第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・21
長った1日の陽が落ちようとし、何もかも真っ赤に染め上げていく。
あの後、ティアは大規模詠術を唱え、この里のすべての獣を屠殺した。
どこからともなく侍女達が現れて、生き残った里人達を監督しながら里の玄関で死んだ獣をあの全天候型飼育施設に運んでいった。どうやらそこですべての獣を長期保存できる食材へと加工するらしい。
その様子を見ながらぼんやりナナシは考える。
(もしかしたら北の狼族の生き残りも、こんな風にティアの侍女が面倒をみているのかな)
「ナナシさん、お待たせしました。行きましょうか」
行先は全天候型飼育施設の地下、本来のご神体のある場所だ。
「道すがら、ライラとダリネのこと、すこしだけお話してもいいですか」
普通、暗殺者の死など誰も省みない。雇い主であったとしてもだ。
ナナシはゆっくりとうなずいた。
「ライラはとっても真面目な子でした」
軍人の貴族の子だったこと。
ラティカ軍には女性は入れないこと。
「ライラの家系は軍属の傍ら、代々孤児院を経営していました。そのため女である彼女の将来の選択肢は他の貴族のもとへ嫁ぐか、孤児院の運営側に回るかだったそうです。そしてライラは後者を選んだ。もし嫁ぐことを選んでいたなら、全然違う人生を歩んだでしょうね」
──私と出会う事もなかったでしょう。
そう、ティアの表情には書いてある。
「傭兵であるナナシさんは、見たことはなくても、『献身なる盾達』はご存知ですよね?」
ナナシの眉間に皺が寄る。
「まぁな。さすがに戦場で出くわしたことはねぇが、平時の時のあいつらを餓鬼の頃見かけたことはある」
見てはいけないもの見てしまった。そう幼いナナシは夢でうなされたものだ。まわりの大人達が渋面だったのも拍車をかけた。
『献身なる盾達』は戦術であり、また構成員全体を指してもいる。指揮官以外全員去勢された男達で構成された軍団であり、戦場では友軍としても出会いたくないと恐れられる集団だ。
彼らが取る戦術はたった1つ。突撃のみ。指揮官の『獣面の男達』が一度号令を発すれば彼らは突撃を開始し、それは死ぬまで止まらない。行く先が断崖絶壁であろうとも彼らは突撃し、相手が照合が済んでない神罰獣であろうとも彼らはまったく恐れずに突き進む。そして最後には突撃した彼らごと『獣面の男達』の詠術で吹き飛ばす。
人的被害は当然凄まじいが戦果も絶大だった。なんせ数が違う。百から千単位の武装の塊が整然と怯みもせずに突っ込んでくるのだ。野戦拠点くらいならそのまま踏み潰してしまう。
アムトの詠術師、"熱き手"ロウムは珍しく怒りを抑え切れない口調で呟いていたのを思い出す。
『ただただ詠術時間を稼ぐために何百人死なせるんだ!』
「ライラの一族が経営していたのは表向き孤児院で、その実体は『献身なる盾達』の養成所の1つでした。女の子は適齢期になれば『母』となり、男の子は訓練を経て『盾』とする。その事実を知ったライラは父親に懇願しました。自分が運営費を稼ぐからもう盾にするのはやめてほしい、と。一緒に訓練するうちに情が移ったのかもしれませんね。父親は了承し、実の娘を暗殺者に仕立てました。需要があると踏んだのでしょう」
実際堅実な仕事をするライラは貴族達に好評だった。しかし長くは続かない。
大陸間戦争が勃発したのだ。
「ライラが任務に出ている間に、父親は戦費を稼ぐために女の子は全員娼館に売り払い、男の子もまた訓練の完了を待たず全員連れて行ってしまいました。帰ってきたライラを待ち受けていたのは父親と兄弟達の戦死、『盾』達は他の軍団に吸収されたという知らせでした」
その後、ライラは暗殺者を殺す暗殺者となった。
暗殺者がどうして暗殺者を殺す側になったのか、共感するにはナナシはライラを知らなさすぎるとは思っていても。
(自分を赦せなかったのか、ライラ)
知ったふうなことを想像しそうになる頭をナナシは横に振った。
暗殺者を恨む者は当然多い。そこにも需要はあった。ただ、暗殺者を殺す暗殺者は同業者に厭われる。
