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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・20

(もう追いつく!)


 ティアと分かれ、走る速度を上げたナナシは相手を追い詰めていた。向こうの足はそんなに速くはない。


 一気に距離を潰そうとするナナシに、相手は来ていたワンピースを一息に脱いで投げつけてきた。瞬時、ナナシの視界が塞がる。


「時間稼ぎにもなんねぇよ!」


 避けるまでもない。そう判断して拳で振り払う。

 開けた視野に飛び込んできたのは先ほどのまで追いかけていた女ではない。子供だった。身の丈にあう侍女揃いの漆黒のワンピースが妙に似合う。


「イデラ!?」


 確かそう名乗っていたはずだ。始めてこの里の来たとき、最初に出会った幼い少女は。


 目を離したといってもほんの一瞬で、そんな僅かな間で大人1人が消え、なにもないところから別人が現れるはずがない。となれば目の前の年端もいかない少女は、先程までの女と同一人物のはずだが、背丈も容姿もそれこそ大人と子供ほど違うのだ。ナナシは困惑と警戒で足が止まる。


 イデラと名乗った少女は、初めて会った時と顔は変わらない。髪型、眉毛、大きな瞳、薔薇色の頬。夕暮れに浮かんでいたそれはどれも見覚えがある。しかしあの時のあどけなさは微塵もない。


「ええそうよ。そう名乗ったわね。この里で、あなたに」

 表情1つでわからせられる。今のこの艶やかな微笑みはとても幼い少女にできる眼差しではない。


「まさかお前がそうなのか? こんな餓鬼が、あいつの侍女ダリネ!」


「失礼な人ね。餓鬼だなんて。あなた17、18くらいでしょ? 私はこれでも30は数えるわ」


「それが得意の変装技術ってわけか」


「いいえ。これが本当の私の姿よ。初めて披露したわ。リセ様にだって秘密にしてた」


 ナナシは警戒を解かない。俄には信じがたいが、はったりとも思えない圧がある。なによりも今ならわかる。人殺し特有の雰囲気を纏っている。


 ナナシは長剣をいつでも振るえるように抜き放ち、じりじりと距離を詰める。


 そんなナナシに対し、袖口から何かを取り出したダリネは胸の中心で構える。

(ナイフ、いや短めの杭か?)


 両手で包むように杭を持っているようにみえる。その手のひらの内側がバチバチと青白い光を明滅させていた。

(いやあいつ、なんだ、手の中で杭が浮いてる! 握ってない!)


 そうわかった時、ナナシは横に飛んだ。その脇を短い光線が駆け抜けいく。


「あら、やっぱりガウスガンをお避けになるのね。でも正面から撃ってるんですもの、正直これくらいは避けてもらわなくては、納得できませんわ」


「余裕のつもりか、ベラベラとよぉ!」


 射出された銀色の杭の速度は、強弓から放たれた矢と遜色ない。恐らくはその威力も同様だろう。しかし弓と違って予備動作も音もない。いきなり致死の閃光が届く。


 この業こそ、近接戦闘の達人ライラを殺した業だった。ダリネの変装、変声技術でダリネになりきったイミタを使い正面に気を引かせつつ、ライラに感知されない中距離かつ背後からナイフに似た杭を無音射出したのだ。


「ふふ、仕組みは私もよくわからないの。前にリセ様に習ったのだけれど。磁力? の力で放つとか」


 ナナシの嫌な予感は的中する。たった1発で終わるはずがない。パラパラと数えきれないほど鈍色の杭がダリネの袖口からあるいは裾から湧き出てきたのだ。


「でも大事なのはどう使うか、ですよね」


 ナナシは素早く長剣を納刀、大剣へと換装した。


「磁界展開」


 ダリネの詠唱で、無数の杭が彼女の周囲に浮かび上がる。


「翻れば雲、覆せば雨」


 その言葉で一斉に、まさしく雨のごとき無数の杭がナナシに迫る。大剣を盾代わりに、すぐに甲高い激突音が響き渡る。


「リセ様に教わったの。非力な私があなた様のために戦うにはどうしたら良いのですか、と」


 大剣で防ぎつつ、ナナシは半円を描くように駆ける。

 投げ刃も矢も尽きている今、距離を詰めるしかナナシに反撃の術がない。


「守るだと! 裏切っておきながらよぉ!」


 下半身を集中的に狙われていた。確かに足を止めたなら終わる。


 瞬時の違和感、再生される言葉。


『やりたいことと、やらせたくないことは表裏一体だぞ』


 あの人の教え。


 杭の奔流に混じって、地に走る白い蛇状のものが高速で向かってくるのをナナシの視界に辛うじてひっかかった。


 その意味は考えず、ナナシは地を思いっきり蹴って飛び転がる。態勢を大きく崩す危険を冒してもあの白い蛇みたいなものからは距離を取るべきと判断した。


「あら、残念ですこと。引っかかってくれたらツァイさん達みたいにお空の散策へお誘いしたのに」

(やはり、あれが)


