第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・13
その夜、ナナシ達は野営の時と同様、交代で眠ることにした。寝込みを襲われることを警戒した、ナナシの発案である。姫はあっさり了承した。
もちろん臨機応変に変えることもあるが、野営時に最初に眠るのはナナシだ。これは姫と旅するなかで決まったことだった。
「ベッドで眠らないのですか?」
椅子に腰掛けている姫に対し、ナナシは床に座り込んで柱を背に当てていた。上半身を起こして座るように就寝するのは野宿では当たり前だった。
「こんなこと言いたかないんだが、正直俺は調子が狂っている。当て感が役に立たないというか。木猫の奴らに違和感を感じてはいたが殺意に気付けなかった。それにあんたの侍女、ダリネだっけ? そいつもよくわからん。万が一にも熟睡したくない」
「あなたの勘は狂っていませんよ。むしろ正常でしょう。調子が悪いように感じるのは、あなたが戦闘の達人で、対する木猫族はあまりにも素人だからです。白兵戦でも素人のでたらめな攻撃がまぐれ当たりすることがあるでしょう? ここの人達はね、不相応な暗器だけ与えられてしまったのです」
「不相応な暗器? 毒茸のことか?」
「それ以外もあるでしょうね」
「そういやそこも気になっていた。なんでこいつら素人なのにそんなもん知っているんだろうって」
「簡単な話です。私を殺したいラティカ貴族が後ろにいるのですよ。木猫族は本音を言っていましたね。『あなた達ラティカはいつもそう』とか。狩師の中立とは建前です。あんな強力な戦闘集団を周辺国家が放置するなんてありえません。どの一族も国家とつながりはありますし、ここは我が国が後ろ盾です。その関係は良好ではありませんが」
その発言にナナシは目を瞬かせた後、バネ仕掛けのように飛び上がった。
「それってつまり、あんたが今ここにいるって国側にばれてるってことじゃないのか!」
だとするならば、今この瞬間にもラティカ軍の部隊がこちらに向かっているか、最悪包囲されていることもあり得る。
だというのに、姫はどこまでものんびりと構えている。
「把握しているのは国ではなく、とある貴族だけ。もちろんずっとここにいるわけにはいきませんが、予言の日までは問題ないと考えます」
「なんでそんな断言ができる?」
「ここに今、軍の部隊が展開していないのと、木猫族が私を殺そうとしたことが何よりの証拠です。私はこれでも第一王位継承者です。その私を保護するにしろ殺すにしろ狩師にだけ任せるなんて不自然です」
「言われてみりゃ不自然だが……。なぜそれが証拠になる?」
「まあ、もったいぶるほどの話でもないのですが、私の予想通りの事が起きているだけなのですよ。ここはね、七英雄を持つラティカ大貴族、カレドアージェ家が後ろ盾です。その現当主、ラーディン・アルマ・カレドアージェは私を殺したい一派に属しているのですけど、ここの一派って一枚岩ではないのですよね。笑っちゃう」
「いや、全然あんたの笑いどころがわかんない」
引き気味なナナシの突っ込みでも姫は堪えきれないのか、笑いながら続ける。
「だってこのラーディン・アルマ・カレドアージェはね、誰が私を殺したかで次の権力の座が決まるなんて考えているのですよ! ばっかみたい。大陸間戦争時じゃないのだから。派閥の会合で私の首級を掲げて討ち取ったりーとかやるつもりなのかな、あのご老人は。正当性を担保せずして、誰がついていくというのか」
ついに姫は腹を抱えて笑いだした。行儀悪く足をばたつかせてすらいる。
「いや、楽しそうなところ悪いんだけど、全然話が見えない」
「ああ、ごめんなさい。つまりラーディンは私を殺したという手柄──彼のなかではですが──を独占したいのです。もちろん表向きは木猫族に罪を着せる形にして。そうですね、順にお話しましょう。先ほどの食事の席でなにが起こっていたのかを」
ナナシに座るように促すと、姫は説明を続けた。
「まず、木猫は予言を信じています。予言では私が来て、災いが起き、木猫は今までの生活が出来なくなるとある。そして木猫は私が災いだと予言を解釈していますね」
エントハクトが『災いとはそちらのことだろう!』と叫んでいたことからも、ナナシは納得する。
「となれば、予言の日まで私を里に近づけたくなかった。でももう木猫族は狩師としての戦闘能力はありません。これは明日、彼等の生活をみればナナシも納得すると思います。もう彼等は狩りを行っていないのです。だから、私の来訪を防ぐ手立てがなかった。それで取引先のカレドアージェ家を頼ったのです。このあたり、実際どうやり取りしたかは推測です。たぶん木猫側は予言の日まで私が王都にいれば良かっただけなので、留めるようにお願いしたのだと思いますよ」
