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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・7

「どう言えば、伝わったかな。私は説得が下手ね」


 しばらくして落ち着いた姫はライラの死体を胸に抱き、その頭を優しく撫でながら、語りかけるように呟く。

 命の抜けたライラの表情はどことなく満足そうに見えて、そっとナナシは目線を外した。


「この娘、ライラは私の侍女の1人です。彼女は最期の力を振り絞り、私へ情報を遺してくれました」


「情報?」


 聞き返すナナシに対し、姫は抱えたライラの死体を抱きかかえるようにして背中側を見せる。その背にあるナイフによる生々しい刺し傷が露わになる。


「致命傷はこいつか? 後ろからやられて、首を切られた、ということか」


「ライラは近接戦闘の達人です。ライラに気取られずに背後に近づくのは一流の騎士でも暗殺者でも至難の技でしょう」


 ナナシは自分の中の侍女の知識と姫の言葉が噛み合わず首を捻る。侍女とは貴族の身のまわりの世話をする職業とナナシは認識している。


「侍女だよな?」


「ええ、私の侍女。首は自分で切ったのね。自分の身体を逆さまにしてから。この岩を木に見立てて。ダリネの手口を真似て、自分を殺したのはダリネだと私に伝えるために」


「ダリネ?」


「はい、そちらも私の侍女の1人です。雨の日に人を逆さまに吊して首を掻ききるという独特の殺し方から『雨林のダリネ』と呼ばれ、王都を震撼させた殺人鬼として有名になりました」


「えっと、ちょっと理解が追いつかないんだけど、侍女の話をしているんだよな?」


「私の侍女は全員私を殺しにきた暗殺者です」 


 ナナシは唖然とした口から、大きく息を吐いた。


「あんたの話にはもう驚かないと思っていたんだが……。暗殺者がなんで侍女になったんだ?」


「返り討ちにしたら居着きました。なので恩赦を与えて条件付きで侍女という身分にしたのです」


「なんだろうな、疑問点が多すぎるがとりあえず条件ってなんだ?」


「私の管理下に入る、という条件で総勢30人の彼女達のこれまでを不問にしました」


「30人!」


 ナナシは素っ頓狂な声をあげた。


 30人もの人間に命を狙われる。それは王族としては多いのか少ないのかはナナシには判然としない。


 しかしその数はそのまま、返り討ちにしながら、生け捕りにした数である。殺しに来た者を殺さずに捕縛するのは、単に実力差があるだけでは実現できない。姫はそれを30人分やってのけたと言う。


「それにしたってグゼとか言う奴はしつこいんだな。懲りずに30人も差し向けるとは」


「暗殺者を送り込んでいたのはグゼではなく、ほとんど私のお母さんですね」


 こともなげに言うアリスティアの表情からなんの感情も読み取れない。ともすればその表情の読めなさは王族の持つ業なのかもしれない。そうナナシは眉根を寄せた。


「そんな表情しないで、ナナシさん。私、別にどうとも思っていません。私の侍女になった後、彼女達と過ごした日々はとても充実していました。この旅に出る前にしたお茶会もすごく楽しかった」


「なんとも思わないなんて、言うもんじゃねえ」


 姫は目を瞬かせて、心底なんでそんな発言をするのかわからないと見つめてくる。その様子にナナシは溜め息をついた。


「いや、別に」


 腕を組んだナナシは話を戻す。


「とはいえ暗殺者なんだろう?」

(なら狙いはやはり姫さんだよな。生業はそう変えられない)


 目の前のライラが張り付いていた岩と違い、姫の侍女達は決して一枚岩ではない、とナナシは捉える。敗れ姫側についた奴もいれば、そうした振りをして姫を狙い続けるやつもいる。むしろ暗殺者なら後者がごく自然だとナナシはライラの死体を見て思う。