 あの時、ツァイの足首に白い蛇みたいな糸が巻き付いていたのは見間違いではなかった。


 受け身をとって間髪、また走る。

 杭の雨は止んだ。弾切れの好機。ナナシは跳ねる、一気に距離を詰める。

(どうとでもなる!)


 ダリネの立ち振る舞い、呼吸の仕方、身体の使い方。そのすべてがナナシに教えてくれる。ダリネに体術はない。近づけば勝負はつく。


「では、1人でまいりますわ。私は1人きりの散策も結構好きなの」


 ダリネの背中からチロチロと糸が数本伸びてくる。それはさきほどナナシに向かってきたものと全く同じだった。細かく振動すると、ふわりとダリネの身体が浮き上がる。


「ごめんなさいね。私は身体を動かすのは苦手だから。あなたみたいな強そうな方と一緒に踊ったら、身体が千切れちゃいそう」


 瞬く間にナナシの間合いから離れ、空を舞うダリネ。

 明滅する蒼白い光が蝶の翅を象り、その幼い容姿も相まっておとぎ話の妖精を彷彿させる。


「だから、踊るなら1人で踊ってくださる?」


 弾いて地面に転がっていた杭が、意志ある如く独りでに浮き上がりダリネへの下へと帰っていく。


「全く詠術師はこれだからよぉ」


 再び猛烈な銀の豪雨がナナシへと降り注ぐ。今度は届く間合いにダリネを欠いたまま。


「蜘蛛は空気中の電場を利用して空を舞うわ。自然界にあることならモトは再現できる。何倍にも増幅して。そうリセ様が仰っていた」


『ねぇダリネ、モトはね、詠術のためにあるのではないの』


「これがリセ様が私に授けてくださった力、『雨林』。いつだって私、雨を降らすことができるようになったの」


「あーあ、そうかよくそったれ!」


 走る走るナナシ、駆け抜けた地面に突き刺さる杭の群。

 弾切れはない。尽きるのはナナシの体力か、ダリネの体内モトか。


「上手上手、踊るのがお上手ね」


 歌うようにナナシを誉めるダリネを見上げてナナシは顔をしかめた。空の彼女のさらに上、杭というより柱が浮かんでいた。


 横倒しで迫る柱。避けるための空間と選択肢を奪う暴力。


 普通ならば。


「舐めてんのか!」


 ナナシの大剣が柱を切り砕く。


「まあ、野蛮」


 ダリネの微笑みは絶えない。ナナシの攻撃は所詮届かない。


 杭も砕かれた柱の破片すらも、浮遊するダリネに再び集まりはじめる。


 そして、それに混じりナナシも飛び上がる。


「あらぁ?」


 ダリネのいる中空は、人の跳躍で届く高さではない。ダリネの知る限り最強の、化け物じみた身体能力を持つクラリス侍従長ですらこの領域にはこれない。


 ナナシはまるで突き殺すと宣言するように切っ先をダリネに向けている。


 剣もまた磁力で引き寄せられる。それを期待して空に飛び出したとするなら愚かしいにも程がある、とダリネは笑顔の裏で呆れた。


 別に杭を引き寄せる力を解除しても、ダリネの浮遊にはなんら問題はない。


 足の裏と、背中から伸ばした人蜘蛛の糸束に電荷を付与し、空気中にある電場に反発させて浮力を得て、妖精のような飛行を可能としているのだ。


 仕組みはわかっていても誰もができるわけではない。大気電場は常に変動する不安定なものだ。自分の記憶を体内モトを使って空気中に放出し、また他人の記憶を読み取ってしまうダリネだからこそ、電場の位置も感覚的に掴みとってできるのだ。


