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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
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第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・6

──夢をみていた。そんな気がする。

『どんな夢を?』

──わたしが成長して、大剣を持って旅をする夢。誰かを守ろうとしていた気がする。

『夢が叶ったのね』

──叶ったのかな。変な夢だったよ。みんながいなくて、あたし1人で、王子を名乗るありえないくらい強力な詠術師と出逢って。あたしの身体が鋼鉄になって空を飛んだんだ。夢だよねこんなの。


「いいえナナシさん。それは現実です」


 どきりとしたナナシは急激に覚醒し、がばりと身を起こす。


 慌てて自分の身体を確認すると、そこには傷痕だらけの、でも確かに自分自身があった。安堵の溜め息がもれる。


 自らの身体がまるで違うものに、ましてや生き物ですらない鋼鉄に入れ替わるなど、悪夢としか言いようがない。


 首だけ振り返ると、アリスティア姫が陽光の中、柔らかな微笑みを浮かべいた。どうやらナナシは姫の膝枕で寝ていたらしい。


 多すぎる疑問が頭の中で衝突しあって、ナナシは聞きたいことを口にできない。その様子を察した姫が口を開いた。


「現状を少しずつ説明しますね。でも」


 姫は薄く白みがかった透明な水の入った杯をナナシに渡す。


「あなたは丸2日間眠っていました。まずはそれで喉を潤してくださいね」


「2日間も!」


 そう聞かされると、ナナシは急に喉は渇き、腹も減ってきた気がしてくる。


「天使『あざわらうもの』は、あなたのおかげでなんとか退けることができました」


 ナナシの中でおぼろげながら空の戦いが蘇り、自らの身体を抱きしめた。


「あんなのは、もう二度ごめんだ」


 2日経ったと言われても、意識を失っていたナナシにとってはつい先ほどの出来事と変わらない。自分の身体が器物に置き換わる違和感に、わずかに手足が震えている。


「ごめんなさい。かなりの無茶をあなたに強いてしまいましたね」


 一国の王子が頭を下げる姿に、ナナシは仰天して慌てて目をそらす。


「退けた? 倒したんじゃないのか?」


 王族が頭を下げる衝撃に、不平不満が一時的に引っ込んだナナシは、ちびちびと渡されたほんのり甘い液体を飲みながら誤魔化すように話題を変えた。


「死という概念がない、天使は哀れな存在なのですよ」

「よくわかんねぇな。死んでねぇなら、また襲ってくるってことじゃねえのか?」


「遥か遠い場所に吹き飛ばしたので大丈夫ですよ。現に2日経ってもここ、ラティカ東方に現れていません」


 それよりも、と言いながら姫は立ち上がり、辺りを見渡す。つられるようにナナシもまた周囲を確認した。


 荒涼、であった。大地は渇き、ひび割れて雑草すら生えていない。石とほこりばかりが転がっている。

 色すら死に絶えている。そう思わされるほど、ここは殺風景だった。


 奴隷ですら食うに困らない。

 実情はわからないが、それが周辺国が抱くラティカの印象だ。もちろん狩師の住まう里はどれも正確には国の領というわけではないが、山界には近ければ近いほど植生は豊かになるのが一般的だ。


 しかし眼前の光景は豊かという言葉からはかけ離れすぎている。ここまで荒んだ地は旅するナナシも初めてだった。


「ごめんなさいナナシさん。あなたにとって、ここははずれです」


「どういうことだ?」


「ここに大剣使いはいません」


「なぜ、そう言い切れる?」


「私の説が正しいのなら、大剣使いはモトを追っています。でもここには全くと言っていいほどモトがなく、枯渇しています」


 モトの枯渇なんて、詠術師ではないナナシですら違和感を抱く。普段から意識はしてはいないが、それほどモトはあって当たり前のものだ。


 とはいえ、だからどうした、とも思う。空気の1成分がなくともこうしてナナシは息が吸えている。それよりもナナシの目に異常に写るのはこの殺伐とした風景だ。


 ナナシは大きく息を吐いた。その様子を姫はじっと見ている。


「ま、全部上手くいく、なんて楽観はさすがにしてないさ。ここに大剣使いがいないのはあんたのせいじゃない」


 それよりも、ナナシは改めて辺りをまじまじと観察した。


「ここは本当にラティカ側なのか?」


「ラティカ東方、獣富の地と言われる大地です」


「じゅうふの地?」


「ここの狩師団は昔から王都に大量の獣品を、それも毎年必ず献上すると有名なところなんです」


 姫の説明は目の前の光景と矛盾し、にわかには受け入れがたい。

 ナナシの眼前に広がる荒れた大地は、生き物を拒否しているようにすら感じるのだ。


「雑草すら生えてないようなところに、獣なんかいるようには見えないが……」


 獣品を毎年大量に献上するというのも胡散臭い。どんなに優秀な狩師団であったとしても、その成果は常に変動する。狩師団によっては全くない年もあり得る。獣が人間の予定に合わせることなどないし、無理をして神罰を引き起こしては大惨事になるからだ。


