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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・10

 姫とナナシを迎えたのは独特な獣臭と、押しつぶされるような夜の闇に抗う、石造りの常夜灯の明かりだけだった。


 人の気配も獣の気配も、どちらもするのにその姿は見えない。その状況にナナシは自然と剣の柄に触れてしまう。


 建物もナナシからすれば奇妙だった。石造りそのものが既に珍しいが、1軒1軒がとても広い平屋で、数が少ない。


 そしてなにもよりも画一的だ。ナナシが幼少時代に過ごしていた村やアムトとともに寄った町にしても、大きさもその形も似通っていても全く同じではなく、外観も大きさもそれぞれ違っていた。対しこの里は、どの建物も印象は全く同じで、等間隔に建てられていた。


 石灯籠から漏れる覚束ない火明かりのせいもあって、歩いても歩いても進んでいるという実感がわきにくい。ナナシは苛立ちを覚え始めた。


 そのため、静寂を破る1人分の足音が聞こえたとき、ナナシは音もなく剣を抜いてしまった。


「いえ、ナナシさん納めて下さい。殺気は感じません。案内に誰か来たのでしょう」


 程なく提灯の灯りと、段々と浮かび上がる人影が濃くなってくる。ナナシは覚悟を決めて剣を納めた。


 武装の気配のない、農民の出で立ちをした男だった。途中まで走っていたのか、息を切らせつつ、ナナシの背をチラチラと伺いながら怯えた表情で恐る恐る近づいてくる。

(今度は俺が脅かしちまったか)


「あ、あの、殿下でいらっ、あらせられますでしょうか?」


 慣れない敬語をなんとか操り、男が話しかけてきた。


「ええ、そうです。こちらは私の護衛」


 姫はナナシに目配せしつつ素っ気ないほど簡潔に答える。


「里長はこの先の集会所でお迎えの準備をしておりますです。私はツィオーンの息子、イミタと申します」


 イミタは集会所までの案内を申し出た。断る理由もないので、2人はイミタについて行く。


 途中、子供たちの歌う声が闇のなかうっすらと聞こえてくる。


──だあれ、だあれ、あなたはだあれ。


「どこの里や村にも、童歌ってもんはあるんだな」


「そう、ですね」


 相槌をうつ姫の横顔は、夜の闇のせいで伺い知れない。


 案内役のイミタが突然頭をおさえてしゃがみこんだ。


「おい、大丈夫か?」


 駆け寄りにそうなるナナシを里に入る直前の姫の言葉が止める。


『彼女は男にもなりすまし、バレなかったそうですから。噂通りの変装技術なら性別年齢を問わず誰にでもなれるそうですよ』


 イミタは明らかに男だ。外見も声もナナシには女とは思えない。しかし警戒するにこしたことはない。この男が変装したダリネ本人でなくとも、姫が来ることを知っている者ならば姫が何しにここに来たのかも知っている可能性がある。そんな人間が姫に対しどんな対応するのか、最悪の想定は必要であるはずだ。


「すみません、最近頭痛がするようになって」


 当の本人は、そんなナナシの視線などまるでお構いなしに両手でこめかみの辺りをもみ続けている。

(考え過ぎか?)


 ナナシは隙だらけの背を見せるイミタに、必要以上に疑心暗鬼になりかけた自分を戒めた。それは精神を削る。暗殺者の思う壺である。


 複雑な思考は体の枷だ。単純な思考こそ、瞬を削りあう戦闘ではもっとも有効であることをナナシは改めて自身に言い聞かせる。つまりは。

(向かってくるなら最速で殺す)


 ナナシは右手を握りこんだ。特殊砂鉄を仕込んだ手袋は人の頭蓋など容易に砕く。


「モト、が原因かもしれませんね。急にモトを大量に浴びると体調を崩す人は多いです」


 姫がぽつりと、イミタに聞かせるわけでもなく独り言みたいにつぶやいた。


 その内容にナナシは戦慄する。

(モトがないこの里に、モトが漏れ出しているってことか!?)


