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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・8

 風がいよいよ身を切るような冷たさで吹き抜け、赤みがかった陽の光が地面を染め上げた頃、ようやく小高い丘の上から人里が見えた。


「あれ、なのか?」


「ええ、あれが木猫族の里です」


 2人が見据える先に、石を切り出して造られた素朴な家々が、整頓されたかのように並び建ち集落を形成していた。


 その背後には荒れた大地がそのまま隆起したような、木々のまるでない山々がその峰を天に突き立てている。


 ナナシが違和感を感じたのは、北の狼族の里との違いだった。


「北の狼族達の集落はまさに隠れ里という感じだったのにな」


 木猫族の里は建物の材質がよくある材木ではなく、切り出したままの石材に見えるので、むき出しといった印象を与える。隠れる意図はまるで感じられない。


「こんな荒れたとこに来る奴もいねえか」


 そして里を目の当たりにしてもなお、ここが獣富の地と呼ばれる由縁がナナシにはわからない。


「やっぱりこんなとこに獣なんかいるのか? 後ろに見える山だってどれも禿げ上がってるじゃねぇか」


 姫は目線を里に置いたまま答えた。


「あの里はね、ナナシさん。獣を狩っているのではありません。獣とともに暮らしているのです」


「暮らす? は?」


 ナナシは理解が追いつかない。


 獣は人と関われば神罰と化すのだ。一目みて神罰化しなくてもしばらくすれば必ずなる。そして神罰は決して人間を見過ごすことはなく、見逃すこともない。


 それなのにともに暮らすとはどういうことなのか、まったくわからない。


「神学者をかたるジュデッカ・トラクが記した『建国記』、『神の怒り』の章では、獣は大昔の神罰戦争で神罰化が始まったと記されています。その書物の内容を私は大部分信用していませんが、大昔の遺跡からは、人と獣が一緒に生活をしていた証拠は発見されています。神罰がはじまる以前、獣と人はある種の共存社会を形成していました」


 ナナシは咄嗟(とっさ)に口を挟む。


「それは神罰がなかったとされる大昔の話だろ? 伝説の中の話をしているんじゃねぇんだ。今はどうやったって神罰化しちまうだろう」


「いいえ、ナナシさん、ここにモトはないのですよ。つまり獣たちは神罰化できないのです」


 ナナシは絶句した。


 神罰のない世界。


 神罰被害がない中央やそれに近い街に住む人間達は想像すらしないが、国境寄りつまりは山界に近い農村や、荷運び人達には切実な願いだ。

 そして山界に近ければ近いほど土は力を増し、作物は豊富に収穫できる以上、荷運びという身命を賭す苦役がなくなることはない。


 神罰などなければ。


 そんな願いとも呪詛ともとれる叫びを、ナナシは最前線で幾度ともなく耳にしてきている。


 その願いが形になっているという事に対して、ナナシは血が滴るほど拳を握りしめた。


『坊主ゥ、強えなぁ。俺じゃあお前に勝てねぇなぁ!』


 ナナシの心の奥底から、こびりついて消えない声がにじみ出す。以前駆け出しのナナシにそう言って笑いかけた男がいた。


 たった1人きりの名も無き傭兵は呻くように姫に話しかける。


「あんたら貴族には想像もつかないだろうがな、荷運びや村から村への移動は命がけだ。それは依頼する奴も、実際に運ぶ奴も、そして護衛する俺みたいな傭兵も全員命をかける。神罰と貴族のせいでな。みんななけなしの金を出しあって傭兵団雇ってよ、隊商を組むんだ。神罰獣はより人が多いほうに集まることを知ってるあんたなら、少数で人を厳選して行くほうが結果的に被害が抑えられるというかもしれない。でもな、出来ねえし、しないんだよ」


 そもそもとしてより多いほうが神罰に襲われるという前提の知識が依頼側にない。そのため、大勢であればあるほど安心してしまう。


「護衛側もそれをよしとしてしまう。なぜかあんたにわかるか?」


 姫はそっと目を伏せた。この姫は理解している。そう思いナナシは続けた。


「そのほうが金も集まる。そして詠術師なんかいやしねえからな、神罰に遭遇しちまったら逃げるしかない。護衛なんてな、3種類しかいない。自分の命を使って対象が逃げるための時間を稼ぐための本物と、神罰に遭遇したら最初から逃げる気まんまんのくそ野郎ども。それなら人数が多いほうが、より多くの前金を(かす)めとれるし、なにより自分が生き残れる確率が高まる」


 生き残れる傭兵は時間を稼ぎつつ自分達も逃げ延びる道具、例えば破裂瓜(はれつうり)閃火種擬(せんかたねもど)き、白煙玉(はくえんぎょく)などを使いこなし生き残るコツを知っている者達か、運良く誰かを犠牲に逃げ延びた者達だ。彼らはいつだって宣伝文句の中なら歴戦の勇者達であり続ける。


