表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
25/45

第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・2

 焼け落ちた里へと戻る道すがら、ナナシはポツリポツリと語る。


「俺と師匠はずっと旅をしてた。俺が物心ついた時からずっと、2人であてもなく旅をしてた。あの人が傭兵の仕事をするときだけ、村に預けられてな。怖かったよ。このままもしかしたらあの人は迎えにこないんじゃないかって。村にいたほうがはるかに安全なのにな。でも俺は、仕事が終わったあの人を村の入り口で見る度ほっとしていた」


「お父様、というわけではないのですか?」


 ナナシがしきりに「あの人」と呼ぶのが気になったのか、姫は疑問を差し込む。


「そう呼んだことは一度だけある。怒鳴られたよ。叱られたことは何度もあったが、あの人が俺に対して怒鳴ったのはその時だけだった」


 寡黙で声を荒げたことがないあの人の怒声に、幼いナナシは文字通り震え上がった。


『俺を父と呼ぶな! 俺はお前の父親ではない!』


 その大喝でナナシの中にあった、なぜ旅を続けるのか、自分の両親はどうしているかの疑問はたちまち凍り付いた。そして、それは溶ける事がないままあの忌まわしい日を迎えたのだ。


「だから、師匠と呼ぶのですね」


「そうだな。でも2人で旅をしてた時は剣なんて教えてくれなかった。『剣なんか学んでもいいことなんてない』ってさ。俺が剣を習い始めたのはアムトのみんなと出逢ってからなんだ」


「そうなのですか」


「ああ、神罰の群れと交戦中だったアムトのみんなと、偶然居合わせてな。師匠が助太刀したんだ。師匠は単独で神罰狩りができる人だったからさ。まあ、それが縁になってアムトの護衛を師匠が受けたんだ。うちは大所帯だから子連れでも構わないって団長が言ってくれてな。実際助かったのは俺たちのほうだったと思う」


 ナナシは自分の話に軽く首を振った。


「いや、多分見かねたんだろうな、団長が俺たちを。師匠は旅慣れていたけど、まだほんの小さなガキだった俺を連れての旅はいかにも訳ありで危なっかしく見えたんだろう。1人で旅するようになった今だからこそ言えることだな」


 ナナシは辺りの木を軽く小突く。この地域の植生をナナシは知らない。しかし、どの木なら安全に寝泊まりてきるのかはわかる。そう仕込まれた。


「こんな感じの森だったよ。アムトのみんなは、そりゃあ村や街に泊まることもあったが大抵は森で過ごすんだ。人界側だとしても、光が届きにくい森なんて、普通の奴はまず近づかないからな」


「そうですね。日の光が届きにくい深い森は畏れの対象ですから。信仰的にも実際的にも」


「あんたの言ってたアムトの裏稼業、言われてみれば、思い当たる節はなくはない」


 言ってから、ナナシは急に飛び上がった。木の幹を斜めに蹴ってさらにさらに森の狭い空を駆け上がる。

 名前なんて教えられていない木だが、この枝と幹の間には、美味しくて栄養価が高い実があるのだ。その実がなっている木の見分け方を、取り方をナナシは教わっていた。


 寄り添うようになる小さな実を2つもぎ取って、ナナシは姫の待つ地へと降りる。


「アムトのみんなの説得もあってさ、ようやく師匠は俺に剣を教えてくれるようになったんだ。面白がってみんなも得意技を教えてくれたりな。旅の仕方だって教わった」


 ナナシは姫へとその実を1つ放り投げる。


「みんな面白くてやさしくて、いい人ばっかりだった。いい人達だったよ、俺にとっては。今ならわかる。俺は大切に育てられてた。みんな俺を可愛がってくれてた。あんな死に方、していい人達じゃなかった」


