10 予定外の営業スタイル
もうすぐ初夏。日も長くなってきた。カフェ・レムナントの営業は午前十一時から午後六時まで。人間一人と妖精二人体制なので無理はしない。うち妖精一人は用心棒みたいなものだしね。
(無理してダメになるより、細く長く続けたいし)
今のところ、それで問題もなさそうだ。
私の予想に反して、カフェ経営は大きなトラブルもなく順調だった。いわく付き物件のカフェだからと客足が遠のくこともなく……。
「《むしろいわく付きのピアノを見に来てる人間が多くないか?》」
「わかんないもんねぇ」
本日の仕込みをしながら、妖精と三人で現状の再確認中。小さな刺激、小さな非日常を求める人がこの街には多いのかもしれない。
若者が(学生街からのお客が多いのだ)珍しい物見たさにやって来ていた。その後、我がカフェ自慢のコーヒーや軽食を気に入って週に一回は来るようになる……といったサイクルが出来上がっている。ちなみにアリロべは週の半分くらい利用してくれる上、新規のお客も連れてきてくれていた。今や完全に上客だ。不動産売買の手数料以上の貢献をしてくれている。
プレオープンで近隣住人の不安を解消していた点も大きく、安定してお客が入っていた。自分で言っていてどうかとは思うが、驚くべきことにまだ一日も赤字を出していないのだ。
「《一日二千エル稼げればいいの? ……それって人間がどれくらい必要?》」
フォルテは金勘定には興味がないようだが、やってくるお客には興味津々だった。
「えーっとね。コーヒー一杯が百エル、軽食が三百エルでしょう? 両方頼むお客さんが五人もくればとりあえず大丈夫かな」
「《毎日もっと人間は来てるよ!》」
「そうね。ありがたいことだわ」
実際はコーヒーだけのお客も、プリンだけ食べにくるお客もいるので単純に人数は出せない。だが今のところ、ほとんど毎日軽食は完売しているので、十分すぎるほどの売り上げがある。
(家賃もかかんないし、人件費は無視してるけど)
妖件費(!?)については実は真剣に悩んでいる。
「《安すぎなんじゃないか?》」
アーサーはリアンフロンのことをよく知っているからか、この価格設定には当初から否定的なのだ。
「けど、パン一つが五十エルの街よ? 毎日は来られないけど、週に一度の贅沢を……ってお店にしたいの」
実際、今のところ狙い通りの流れにはなっていた。
ちなみに、カフェ・リアンフロンは客単価がこの倍だ。さらにさらに、二番街にある貴族御用達のカフェはそのさらに倍ほどの値段がする。上を見ればきりがない。
「《でもこの分じゃ~その内、席が足りなくなるぞ。特に昼飯時!》」
「その時はその時よ」
これはあまり心配はしていなかった。もし私の店に入れなければ、おそらく近隣の食堂にお客は流れるだろう。待つにしても、ランチタイムに来るお客はそれほど長居はしない。
「上手くいきすぎて怖いわ~」
どこかに落とし穴があるんじゃないかと疑ってしまうのは、ランドルフ家での毎日のせいだ。
「《まあでも確かに、オリヴィアはトラブル体質だもんな》」
「いや! 言葉にしないで! 現実になりそう!!」
そう、こんなことを妖精王が口にしたせいか、それともやっぱり私はトラブルの星の下に生まれた定めなのか……。
「……相談にのっていただきたいんです!」
コーヒーと滑らかプリンの会計中、意を決したかのように突然話しかけてきたのは、ここ一週間毎日お店に来てくれていた男性だった。
「えーっと……どのような?」
笑顔で接客しつつも、私の直感はしっかり働いていた。いや正直、直観を働かせる必要もないかもしれないが……。
「カフェ・レムナントのオーナーは、不可思議なことを解決してくださると伺いまして……」
(ああ~……やっぱり……!)
国立音楽院の講師だという彼は、私の噂を学生から聞いて半信半疑、カフェ・レムナントにやって来たそうだ。チラチラと興味津々にこちらの様子をうかがっている他のお客の前で、この手の話をするのは本当は嫌なのだが、
(目の下の隈が日に日にとんでもないことになってるのよね~この人)
気にはなっていたのだ。眠れてなさそうなのにコーヒー飲んでもいいの? と。
「《もう開き直ったらどうだ?》」
ニヤニヤと面白そうな顔をしたアーサーと、
「《この人間、毎日ため息ばかりついていたよ》」
単純にこのお客を心配しているフォルテ。
(うーん……困ったなぁ……)
できれば『妖精が視える』という《《設定》》は、表に出しておきたくない。トラブル引き寄せ体質というのが現実になってきてもなお、私はその現実から目をそらしたいのだ。とはいえ、泣きついてきた人を無下にできるほど、この世を呪っているわけでもないので……たとえ実家を乗っ取られ、婚約破棄されたとしてもね。
「後ほど……お話、伺いましょう……」
「ありがとうございます……!!」
声を上げて笑っている妖精王の声が背後から聞こえる。
「《面白くなってきた! あの屋敷を出て大正解だったな!》」
客の名はジョルジュ・バロー。音楽院で調律科の講師をしているそうだ。
「その、春先から学院の独身寮で暮らしているのですが……」
一番奥の席に座り、向かい合って話を聞く。彼はコーヒーをお替りし、お客が減るまで大人しく待っていた。
「その……出るんです」
私に自分の真剣さが伝わるようにするためか、瞬きもせずに視線を合わせてくる。
(また!?)
聞いたセリフだ。
「先にお伝えしておきますが、私……幽霊は専門外なんです」
「《妖精が視えるって言えよ!》」
間髪入れずにアーサーが口を挟むが、ジョルジュにはもちろん聞こえていない。
「いえ、お話を聞いていただけるだけで落ち着いてきました。頭が整理できると言うか……」
顔色は悪いままだが、確かに多少悲壮感が薄らいでいる。彼はゆっくりと数か月にわたる奇々怪々な出来事について話し始めた。
「初めは気のせいだと思っていたんです」
深夜から早朝にかけて、窓ガラスを誰かがコツコツと叩くような音からそれは始まった。彼が無視を続けていると、次第に音ではなく甲高い声へと変わっていったそうだ。
「最近じゃあ耳元でキーキーと喚くような声が聞こえて……それも二人分……言い争っているようなんです」
今では不気味さはなく、単純な騒音で眠れなくなってしまい、ほとほとまいってしまっている、という話だった。
「試しに同僚に頼んで別の部屋で寝たのですが、やはり私にだけその声が聞えまして……」
なにか憑いているのでしょうか? と聞かれるが、私は幽霊は専門外だと何度言えば……言わないけど。
「《こいつの部屋に行ってみるぞ! 案内させろ!》」
「えぇー!!」
しまった! ついアーサーの言葉に反応してしまった。
「やっぱり!! なにか憑いてますか!?」
自分の背後を振り返るジョルジュ。不気味さはないと言っているだけあって、戸惑うことなく自分の方や背中に触れている。
「あ、いえ……あの……えーっと……一度、お部屋を見せていただいても……?」
「いいんですか!! 助かります……!!」
もう後には引けない。期待に満ちた目を向けられて、私は平穏なカフェ経営が終わりを告げる音が聞えた気がした。