 視線を落とした先にあるものを見て、ナナシはギョッとした。


 そこには、里に至る道には一切なかった雑草がまばらに生えていた。


 突然、イミタが甲高い笑い声をあげる。


「ごめんなさいねもうだいじょうぶです」


 不自然なくらい淀みなく言い放つと、イミタは闇の中、ずんずんと進み出す。その後を少しも動じずに姫はついていく。


 声こそ上げなかったものの、飛び上がりそうになるくらい驚いたナナシは、姫とイミタの背を睨みつけながら歩きだした。


 結局のところ、イミタの案内のあるなしは関係なく、その建物が集会所であることは一目でわかった。


 見かけも材質も他の建物と同様だが、他が平屋に対して集会所は3階建てであり、里の中ではひと際大きい。


 そして漂ってくる肉の焼ける香ばしいにおいに、姫はあからさまに顔をしかめた。


 イミタがふり返ってこちらに一礼すると、 後ろ手に内開きの扉を押し開く。


 夜目に眩しい室内の明かりのなかにいたのは、10人ほどの里人だった。みな一様な笑顔を張り付け、立ったまま手を叩き、光を反射しきった目を瞬きもせずに2人に向けている。


 仕草、雰囲気から歓迎をしているだろうことはわかるが、不気味すぎてナナシの全身の肌が粟立つ。

(この中にダリネが紛れ込んでいるかもしれないんだよな)


 その警戒心が必要以上に里人を薄気味悪くみせているのかもしれないと、ナナシは自身に言い訳をする。


「ようこそおいでくださりました。さあさ、どうぞこちらへ。お入りください。木猫を代表して歓迎いましますぞ」


 中心にいる、一番背が高く年嵩の男がそう口を開いた。


 すっとアリスティア姫が一歩前に進みでる。


「リチェルカーレ殿下であらせられますな。以前、秋の園遊会で、ご尊顔を拝する栄を浴しました。木猫の長、デエルでございます」


「我が国の民でないのなら私をリチェルカーレと呼ぶな、無礼者。狩師とは、国と取引はしても国に従属しているのではないのだろう?」


 深々と頭を下げる里長に、姫が静かに叩きつける言葉は吹きつける夜風よりも冷たい。

 里長は頭を上げられないまま、震える声を絞り出す。


「ご無礼と無知をどうかお許しください。浅学の身ゆえなんとお呼びすればいいかわからず……」


「ラティウム」


「かしこまりました。ラティウム殿下」


 高まった緊張を解そうと里長の隣にいた年配の女性が間に入る。


「夫の無知をどうか笑ってくださいな。さあ、ラティウム殿下どうぞ中へ」


 にこりともしないままアリスティア姫は集会所へと入っていくので、ナナシもまた離れないように後に続く。


 広い玄関だった。ここで姫もナナシも靴を脱ぎ、この村では贅沢品であろう木材をつかった板張りへと上がる。


 里長を夫と呼んだ女は、夫よりも優雅にお辞儀をした。


「申し遅れました。私はこの里の言葉預かりをしております、ツァイと申します」


「なるほど、救い主の言葉を保存する、伝承者か」


「さすが殿下、博識であらせられる」


 ツァイと名乗った中年の女の後ろから、2人の少女が進み出て跪つき、両手を掲げた。


「外套はお預かりしましょう」


 背負う大剣を手に持ち替えナナシが外套を預けると、少女が困ったようにツァイに視線を寄せる。


「恐れ入ります護衛様。そちらの剣もお預けいただけますか?」


 微笑み、やんわりと武装解除を求めてくるツァイに、ナナシは獰猛な笑みを返す。


「俺から剣を取り上げると?」


 ナナシはマナガルムとの戦いでほとんどの装備を失っている。折りたたみ式狩猟弓は姫が回収してくれていたが、つがえる矢はなく、投げ刃も尽きていた。まともな武器は剣以外だと特殊鉄砂を仕込んだ手袋と底面に短い刃を仕込んだ長靴しかない。どちらも身に着けたままでは不自然極まりない。剣まで預ければ、ナナシは本当に丸腰となる。


「一時お預かりするだけでございます。ここには剣が必要な脅威などごさいませんゆえ。ほれ、このとおり我らもなんにも持ち合わせておりませぬ」


 おどけるようにツァイはぐるりとその場で回って見せる。分厚い生地で織られた作務衣には、武器の類を隠せるような隙間は見当たらない。


「預けろっていうなら預けるさ、別に」


 自分の傍に来た、この少女が変装したダリネかも知れない。


 隣の、姫の目の前にいる少女こそダリネかも知れない。


 それはナナシにはわからない。姫もまたなにも言わない。


「剣がなければ俺をどうにかできるって思うのは、あんたらの自由だしな、別に」


 ナナシに特に動きがあった訳ではない。睨んだわけでも、怒鳴り声をあげたわけでもなかった。それでもツァイを含め、里の人間達全員が飲み込んだ空気を吐き出せなくなった。身動き1つ、できはしない。


