~》」
「《なにそれ!? 大したことないくせにお高くとまって! この大食い!》」
「《そっくりそのままお返しするわ!》」
なるほど、これがキーキー声の正体か。全く集中できない。これを就寝中にやられたらたまらない。
「はいはいはいはい! ちゃんと聞こえてるから! 一人ずつ喋ってもらってもいい!?」
だが妖精達は私を無視して喧嘩を続けている。
「オリヴィアさんはなんて言ってるかわかるんですか!?」
どうやらジョルジュは妖精達が何と言っているかはわからないが、感情のニュアンスは伝わっているようだ。主に声のトーンから。そういえば、妖精の声が聞こえる人間に初めて出会った。
「ジョルジュさん。これまでも不可思議な声を聞いたことはありますか?」
「いえ。初めてです」
調律をしているということは耳が特別いいのかもと思ったが、やはり関係がないのか。
「《コイツらが喧し過ぎるだけだな。そこの男、俺の声は聞こえてないだろ》」
いつの間にかアーサーが戻って来ていた。
(確かに)
ジョルジュの視線は扉の方に向いたままだ。呆れるような目で妖精王はフラワーフェアリーに視線を移し、
「《いい加減にしろ。何か用があってオリヴィアを呼びよせたんだろう》」
これぞ鶴の一声……いや妖精王の一声。ピタリと喧嘩が止まった。そして同時に四つの瞳が私を貫く。
「《この愚かな人間にアタシ達の花を別々の場所へ植え替えるよう伝えてちょうだい!》」
「《さあ! さっさと伝えてちょうだい!》」
「わかったわかったわかった……!」
妖精達はグイグイと私に迫って来た。小さな体だが人間なんて怖くもなんともないようだ。
「どど、どうしました!?」
「えーっと、彼女達が言うには……」
耳元でキーキーと妖精達が口々に説明を始める。明らかに謎の生物との対話をしている私の様子を、ジョルジュは瞬きもせずに見ていた。
「え? なに? 薔薇と……ダリア? 隣が嫌だって……え!? それだけ!?」
二体の妖精は薔薇とダリアのフラワーフェアリーだったのだ。
耳元にキーンと響く言葉をほぐしながら、私なりに内容を要約し、ちょっとばかり感想を述べたのが悪かった。
「《それだけ? ……じゃないわよ! 人間は全く何もわかってないんだから!!》」
「《アンタも愚か者ね!!》」
「ご、ごめん……」
花にとっては大変都合の悪い状態らしい。あまりの剣幕に圧倒されて即座に謝ることになってしまった。軽口は叩くもんじゃない。
「どちらも『大食い』だから隣り合っているとお互いに成長を阻害してしまうそうです。だから離して植えて欲しいと……」
「大食い……? あ、ああ! 栄養が足りないということですね!」
今度はきちんと妖精達の言葉を通訳する。彼女達の言う通り、薔薇とダリアは隣り合って植えられており、今は妖精の力でなんとかなっているだけなんだそうだ。
「《そうよっ! アンタの実家とは状況が違うんだからね!》」
「《様子を見に来てよかったわ! 本当に昔っから抜けてるんだからっ!》」
薔薇もダリアも、ジョルジュの実家の庭からロンディエナへと植え替えられたものだった。
「ご実家とは育成状況が違うから、色々と手を加える必要があると……妖精達が……」
直接伝えることが憚られる言葉は、もちろんオブラートに包む。
「母が実家の庭で大切に育てていたのですが、昨年亡くなりまして。今は兄夫婦が管理しているのですが、形見分けで薔薇の挿し木とダリアの分球したものを持って帰って来たんです」
ワクワクしたような口ぶりだ。私が薔薇とダリアの出所まで口にしたため、彼にとってこの不可思議な出来事が『現実の出来事』なのだとハッキリとしたようだった。
「我が家に妖精がいたなんて……!」
彼の中で『怪奇現象』から『おとぎ話』に変わった。ジョルジュの顔色はすっかりとよくなり、先ほどまで冷え切っていた部屋の温度が急に上がったようだった。
「《浸ってんじゃないわよ!! 状況がわかってないんじゃない!?》」
「《明日ちゃんとやるのよ!! アタシ達、いつまで経っても帰れないじゃないの!!》」
妖精達の厳しい声が聞こえてくる。彼女達からすると、『いい話だった』で終わるようなことではないようだ。だが私は人間なので、『いい話』にしておきたい。
「ジョルジュさんのことが心配でロンディエナまで付いてきたそうですよ。お花は、なるべく早めに対応して欲しいそうです」
「ああ……薔薇もダリアも母が特別可愛がっていたんです……! そうか……私は昔っからとろいと言われていたので花達にまで心配をかけていたんですね……」
感極まって涙を流すジョルジュだったが、
「《ちょっとアンタ! ちゃんと伝えてよ!!》」
「《職務怠慢よ怠慢!!》」
非難囂囂だ。でも、これで丸く収まった。翌日すぐにジョルジュは専門業者を頼り、薔薇とダリアの妖精達を納得させた。
「《なかなか面白かったな! そういえば俺、街中での生活って初めてだ……多分》」
今回の騒動、妖精王の暇つぶしにはなったようだ。
「そうねぇ~ランドルフ家の屋敷は整ってたし。それに我が家にいた妖精達ってわりと大人しかったよね?」
花同士で言い争いを始めるフラワーフェアリーみたいなのはいなかった。
「《そりゃ俺とオリヴィアがいたからな》」
「皆元気かなぁ~」
なんだかすでに懐かしい。
(まあでも、あの広い屋敷の中じゃ~私一人が居なくっても別に何も変わらないか)
この時の私はあの家の現状も知らず、呑気にそんなことを考えていたのだった。