「殺すまでは当初考えてなかった?」
「ええ。そもそも木猫は私が王都からレガリアを持ち出して出奔したなんて知り得ないですからね。今もそういう認識ではないでしょう。彼等にとっては、私が来るのは予言にあるからで、それ以上でも以下でもないのです。でもラーディンは驚いたはずです。みんなが血眼で探す私の居場所の情報が、自分だけに入ってきた。ただ、木猫がどう伝えたにせよ信憑性はだいぶ怪しい。真偽不明な情報で軍は動かせないし、手柄を独占できない。そして何よりここの存在を私に露見したのかと内心焦った。だから情報は同じ派閥の仲間にも共有しなかった。自分子飼いの暗殺部隊だけで対処しようと決めたのです。お馬鹿ですね」
「お馬鹿て」
「いえ私は助かりますよ、わかりやすくて。ただ、私の侍女が暗殺者であることはある程度力のある貴族なら有名な話です。ということは、私の暗殺はずっと失敗し続けていて、なおかつ私の陣営は暗殺の手管を知る人間ばかりだとわかっているということです。それでなおも暗殺部隊をぶつける案は、私が同じ立場ならまず採用しませんね」
「自信があったのかも知れないだろ。今回はいける! とか」
「ナナシさんが本気で言っていないことは目を見ればわかります。私としては同じ派閥のメギド・ガレア・トリスタインとかシド・スクトゥム・スタニアスあたりに情報が流れていたら厄介だった。この2人なら、いえメギドなら確実に軍を出して一気に私を捕縛しようとしたでしょう。表だって私の保護を名目に軍が現れたのなら、それを拒否するのは立場的に非常に難しい。でも私がここに来る日付までわかっているのに、軍がこのあたりに潜んでいる様子がないことがラーディンが情報を伏せている証明です。もっともラーディンはそうするしかなかった。ここが本当はどういう場所なのか、他の誰にも知ってほしくないから」
ナナシは首を捻りその言葉を飲み込めずにいたが、この里に入る前の姫とのやりとりを思い出して膝を打った。
「そうか! 独占しているのはラティカじゃなくて、ラーディンとかいう貴族がここを独占してやがるのか! そりゃあそうだよなぁ」
「そのとおりです。ここは情報操作されて表向き他の狩師団と同じと思われています。神罰化しない土地であるなんて、誰も知らないのです。もちろん怪しまれていますが、大貴族カレドアージェ家の歴史と名前が秘匿しつ続けることを可能としました。ここの人達は無自覚ですけど、この里は火種そのもの。ここの存在が明るみになれば熾烈な奪い合いになるのは必定でしょう」
ナナシは押し黙った。容易に想像できるからだ。
獣肉はとてつもなく高価だが、食べなくても生きていける。虫肉や魚肉などが流通しているからだ。それでも人は獣の肉に価値を見いだす。多大なる危険と、それに見合う代価を支払ってでも。
そんな獣肉を安定して供給できるだけでもここを喉から手がでるほど欲しがる輩はごまんといるだろう。
しかし、それすら些細なことと言えるのは、獣が神罰化しないという点だった。この事実だけで戦争になりうる。
神罰を自然災害になぞらえる者も多い。
しかし、決定的に天変地異とは異なる点がある。
神罰獣は人類に対し、悪意敵意を明確に向けてくる点だ。神罰と相対した人間なら確実にそれを感じとる。
故に神罰に親しい者を殺されたとき、災害にあったと諦める者もいるが、負の感情が巣くう者も多い。
そんな者達が神罰がない土地がある知ったなら。
そこに暮らしている者達がいると知ったなら。
その胸中に逆巻く感情をナナシは想像する。
怒りではないだろうか。ナナシがこの里に入る前、姫に声を荒げたように。
その怒りと実利が結びついたとき、ここに想像を絶する戦火が噴き上がるだろう。
「恐らくラーディンは木猫を丸め込んだ」
姫の声でナナシは想像から引き戻される。
「その時にはもう私は王都にいなかったわけですから留めようがないわけですし、暗殺部隊を送るから里で始末するということで話がついたのでしょう。里の人達からすればラーディンに逆らいようがないですし」
「ならそのラーディンとかいう奴の暗殺部隊がいるってことなのか? いや、それはおかしいだろ。だったら木猫が慣れないことをする意味がわからない」
「そう、ラーディンの暗殺部隊は到着しなかったのです。予めここに私の侍女達を呼んでおいたから」
「元暗殺者の侍女! ライラとダリネか」
「彼女達を含め10名ここに呼んでおきました。私の侍女達は私を殺そうとした暗殺者達です。それはつまり、警戒が厳重な王宮のさらにその奥、王族しか入れない聖域にあるアマリア離宮にいる私のもとに潜入できた実力者、ということです。私の暗殺に声がかからないようなラーディンの二流以下の暗殺部隊なんてそもそも相手にならない。木猫側が自分達でなんとかしようとしたということはつまり、私の侍女達が王都からの暗殺部隊を処理済みということです」