 落下が始まったら打つ。ダリネは決めた。もう殺す。

 柱を剣で砕くその膂力、クラリス侍従長を超えるかもしれない跳躍力にも驚かされたが、考えうる最も悪手を相手はとった。


「私より弱いのでは、しょうがない」


 ダリネが前方の磁力を解除した時、ナナシはダリネの予想のさらに斜め下の行動をとった。剣を手放したのだ。


 ダリネは声を出して笑った。あまりにも馬鹿。


「その剣、私が返してさしあげますね」


 向こうが手放したなら、また磁力を展開するだけだ。

 剣がダリネに向かっていった時、ナナシも微笑む。


「余計なお世話だぜぇ、別によぉ!」


 ダリネはようやく気付いた。剣の柄とナナシの腰のあたりが糸でつながっている!


「直してくれたんだぜ、てめぇんとこの姫さんがよぉ!」


「だとしても!」


 ギュルギュルと不協和音を鳴らしながら近づこうとするナナシに、驚きはしても何のことはない、磁力はまた止めればいい。おろかな剣士は落下するだろう。

(なんて考えてんだろう!)


 ナナシの狙いは2つ。ダリネの意表をつく。そして、もう一度剣を掴むこと。


 ダリネは空中戦は自分しかできないと思い込んでいる。確かに自在に舞うことはナナシに出来ない。でも、舞う必要はない。ただ、届けばいい。


 愚者両刃の時のナナシなら空を駆けることができた。それは暴走させた筋肉だからこそできた力業だ。通常時ではあれは再現出来ない。しかし空でもう一度推力を得る方法はもう1つある。


