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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・12

 通された部屋はナナシにとっては幼い頃ぶりに豪勢だった。来た時にくぐった門の粗末さからは想像できないほど、かつて泊まったことのある都市の高級宿屋と遜色ない。一見どの家具も質素に見えて、どれも素材は一級品だ。


 部屋を念のため見回しながらナナシは姫に話し掛ける。


「王族ってのは面倒くせぇ慣習があるもんなんだな? でも、そうか毒殺対策か」


 キョトンとした後、姫はクスクス笑いだした。


「ああ、あの一族以外の前では食べないと言った件ですね? あれ、嘘ですよ」


「はあ!?」


「私が嘘を吐かないのはあなただけ。他の人には吐きます」


 ここまではっきりと言われ、むしろナナシは清々しかった。しかし、そうであるなら里長の発言が気になる。


「でもデエルが答えていたろ、園遊会の時にどうのって」


「あれは単純に食べる暇がないのです。挨拶されっぱなしで。飲み物も控えますね。途中で花を摘みに行くのも大変ですから。あ、花を摘むと言うのは──」


「いやいい、知っている。用足しだろ」


 それにしても、とナナシは腹をさすりながらため息をつく。


「こんな状況とは関係なく食べたかった……」


 寝台に腰掛けた姫は、ナナシには理解の追いつかない感情で頬を膨らませながら応える。


「言っておきますがナナシさん、同じ材料なら私のほうが美味しく作れますからね」


「なにを張り合ってるんですかね、殿下は」


 あ! っと声を出した後、姫はゆっくりとにまーと微笑む。


「怒りますよナナシさん」


「やめろやめろ、あのツァイとかいう女の真似は。あいつずっと笑いながら怒ってやがって気色悪い。ばればれだっつーの。飯に誇りを持ってるならもっと気持ちよく喰わせろってんだ」


「その割には大分挑発していましたね」


「狙いがわからなかった。ボロがでるかと思ったんだがな。どうにも素人くせぇのにいまいち掴み所がない」


「もちろん狙いは私達の抹殺です。毒殺も狙ってましたし、この建物の外は暗闇の中、大勢に囲まれていました」


 慌てて立ち上がるナナシを姫はのんびりと止める。ナナシの剣は返却されていない。


「もう大丈夫です。心配ありません。言ったでしょうナナシさん。私は殺気には敏感だし、モトで生き物の位置がわかるのです。暗闇でも関係なく。今はもう囲まれていません」


「じゃあ、あんた最初から……」


「そう、最初からこの里の人達は私達を殺す気だとわかっていました。殺気を持たず私達に接してきた里人は案内してくれたイミタと里長のデエルのみでしたよ」


「ほぼ全員じゃねぇか!?」

(門のとこにいた女の子も? 俺がここまで殺気に気づかないなんてことあるのか)


 武器を持って向かってくる者や神罰獣とはまた違うのか、さりとて姫がこんな嘘をつく理由もない。

 結局のところ、ナナシは直接的な暴力なら日常茶飯事だ。しかし暗殺はするもされるも経験がない。


「ん? やはり毒は盛られていたのか!? あの料理に!?」


「結論から言えばもうナナシさんは解毒済みです。種明かしするとこれですね」


 姫はどこからともなく岩似茸と、薄黄色の粉を手のひらに出した。


「先ほどの部屋から失敬してきました。こちらは岩似茸ですが、このかさの縁の部分が黄色がかった黄甲岩というものがあります。岩と呼ばれてますが茸です。こちらの地方では岩しだれと呼ばれているこの岩似茸の仲間ですね。このように細かく削って粉状にして肉料理に用いると食材の旨味を引き出す一種の調味料になります。それがどの料理にも使われていました。恐ろしいのはねナナシさん、この粉、条件を満たさなければ毒でもなんでもないのですよ」


「条件? 俺とあのツァイでなにが違った? 小細工なんてしているようには見えなかったぞ」


「あなたとツァイで違ったのは食べる順番です。あなたはお酒を飲んでから食べた。ツァイは食べてから飲んだ。ツァイはあなたをうまく誘導していましたよ。自分は食べてから、あなたは最初に飲むように。人を操る手管は流石この里の実質的な指導者と言えるでしょう」


