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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
28/45

第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・5

「無限分裂細胞を自分に直結させて、再生に使うなんて、まったくこれだから天使はやることが常識外れで嫌になりますね」


 瞬時、ナナシは恐怖が吹き飛んだ。


「えっ!」


「え?」


「あ、いや、声が、あいつの」


 少年のように甲高くもあり、同時に(しゃが)れてもいる声が、耳元から聞こえてくる。

 アリスティア姫への殺害予告は、状況からしてあの化け物が発している声だろう。しかしその声は、距離を無視して耳元から聞こえてくるのだ。ナナシの常識を越えている。


「ああ、モト通信。私の生体固有振動を覚えられていたんですね、生き埋めにした時に。モトに距離は関係ないから。でも詳しく説明している暇は……」


 全てが平面のように見える眼下、迫るあの爬虫類に似た化け物だけが立体的に際立つ。虫の持つ羽とは似ても似つかないその羽ばたきが起こす風は、地上の木々を薙き壊していく。


「逃がすかぁ、人間もどきぃ!」


「ないようですね!」


 2人を乗せた戦闘機、ビルレストは機首を上げ急上昇を始める。


 急機動による重力の縛りが、ナナシを座席へと思い切り押し付ける。


 うめき声を発したナナシの視界はだんだんとぼやけ始めた。それだけではなく、身体全体がぞわぞわと不快感に包まれ意識が遠くなる感覚が襲いかかってきた。


 意地張ってる場合ではないか。そう姫は独り言をつぶやくと、素早く詠唱する。すると今度は姫でも、追ってきている化け物でもない女の声が、姫の詠唱を一言一句違えず復唱した。


「Moving to Cybernetics man-machine interface. ACM, on. Mode change, fairy」


 ナナシは息も荒く叫ぶ。


「なんだ!? 他に誰か乗ってんのか!?」


「あーえー、違います。ナビAI、うーん何というか、この乗り物が喋ってます。頼りたくはないのだけれど」


「はあ!?」


「あーええと、ナナシさんすいません、不思議な力で物が人語を喋るのです! 納得して」


「お前急に雑じゃねえか!」


 ナナシが苦しみながら不満をぶつける最中、座席が勝手に動き、寝台へと変化してナナシはあっという間に強制的に仰向けにされる。


「おいおいおい、なんか体が拘束されてんだが!」


 そればかりか首、手首、足首が気づかぬ間に鉄輪で座席と固定されていた。


「大丈夫、ちょっとこの乗り物の操縦方法を変更しようとしてて、ナナシさんが振り落とされないようにしてるだけ」


 呼吸が浅くなってきたナナシの不平不満は止まらない。


「今度はなんか水がすごい流れ込んでくる! 水没!? 空だよな? ここ?」


「その液体は飲んでも大丈夫というかむしろ飲んで下さい。全身肺までどっぷり浸かれば空気も取り込めるし、会話もできます。そしてマニューバの高G、ええとつまりナナシさんの身体をとにかく守ります!」


「お前、本当ふざけんなよ!」


 手足はがっちり固定され、身動きも出来ないナナシは目を閉じ口を閉じの抵抗を続けたが、色も匂いもない透明な液体は耳鼻へと勢いよく注ぎ込まれて抵抗は無意味と悟る。


 薄く血の味がするこの液体は最初こそ苦しかったが、姫の言う通りどっぷり飲み込んだ後は、柔らかく暖かい空気に包まれているようでむしろ居心地が良い。ぼやけていた視界もまた戻り始め、身体も楽になる。