「ライラは同業者に謀られて私の暗殺を引き受けたのです」
もう不可能依頼として裏では有名だったアリスティア暗殺を請け負ったライラは、まず侍女達から排除しようとした。
「それを察知した私は当時いた侍女達を全員王都へと使いに出して、私1人でライラを迎えました。思い出すなぁ」
姫は淋しげに微笑む。
「あの子は初対面の私を叱り飛ばしました。『普通逆だろう! 暗殺者は使い捨てなんだから盾にしろ。なんで主が守るんだ!』って。だから私は言い返しました。うちの子はもう暗殺者じゃありませんよって。今でもライラの驚いた顔を忘れられません」
ティアは上を向いた。ナナシは気がつかないふりをした。
「ライラは真面目な子でした。変に生真面目で融通がきかないところがあって。そこをダリネに利用されてしまったのね。ダリネは手段を選ばない子だから。私、ちゃんと言ったのに。外に出たら、私の事を守らなくていいって。私、言ったんだけどなぁ」
全天候型飼育施設へと着いたが、姫は施設内へとは入ろうとせず、通り過ぎる。
「この地下にあるんじゃないのか?」
「ええ。ですが入り口は施設の中にはないのです」
「そう、なのか?」
なにか、どこか違和感を感じながらもナナシはティアについていく。
「ダリネも貴族です。でもライラと違い、ご両親は戦争ではなく、私のおばあちゃんと占い師によって殺されました」
「例の、アレか」
一昔前のラティカの異常処刑事件は他国でも有名だった。王専属の占い師が指名するだけでいきなり絞首刑となる。
「ダリネには兄がいて、両親を失った幼い兄妹は別々に引き取られたそうです。兄は親戚の貴族のもとへ、妹ダリネは貴族専用の違法産院へ売られていきました。ダリネは病弱と思われていたから、切り捨てられてしまったのですね」
「違法産院?」
「この里も勘違いしているのですけれど、母となる人のモトの器が大きければ、産まれてくる子のモトの器も大きくなるなんて迷信が、現代でもはびこっているのです。貴族は全員モトの器が大きいとされていますが、そうじゃない子も当然産まれてくる。跡継ぎ問題に途方に暮れる貴族が大金をもって訪れるのがその違法産院です。つまりモトの器が大きい母となる子を提供する、と」
「吐き気がする」
「同感ですね。意味がありませんし。侍女達と大分潰しましたが、ダリネの時は私、まだ生まれていませんでした」
ダリネの家族が離散してから数年後、その産院を兄は訪れる。
「兄は兄で裏家業を手伝わされていました。誘拐から恐喝、果ては殺しまでする、いわゆる危険ななんでも屋です。中堅どころの貴族はそういう輩を子飼いにすることが多いのですよね。それに都合も良かったのでしょう。ある程度教育を受けていて、手を汚させても気兼ねない親戚の子なんて。いつでも切り捨てられる。でも頭角を表した兄はダリネを迎えに行くことができるまでになった」
兄と妹の再会は極めて凄惨なものとなった。
「判明していることは、その日ダリネは違法産院にいた人間を皆殺しにした、ということです。兄の死体もそこで見つかっています。その事件で殺人鬼『雨林のダリネ』が世間に知れ渡りました」
ダリネ。
その名前を聞いてナナシはどうしても彼女の最期の会話に引き戻され、独りごちる。
「あいつは結局何がしたかったんだ?」
結局のところ、死者は出てしまってはいる。この里の中心人物達はダリネに、里の数人は馬型神罰に。
(ダリネ、お前は何がしたかったんだよ? ティアは金塊まで用意してこの里を見捨てようとはしてなかったんだぞ)
犠牲は出た。しかし6万の神話獣が発生するかもしれなかった状況を鑑みれば、奇跡的とも言える被害の少なさだ。
ティアが立ち止まる目の前には、背丈を超える大きさの巨岩があった。
話しているから時間はあまり気にならなかったが、日がすっかり落ちきっている。飼育施設からはかなり離れていた。
そのほっそりした白い手が触れると細かく亀裂が入って無音で崩れ去った。
出てきたのは、北の狼族のところにあったあの黒い滑らかな壁だ。