「目の前に来るならどんな奴にも負ける気はしねぇが……。そのダリネ? 具体的にはどんな手口を使う奴なんだ?」


「彼女の得意は変装と、催眠術と詠術を併用した記憶の改竄です。その能力で目標周辺に親しい人間として潜入し、気を許した時を狙います」


「記憶を改竄? そんなこと可能なのか?」


「彼女の体内モトは特殊で、呼気とともに排出される体内モトに、彼女自身の記憶が保存されたまま他者が取り込めてしまうのです。そんなことは通常有り得ません」


 姫の説明によれば、その人間の器以上のモトは呼気とともに体外に排出されるという。その際そのモトに含まれているその人の情報、つまり記憶などは徐々に失われて完全に消去されてから初めて他の人間に取り込まれることが可能なのだと言う。


「モトには面白い特性があって、強い感情が伴う記憶なんかは空気中でなかなか消えず場に残って見えてしまうことはあります。幽霊とかの正体はほぼこれです。でも記憶が他人のなかにまで取り込まれることは自然には起こり得ない。治療系詠術だって、直接モトを流しこみながら、神の見えざる手を誤魔化してなんとかやるものですからね」


 直接モトを流し込むという言葉にナナシは引っかかるが、嫌な予感しかしないのであえて口にしない。


「ちなみに直接、というのは私の場合口移しです」


「聞いてねぇのに答えるんじゃねーよ」


 顔が熱くなったナナシが唇をゴシゴシ拭う様子を「あ、ひどい」などと棒読みで返しながら姫は説明を続ける。


「彼女の能力はとても優秀です。私を暗殺にきた時も、何食わぬ顔で侍女として紛れ込んでいましたからね。一番最初に私の侍女になったクラリス侍従長までもが、潜入初日のダリネを目上扱いしているのを見かけた時は、さすがに私も笑ってしまいました。彼女、すごく気品のある妙齢のご令嬢然としていましたので、侍女の標準服がとても似合ってましたし」


(笑い事じゃねえだろう)

 その能力の恐ろしさにナナシの顔が曇る。


「大丈夫ですよナナシさん。仕掛けがわかっている以上私には通用しません。私のそばにいれば彼女の記憶に取り込まれることはないと断言します。心配すべきは彼女の変装のほうでしょう。間違いなくダリネはもう村の一員としてとけ込んでいます」


「一応聞くが、ダリネの外見の特徴は?」


「そうですね、侍女のダリネは大体私と同じくらいの身長で、年齢は少し上くらいでした。でもあんまりあてにはなりません。彼女は男にもなりすまし、バレなかったそうですから。噂通りの変装技術なら性別年齢を問わず誰にでもなれるそうですよ」


「誰が、どう襲ってくるかわからねえってことか」


 胸に抱いていた死体を姫は優しく地面に横たわらせた。


「ごめんなさいナナシさん。少しだけ時間を下さい。ライラとお別れをします」


 短く返事をしたナナシは少しだけ、2人から距離を置く。


 乾ききった地面に同化するようにしてライラと呼ばれた侍女の死体は埋められていく。


 ライラが沈んだ地面に手を置いて、小さく短く弔歌を捧げた姫の背に、ナナシは思わず声をかけてしまう。


「でも、ちょっと羨ましいよ、そいつ。本懐を遂げた、そんな顔をしてた」


 その言葉に姫は勢いよく振り返ってナナシと視線が交差する。


 それは一瞬のことで、姫はすぐさま首を戻した。


「悪かった。そんなつもりはなかった」


 ナナシは謝る。なにが悪いのか、どんなつもりだったのか自分でも判然としないまま。


「いいえ、ナナシさん。いいえ」


 姫もまた消え入るような声で不明瞭な答えを返す。


 ナナシはかたく目を閉じた。今見たものを忘れようとして。それでもたった一瞬垣間見ただけのはずの姫の表情が、まぶたの裏に焼き付いて消えない。


 姫の顔は絶望に歪んでいた。


 どうにも気まずい雰囲気を払拭できないまま、2人はその場を後にした。

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