「Switch to all-sky monitor!」


 姫の詠唱でナナシは空に放り込まれた。口からナナシ自身驚くくらいの絶叫が迸る。反射で身体を動かすが、鉄輪がそれを阻ぶ。


「ナナシさん大丈夫よ、大丈夫。外の景色を映し出しているだけ。私達は機体の中にいます」


 姫の両手がナナシの両肩を優しく包む。


「ほら、私はちゃんと後ろにいます」


 放り出されたと思ったのは錯覚だった。


 先ほどまで、外は座席正面から頭上にかけて透明な膜のような小さな窓でしか見れなかった。しかし今はどういう理屈か、機体そのものが視界から消失して一切見えない。

 機体がなくなったわけではない。身体が寝台と化した座席に固定されているのがその証拠。


「大丈夫ってなぁ……」


 声が上擦(うわず)る。崖っぷちどころか絶壁のその壁面で戦った経験もあるナナシだが、支えがあるんだがないんだかわからないこの状況は肝が冷える。


 それでもナナシが恐慌状態に陥らないのは、姫の声が落ち着いていたから。その手から伝わる温もりがあまりにも優しいから。姫がナナシを正気につなぎとめていた。


 もちろん置かれた事態が好転したわけではない。化け物は空を猛追してきている。


 視界が開けたことで、化け物の全身が見えた。


 もっとも近かしい生き物は、強いて言えば蛇だった。アマルティほどではないが、マナガルムより一回りも二回りも大きい。


 人間であればこめかみにあたる部分には、空を削ぐように黒々しく滑らかな角が太く背に向かい伸びている。体表が鱗じみているので爬虫類を連想してしまうだけで、決して蛇などではない。


 そしてその背には、蛇にありえるはずのない掌状の翼が(うごめ)き、先端にある長い爪が空を切り裂いていた。


「気持ち悪い化け物だな。天使とか、ここが天国じゃあるまいに」


「空は天国に近いだけ。ここは天国ではないし、あれは神気取りが生み出した天使もどきです。名前は『あざわらうもの』。大昔の人はアレを竜とも呼んでいました」


「ご紹介ありがとうアリスティア! そういうお前こそ、僕からしたらなんとも醜悪な存在じゃないか! 見苦しいんだよ、お前等の出自も、この星にしがみつくその様も!」


 天使、あざわらうもの、そして竜とも呼ばれた化け物は、大きく広げた翼と胴体の付け根から腹部にかけて、沸騰を彷彿(ほうふつ)とさせる動きを見せる。


「そんな可変戦闘機なんて骨董品持ち出してさぁ!」


 化け物、あざわらうものは嘲笑混じりに吼える。


「懐かしいよ人型可変戦闘機、妖精シリーズ。好きだったなぁ。潰すと中の人間が悲鳴をあげるのが笑えるんだよなぁ! 僕の生体ミサイルが避けられないと覚悟したときの泣き声も最高でさぁ!」


 液体に包まれた機体の席に、ピピピと甲高い高音が突き刺すように鳴り響く。

 姫が苦々しく反応する。


「ミサイルアラート! 空対空生体ミサイルを撃つ気ね」


「人型に変形したものを(むし)り殺すのも好きだった。追い回し失速させて墜落させるのもいい。脱出して座席ごと飛び出した瞬間を捕まえて握り潰して殺したときの感触なんてもうたまらない!」