「なあ、お前言ってたよな? 400年前ここの狩師が全滅して、残された子供は狩業なんてなんにも知らないって。救い主が教えたのは狩業ではなく畜産だと。だとするならここは今の里の奴らは知りもしないんじゃないのか?」
「ええ、そうだと思いますよ」
「じゃあ、ここって里を経由しなくても来れるのか?」
「ええ」
端的に答えながらもティアは壁に手を置いて、やはりあの時と同じように黒い壁を開く。
そこからも北の狼族の時も全く同じだった。ティアの背に黙ってついていきながら、あの音も振動もない昇降機に乗り込む。
ナナシの頭の中は違和感と今まで聞いてきた言葉がぐるぐると回っていた。
『東に向かいます』
『私の詠術に、あなた方の同意なんて必要ない』
『ダリネに利用されてしまったのね』
『これから、するのよ。リセ様のお心をお守りするため……』
『もう保たない私なんかのためでもこの里を見捨ててしまう』
昇降機の扉が開き、だだっ広い空間が視界に飛び込む。その中央には例の墓標のような装置が鎮座している。
そこへ向かうティアを昇降機近くで待つことにしたナナシは思う。
(ダリネ、お前の主は結果的にこの里を救ったぞ)
「あ」
思わず声が出た。
結果的に。
朝、ナナシには気になっていた事があった。この里の行く末だ。金塊が手には入ったところで、この里には暗い未来しか用意されていなかったはずなのだ。畜産を、大量の獣品を用意できなくなった木猫族は、理由はどうあれその落とし前を闇市の元締めをしている貴族に絶対にとらされるからだ。
しかしそうはならない。なぜならここはアリスティア姫の庇護下に入ったからだ。
もとが闇市だったせいで表だって姫を糾弾できないし、裏にはあの侍女達がいる。おいそれと簡単に手出しはできない。
結果的にこの里は本当に助かったのだ。
なぜそうなったのか。それはダリネが介入したからに他ならない。
ナナシの中で腑に落ちなかった言葉の数々が全て繋がった。
「どうかしましたか?」
どうやら考え事に没頭している間にティアの作業はとっく終わっていたらしい。
「ああ、いや……」
不明瞭な返事をするナナシを訝しみながらも、ティアは昇降機に乗り込もうとする。
「あの子が、ダリネが何をしたかったのか」
地上に戻る昇降機の中で、不意にアリスティア姫はナナシは見ずに言う。
ナナシは驚いてその横顔を見つめる。
「気付いたのでしょう。あの子がしたかったこと」
(言わせたいんだな、いや責められたいのか)
しかし、ナナシは思い出した。ダリネの最期の言葉を預かっていることを。
だからナナシは静かに語り出す。
「ずっと疑問だった事があるんだ。ダリネは何がしたかったんだろうって。ティアの心を守りたいって言ってた。ライラとは守り方が違うと」
「そんなことを言っていたのですね、あの子は」
「ようやくわかった。こう考えればダリネのやりたかったことがわかる。ティア、お前がこの里を救う気がなくて、その計画も初めからなかったと考えれば。急遽予定を変更したんだ」
「どうして、そう思うのですか?」
「だってそうだろう? お前には透明になれる業と道具があって、ここはそもそも木猫は放棄している。ここの入り口だって、里の玄関からも、当の住処であるあの飼育施設からも離れているから里の人間と接触する必要がない。最初の計画はおそらくこうだったんじゃないのか? まず里に寄らず真っ先にここにくる。そして獣を皆殺しにする詠術を行使した後、装置を正常化する」
ティアは何も答えない。否定もしない。
「これならやりようによっては木猫はおろか、隣にいる俺ですら、もしかしたらなにが起こっているのかわからないまま全て終わっていたかも知れない。素人の暗殺ごっこにも巻き込まれず、無理にモトを抑え込む必要もなくて遥かに安全だ。でもしなかった。ここにダリネが潜入したことがわかったから。ライラがそれを教えてしまったんだ」
ティアは目を閉じたまま、反論する様子もない。
「俺はてっきりライラは単純に邪魔だからダリネに排除されたと思っていた。もちろんそれもあるだろう。でもお前はさっきぽろっと言ったんだ。ライラは利用されたと。俺は覚えているよ。お前はライラの死体を見たときこう言ったんだ。『確定した』と」