「ナナシさん」


「だから、俺は大剣使いを追う。追わなきゃいけないんだ。それが俺の人生のすべてだ。あんたはそれを思い出させてくれた。感謝している」


「その先を、大剣使いに追いついた後のことを、考えていないのですか?」


 ナナシは口を閉じる。それが答えだった。


「私はね、その先にもあなたの人生は続いてる、そう思ってほしい。けれど」


 ナナシはその先の言葉を促さない。聞いても聞かなくても、言葉では変わるような生き方ではない。でも止めもしない。


「そうですね。残念ですが、私は説得が下手です。あなたを思いとどまらせる言葉を私は持ち合わせておりません」


「でもナナシさん。私はね、人は思うように生きても調和がとれる社会が実現できると考えています。いつかそんな時代が来ると確信しています。そんな時代をあなたにも生きてほしいって思っています。だから、だからね」


 アリスティア姫の瞳が涙で煌めきを増していく。


「そんな時代が来たら、私、あなたに伝言します。直接お伝えできないかもしれないけれど、言葉ではないかもしれないけれど、私、あなたにお知らせします。生きていて良かったと、そう思ってもらえるように」


 これ大事にしますね、と受け取った実を小袋にしまう姫に、ナナシはいや食えよという言葉を飲み込んだ。



 太陽が真上を通り過ぎたころ、2人は再び村の中心へと戻っていた。先ほどと違い、視界に死体は一切ない。ただそれだけで、もう何年も前からこの里が滅んでいるような錯覚を覚える。


 御神体に用がある。そう姫が言っていたことナナシは覚えているが、具体的にどこにどんなものがあるのか、そもそも里がこの状態で無事なのかすら怪しい。そう思い、これからどうするのか確認しようとした時。


「ごきげんよう」


 女の声だった。そこらの男ならその声だけで心蕩けるような、甘やかでやさしい声色に、ナナシは素早く長剣を引き抜き向ける。


 長く艶めく黒髪に、声色にふさわしい柔和な笑顔。高位聖職者だけが纏うゆったりとした純白のロープに包まれてなお女を感じさせるそのしなやかでめりはりがわかる肢体。ナナシは初めてみる顔に、既視感を覚えて表情が歪む。


 髪の色こそ全く違うが、どことなくアリスティアに似ているのだ。瓜二つ、というわけではない。まだ少女であるアリスティアが成長したらこんな風になるかもしれないと感じさせる容貌だった。もしくは姉と紹介されたならしっくりくる。


 ナナシは当の姫を伺うと、人形のように温度のない無表情をその女へ向けて象っていた。


「初めまして、はおかしいですものね? 姫様」


「あなたに、姫だなんて呼ばれたくない」


「あら、ではなんとお呼びすればよろしいかしら?」

「口を開かなければいい」


 ここまで明確に拒絶するアリスティア姫の姿に、ナナシは顔には出さないものの内心では驚愕していた。短い付き合いではあるがこんな彼女を想像だにしなかった。


「まあ、ご機嫌斜めのようですわね。でもリセ様」


 音が聞こえた訳ではない。しかし確実にアリスティア姫を中心に空気が変わる。それは紛れもない怒気。


「私をリセと呼んでいいのは、私の侍女のみだ。覚えておきなさい、リリトゥ・トライセン」


「忠告は受け止めましょう」


 リリトゥ・トライセンと呼ばれた女の胆力はなかなかのものだった。冷や汗を一筋、それでも挑戦的な笑みは崩さない。


「それにしても姫様、あの男の説得に失敗したからといって、よりにもよってそのなんにもない子を供に選ぶとは。こういうの、なんと申し上げるのかしら。下位互換? いえ劣化版だわ」