 甲高く不快な哄笑(こうしょう)を轟かせながら、あざわらうものの下腹部から強く輝く光点が射出される。


「さあ避けろ避けろぉ! 一つでも当たれば即死だぞぉ」


 発射された5つの光点は、青空に傷跡のような煙をひきながら、明らかにナナシ達の乗る機体よりも早くこちらに迫り来る。


「Shield Decoys!」


 姫が叫ぶと同時に機体は半回転しながら急降下、機体背面から何かが放たれる振動をナナシは感じる。


 唐突に風の轟音が止む、束の間の空白。


 まず来たのは閃光、次に衝撃、機体が衝撃に揺さぶられている最中に背後からこの世の終わりみたいな鳴動が襲いかかる。


 ナナシに痛みはないが、拘束されて身体の自由がきかないまま揺さぶられ続け、胃の中身がせり上がってくる。


「野郎の攻撃が当たったのか?」


 胃の中身を飲み込んで痺れる喉から声を絞り出す。


「いいえ、使い捨ての身代わり盾で防ぎました。衝撃はその時の爆風です」


「当たってねぇのに、これかよ」


「たった数発で小さな町なら壊滅します」


「嘘はつかないんだもんな、あんた」


 化け物のさも嬉しそうな笑い声が届く。


「いいのかなぁ? デコイをそんなに使ってさぁ! 足りるぅ?」


「そして身代わり盾はもうないと知っていて、あいつはあんなこと言っています」


「反撃は!?」


「このビルレストに武装はありません」


 絶句して二の句が継げない。その2人の沈黙を埋めるように悲鳴にも似た大爆笑が覆う。


「僕のミサイルはねぇ、いくらでも生成できるのにねぇ。可哀想にねぇ次で終わらせてあげようねぇ。倍の数でさぁ」


 あざわらうものの下腹部が再び泡立つ。


「だからナナシさん! 神罰狩の基本をお願いします!」


 詠術師が詠唱し、その時間を戦士が稼ぐ。


「基本ったってこんな空でどうすればいい!?」


 ナナシはビルレストの座席に固定され、身動きは取れない。例え動けたとしても、こんな雲よりも高い空の上で、何が出来るというのか。


「この乗り物ビルレストを操り、ミサイルを避け続けてもらいます」


「ばっかじゃねえの!?」


 ナナシの素直な心がそのまま出た。こんな初めて乗った空飛ぶ乗り物を、いきなり操れとは常軌を逸している。


「大丈夫、このビルレストは今、人と同じ形をしています。ナナシさんの全感覚を今からビルレストの操縦系へ同期させます。そうすればあなたがこのビルレストそのものになる」


「全然なに言ってんのかわからねぇ」


「習うより慣れろの精神でいきましょう!」


「よぉしわかった、てめえは後でひっぱたく!」


 雑極まる説明で済むと思ってるアリスティア姫にナナシは心底腹がたった。


「俺は空なんか飛んだこともねぇよ!」


「水中にいる感じですよ。この機体の声が細かい調整はします」


「よろしくお願いします」


 と、先ほどの声が棒読みでのん気に挨拶してくる。


「そろそろいくよぉ。なるべく最期まで必死に逃げ回ってね。死のその瞬間まで希望を捨てないで!」


 含み笑いで『あざわらうもの』もまた話しかけてくる。


「ナナシさん、秒読み後に切り替えます。ご武運を」


 姫の声が十から下りはじめる。


 ゼロ。そう姫が告げた時。


「あーあ、どいつもこいつもくそったれってことだよなぁ!」


 叫ぶナナシの視界が目を開いているのに暗転する。


 ひどい耳鳴りと頭痛がナナシの脳内で暴れ始めたのと同時、視界が上にずれた。


 先ずナナシの目に飛び込んできたのは、だいぶこちら側に近づいてきていた『あざわらうもの』と、その腹部から再び光点が放たれた瞬間だった。


 反射的に剣を構えようとするナナシ。拘束されていたはずの腕が今度はするりと動く。


 白き鋼の両腕。自分の生まれ持った手が、剣を幾万回と振るってきた腕が、白く滑らかな金属製に変わっていた。


 自分の身体が金属製の何かになっている。その事実にうろたえ、声にならない絶叫を上げる。


 正気に戻したのはナビAIと呼ばれた棒読みの女の声だった。


「ミサイル急速接近中。数、10」


 その声も耳からではなく、直接脳に響く。


 自分の身体がどんなに変わり果てたとしても、生死の境が訪れた時の首筋がざわつく感触は、いつだってナナシの頭を戦闘へと切り替える。それは生き残るための、師匠の教え。


 ナナシはミサイルと呼ばれた光点から背を向けて鋼鉄と化した脚で空を蹴る。その意を汲んだナビAIが、背中に搭載されたブースターを点火して加速する。

(本当に俺がこの人の形をしたビルレストになってやがる)