「聞こえていましたか」
「獣富の地の話をしたとき、答えは御神体にあると言っていたよな。夕刻には着くと。でも里へ着いたのは夕刻ももう終わりかけだった。本当は真っ直ぐここにくるつもりだったんじゃないのか? それがライラの死体を発見してダリネの仕業だと言った時、里にダリネが潜入にしている話になった。でもこの御神体のところへ向かうだけなら里に潜入しているダリネなんて無視して問題ないはずなんだ」
むしろ回避するのが当然だ。御神体に行くのに、里を経由する必然がないならむしろ里には危険しかない。ダリネを除いても毒殺を里側は企んでいたからだ。
「そう、俺が一番最初に違和感を感じたのは里へ着いた時のイデラに対するお前の高圧的な態度だ。あの時もう気づいていたんだな? あれがダリネだと」
『赦します』
『だってリセ様はお赦しをくださったのだから。いつか驚かそうとこの本当の姿も声も、リセ様に披露したことはなかったのに、ひと目でリセ様は見抜いてしまわれて』
「そして急遽、予定を変更しダリネの計画に乗ったんだな? ツァイ達がダリネの業で宙に昇った時、俺は最初陽動かと思った。でもそうじゃない。この里が今後存続するためにすんなりティアの庇護下に入るには、ツァイ達旧支配者が邪魔だし、里人が納得する交代劇が必要だったんだ。この里を本当の意味で救ったのはダリネ、あいつだ」
昇降機が地上にたどり着き、しばらく黙ったまま進んでいたティアは、外に出てようやく口を開く。
「私はね、ナナシさん。選ぶしかないならより多くの人を救うほうを選びます。それは少数を切り捨てる、ということです。いつだって私はそうするし、そうしてきた」
もうすっかり周囲は闇に包まれている。
「御神体がモトを吐き出し続ける暴走が始まれば、真上にある飼育施設内が真っ先に影響を受けます。未曽有の災害が起こったでしょう。どれだけの被害がラティカだけでなく、周辺国にも出てしまうのか想像するだけでも恐ろしい。それに比べればこの里1つの壊滅はどう考えても少数です。この里を切り捨てれば多くを救える。だから木猫族に接触する気なんて毛頭なかった。別にあなたに詳しく伝えることもなく、ここにいる獣を殺すだけ。そうすればこの里は自滅するわ。他に生き方を知らないし、カレドアージェかその子飼いの貴族が勝手にどうとでも始末をつけるでしょう。でもライラがここにダリネがいると伝えたあの時に、私はダリネのやろうとしていることがわかった。あの子はより、少数があると私に示したの。つまりね、この里の指導者層と自分自身を犠牲にすれば里の人達も救える、と」
立っていられなかったティアは地に膝をつけて叫ぶ。
「そんな案私は採用なんかしない! それがわかっていたからあの子はライラを排してまで勝手にはじめてしまった。そう、あの子は私につきつけたの。いつだって小を切り捨てるなんて言いながら、例外をつくっている、と。私はね、ナナシさん、あの子達が大事になっちゃってた。いつだって小を切り捨ておきながら自分の時は適用しないなんて狡いことをしようしているとダリネは身を持って示したのよ」
「違う、そうじゃない! ダリネは言ってた。あんたが優しすぎるから、この里を見捨てたら自分を責めてしまう、と。ダリネはあんたを責めようとしたんじゃない、守ろうとしたんだ、後悔から!」
その言葉でも姫は自分を責めることを止めない。
「もうあの子の寿命は尽きようとしてた、最期くらい私を忘れて欲しかった……」
ナナシは今こそ伝えるべきと判断した。ダリネの言葉はきっとティアの救いになる、と。
「ダリネの最期の言葉を預かっている。『私はあなたのおかげで本当の私になれた。本当の人生を生きることができた。感謝しています』と」
驚愕に目を見開き、ティアはナナシを見つめる。その喉から迸る、涙混じりの絶叫。
「違うの! ダリネ! ライラ! 違うの、私、違うのよ!」
両手で自らの髪を思い切り掴む、アリスティア姫の顔は確かに絶望で埋め尽くされていた。
「これが私への報い……」
耳を覆いたくなるほどの悲痛な叫び声を上げる姫を前に、ナナシはなにもできず茫然と立ち尽くした。