「ナナシさん、あなたの殺気はこの人達にはきついみたいですよ」


 姫の言葉にナナシは肩をすくめると、里の人間はようやく息を吐いた。


「俺の剣を持ちたきゃ、大人3人は来い」


 殺気を引っ込めたナナシはそう指示する。

 4人もの人間がナナシの大剣を玄関脇の小部屋に運ぶを横目に、2人はツァイの案内のまま玄関から一番奥へとのびる廊下を進む。


 もっとも、ナナシは最初から剣が持ち込めるとは思っていないし、押し通すつもりもなかった。広い造りではあるが、そうとはいえ室内で長剣を振り回すのは得策ではないからだ。それでもナナシはあえて脅した。


 ふとナナシの口の端が緩む。

(狭さ、か。そんなの師匠には関係なかったな)


 ナナシがまだ幼く師匠と2人で旅をしていた頃、宿屋の1階の食事処兼酒場で他の傭兵集団に襲われた時があった。宿屋側も結託していて建物内は全て敵、逃げ道も完全に塞がれた襲撃だった。


 師匠は慌てることなく、ごく単純に建物ごと切り砕いた。

 あっという間に瓦礫の山と化した宿屋でかすり傷一つもないのは、師匠とその背にしがみついていたまだ子供のナナシだけ。


 野宿になったな、とすまなそうに呟く師匠が可笑しくて、ナナシはずっと笑いっぱなしだったことを覚えている。


 今、この集会所に集まっている木猫族が全員牙を剥いたとしたらどうなるのか。かつての師匠のように、自身もアリスティア姫も毛ほどの傷すらつかせず守りきれるのか、ナナシは自問する。

(俺の剣はやっぱり師匠には届かないのかな……)

 

 2人が通された広間は、磨き抜かれた木材の床に、奥には石で組まれた暖炉の火が揺らめいている。部屋の中心には大きな円卓が配置され、その上には所狭しと豪勢で多彩な肉料理が並べられていた。


 ぶつ切りにした肉を油で揚げたものや、透明なスープに団子状の肉が浮かぶもの、表面だけさっと火を入れた食欲をそそる色をした薄切りの肉など、どれも匂いだけで美味いとわかる皿の数々に、ナナシは唾を飲み込む。肉料理とはこれほど多彩なのかと、ナナシは驚きを隠せない。

(これは拷問だな)


 料理を作る人間は里の人間だったとしても、配膳した人間が紛れ込んだダリネだったとしたら料理に毒を容易に仕込めるだろう。やっかいなのは、ダリネでなくても里の人間も毒を仕込む動機があるという点だった。


 軽々に食べることはできない。それは理解してはいても、ナナシは今すぐにも礼儀作法をかなぐり捨てて食べたい欲求を抑えつけることに必死になっていた。


 空の杯と瓶に入った飲み物も豊富に用意されている。暖炉の火も立ち上る料理の湯気も、冷え切ったナナシの身体に心地よい。気になるのは暖炉の火の燃料だ。食欲をかきたてる肉料理の芳香に微かに独特な匂いが混じっている。目を移せば、暖炉脇の桶にごつごつした見た目の茸が溢れんばかりに入れられていた。

(岩似茸か。面白いな)


 毒はないが食用にもならない岩似茸を薪代わりにしていることに、ナナシは軽く驚く。薪の代用として用いるなど思いつきもしなかったが、目の当たりにすればとても合理的だと合点した。岩似茸は劣悪な環境でもよく生えるし、味はとても食べられたものではないが、その原因は多すぎる油分にあるからだ。表面はざらつく程乾いている一方で、身を裂くと油がたっぷりと滴る。


 ナナシが感心する一方で、アリスティア姫はあからさまに不機嫌にため息をついた。


「もてなしはいらない、そう伝えたはずですが?」


「殿下からすればこのようなもの、もてなしともいえない粗末なものでございましょう」


 ツァイが笑顔で答える。


「さあ殿下、護衛様、奥へどうぞ」


 姫が促されるまま部屋の奥に進むので、ナナシは仕方なしに続く。この部屋の入り口は1カ所のみで、奥では逃げ場がない。

(いざとなれば卓はひっくり返せるかな)