 身体が元に戻るのかという不安を振り払うように、機体限界まで加速を促す。今はただこの状況切り抜けなければならない。


 幸いにして、このビルレストは思う通りに動く。というより、自分の身体がビルレストに変わったというのが感覚としては一番近い。恐らく座席が寝台に変形した時、このビルレストも鳥型から人型へと変形したのだろう。気持ち悪い違和感はあるが、動かせる。


 しかしながら、あのミサイルとかいう奴をこのままでは振り払えないこともナナシは理解させられていた。


 ナビAIが直接ナナシの脳に情報を書き込んでいたのだ。空気振動を利用し鼓膜を中継する音声のやり取りではなく、飲み込んだ液体が送り込まれた情報通りに波を形成し大脳皮質に認識させる、時間的損失を極限まで抑えた高速言語である。


 それによれば、生体ミサイルとは光点ではなく正確には円筒状の形をした、爆発する半金属の生き物だった。

 先端部分に熱源を感知する目を持ち、中心部分に爆発物、そして後部は燃料を精製・噴射する内臓があり、超高温の炎を吐き出し定めた目標へと猛進する。その速度はこのビルレストを凌駕(りょうが)する。


「泣いて、喚いて、大事な人の名前を叫びながら死ね」


 化け物はなおも笑う。


「大事な人だと」


 モト通信から伝わる『あざわらうもの』のいやらしい声に、ナナシは激昂(げっこう)した。


「大事にしたかった人達は、もうどこにもいねぇんだよ!」


 ビルレストと化したナナシは振り返る。空を切り裂く生体ミサイルの群に向き合う。


(ここがもし天国に近いなら)


 かつてナナシを鍛えた、アムトの1人の言葉が蘇る。


『私みたいな美少女は天国に行くと決まってる』


 アムトで一番の踊り子にして、格闘術の使い手はいつもそううそぶいていた。


『下手くそでくそガキ。救い、ないね』


 口を開けば罵詈雑言。振る舞いは傍若無人。しかし誰もが振り返る麗しき少女。それが魔眼のシャーロット。


 シャーロットは幼いナナシへ静かな目線を向ける。


『トーレが動きを読めと教えたんだって? 受け身なあの男らしい教え。私は違う』


 捕まえた、そう思った男の顎を砕く彼女の美しいつま先。シャーロットは誰も認める格闘術の達人だった。彼女の妖しく輝く紫眼に見つめられると自分の身体が自分のものではないように動かされてしまう。


『目線で、そして筋肉の初動で相手を誘導しろ。こちらが動くと見せかけて相手を動かせ。そうすれば相手の攻撃は空振りし、こちらの攻撃は向こうから当たりにくる』


 絡みにきた男どもを触れもせずに地べたを舐めさせ、きっちりと足技でとどめをさした可憐なるシャーロットのしなやかな格闘術は、どうしてもナナシはうまく真似できなかった。

 その様子を見てシャーロットはよくなじりながらも、笑顔を浮かべていたものだった。


 いつだってナナシが思い出すみんなは笑顔だ。あの人、師匠以外は。


 こちらへ向かうミサイルに対し、ナナシもまた向かう。


「天国にいるなら力を貸してよ、シャーロット!」


 ナビAIが伝えてくる、修正比例航法によりミサイルはどこまで追尾してくる。やつらは産みの親たる『あざわらうもの』の視覚情報すらも共有し、当たるまで追いかけ続けてくる。


 10体の生体ミサイルは横並びで追ってきているわけではない。速度を調整し前後に並んで不揃いな列を形成している。標的の回避行動に対応するためと、同士討ちによる誘爆を防ぐ措置だ。例え先頭の生体ミサイルを避けても、後続の生体ミサイルが回避軌道を予測して先回りする。速度も旋回性能もミサイルのほうが上回っているならば、逃げては死をわずかに先延ばししているに過ぎない。