「そんな、順番ごときで」


「飲食物の消化のしやすさはそれぞれ違いますから、順番が違えば体内で起きることにも違いが生まれます。ほとんどは無視しても構わない程度の違いですが、この茸は特別なんです。そもそもお酒はほとんどの生き物にとって劇物です。でも私達にお酒を分解する遺伝子、能力ですね、それが受け継がれたからこそ飲めるのです。可能な飲食物の種類が多いほど生存競争に有利ですから。でももし、なにかしらの理由で私達の体内のお酒の分解能力が阻害されてしまったとするなら?」


 ナナシはゴクリと唾を飲み込む。


「どうなるんだ?」


「ナナシさんも見たことあるのでは? お酒を飲み過ぎた人は苦しんでいるでしょう?」


 口にしないが無論だった。と言うよりナナシ自身実は強くない。味は嫌いではないが、すぐに頭が痛くなってしまうのだ。


「軽く考えている人もいますが、最悪、呼吸が止まって死ぬのですよ、お酒を分解が間に合わないような乱暴な飲み方をすると。だからこそ毒茸に分類されるものなかには、お酒と一緒に摂取してはいけないものが存在しています。お酒を飲まなければ無害なのに、飲みながら食べるとお酒だけ分解させないという成分を持っているのですね。これだと飲みすぎとか関係なく死に至ります」


「なんなんだその毒茸は。むかつくな」


「そういう茸は大抵美味しいから厄介ですね。食べては駄目ですよ。茸を見分ける知識がないとそもそも茸を料理するべきではありませんが、とりわけ黄甲岩は厄介中の厄介なんです」


「その、食べる順番によっては無害だから、か?」


「そのとおりです。この黄甲岩は胃の中に動物性タンパク質、つまりは獣肉が先に胃液に混ざった状態なら毒にならないのです。でも先にお酒が胃の中にあれば、例えお肉と一緒に摂取したとしても消化速度の違いからお酒を分解させない成分とさらには筋肉の収縮を阻害する成分まで出してきます。地獄の苦しみを味わいながら、だんだんと死ぬ毒ですね」


「あいつら、そんなもんを俺に盛りやがったのか。じゃあ、なんで俺は──」


 言いかけてナナシは姫の手のひらを見つめる。


「あーあ、あれか! 乾杯の時だな? なんか不自然だとは思ったんだよなー。あの時なんかしたな?」


「大正解! ナナシさんがお酒を飲もうとしたとき、理由を適当にでっちあげて私が先に杯を受け取りました。私は簡単なものなら詠唱しなくても指を叩くだけで詠術を発動できますからね。お酒の成分を、受け取ったときに変えました。味はほとんど変更せずに酔う部分をなくしたのです」


「どおりで飲みやすいわけだ。俺にしては酔いも全く感じなかったし」


「この茸はとても誤解が生じやすい。お酒を飲まなければ旨味が強い美味しい茸ですし、お酒があったとしても、肉を食べた後からなら問題ない。岩似茸に似ているのもとても厄介ですね。たぶんこの茸は生き物の死体を苗床にすることに特化したのです。自然の中でも果実が発酵してお酒の成分を持つことは珍しくありません。でもそれを食べた生き物は、人以外だと分解できずに身動きできなくなるか、死んでしまう。そしてその死体に胞子がとりつく。そうして今の形に段々となっていったのでしょう。死体喰いもお酒を含んだ死体の分解には時間がかかりますし、完全に苗床になれば分解されませんからね」


「なるほどな。その特性を知っているなら暗殺向きだな。俺が初耳ってだけでも暗殺御用達ってことは容易に想像がつく。どっかの組織が独占してやがるな」


「ラティカの大貴族が用いているのです。王家にも内緒でね。私の侍女は暗殺者達ですから、そういう情報も私には筒抜けですが」


 ナナシはニヤリと口を歪める。


「なるほど、あんたはどんどん暗殺されにくくなっていったわけだ」


 ナナシにしては褒めたのに、当の姫はまた唇を尖らせた。


「ティアと呼ぶことを契約に含めようか、今私は迷っています」


「そんなこと検討するんじゃない。でもどうして気づいたんだ? その黄甲岩とかいう茸に」


「ああ、暖炉に岩似茸を燃やしていたからですよ。確かに蝋燭や薪代わりに岩似茸を用いる地域は実在します。でもここは外の灯に螂を燃やしていましたよね。岩似茸は燃やすと独特な匂いを発生させますから食事の席には普通用いません。たぶん、万が一にも黄甲岩を料理に使っていることに気づかせたくなくて匂いをごまかそうとしたのですよ。だったら外灯も全部岩似茸にするべきだったのに。そう、私もナナシさんと同感。この里は暗殺なんて素人で、慣れないことをしているのです」


