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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話 Additional Episode「真の力」

登場人物紹介

○クラリス:自分だけリセ様と戦わずに侍女となったことを他の侍女に自慢しまっくている。どいつもこいつもリセ様をわずらわせやがって


○アリスティア(リセ):侍女達の主。実は侍女を迎える際に一番手間がかかったのは最初の侍女、クラリス。彼女はアリスティアから声がかかるまでの7日間、本当に飲まず食わず糞尿を垂れ流しつつその場で待ち続けた。そして倒れたのでアリスティアが看病しつつ掃除した。まあ良いでしょう、今では笑い話です。


○ダリネ:侍女のなかで孤立しがちな彼女だが、リコットだけは焼き菓子と紅茶の趣味があっているので比較的仲がいい。というか他の侍女達は食い意地が汚すぎませんか特にあなたのことですよ侍従長。摘まみ食いがバレないとでも思ってるんですか。あ、あ、沸騰したてのお湯に茶葉をぶち込もうとするのをやめなさい!


○リコット:社交性が高くどの侍女ともある程度仲がいい。だけど侍従長だけは気を張らず素が出せる。というか突っ込みどころが多すぎるんですけど侍従長。あとお前が作る服肌色出過ぎなんだよフィー採用なんかするわけねぇよ。


○フィー:独特な感性を持つ侍女。主アリスティアの着る服を作ってはそのほとんどをアリスティアが見る前にリコットに焼却処分されている。君は芸術を解さないのかリコット。リセ様の美しき素肌はむしろ見せるべきなのだ。

 あの雨の日から、私とお兄様はずっと一緒だ。いつだってお兄様は私に囁いてくれる。私を導いてくれる。

 新しい義手、義足も調子がいい。これなら見た目は本物と遜色ない。年相応の大人の格好をするためには作り物の手足で補うしかない。しかし、いつまでも子供のままの本物より便利だ。いろいろ仕込める。

 お兄様は本当に博識だ。私に世の中を教えてくれる。普通のお店には売っていない物の入手の仕方とか、変装の仕方、人の欺き方や、仕事の取り方とか、つまりは新しい生き方を私に仕込んでくれた。

 お兄様と私の力が合わされば、お兄様の仕事は各段にやりやすいし、私の糧も楽に手に入る。産院の時にみたいに院長様の顔色を伺う必要もない。

 私は本当に馬鹿だった。なんで私はあの産院にしがみついていたのだろう。お兄様の仕事を手伝ったほうが遥かに私の力を活かせるわ。ねぇお兄様。

「そうだね、ダリネ。お前は選ばれし子だから」

 だから、不可能依頼と噂のアレも私達なら問題ないよね。

「そうだね、ダリネ。お前は選ばれし子だから」

 現にたやすく潜入できた。このアマリア離宮にも。何が難しいの。

「そうだね、ダリネ。お前は選ばれし子だから」

 遂にその少女に遭遇した。後は全部いつも通りだ。

 そのはずだった。

 問題の少女は大声で、大口を開けて、笑っていた。腹を抱えて、私を見て、笑っていた。

 晴れやかとすら感じる笑い声は私の背筋を瞬時に凍らす。

(気づかれた)

 ただこの少女は笑っているだけだ。でも肌感覚でわかる。この少女に私の業は通じていない。

 今までだれも見破れなかった私の業。この目の前の、古参らしき雰囲気を醸している侍女クラリスでさえ、私の術中にはまったというのに肝心の暗殺目標、この幼き殿下には一瞬ですら騙せなかったのだ。

 お兄様、どうしよう、なんかあいつ変だわ。おかしい。ねぇどうしよう。

 いくら問いかけても応えてくれない。

 混乱に陥る私に少女は私に命令する。

「そこの人。私の自室へ来なさい。クラリス、あなたはそこで待機。私の次の命があるまでね」

 年下の少女の一声で、あの殺人鬼、密殺のクラリスは仕掛け人形のように膝をついた。

 だが意外とは思わない。なぜなら私もまたこの声に抗えない。状況がそれを許さないのではない。どんな状況であったとしても、この年端もいかぬ少女に気圧されて逆らうことが難しかっただろう。