 ナナシは覚悟を決めた。


 生死を分かつ刹那を駆ける。


 ミサイルの先頭集団が目と鼻の先に迫った時、ナナシ=ビルレストは真上直角に急上昇した。ビルレスト足裏のスラスターを全開にして、ナビAIはナナシが脳内で思い描いた無茶な軌道を再現する。


 最も近づいていた生体ミサイル4体が、そのままナナシ=ビルレストを追いかける。後続6体は軌道を修正しナナシ=ビルレストの回避予測地点へと先回りする。


 この瞬間、ナナシ=ビルレストを追うミサイル群は二手に分かたれた。すなわち、ほぼ真下から追うミサイル群と、ナナシ=ビルレストの中心を狙うべく斜めに上昇したミサイル群と。


 その分岐したわずかな隙間こそ唯一の生きる道。


 雄叫びを上げたナナシは飛び込むように直角に持ち上げた機体を頭から前方斜め下、地上へ向けて滑りこませようとする。ナナシの思い描いた軌道を実現させようとした結果、ナビAIはビルレストを人型から鳥を模したという戦闘機形態へと強引に移行、慣性に逆らった代償に装甲が剥がれ落ち、ビルレストの腕がひしゃげてねじれ切れる。それでも予測軌道をとるミサイル群とスレスレで交差しかわしきった。


 機体損傷をかえりみない常識はずれの軌道に、生体ミサイルは咄嗟に反応できない。真下からのミサイルと結果的に予測を外した後方ミサイル群は鉢合わせ誘爆、凄まじい衝撃が空に弾ける。


 ナナシは致死の隙間を駆け抜けた。ナビAIがナナシと機体の感覚誤差を防ぐため、再び機体を人型へと変形させる。


 そのナナシ=ビルレストの目の前に迫る11体目の生体ミサイル。


「馬ぁ鹿」


 化け物はその名の通り嘲笑う。


 接近していたのは生体ミサイルだけではない。そして『あざわらうもの』はなにもただ近づいていたわけではない。

 10体を生成したのち、すぐさま新しい生体ミサイルを準備していたのである。


 無理やりな軌道を強いられ、爆風にもさらされたビルレストの機体はすでに飛んでいるがやっとの状態であり、先ほどのような動きはもうできない。

 絶望を体現した11体目の生体ミサイルが、爆発で空を穿(うが)つ。


「なんだ……。一体何をしたんだ……」


 茫然と言葉を漏らす『あざわらうもの』の目線には、ボロボロになりながらも空に浮かぶビルレスト。ミサイルは直撃していない。


「何が起こった?」


 それは疑問ではない。『あざわらうもの』はちゃんと見ていた。その上で今し方起きた光景をとても信じられなかったのである。


 ビルレストは、いやナナシはミサイルを蹴っ飛ばしたのだ。


 着弾に至る数秒前、ナナシの機体は人型のまま縦に一回転。鋼のつま先が生体ミサイルの側面をなぞり、軌道をずらして上空の誘爆に巻き込んだ。


 ミサイルを蹴る。ミサイルを知っている者ほど、そんな愚かしい選択肢はまず取らない。衝撃を与えれば爆発するのだ。だからこそ『あざわらうもの』はその目にしていても信じられずに混乱した。


 化け物には決して理解できない人の(わざ)。魔眼のシャーロットの絶技。


 彼女の得意は、触れられたことすら気づかせない程優しく、そして素早くいなすことによって、相手の力の流れを変えてしまうことだった。


 正面からまともに蹴ったのではミサイルは当然爆発してしまう。だからナナシは生体ミサイルの側面、飛行制御するためについている小さな角みたいな小翼を、引っ掛けるように蹴っ飛ばしたのだ。


 超高速の世界で爪半月ほどの誤差も許されない場所に正確無比に蹴りを当てる精度と、爆発はさせないが、軌道は変えなければならない程度の絶妙な力加減。まさに奇跡の一撃。


『まあまあね、くそガキ』


 ナナシの薄れゆく意識のなかで、シャーロットの声が聞こえたのは幻聴か、それとも。


──ねえ、まだ教えて欲しいことがいっぱいあるんだよ、シャーロット。


 ナナシの意識は闇に飲まれた。

 