「その割には黄甲岩なんて俺の知らない毒茸を使ってくる。ちぐはぐだな。本当にあいつら毒殺なんて狙っていたのか?」


 そもそもとしてナナシがこの毒茸を知らないから、全部姫の妄想であったとしても区別はつかない。


 姫は悪戯っぽい笑顔を浮かべて人差し指を唇につけた。そして独特な拍子でベッドを叩く。


『なんであの護衛に毒が効かないんだ!』


 突然響いた声は姫でもナナシのものではない。少しくぐもっていたが、これはツァイの弟、ツァクトの声だ。

 思わずナナシは辺りを見渡してしまったが、この部屋のどこにもいない。第一、声はすぐそば、まるで隣にいるかのように耳元から聞こえて来ている。この部屋にはナナシと姫以外いないにも関わらず。


 別のどこかの部屋にいる彼らの会話が、このナナシ達のいる部屋に届いているのだ。ナナシはすぐに思い至る。


 これはあの竜だか天使だかいう化け物と遭遇した時に経験した、モト通信とやらだ。姫がそれをここで再現しているのだ。


『この毒、偽物なんじゃないのか?』


『そんなはずないでしょう。試したんだから』


『じゃあなんであいつに効かない?』


『恐らく殿下でしょうね。やはり気づいていたんでしょう。お前達、あの殿下は油断ならない。詠術はあらゆることを可能にするという。もう同じ建物でこれ以上会話するのは控えましょう』


 姫がパチンと指を鳴らすと、この建物のどこかにいる彼らの会話は聞こえなくなった。


「ツァイもなかなか鋭いですね」


 ナナシは苦笑いする。


「あんたを暗殺しようって奴らは大変だな」


 このモト通信とかいう詠術の前に、密談は意味をなさないどころか、むしろ姫には利にしかならない。


「誰でもってわけではありませんよ。一度お会いしたことがないと、モト通信はできません。会う方法はなんでもいいのですけれど」


 姫は真っ直ぐにナナシを見つめる。


「これでも、ナナシさんは私が怖くも気持ち悪くもないのですか?」


 だから、ナナシも姫も見つめ返す。


「しつこい。ま、暗殺なんて企む弱虫なら脅威かもしれねぇが、俺は暗殺なんか考えもしねぇからな」


「なら、もし私と敵対したならナナシさんはどうするのですか? もしも、の話ですけど」


 その問いにナナシは柔らかに微笑んだ。


「正面から行ってやる。どんな軍勢を用意しようとも、どんな詠術を使ってこようとも、必ず真正面から切り砕いてやるよ」


 姫は心から嬉しそうに微笑み返した。


「いつか、私が道を踏み外したなら、どうか私を殺しに来てくださいね」


「ばーか」


 ナナシは鼻を鳴らした。


「今はどっかの姫様の護衛で手一杯だよ」


 

☆記憶・妹 (記銘)

「この子が食べ物をすべて吐き出してしまうようになったと。それで私のもとへ来たのですねぇ」


 穏やかな表情に、ねっとりとした口調の男だった。不思議と顔は印象に残らない。目、耳、鼻、口、そして長くも短くもない髪。人が顔だと認識する最低限の部品があるだけの容貌。強いていうなら仮面めいている顔だった。