 そもそもここが、獣が寄り付くほど豊かな土地には到底思えない。


「モトがなくて困るのは詠術師だけ。そうナナシさんはおっしゃいましたよね」


 姫は遠くに視線を置いて、ナナシに話しかける。


「これがモトのなくなった土地の光景です。モトがなくなるとね、この星は途端に生命を拒絶し始めるのです。私達はモトのおかげてこの星になんとかしがみつくように生きているのですよ」


 ナナシは小馬鹿にした笑みを浮かべる。


「だから詠術師は貴き人、ってか?」


 姫は気にした風もなく答える。


「貴族の宣伝文句を良く聞く、傭兵ならではの見解ですね。ですが、私の言いたいことは違います」


 姫はいつか見た、寂しげな笑みを浮かべて言った。


「今の詠術師のありかたこそ、この国の歪みそのもの。ナナシさん、本当の御神体がモトの濃度を均しているという話を覚えていますか?」


「ああ」


 ビルレストに乗り込む前、あの奇妙な石の物体の前での姫はそのようなことを言っていた。


「実は同じようなことをして、モト濃度を微調整している集団こそが狩師なんです。彼等の役割とは、神罰が発生したらそれを討ち被害を最小限に抑えるだけでなく、そもそも神罰が発生しないように御神体とともに防いでいたんですよ」


「待て待て、それを、そんな重要な施設と狩師をクゼとかいう奴は狙ったのか!? あんたを殺すためだけに!?」


 ナナシは姫の言葉の意味に狼狽えた。


「いや、いや違うな。あんた今すごいことを言ったんだぞ? 神罰はモトが引き起こしているってことじゃねぇか!?」


「そんなこと、みな言わないだけで、とっくに神罰と相対することがある人達の間では暗黙の了解でしょう? 狩師も傭兵にしても。あなたも薄々そう思っていたのでは?」


 あまりにも冷静に返す姫にナナシは言葉に詰まる。


 おかしいと思う気持ちに蓋をされていた。その蓋を無理やりこじ開けられて、ナナシは押し黙る。

 常にならざる事象を起こす詠術は、モトが燃料となっている。それは詠術師ではないナナシにとっても当たり前だった。


 では超常の力を持つ神罰の獣達も、その源をモトとしているのは、言われてみればごく自然の流れだ。なにせ神話獣は詠術すら行使してきた。


 ただ、神罰にモトが関係していることをナナシの周りにいた大人は誰もが口にしてこなかった。


「じゃあ、モトが悪いってことなのか? モトがなければ……」


「ナナシさん。火事が起きたとして、その燃料となった薪が悪い、なんてことはないでしょう? モトは区別していないだけです。人であろうと獣であろうと利用できてしまうだけ」