「3種類と言っていましたね」


 姫が目を合わせずに言う。ナナシは喉の奥で笑った。


「裏切り者って言われたんだぜ、俺が。なあ、人数が多いと逆にやばいと知っている傭兵が、金は欲しいが絶対に死にたくないとしたらどうするね?」


「人数を減らします。なんとか、どうにかして出発前に話をして……」


 ナナシは言いかける姫の言葉を遮る。


「あんた、わかってて言ってる。そうだろ?」


 ナナシもまた姫を見ない。うっすらと見える木猫族の里を睨みつける。


「そうだよ減らすんだ。でも出発前じゃない。出発して村から離れたころで、依頼人の荷運び人足達を皆殺しにするんだ。そうすれば前金も荷物も総どりだ」


 ナナシは自分の声が段々と大きくなることを自覚できない。


「俺は知らなかった。本当になんにも。組んだ傭兵団がそんな事考えてたなんて。あいつら、ことが始まれば俺が奪う側に回ると思ってた。分け前をよこすって言いやがった」


 まくし立てるナナシの声が途中途中で裏返る。

 

「でも、でも俺はどうしても納得できなかった。村の奴らだって生きるのに必死なんだ。傭兵側がどんなに切羽詰まってたって、騙すのは違うだろって。だから殺し合いになった。馬鹿だよなぁ。そんな大立ち回りしちまったら、神罰が寄ってくるに決まってるじゃねぇか」


 人が騒げば離れる獣もいれば、寄ってくる獣もいる。そして神罰獣は詠術師がいなければ、かすり傷すらつけられない。


「どう……なったのですか?」


「生き残ったのは俺だけだったよ。守りたかったはずの奴らも結局死んじまってさ。俺は直前まで馬鹿言って笑いあって一緒に飯喰ってた奴らをこの手で斬り殺してまで守ろうとしたのに!」


 ナナシは姫を正面に見据える。


「あんたといると勘違いしちまうよ。俺とあんたなら、神罰とどうにかやりあえるんじゃないかって。もっと大勢を守れるんじゃないかって。そんなことできるはずもないのに。俺はただの傭兵で、あんたは大国の王子。ずっと一緒にいられるはずもないのにさ。でも、でもよぉ」


 ナナシは木猫族の里を指差して激昂した。


「神罰化しないってなんだよ? 獣が神罰にならないってなんなんだよ! そんな方法があるんだったら、もっと助かる奴が大勢いるんじゃないのか! ラティカはそんな方法を隠してんのかよ。故郷に帰れば身重の妻がいるって言ってた。丈夫じゃねえから金がいるって。俺は! そんな父親になる奴を斬り殺しちまったんだぞ!」


 姫はかたく目を閉じたまま口を開いた。


「ここの獣が神罰化しないのは技術でも奇跡でもありません。異常なのです。他の場所で再現はできない。そもそもここももう持たない」


「もたない?」


「400年も異常なのです。環境維持装置は、ここの御神体はもう限界です。吸い続けたまま循環させてないからこのままでは一気にモトが吹き出してしまう。そうなってしまったら北の狼族と同じ、いいえもっとひどいことになります。もう木猫族は狩師としての能力はないでしょう。御神体の存在すら記録が伝承されていないほどですから。そのため里のほとんどの人はモト中毒で死んでしまう。そしてあの里にいる家畜、獣達は神罰を超えて即座に神話化してもおかしくない。『アレイオン』、『スリズルグタンニ』、『アリシュタスラ』が同時に顕現したら対処しきれない。大惨事になります」


 姫は目を開き、ナナシの瞳を見据える。


「だから私はこれからあの里へ命令をしなければなりません」


 話をする、説得をする、お願いをする。今までアリスティア姫の口にのぼった言葉はそのようなものだった。


 その姫が、今はっきりと命令と囗にした。


「木猫族は、今まで何度も食糧危機からラティカや近隣国も救ってくれました。木猫から届けられる獣品が、獣肉がなければ、どれだけの人が戦争による荒廃で餓死していたか、私は知っています。彼らも自負しています。木猫族は長い間たくさんの命を食糧で助けてくれました。それでも命令しなければいけません。土地を捨てろ、生業を捨てろ、と。ねぇナナシさん、彼らはそんな私をどう思うでしょうか?」


『言ってやりゃあよかったじゃねぇか。逃げろってさ。命にかえらんねえだろ』


 姫が北の狼族達に言えなかった言葉。ナナシにとってはついこの間、姫に投げ出した言葉だ。その響きがなぜか自分の胸のうちをかき乱す。


 ナナシは姫の表情でわかってしまった。姫は別に答えを求めてなどいない。どんな返答をしようとも姫はもう止まらないのだ。


 土地を捨てろというは、大剣使いを追うために流浪の身となった自分ならではの無責任な発言だった。


 もし北の狼族に言えていたのなら、彼らは逃げ出したのだろうか。


 姫が命令をしたとして、木猫族は素直に聞くのだろうか。


 ナナシにはわからない。


「あんたの説明を聞いてはくれないのか?」


「もう知っているのですよ。御神体がもたないことも、私が来ることも。でも信じていないのです。人は集団になればなるほど過去に経験のない未来の危機を信じることはとても難しくなります。当然ですよね。昨日と同じ今日がくると信じられるからこそ、余裕が生まれ様々な文化が花開くのですから。それは本来素晴らしいことですが、自分達に不利益となる不都合な事実を受け入れ難くもなる……」


 姫は一歩前に出て、ナナシの視界から里を隠すように立ちはだかる。


「ナナシさん、あの里は地獄になります。あなたにも。だからあなただけ引き返す道も……」


「侮るんじゃねぇよ」


 ナナシは姫に最後まで言わせない。


「行くさ、どこだろうとも。それにな」


 剣の柄を、そっと握る。


「この剣を引き抜いたときから、俺はずっと地獄に生きてる」

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