「操縦士、気絶。操縦形式を通常モードに移行」


 ナビAIが感情なくアリスティア姫に告げる。


 その言葉に引きつった笑い声が上げたのは、『あざわらうもの』だ。


「馬鹿だ! 馬鹿だよ。もう機体が限界じゃないか。それで次はどう避けるって言うんだ、ああ?」


 ビルレストは通常航行すらまともにこなせるか怪しいほど損傷し、あちこちから火花を咲かせている。


 対する『あざわらうもの』は驚きはしたものの無傷であり、生体ミサイルはまだまだ大量に生成可能だ。


 しかし、アリスティア姫には焦りも動揺もない。


「馬鹿はあなたよ。なんにもわかっていない。今のナナシさんの行為の意味をまるで理解していない。限界を超えるのは、未知の可能性を創るのは人間だわ! それをナナシさんはいつだって私に教えてくれる。私が間違っていたと教えてくれる! だからこそのマン・マシンインターフェース。機械だけじゃ駄目なのよ」


 感極まった姫は涙声で続ける。


「大好き、大好きよナナシさん」


「わけのわからないこと言ったって! 死ぬのはお前等だろうが!」


「いいえ、残念ですね。私、わざとあなたごときのモト通信を遮断しなかったの。ちゃんと伝えておきたくて」


「なにを言って……」


「アトラス、制御介入」


 短いその言葉にあざわらうものの顔が歪む。


「な、なんで!? なんで人間もどきが重力制御衛星にアクセスできる!?」


 あざわらうものの口からついに悲鳴が漏れる。その巨体が急速に上昇する。


 空へと落ちていく。


 もがき、足掻き、それでも急上昇する身体を止められないあざわらうもの。その様子はまさしく落下だった。

 ただ落ちゆく先が、地面ではなく空だった。


「どうして僕の重力制御が反転するんだ!?」


 その疑問を黙殺し、姫は静かに告げた。


「最もスペースデブリの多い軌道に入るよう調整しておきました。この星に戻ってこれるかも、なんて希望は、そうですね、持っていても捨てても構わない」


 モトから伝わる凍てつく波動。アリスティア・リチェルカーレ・ラティウムの声。


 もうあっと言う間に機体が豆粒ほどにしか見えないくらいに離され、あざわらうものは無理やり成層圏へと突入させられる。巨体に押し潰された空気が熱へと変わり、『あざわらうもの』を(あぶ)る。しかし。


 その熱すら感じさせないほどの、無慈悲の声。


「私、あなたに興味がないのです。かけらほども」


 あざわらうものは息を呑んだ。そしてモト通信が強制的に遮断される。もうつながらない。


「赦さない……。絶対絶対赦さない。戻るぞ戻ってくるぞ、アリスティア、お前は絶対僕が殺す。必ず僕が殺す!」


 届かないと分かりながら、それでもあざわらうものは叫ぶ。その身を震わせながら、強制的に宇宙へと墜ちていく。


 機体の損傷具合を高速言語で確かめていた姫に、ナビAIが話しかけてくる。


「神堂アリス博士、ご帰還おめでとうございます」


 その一言に、姫の目が細められ損傷確認を中断する。


「ナビゲーションAI強制終了、及び管理者権限による完全削除優先実行」


 ディスプレイが浮かびあがり、削除を本当に実行するのか確認を促してくる。


「神堂アリスですって? 彼女達はお前達が殺したくせに」


 ディスプレイに浮かぶ、実行ボタンを一瞬の躊躇いなく姫は押す。


「だから私、お前達が大嫌い」


 空中格闘でめちゃくちゃな軌道を描いていたが、いつの間にかぐるりと回って、最初に戦闘機ビルレストが飛び出した辺りまで戻ってしまっていた。


 静寂が訪れた機内で、姫の視線は白い肉塊が煙を出しながら消えていく様を捉える。それはアマルティの最期だった。


「ヘイフリック限界を超えた細胞分裂はこれで禁止された。グセ、あなたの私を殺すプロトコルは順調ということか」


 アリスティア姫は大きくため息つく。


「でも。それでも私はね、自分自身を生き抜いてみせます」

 