 前触れもなく、予備動作もなかった。


 アリスティア姫の左腕が剣を振るうが如く真横に払われる。

 空気が切り裂かれる音がしたと同時に、その女の首が飛んだ。


 あまりのことにナナシは絶句した。開いた口も塞がらないが、何を言えばいいのかも分からない。


「口を開くな。そう言ったはずですが?」


 死体に話しかけるその様は、アリスティア姫が美貌であることと、その銀髪から輝きがいつの間にか失せていることもあいまってより冷酷に映える。


 内心の動揺が抑えきれないまま、姫に手を捕まれてナナシの心臓が一段と跳ねる。


「ナナシさん、あれはフィロソフィカルドール、人ではありません!」


 言うやいなや、姫はナナシの手を取ったまま走り出す。

 引きずられるように駆け出すナナシの臓腑を冷やす女の声。

 胴体から切り離され地面に転がるはずの頭は空中に静止し、滴る血をそのままに口を開く。


「手を振る動作が、真空の刃を生み出す命令文代わりとはお見事です。でもこの程度では死んであげられませんね」


 そして首から上を無くした体は、噴き出す血で自らを汚しつつも倒れていない。


 人ではない。そんな姫の言葉がナナシの脳内で残響している合間に、切り飛ばされた女の頭はもとの首に舞い戻り、ぴたりとくっついた。


「対話ではなく争いを望むのでしたら、私も遠慮はいたしませんよ、姫様」


 2人を見ようともせず、鮮血に染まったローブをものともせず、女は空に絵を描くように両手を振るう。


 振動は一瞬。


 地が上下に持ちあがるように揺れた後、螺旋状に渦を巻いた長大にして鋭利な針が何百と土から顔を出し、村全体を串刺しにした。


 やや黒ずんだ銀色の針は1本たりとも寸分の狂いもなく同時に地面から突出し、折れ曲がることも欠けることもなく、焼け落ちた木造の家も屋根もことごとく貫通し、その様は花留めに使う剣山の如く。

 ただ1人、赤い花のように美しく佇むのはアリスティアによく似たロープを来た女のみ。この女の立つ場所だけは針は生えてこなかった。


「詠術戦はいかに相手よりも周到に準備をするかが生死を分かつ」


 女は嗤う。その視界に、細切れになって針に刺さる2人の死体が鮮やかに浮かんでいる。


「なんの準備もなしにこの地に足を踏み入れるから。PDフィロソフィカルドールも用意せず生身で死地に飛び込んでくるから」


 この女、リリトゥ・トライセンの仕込みは村全体に及んでいた。ナナシとアリスティアがこの村に訪れる前から、この村の地下で金属レニウムを針上に加工していたのだ。


 逃げる場所も時間も、防ぐ手立てすら与えはしない。


 ズルズルと血の跡をこびりつかせながら、先ほどまでナナシとアリスティア姫だった肉塊が針の先端から落ちていく様子を薄ら笑いで観察して女の表情が凍り付く。


 肉塊が解けるように消え失せたのだ。


「別にそんなに難しくはありませんね、空中に留まるのは」


 女が急いで振りかえり見るその先には、針の届かぬ先に立つ2人。今しがた醜い肉塊になったはずのナナシとアリスティア姫が、宙に浮いていた。


 アリスティア姫は泰然と、手を握られたままのナナシは自分の置かれた状況が飲み込めず目を白黒されながら、姫を見つめていた。


 空中になんの支えもなくいることも、姫の髪色が光の加減などではなく、間違いなく白髪になっていることもナナシはうまく飲み込めない。


「重力波ってなるほど、曲げられるのですね。案外簡単に。無くすことやさらに弱くすることには莫大な力が必要ですが、復元する力を利用して曲げることは容易だったなんて、盲点でしたね」


 自身の変化に気づいているのかいないのか、姫はむしろのんびりとした口調で、浮いている理由を明かす。


「そんな、有りえない! 私はちゃんとみていたのに!」


 悲鳴に近い声量で女は疑問を口にする。同時に女の胸中には濃霧のような不安が渦巻いていた。本当に聞きたいのはそんなことなのか? なにかがおかしい。しかしアリスティア姫は言葉でさらに疑問の霧を深くする。