 伸ばした手で再び大剣を掴む。身体を思い切り丸める。

 そして、身体を縦に回転させながらその勢いで大剣を今度は思い切り斜め下に投げつけた。


 身に付けている物を下に投げつければ反動が上へと得られる。下に投げる物が重ければ重いほど、得られる推力もまた強くなる。


 天使『あざわらうもの』との空中戦で戦闘機ビルレストと一体化していた時、装甲が剥がれ落ちる度推力が上がったとナビAIがナナシの脳内に逐一書き込んでいたのだ。

 今、この瞬間だけナナシはダリネの業よりも高く速い。


「墜ちろ!」


 振り上げた手刀は驚愕に目を見開くダリネをついに捉える。顔を防御する左腕ごと振り抜く。

 見かけ通り軽い身体は悲鳴とともに地に叩きつけられた。


 当然、ナナシも落下した。しかし両者の損傷は違う。受け身をとったナナシは直ぐに立ち上がった。


 そして、わかった。勝負はもうついていた。


 ダリネはもはや虫の息だ。手刀を受けた左腕は砕かれ、まともな受け身を知らない小さな身体は両脚ともに折れている。


 長く苦しませることはない。止めをさしてやるべく近づくナナシに、聞いたことのない音が向かってきた。


「なんで、こんなときに!」


 音の正体は姫が教えてくれた獣、馬だった。こちらに猛烈な速度で駆けてくる。


 そして、まるでダリネを守るように間に立ちはだかった。


 ナナシは急いで下へ投げた大剣を回収する。

 その間にダリネは馬にしがみついた。


「ちゃんと強い、のね。安心した……。試さなくてもよかったかも、だけど、納得したくて……」


 息も絶え絶えのダリネはそれでも馬を支えに立ちあがり、笑みを浮かべていた。


「試すぅ? 安心だぁ?」


 警戒しつつ剣を構え直すナナシは、じりじりと距離をつめる。馬という獣が読めない。なぜダリネに寄り添うのかも。


「最後の、お茶会で、リセ様は仰ったの。これから友達に逢いに行くの、と。私達侍女がみなどんなに喜んだことか……」


「何を、言ってる?」


「私達侍女は、みんな自分のことを化け物だと思い込まなければ自己を保てない、哀れな愚か者ども……。みんなリセ様に人間にしてもらえた、リセ様だけを置き去りにして」


「それを裏切ったんだろう、お前は!」


 違う。内心では否定しながら、しかしナナシはそう叫ばずにはいられない。


「ライラを殺したことを言っているなら方針の違い、だわ。あの子と私ではリセ様の守り方が違う……」


「じゃあ、お前はなにをしたかったんだよ?」


「これから、するのよ。リセ様のお心をお守りするため……」


 その懐からナイフに似た杭を取り出すと、ダリネは自分の首に押し当てた。


 ナナシはギクリとする。脳内で急速に会話が繋がっていく。


『生き物が死ぬと、その体内モトは空気中に霧散していきます』


『神罰はモトが引き起こしているってことじゃねぇか!?』


 ダリネのやろうとしていることが、繋がっていく。

 普通、体内モトはすぐには他の生き物には吸収されない。


『彼女の体内モトは特殊で、呼気とともに排出される体内モトに、彼女自身の記憶が保存されたまま他者が取り込めてしまうのです。そんなことは通常有り得ません』


 ダリネの体内モトは普通じゃなかった。


「私の業は大勢は苦手……。ツァイの思想を根本から変えることもできない。でも妹を殺して狂った男の妹にはなれたし、獣にも効く。リセ様のモトでは強大過ぎるけと私のモトなら」


 杭の持ち手とは逆の手で馬を撫でる。


「おい待て! はやまるな、落ち着け」


 ダリネの笑みにもはや生気は宿っていなかった。


「もう保たなかったの、私の命。血しか飲まず、長生きなんかできるわけない。私はあなたなんかに殺されるんじゃないの。この命、すべてリセ様のため……」


「てめえ、最初から」


「命を絞れば、私の業でも神罰獣にも通じるわ。私の想いをこの馬は運んでくれる。私のモトを吸い取って」


「そんなんわかんねぇだろう!」


「いいえわかるわ。だってリセ様はお赦しをくださったのだから。いつか驚かそうとこの本当の姿も声も、リセ様に披露したことはなかったのに、ひと目でリセ様は見抜いてしまわれて。また、喜んで欲しかったな。初めてお逢いした時みたいに。楽しそうに笑ってくださったのよ、私の業で」


 目の閉じたダリネのまぶたには浮かんでくる。昨日のことにように、侍女になってからの日々が。


「幸せだった。穏やかで賑やかで。侍女はみんな人間になれたの。リセ様だけを孤独にして。優しすぎるわ。だからこそ、もう保たない私なんかのためでもこの里を見捨ててしまう。それで後悔してご自分を責めてしまうわ。そんなこと駄目よね。ここにいるお馬鹿さん達に神罰獣はいるってことを教えてあげなくちゃ」


「おい、やめろ、あいつはライラの死で傷ついた。それはつまり、つまり」


 言い切らない内に満足そうな微笑みをダリネは向ける。


「リセ様もね、きっと人間になりたいのよ。私達ではお手伝いできない願い……。ねえあなた、リセ様に伝えて」


 最期の言葉を言い切って。


「やめろ、やめろ!」


 制止に叫ぶナナシの声を振り切って。

 ダリネは自分の首を掻き切った。

 降り注ぐ、彼女の雨。


 ──ああ、やっぱり私雨は嫌いじゃないわ。だってこんなにも、暖かい。


 彼女の返り血を浴びて、命から漏れ出すモトを吸い取り馬の皮膚が裏返る。


 その背に力強い翼を生やし。


 その額に一本の角を伸ばし。


 死にゆく彼女に別れを告げるように鼻を寄せた後。


 神罰と化した馬は曇り空を駆け上がる。


 ナナシの叫びを置き去りにして。


 里人達が集まる方へ。



 飛び立った馬型神罰を追いかけるナナシの耳に、怒号混じりの金切り声が届き始める。


「まさか応戦しようとしてるのか!?」


 馬鹿野郎どもが、とナナシは身体の痛みを無視して全力疾走する。


 神罰には詠術をぶつけないかぎりなにも効かない。どころか、より厄介に形態進化してしまう。


 ナナシは歯噛みした。


 木猫は神罰を信じていない。それはつまり神罰に対する知識もないということだった。


「ナナシさん!」


 大人1人引きずって移動しているティアがナナシに気づいて前方から呼びかける。


「無事だったか!」


 ひとまずナナシは安堵した。特にティアに怪我があるようには見えない。抱えている人間はティアが追いかけていたほうだろう。


「そいつは、イミタ!?」


「事情は後で。それより神罰がでましたね」


「ああ、俺も後で話す。今のところ1体だけだ。急ごう」


 生気のないイミタを後で戻ると言い置いて、2人は改めて駆け出した。


 ナナシとティアが改めて広場に戻った時、既に犠牲は出てしまっていた。散らばる武器らしき残骸に、撒き散らされた複数人分の人体の破片が雄弁に事態を物語る。


 だが、まだ大勢生き残っている。ナナシ達がダリネが追いかけていった時よりも里人の人数が倍増しているのは、ティアの指示通り、潜伏していた里人が合流したからだろう。一塊になって身を寄せ合い恐怖に震えている。