「でも燃料がなければ燃え広がることはない」


「そして人は飢え死にします。土地が死に、農作物をつくることができなくなって。それにモトは空気の1成分ですよ。なくすことができない」


 アリスティア姫は、そっと辺りを指し示した。


「モトがないから、ここはこんなになっちまったと?」


 ナナシは訝しげに問う。


「みんな、当たり前すぎて忘れてしまっているのですよ。モトが私達をどれだけ救い続けているのか。本来、詠術のために、いいえ、詠術師のためにあるものではないのです」


 姫はしゃがみこんで、人差し指で乾ききった地面に触れる。


「つちのかみ」


 ひょろりとひび割れた土の間から茎が出たと思ったら、みるみるうちに伸びて真っ白で小さな花弁が開く。その花だけ時間の流れが圧縮したかの様子に、ナナシは目を見開いた。


「私の体内モトをすこしだけ解放しました。これがモトの力」


 ナナシは首を横にふる。


「なおさらわかんねぇな。あんたの言うように、モトがなければ土地が枯れちまうなら、獣だって飢えちまうだろう。なのに獣富の地? ここのどこに獣がいる?」


 ナナシの感覚からすれば、人が生きるに厳しい土地ならば、獣もまた住み着かないはずだ。


「疑問はもっともです。このあたりが獣富の地と言われるようになったのは、約400年も前から」


 姫は立ちあがると、寂しげに微笑んだ。


「つまりここはね、私の生まれる前からおかしい、ということなのです」


 姫は視線をナナシから外し、遠くを見据えた。


「なぜモトが枯渇しているのか? なぜ作物の育たず獣も寄り付かない土地なのに獣品を豊富に献上できるのか?」


 秋の終わりを告げる風が、冷たく2人の身体を駆け抜ける。


「答えはこの先、もちろん木猫族の御神体にあります。ビルレストは修理不能なほど壊れていたので分解処理しましたから、ここからは歩いて向かいましょう。夕刻には着くと思いますよ」


「謝らねえぞ」


 ナナシの言葉に姫はきょとんと首を傾げた。すぐに得心して手を打つ。


「ビルレストの件ですか? まさか。むしろたった一機で天使を撃退したことのほうがもの凄いことです。追加報酬を差し上げたいくらい」


「追加報酬ぅ?」


 もちろんナナシは胡散臭いという表情を隠そうともしない。


「私の秘密を1つ、なんてどうですか?」


「かけらもいらねぇ」


「あら残念」


 少しも残念そうに見えない微笑みを浮かべたあと、姫はもう少し休むかナナシに問う。


「いや、平気だ。行こう」


 2人は荒野を歩き始める。

 ナナシがなんとはなしに振り返ると、姫が先ほど咲かせた白い花は既に枯れていた。


 太陽の光が黄色くなり始めるまで2人は変わり映えのない風景を進む。


 その荒れた地を歩く苦行は、夜を迎える前に姫の呟きで唐突に終わった。


「確定した……」


 意味を尋ねる間もなく、姫は突如として全力疾走を開始した。訳もわからず、しかしもちろんナナシはその背を追い掛ける。


 姫の向かう先には地面からせり出した巨大な一枚岩があり、正面に人が逆さまに張り付いていたのがナナシにもわかった。


「ライラ!」


 どうやらアリスティア姫の知り合いらしい。首から血を流し、遠目からでも生きていないことはわかった。しかしどことなく周囲の景観から浮いているような違和感がまとわりつく。


 ナナシは追いついて立ち止まると、姫は死体を地面に下ろし始める。


 その死体は奇妙にも小綺麗だった。そうとわかった瞬間、ナナシは剣の柄に手をかけて全方位の警戒を始める。しかし感じ取れる気配はなく、視界を遮るようなものはこの一枚岩以外にない。


「ナナシさん、大丈夫です。この辺りに私達以外はいません。私はモトで大体の人と獣の位置がわかるから」


「いないだと? その死体は新しいぞ」


 違和感の正体は、死体の状態だった。漆黒のワンピースは流れて固まった血と土埃で汚れてはいたし、首の傷も痛々しいが、表情だけ注視すれば眠っているだけにも見える。やけに青白いことをのぞけば今にも起き上がりそうなほど穏やかな表情で、とても死んでから時間が経っているようにはナナシには判断できない。


「防腐処理がしてあるのです。静脈に防腐剤を注射して、死体喰いに分解されないように虫除けを地面にばらまいて。別の場所で殺された彼女は死後、ここに来たのです。ここが私との待ち合わせ場所だったから」


「来た? 犯人に運ばれた、の間違いだろう? いや、あのリリトゥなんとかと同じか?」


 リリトゥ・トライセンは首がはねられ、身体中を穴だらけにされてもその死体は操られて動いていた。


 しかし、姫はゆるゆると首を振る。


「随分昔に、ライラは私に質問をしました。死んでも役に立つにはどうしたらいいのか、と。幼くて馬鹿な私は当時その方法を教えました。心肺が停止してもまだ脳は生きています。だから体内モトが体外に放出される前に、心肺の代替をさせればいいと。そうすれば体内モトが尽きるまでは身体が動く、と……」


 そこまで言って、姫の声は涙で崩れた。


「ちゃんと、あれほど言っておいたでしょう! 放っておいてかまわないと、外にでたら自分の命を優先していいと!」


 ライラの遺体にしがみつき姫は押し殺した叫びを上げる。


「あなた達はみんなそう! 私のためにと言って命を捨てるの! 殺すことでしか役にたてないなんてね、殺されることでしか役にたてないと言っているのと同じなんだよ! そんな人はいないの、神様は誰にも役割なんか与えていない、神様は誰も選んでいないの!」


 ナナシはただ、背を向けて辺りを警戒するふりを続けた。

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