「誰かが創った詠術を再現するのは、そんなに難しくないでしょう?」


 難しくないなんてことは有り得ない。奇妙にもナナシと対峙する女の胸の内は、アリスティア姫の言葉が理解ができないという点で一致し、その困惑がありありと2人の顔色に表れていた。


 アムトの詠術師、"熱き手"ロウムのかつての言葉がナナシに蘇る。


『唱えればいいってものでもなくてな。剣の業だって師匠のを見ただけではできないだろう? おんなじこと』


 そう言って、幼いナナシの頭をがしがしと撫で回した記憶と姫の言葉は乖離かいりする。


「あなたの主が空中を歩くのを見たし、マナガルムが配下を使って脳を振動させるのも体感しましたし。応用すれば、見たいものを見せることもできる」


 例え詠唱文がわかっていたとしても、体内モトの配分が狂えば発動すらしないのが詠術だ。ましてやマナガルムの詠唱文などアリスティア姫は聞いてすらいない。それ以上に、女にとっては姫の発言に、それどころではない重大な背反が孕んでいた。


「脳への振動!? それはもう自動禁止されたはず!」


「そう、もう神の見えざる手は書き換わって人には禁止されました。でもあなた、人じゃないでしょう」


「そんな、私、私は……」


「神の見えざる手があえて適用されるように、グゼはあなたを造った。でも、そんなものはね、私があなたを人ではないと認識すればいいだけのこと」


「やはりアリスティア、おまえは鍵を手に入れてる! 神の座標とは鍵のことだった!」


「鍵? 神威の管理者権限のこと? そんなくだらないものを確認したくて私の前に現れたのですね。いいことを2つ、教えて差し上げましょう。1つ、神威の管理者権限なんて存在しません。そのことにグゼはとっくに気づいています。2つ、私があなたみたいな人形との会話に付き合ったのは、もちろん気を逸らすため」


 アリスティア姫はいつの間にか白く輝きを失った髪を手で掬う。


「私の髪の変化に気づいているのに、疑問の波に飲まれて思考の流れを相手に変えられてしまう。会話ができる人形は悲しいですね。銀色、どこにあると思います?」


 女はくっいたばかりの首を巡らして血を振りまきながら辺りを確認する。


「残念。正解はあなたの体内。真空で人は切れませんよ」


 アリスティア姫の言葉に、リリトゥ・トライセンは自分の首を抑える。それは自らの首を絞める行為に似ていた。


「実を結ばぬ秋の一輪。雷花残英らいかざんえい


 アリスティア姫の形の良い口が告げる死刑宣告。その言の葉で、女の身体は花軸かじくと化して花開く。


 胴体を支えに、花弁の先端が天を突く紅き花唇かしん7片、放射状に広がる大輪の華。土破って花咲くように、女の身体を内側から突き破って咲く鉱物でてきた花びら。

 死体を養分に開花する、なんと麗しいことか。


 ナナシの眼前に広がる死体は、日の光を浴びて蕾ほころぶ美しい一瞬を切り取ったと錯覚させる。


 戦場に身をおくナナシにとって、死体とは惨いものだ。武器によって絶命に至った遺体は目を背けたくなるものも多い。


 しかし、このリリトゥ・トライセンの死に様には目を奪われていた。


「散華」


 もう十分に殺しきっているはずなのに、アリスティア姫は駄目押しとばかりに詠術を展開する唱文を紡ぐ。


 それがどんな結果を招く詠術なのか、ナナシは見る事が叶わなかった。発動しなかったのである。


 アリスティア姫が訝しげに眉を寄せて小首を傾げたのとほぼ当時に、リリトゥ・トライセンの死体は乳白色の霧に包まれていく。


「困りますねぇ姫様。この身体をこんなに傷つけてもらってはぁ」


 あまりにもおぞましい光景に、ナナシは反射的に口を抑えた。


「よくもこの身体にこんな真似できますねぇ。クローンではない、紛れもなく正真正銘のアマリアの身体で造ったPDだというのに」


 リリトゥ・トライセンの顔をすっぽり覆った霧はまるでお面のように男の顔を象り、そればかりか似ても似つかない男の声を発し始めていた。どことなく聞いたことあるような、ないような特徴のない声を。