(その判断が裏目に出たかはまだわかんねぇな)


 問題の馬型神罰はまるで大地を蹴るように四肢を動かし空を駆け、集まった里人を1人も逃がさないとばかりにその頭上で旋回し続けていた。


「殿下!!」


 ティアの姿を認めたデエルは身を投げ出すように集団から抜け出し、姫に呼びかけた。


「神罰獣が、本当の災いが! どうか助けてください!」


 戦闘態勢に入るナナシに信じられない一言が耳に入る。


「なぜ?」


 驚愕に目を見開くデエルとナナシに、ティアは噛んで含めるように繰り返した。


「なぜ私が、あなた達を助けなきゃいけないのですか?」


 こらえきれなかったナナシが割って入る。


「ふざけてる場合か!?」


「いいえ、大事なことです。そしてあなたはここの用心棒ではなく私の護衛、そうでしょう!?」


 反論しようとしてティアの握り込んだ両拳から滴る血に気づき、ナナシは引き下がった。


「初日に私に言い放ったではありませんか。自分達は狩師、木猫一族だと! ならば本来の役割を果たしなさい。神罰の討滅こそは狩師の存在意義そのもの」


 デエルは口を開閉するが、言葉はなにも出てこない。


「できないなら狩師であることをやめ、我が民となれ。ならば庇護しよう!」


 馬型神罰が空の上でいななく。ティアは打って変わって狩言葉でやさしくデエルとナナシにささやく。


「ちゃんと言ったでしょう、幕は用意すると。決断の時です」


 デエルの両膝が折れ、身体は地面に崩れ落ちる。髪を毟らんばかりに掴み、獣の如き咆哮を上げた。


 空から一直線、デエル目掛けて走る馬型神罰に、飛び出したナナシが割り込む。突き出された角とナナシの長剣が音高く鳴り響く。


「デエル! 特別に時間稼ぎくらいはしてやらぁ!」


 迫り合い(せりあい)最中(さなか)、馬型神罰の翼が大きく広がり、片翼12枚ずつ計24枚ある初列風切羽(しょれつかざきりばね)がしなやかでかつ先端が鋭い剣へと形状が変わる。ナナシの目の前を馬型神罰の目に見える殺意が塗りつぶす。


「だから納得しろって、なあ?」


 ナナシは思わず神罰へ語りかけた。


 変化した風切羽が鞭のようにしなり、その鋭い刃先がナナシに迫る。24本の剣が視界埋め尽くす波状連撃。


 避けはしない。全部受けるとナナシは決めた。


 火花咲き乱れ、甲高い激突音を奏でながらナナシの長剣は全てを捌く。致死の刃はそのどれもナナシには届かない。


「だから安心しろって、なあ! 俺は強いだろうが!」


 雄叫びとともにナナシは角を掴み、馬型神罰の下から剣を突き上げて投げ飛ばす。


 馬型が地面に転がると同時、ついにデエルはその身を起こし、髪を振り乱してティアと向き合った。


「殿下!」


 この里の長はついに決断したのだ。


「我らは木猫を辞めます! 殿下の民と、なりまする……!」


 ナナシは間髪、叫んだ。


「照合だけでいい! 止めは俺が切り砕く」


「いいえ、私がやります」


「だってあれは!」


「わかってます! わかってますから。だから私なんです。あの子の主は、だって私だから!」


 態勢を整え始めた馬型にティアは手を向ける。


「神魂展開、波紋照合……」


 放たれない。姫の手がわかるくらい震えている。ナナシは叫ぶ。


「じゃあ、それじゃあやっぱり俺がやるぞ! それでいいんだよな!?」


 ティアは首を横に振った。


 そして、言い切る。


「天つ風!」


 透明な風の塊が馬型神罰を捉え、曇天を吹き飛ばし天高く舞い上げる。そして神罰は明けた空の青に混じるように解けて消えた。ずっと隠れていた太陽が、みなの顔を照らす。


 ティアはいつまでもいつまでも、澄み渡った空を見上げていた。

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