9 プレオープン
(順調順調!)
朝からドキドキとしつつ、予定通りにことは進んでいる。お店は今日からプレオープン。
私がオリヴィア・アーレイドとなって――つまり婚約破棄されてからお世話になった人達、そして近隣住人を招いての、いわば試運転。三日間のテスト運営だ。
「《掃除は終わってるよ! 念入りにね!》」
「ありがとう!」
「《コーヒーの準備、始めま~す》」
「頼みます!」
フォルテという最強の店員のお陰で落ち着けていた。事前の打ち合わせ通り、いや、それ以上にテキパキと開店準備を進めてくれている。準備漏れの心配もない。
「《それ、味見したい》」
「また!? 昨日も食べたじゃん!」
「《美味かったからな。出来立ても食べたい》」
一方、妖精王は皿の上に出されたドーナツを一人堪能していた。指定席に座って。
「それ食べたら並べるのくらい手伝ってよね!」
「《妖精王を使うなんて! と、言いたいが……まあ俺は寛大だからな》」
そう言って指を振ると、精霊たちが私が作った惣菜パン(所謂サンドイッチだ)とドーナツを美しくショーケースの中に並び入れた。
(器用ねぇ)
私はというと、プリンを皿に取り出し保冷用のショーケースに入れ込んでいる。手間をかけているだけあって、なかなかうまくできた。
「《《《プディング》》も食べたい! なんでオリヴィアが作るとそんなになめらかになるんだろうなぁ》」
アーサーは私の答えも聞かず、プリンの皿を手元に置いている。
(味だけじゃなくて硬さまでわかるんだ!?)
と、内心驚いている間に妖精王の目の前のプリンは存在感を失っていた。
「よし! じゃあ【カフェ・レムナント】開店します!」
私の声がカフェ中に広がる。姿が見えるのは私だけだが、心強い妖精が二人もいるからきっと大丈夫だろう。
「いいですか?」
「どうぞ! あ、いらっしゃいませ!」
一番最初のお客は、カフェ・リアンフロンのオーナーである、アーノルド・リアンフロン氏。
「敵情視察です」
ふふっと穏やかに笑うこの紳士にはなかなか勝てそうもない。まあそもそも勝負の土俵が違うとお互いにわかっているが、そう言ってもらえると奮起できるというものだ。
予定通り、受付カウンターで注文を受け付ける。今日はあらかじめ渡していたプレオープン用のチケットがお金代わり。文字メニューとショーケースを確認し、一瞬ニヤッとしたかと思うと、
「なるほど、面白い試みですね」
そう言って、ベーコンとチーズの惣菜パンと、《《アイス》》コーヒーを注文した。
「冷たいコーヒーとは珍しい」
「もう少し暑い日が続くとより美味しく感じるとは思うんですが」
この国にはぬるいコーヒーはあれど、冷たいコーヒーを私は飲んだことがなかった。
私のカフェはメニューこそ少ないが、ちょっと珍しい、だが試してみるのも悪くないと思える飲食を提供しようと考えているのだ。
ちょうど品物の乗ったトレーをリアンフロン氏に手渡したタイミングで、今度はホテル・アルカディアの支配人とベルボーイがやって来た。
「【なめらかプディング】をお願いします」
「自分はチョコドーナツを!」
この二人は紅茶を、とのことだったので、ポットとカップのセットを渡す。小さな砂時計付き。
「少し蒸らしてからどうぞ……って、ご存知ですね」
「あはは! いや、これはゆっくりできそうだ」
給仕がいないから自分で注いでください、と紅茶ポットごと出すカフェが帝都にあるだろうか。ベルボーイが屈託のない笑顔を見せてくれてホッとする。
さらにその次に店に入って来たのは向かいのパン屋のご夫婦。惣菜パンの仕入先だ。店内をキョロキョロと、恐る恐る足を踏み入れているのが印象的だった。
(幽霊バルって思われてたんだもんねぇ)
引っ越しの挨拶をした時は、これでもかと目を開いてかなり驚いていた。おそらく彼らが一番フォルテの気配を身近で感じ取っていたのだが、アリロべと同じように『嫌な感じはしなかった』ということだったのでその後は私を含めこのカフェを受け入れてくれた。
「おぉ! こりゃ美味しい……!」
「なるほど硬さにこだわっていたわけねぇ」
夫婦は全種類の惣菜パンを綺麗に平らげていた。私としても一安心だ。
「そのうちまた別のサンドイッチの相談もしたいのでよろしくお願いします!」
余裕があればフルーツサンドを店に出したい。見栄えも綺麗だし、なにより私が食べたいというのもある。
「大歓迎! パンも作り甲斐があるってものよ」
「いや~楽しくなりそうだ」
店内がほどよい幸福感に包まれていた。
(ああ~これよこれ……!)
カウンター脇にある蓄音機が、軽やかな旋律を店内に流している。
残念ながらあのピアノはいまだに演奏者が決まっていない。
(私が弾けるのは高速”ねこふんじゃった”くらいだし)
その後やって来たお客も全員、店のピアノに注目していた。リアンフロンで働いていた時の同僚が、
「おどろおどろしい物かと思ってたけど、いたって普通の綺麗なピアノですね」
正直な感想も聞こえてくる。
(う~ん。やっぱり幽霊が出るって噂の影響はあるかなぁ)
プレオープン中に来てくれたお客は、私を応援してくれている人達だ。幽霊の噂を知っている上で来てくれるあたり、心から感謝しなければいけないだろう。だが、一般客はそうではない。不気味だと感じれば近づくことすらないだろう。
「それほど心配いらないでしょう。人の噂は上書きができます」
ウキウキでやってきた家屋仲介人のアリロべは何故か自信満々だった。ちなみに彼は、全商品を全てペロリと食べてしまった。
「二号店を出すご予定があればすぐにご相談を!」
「気が早くないですか!?」
本格オープンを前にこれだけ評価を貰えたという点は悪くない。
こうして、プレオープンはなんとか好評のうちに終えることができた。
「やっぱり事前準備ね! この感じで行きましょう!」
「《オー!》」
フォルテが勢いよく拳を上げる。彼は十年分のやる気が漲っているようだった。
「《まあ、一番の功労者は俺だがな!》」
「なんて!?」
アーサーは不埒な輩を追い払っていたそうだ。いつの間にそんなことに? だが詳細は教えてくれず、この日は自分の功績だけを主張し続けていた。
これは後日知ったのだが、どうやらバンディッド家の兄弟がこのカフェに近付いていたそうだ。なるほど、兄の方はともかく、弟の方は間違いなく”不埒な輩”。よくやったぞ妖精王!
「やっていけそうでよかった~」
具体的なオペレーションだけでない。楽しい、という感覚が私自身にわいたことに安心した。自分で作り上げただけあって、このカフェのお仕事は自分にあっているようだ。
「一般のお客さんも来てくれるといいなぁ」
「《ごめんね……僕が余計なことしてたから……》」
しょぼん、とフォルテが俯く。私もそしてアーサーも少し慌てて慰めた。二人揃ってすっかり絆されているのだ。
「《不可思議なことが起こるカフェってので売り出せばいいんだよ》」
「そうそう。ご近所さんからも好評だったから、アリロべさんが言う通り、少しずつ噂なんてなくなっちゃうよ」
この時私達は全く知らなかった。ここカフェ・レムナントが、
『不可思議なことを解決してくれるカフェ』
として、帝都中に噂が徐々に更新されて行っていることを。