 人には詠術を使わない姫も、建物なら容易に壊せるだろう。そう判断して姫はあえて請われるまま部屋の奥に来たのかも知れない。

 ナナシは姫の隣に腰掛けた。なかなか座り心地良い椅子だった。


 姫とナナシが座ったのを見計らって、ツァイやデエル、その他先ほど玄関でナナシ達を出迎えた面々が席につく。雑用係なのか若干数の里人などは壁に沿って片足を立てて跪いた。当然として席についた者達が里の中心人物達なのだろう。


「それでは、まずは……」


「私はなにも口にしませんよ」


 おそらくは食事を始める音頭を取ろうとしたツァイの口上を、姫は遮って言い放った。


「殿下、それは……」


「もてなしはいらない。もう伝えました」


「おそれながら……」


「デエル」


 ナナシは横目で姫の様子を窺う。わざとツァイの言葉を遮っているのは明らかだ。


「はい!」


 デエルが裏返った声で返事をする。


「秋の園遊会で私を見た、と言っていましたね。その時、私を含め王族は誰かの前で食事をしていた様子がありましたか?」


 デエルはナナシからみても可哀想になるくらい狼狽しながら答える。


「いや、あの、確か、どなた様も召し上がってはいなかったような……」


 一瞬ではあったが、ツァイがしどろもどろなデエルを睨みつけたのをナナシは見逃さなかった。


「知らないようなので教えますが、王族は一族以外の他の人の目のあるところで食事をしません。だから言ったのですよ。もてなしはいらない、と」


 その言葉にツァイの微笑みがひび割れる。


「お、恐れながら殿下、ここにあります料理は全て今日この日のためだけに用意いたしましたものです。全て……」


 ツァイが言い終えるより前に、アリスティア姫は目を瞑って顔を背けた。話す余地などないという明確な意志表示だった。


 ツァイは何度も頷くと、気を取り直したのか口を開く。


「学に暗く申し訳ございません。左様でしたらもちろん召し上がらなくて結構でございます。ですが恐れながら申し上げます。ここはラティカ領土ではなく、我らもラティカ国民ではありません。狩師、木猫一族でございます。風習を持ち出すということでしたら、我らにも我らの風習がございます。我らは食事をともにしないものに心開くことはございません。よって、殿下が何をされにここにいらしたのかも我らはまず聞く事すらいたしません」


 姫は目を瞑ったままだ。しかしツァイの目の届かない卓上の下ではナナシの手をぎゅっと握りしめた。


「ちょっといいか?」


 ナナシが口を挟んだ。事前に何か打ち合わせたわけではない。でもわかる。ここから先はナナシの出番だと姫は手を握ったのだ。護衛として。


 突然の横入りに、ツァイは目玉だけギョロリと動きナナシを捉える。上へ下へとナナシを眺め回すと、ようやくナナシへと向き直った。ナナシには見慣れた視線だ。よくやられる。

(俺を値踏みしたな、ツァイとやら)


「さてどうしましたか、護衛様?」


「いやなに、俺は王族じゃないんでね。俺はいただこうかと思うんだが、もしかして俺の分はないのかな? ええと、あんた名前はなんだっけ?」


「ツァイ、でございますよ護衛様。もちろん護衛様の分としても並べておりますとも。殿下にも召し上がってくださるよう護衛様からも……」


「無理だなそれは。俺は護衛だぜ?」


 ナナシはせせら笑う。


「でも、ま、もったいないからな。殿下の分は俺がいただくよ。構わないよな?」


 殿下のくだりでナナシは隣からのぞきこむような視線を感じるが、もちろん黙殺する。小声でティアと聞こえるのも気のせいだと結論づけた。


 ツァイは大きく息を吸っても、ため息にしないだけの分別は持ち合わせていた。彼女は両手を広げ喜色満面に答える。


「ええ、ええもちろん。どうぞ召し上がってくださいな。この日のためだけに用意した肉でございます」


「だがなぁ、俺は腹芸ができねぇんだ。あんた、名前忘れちまったけど」


「ツァイ、ですよ護衛様」


 ナナシは自分の名前を尋ねようともしない様子に鼻を鳴らす。


「毒、盛ってんだろ」

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