「ええ! あなたは医術にもお詳しいと聞いて、いてもたってもいられなくて。お願いします、この子をどうか診ていただけませんか?」


 哀願する父を薄ぼんやりと見ていた気がする。この頃の私は、頭に霞がかりすべてに無気力だった。


「もちろん力になりますとも。私の目はね、なぁんでも見通すのですよ」


 父に頼まれた医術師らしき男は私の顔をのぞき込む。

 印象に残らない顔とは裏腹に、その瞳だけはどこまでも青く蒼く澄んでいて、見たこともない海はもしかしたらこんな色なのかもと、私は夢想した。


「なぁるほどねぇ」


 私を診た男はやはりねっとりした口調で1人得心し、何度も頷いた。どこかわざとらしい男だった。じれた父が立ち上がり迫る。


「先生、どうなんでしょうか?」


「体内ナノマシン受容体の突然変異ですね、この子は。生まれつきのエラーだ」


 私もそうだけど、父もまたぽかんとしてしまう。単語がまるで理解できない。


「アリスティア計画の弊害、といったところか。目の当たりにするとやはり脅威ですねぇ、姫様は。まだ生まれてもいないのに」


 アリスティア。聞いたこともない単語なのに、名前だと感じた。なにより心地よい響きだ。


 恍惚とする私とは対称的に父は焦燥感を露わにする。


「治るのですか!?」


 そんな父を落ち着かせるように、医術師はにこやかに微笑む。


「治りません。病気ではないのですから。体質です」


 穏やかな口調とは裏腹に、医術師の口からでた言葉は私にも父にも残酷な内容だった。


 父は椅子にも着席できず床にへたりこんでしまった。そんな様子を目の当たりにした私は、申し訳なさに背中を丸めて縮こまる。


 丈夫でなくてごめんなさい。

 健康でなくてごめんなさい。

 心配をかけてごめんなさい。

 迷惑をかけてごめんなさい。


 このまま体を丸めて小さくなり続ければ、私は消えてなくならないだろうか?


 願わくば、記憶ごと消えてほしい。悲しまないで済むでしょう。


 私は生まれなかったと記憶が変わればいい。幸せな記憶だけが残るでしょう。


「お金ならなんとかしますから! どうかこの子を治してください。あなたしか、もうあなたしかいないんです」


 悲痛な叫びにも似た懇願しながら、父は医術師の膝にしがみつく。ああ、私のことはどうか諦めて欲しい。

 医術師は父の肩を優しく掴む。

「治せずとも、命を繋ぐ方法ならありますよ」


「本当ですか!?」


 父は飛び上がるように立ち上がった。


 そんな父を、意に返さず医術師の男は棚から一本の瓶を取り出した。中にはドロリとした赤い液体がたっぷりと揺れている。


「これを飲ませなさい」


「葡萄酒……? これを子供に?」


 医術師は喉の奥でくつくつと笑った。


「栓を開けてごらんなさい。それが葡萄酒かどうか」


 言われるがままに栓を開けた父はその匂いの正体に顔をしかめた。反対に私の顔は輝いていたことだろう。

 瞬時にわかってしまったのだ。これこそが私に必要なものなのだと。


 濃厚な血の香り。

 中身に驚いて落としそうになる父の手ごと、医術師の男はがっちりと瓶を掴んだ。


「おっと気をつけて。貴重なものですよ。人の命がつまっている」


 気圧されて尻もちをつく父をそのままに、医術師の男はその瓶を私に手渡す。


「やめっ」


 父の制止の言葉を無視して、習ったお行儀すらかなぐり捨てて瓶に直接口をつけた。


 得体の知れないものを見る父の視線なんてまるで気にならないほど、甘美な味だった。私は喉を鳴らして一気に飲みつくす。


 口から垂れる誰かの血を私は左手で拭った。


「なんで、なんで? 水ですらこの子は吐き出していたのに」


 父は呆然と涙を流した。


「人並みの成長は望めないでしょうが、でも生きながらえることはできますよ。定期的に飲み続ければ、ね」


 雷の激しい光が一瞬部屋に差し込む。医術師の仮面めいた顔を照らす。頬に亀裂が走ったかのような笑み。私は思う。この医術師は確かに私の命を繋いだ。でも。

 この男は、悪魔だ。

 

 どこからともなく聞こえる童歌。

 ──だあれ、だあれ、あなたはだあれ。

「私はダリネ。雨林のダリネ」

このエピソードに限らずこの物語はフィクションです。

よって岩似茸や黄甲岩などは私の創作です。

ですが、お酒とともに食べてはいけない茸は実在しています。

ないとは思いますが、ナナシのようにそのような茸を食すことのないよう、野生の茸を食べる機会がある際は、専門家の指導のもと安全にご配慮くださいませ。

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