 少女のこの迫力は一体なんだ? 関心がまるでこちらに向いていない気がするのに、こちらはまるで目が離せない。

 もし、街を巻き込むような巨大な竜巻を前にしたのなら、同じ感情を抱くのかも知れない。

 誘われるまま殿下の後を追い、廊下から殿下の部屋へと吸い込まれる。この部屋の主は優雅な仕草でその幼い身体を豪奢な椅子へと沈ませる。

「へえ、あなた人の過去を読み取れるんだ。でも人格に影響がでちゃってるじゃない。その記憶は血縁、あなたの兄ね? 非効率だなぁ」

 なんだ? なにを言っている?

「ああ、そうか、なるほど。あなた私のエラー体か。生き残っているのは珍しいな」

 えらーたい。その言葉の意味はまるでわからない。しかし不吉な言葉であることだけは伝わった。それは私の求めていた答えのようなものかもしれない。

「私が生まれる過程でどうしても発生してしまう余剰です。大体すぐ死んじゃうんだけど」

 疑問に思う心がありありと私の表情に表れていたのだろう。殿下は答えてくれた。しかしその言葉の意味はますますわからない。

「余剰? 余り? 私が?」

 殿下の冷め切った瞳で、もう答えてはくれない事がありありとわかる。それでも私は言葉を重ねてしまう。

「私は選ばれた存在! そうなんでしょう!?」

 高貴な身分とはいえこんな少女に、こんな捨てられたも同然の世間知らずに、私はなぜこんなにも心乱され叫んでいるのだろう。

「選ばれた。そうですか。誰に?」

 殿下の声は雪解けの水のようにどこまでも美しく、熱がない。だからこそ、その質問は揶揄も侮蔑も一切ない。

 故に私は答えに詰まった。選ばれる、とはなんなんだろう。どうして私は選ばれたいのだろう。これ以上、この少女の声を聞いてはいけない。私のどこかが警告をしている。でも。

「それは、大いなる、そう神に……」

 つっかえながら私が絞り出した答えは、言葉にすればなんとも虚しく響く。

「そう神様に。直接、そのお言葉を賜ったのですか?」

 私はまたしても言葉を封じられ、頭をかき乱されてしまう。

 選ばれた存在、選ばれた存在、選ばれた存在!

 みんな言っていた。私の家族はみんな言っていた。あの人も言っていた!

「お兄様が、私のお兄様が! いつでも囁いてくれる!」

「あなたの兄が。そう。ダリネ、それではあなたが信じているのは兄ではありませんか。神様ではなく」

 この少女に名を伝えたはずはない。でもそんな小さな疑問はもはやどうでもいい。私は自分の胸をかきむしる。

「まあ良いでしょう。それで神様に選ばれたダリネ、そのあなたが為すことが私の暗殺? 選ばれたことと私の暗殺がどうつながるのですか? ただ人を殺すという罪の意識から免れるだけ? 罰を与えられない? それが神様のご加護なのですか?」

 もういい、もういい、もう殺そう。この少女は駄目だ、私を壊す。だから殺す。

 義手を暗器形態に変化させようとしたその刹那、私は殿下から目を離さなかった。なのに。

「あ」

 肺の空気がみっともない声とともに私の口から漏れる。

 一瞬過ぎてなにが起きたかわからない。

 私の身体はいつの間にか吹き飛ばされ壁にめり込んでいる。見えないなにかに均等に圧され身動ぎ1つできはしない。しかし私と少女の間にはなにもない。少女は詠唱どころか、唇を動かしてすらいない。

「誰に選ばれて私を殺しにきても結構ですけれど、それは私より強くないと実現できないと思いませんか?」

 圧力が解かれたと思ったら、今度は天井に床に交互に叩きつけられる。少女は近づきもせず、指一本動かすこともなく。何度も何度も繰り返し、上へ下へ繰り返し。

「そろそろあなたの兄のモトが剝がれたかな」

 静寂なる邸に、私の砕ける音だけ響く。

 そして、私の身体から私じゃない何かが零れ落ちていく。その度に鮮明になるあの日の記憶。

 あの雨の日、お兄様は私を殺そうとしたんだ。迎えにきたと言ったその唇が乾かぬうちに!