「そうか、木猫は困っちまったんだな。頼みの綱が来なくて。それで慣れないことに手を出した」
「そうです。ラーディンから念の為とか言われて毒茸などの暗器は届けられていたのでしょう。実際は罪を木猫になすりつけるための口実として送られていた。ラーディンとしては私の死体が手に入れば、別に実行者は木猫でもいいわけです。木猫族のみなさんも予言しか眼中にないから視野が狭い。ここで私が死んだら、どのみち自分達も無事で済むはずがないでしょうに」
「だろうな。どう甘めに見積もったって、中心人物達は処刑だろう。死んだら反論もできねえ。むしろそっちのほうが都合がいい。いかにも貴族の考えそうなことだな」
「これが、先ほどの食事会で起きていた事情ですよ」
ナナシは姫から視線をそっと外した。
「なるほど、だからライラが報告にきていたんだな」
(他の暗殺者にではない、身内に殺されたと)
姫は視線を落とし、頷いた。
「他の侍女は?」
「予定通りなら、北から来る侍女達と合流の準備をしているはずです。もしダリネが単独行動をしても、放っておいていいと言い含めていますから」
「それはどの程度信用できるんだ?」
「当然の心配ですね。でも私の依頼内容は少しも変更はありません」
ナナシは眦を決する。
「いいんだな? 俺の剣だってあんたと同じだ。振り上げたなら、叫んだって止まることはない」
(こいつの進む道は茨の道なんだ)
その棘は自国民でできている。
○記憶・兄 (符号化)
みんな騙されている。みんな馬鹿だ。
妹は特別なんかじゃない。変わっているだけだ。どうしてそんな可哀想な妹を祭り上げるんだ?
あの日、父さんと妹が「特別なところ」から帰ってきた日からなにもかもが変わってしまった。行く前にあんなに父さんは大丈夫だと言っていたくせに。もう妹はなにもかもすべてが変わってしまった。
いや、変わったのは妹だけじゃない。どうしようもなく、家族の形が歪んでしまったんだ。姉さんがいなくなった日から少しずつ。
『お兄様』
可愛らしく妹が俺を呼ぶ。歩くどころか立つこともままならなかったあの妹が、俺の後をついてくるようになっていた。俺はそれを望んでいたはずだったのに。連れて行きたいとっておきの場所がたくさんあったはずなのに。
「様だって? いつからお前はそんな風になったんだ?」
『ずうっと前からよ、お兄様』
なにが面白いのか、妹はクスクスと笑っている。俺は背を向けてまた歩きだす。妹の顔をまともに見れない。妹の容態の回復を誰より望んでいたのは俺のはずだったのに。元気な妹を見るのは俺の望みだったはずなのに。
「どこへ行くの? お父様にきんしんだって言われたじゃない」
「は!」
俺は謹慎の意味をまともに理解していないのに得意げに使う妹を笑った。
「こんな家にいられるか。お前のいる家なんかに」
妹が息を飲むのが背を向けていても分かる。
「また、置いていくの? 私を」
俺は駆け出した。逃げるように。
『王都から帰ってこないお姉様みたいに!』
家を飛び出して、行く宛なんかどこにあるわけもない。そして、家から御子が出た以上、獣の世話を免除される俺にやることもしたいことも特にない。ただ、1人になりたかった。
しかし、この狭苦しい里にそんな贅沢が許される場所もあるわけがない。
チラチラと里の奴らの視線が刺さる。獣の世話をしながら、家の修繕をしながら、なにもせずにプラプラと歩く俺を目線だけで追ってくる。
うっとうし過ぎて俺は路地に入った。すると、ちょうど建物の反対側から年嵩の女達の声が姿は見えないが、風にのって流れてきた。
『特別な医術師様に診てもらったそうよ、ほらあのお家』
『特別なお薬を貰ったそうね、あのお宅』
噂話しか楽しみのない年増共め、うるさいんだよ。他にやることがないのか。
『ワインのような飲み物だそうね』
『でも、ワインじゃないんですってね』
止めろ止めろ、くそばばあ共! その細首絞りあげて喋れないようにしてやろうか!
『だから選ばれたのね、イデラちゃん』
『だから選ばれたのよ、イデラちゃん』
もう我慢がならなかった。俺が路地から飛び出ようとすると、さっと道が塞がった。幼なじみのシュレプトだ。
「よう! イミタ、よかったなぁ、お前の妹!」
ごうっと耳の奥から血が登る音が駆け巡る。
「こりゃまた選ばれたんだってなぁ、御子によぉ! こりゃめでてぇなぁ!」
俺は妹を御子と呼ぶ奴は問答無用で殴ることにしている。こいつでもう4人目だ。今度は謹慎じゃ済まないな。もう、どうでもいい。
ねえ、姉さん。あなたがいなくなってから、少しずつ家族は壊れていったんだよ。