 

「本当にリセ様の指示通りなんだろうな?」


 ライラはあからさまな疑いの眼差しを、同僚たる黎明の侍女、ダリネに向ける。荒廃し、短い草すら疎らな石と砂の大地で、アリスティア姫の侍女2人が対峙していた。


(この女は油断ならない)


 ライラは目の前のダリネに最大限の警戒を向ける。どの侍女もすこぶるつきの変人揃いだが、主たるアリスティア・リチェルカーレ・ラティウム、つまりリセ様へ忠誠を誓ったのは共通している。しかしこのダリネは忠誠と殺意が共存する危うさがにじみ出ていた。


 3班に分かれた黎明の侍女達の2班に属する者達である。彼女達は東の狩師達を束ねるとされている木猫族の里の近くに潜伏していた。


 侍従長クラリスに次ぐ身体能力の持ち主ライラは、正面切っての戦闘ならまずダリネを圧倒できる。そもそもダリネの得意は潜入であって、戦闘ではない。

 特にダリネの変装術は、身長すらも自在に伸縮できるほどの魔術めいた精度で誰にでも化けることができた。

 その技術だけはライラを圧倒しているが、不意さえ打たれなければ、ライラがダリネを取り押さえることはたやすい。


「ええ、もちろん」


 黙っていれば貴族のご令嬢然としたダリネは、にこやかに微笑んだ。


(そう、この微笑みだ)


 ライラがダリネを警戒するのは、このいつもの柔らかな微笑みが、少し引きつっているように感じるからだ。それは日没直前の、物の境界を曖昧にする夕焼けの光のせいだけではない、そうライラは判断する。

 


「まあいい。どうせもう定時連絡だ。お前がどうしてもこの里に残るんなら、私はそうリセ様に報告するだけさ」


「どうぞお好きになさってくださいな」


 どうにもこの声にも違和感を感じる。目の前のこの少女から発せられている気がしない。


(疑いだしたらきりがない、か)


 ライラは自嘲気味に苦笑した。そして決めた。


 ダリネを殺す。


 違和感を感じた時点で、もう企みははじまっていると見ていい。


 黎明の侍女は同僚であっても仲間ではない。リセ様の予定を崩すなら死あるのみ。


 予備動作を一切させず手の関節を固定して放つライラの最速の抜き手は、人体を容易を貫く。避けたのは今までで唯一人、アリスティア・リチェルカーレ・ラティウム様だけだ。


(さよなら)


 小さな拳が背中に当たる衝撃ともに、ライラの腹の内側から鋭利な刃物が飛び出した。


 叫ぶ代わりに血が吹き出した。


(馬鹿な、なんでナイフが……、急に)


 ここには自分達以外誰もいなかった。近づく者がいれば例え背後だろうとライラは気づく。いや、この2班にダリネと協力する侍女なんてそもそもいないはずだ。


 ナイフを抜こうとして、その手を同僚たる目の前の侍女が掴み阻む。


 飛び出したナイフは体内を泳ぎ、骨を避け肺を切り裂く。


 激痛と急激な悪寒のなか、永遠の眠りにつくライラの耳に、小さく届く童歌。


 だあれ、だあれ、あなたはだあれ。


「私はダリネ。雨林のダリネ」

第四話こぼれ話

なんとここまでの四話エピソードが、当初の構想では三話の内容でした。北の大地脱出までですね。三話だけ長すぎぃ! と思ったので四話に組み込みました。作者の行き当たりばったり感がひかりますね。

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