 それで、私は私は。ああ、だって。

 咄嗟に。私は両親の死んだ日の記憶を兄にぶつけてしまった。

 そうしたらお父様とお母様みたいに首を吊って死ぬなんて思わないじゃない! 私の力にそんな作用があるなんて、知らなかった……。

 死ね、死ね、みんな死ね! 私よ、死ね……。

 このまま砕けてしまえばいい、こんな呪われたこの身体。

 ああ、お父様、どうして私をあんな医術師に引き合わせてまで生かしてしまったのですか。

 なにも良いことなんかなかった。

「モトの扱いは私に及ばず、身体能力も並み。単純な格闘なら、やる気のない衛兵のほうがあなたより強いでしょう」

 激痛の中でもわかる。このお方は、私を弄んでいるつもりはない。苦しめているつもりもない。怒りもない。私の命に興味がない。

 ただ、私がこのお方という嵐に身を投じてしまっただけなのだ。

 そして、幾度も叩きつけられ広がる全身の痛みよりも、私の記憶が忌まわしい。もう楽にしてほしい。

 次は雑巾のように私の身体はやはり目に映らない何かに捻られ、悲鳴すらでない口の代わりに筋肉と骨が軋みを上げて、雄弁に私の痛みを周囲に伝え散らす。

「あなたのモト特性を利用した記憶の部分改竄も心的外傷を刺激するのも私には通用しない。それでどうやって私を殺せるのですか?」

 捻れる、私。みちみちと音立てて、弾ける、ようやく死ねる。

 でも、とこのお方の形の良い唇が紡いだとき、全身が千切れ飛ぶ寸前で私の身体は解放されてしまった。

「あなたに騙されていたクラリスの顔! あれは面白かった! 楽しかった! これが楽しいという感情なんだね!」

 年相応の可愛らしい笑い声に、私は安堵した。痛みから、死から逃れたことにではない。私はこのお方のお役にわずかでも立てていた、その事実に心が沸き立つ。

 足をばたばたとさせて喜ぶ行儀の悪い行為すら、このお方は気品に溢れている。

 なぜ、そんな感情が湧き出るのだろう?

 なぜ、このお方は隠されているのだろう?

 なぜ、このお方を広く知らしめないのだろう?

 このお方を前にすべてはちっぽけだ。

 私のこれまでの悩みも、苦しみも、喜びすらも、意味なんてなかったんだ。完全を体現されるこのお方を前に、私達不完全な者の歪な問題はなんの価値も持たない。

 それを早く知っていれば、このお方にもっと早く出逢っていれば、意味のない感情の渦に悩まされることなどなかったのに。

「良いでしょうダリネ、あなたは選ぶのではなく、誰かに選ばれたいのですね。ならば、私に仕えなさい」

 与えられたのは、道。仕えるか死ぬかの選択肢ではない。このお方に見放されるのは死とは比較にならない。

「喜びなさい、ダリネ。今、あなたは私に選ばれましたよ」

 血だらけの顔を上げた私は、自分でもわかるくらい輝いている。かつてないほどに。

 このお方のお役に立つならば、千の民を殺し、万の民を火に投じよう。

「私をリセと呼ぶことを許します」

 胸のうちが満たされる。脳が喜びにうちふるえているのがわかる! 甘やかなそのお言葉で、身体の痛みはすべて消え失せる。

「はい、リセ様。なんなりと私をお役立てくださいませ」

 私は今、ついに選ばれたのだ。

 眼前の、この大いなるアリスティア・リチェルカーレ・ラティウム様に。

 私はこの方にお仕えするために生まれてきたのだ。

次は幕間「身代わりの死」でお会いできたら幸いです。

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