 リリトゥ・トライセンの顔が端麗であり、中途半端に面影が残っている分、虫食いのように侵食されているようで気持ちが悪い。


 アリスティア姫はリリトゥ・トライセンのその変化に驚かない。姫は無視するように詠唱を開始すると、男の声もまた全く同じ詠唱をし始めた。


神魂じんこん展開、波紋照合、剣戟嵐けんげきあらし


 異口同音に唱えられた詠術は、姫とリリトゥの死体のちょうど真ん中の空中に、恐ろしく密度の高い掌ほどの暴風を2つ発生させた。それはさながら球体状に圧縮された嵐だった。


 ぶつかりあつ球体の嵐は、ほどけるように強風を撒き散らしながら対消滅する。


 その様子に大爆笑したのは男だった。


「それほどまでに壊したいんですねぇ、この身体を! 可哀想なアマリア姉様、このジュデッカがあなたの身体をぐちゃぐちゃにされることからお守りしましたよぉ!」


「グゼ、貴様!」


 ナナシは初めて聞くアリスティア姫の怒声に驚いている自分に表情が強張る。


 怒声を向けられた当の本人は哄笑をし続けていた。


「駄目駄目、この身体はまだ道具として使うんです。回収させてもらいますよ」


 言うやいなや、霧は濃さを増し完全にリリトゥ・トライセンを覆い隠す。その足元にはパラパラと砕けた粒子が剥がれ落ちていく。


 色濃くなったのと同じ早さで、霧はあっという間に晴れると、そこにリリトゥ・トライセンの姿はなかった。


 感情を押し流す長い長いため息をついたあと、アリスティア姫は一言降りましょう、とナナシを見ずに告げる。

 2人が地に降りる速度に合わせるように、村中を蹂躙したレニウムの針も地の底へと還っていく。


 着地した時、村はつい最近まで人の営みがあったとは信じられない廃墟と化していた。


「どうしても壊したかった。あの人形を」


 ナナシに背を向けたまま、アリスティア姫は絶え入るような声を絞り出す。


「なんだったんだ、あれは? 人じゃねえ、のはわかるが……」


 首をはね飛ばされて口を開くものなど人の域ではない。ナナシはまだ悪夢に迷い込んだかのような居心地の悪さにまとわりつかれている。


「私に似ている、そう思いませんでした?」


「ああ、似ていたな。そっくりとまではいかないが」


「あの人形はアマリア様のご遺体で造られたのです。私は直系の子孫だから似ているのは当然ですね」


「アマリアって、聖女アマリア? 千年も昔の伝説の人物じゃねぇか!」


「没したのは約800年前です。アマリア様は200年生きたから」


「人の寿命って50そこらじゃねぇの?」


 一応突っ込むナナシに、振り返ったアリスティア姫は生真面目な表情で答える。


「大丈夫、私、あなたに嘘はつきません」


 一体なにが大丈夫なのか、さっぱりわからないナナシは肩をすくめた。


「ま、首飛ばされて元気そうだったもんな。詠術ってのは死体まで操るのかよ」


「失われた技術です。私にもフィロソィカルドールは造れません」


 姫はゆるゆると首を振る。


「壊したかった……。ご遺体になってまで弄ばれるあの方を、解放して差し上げたかった。その為の詠術までつくったのに、失敗しちゃいましたね」


 なんと声をかけるべきか迷ったナナシは、強引に話を変える。


「あんた忙しいやつだな。髪の毛が金髪になったり白髪になったり」


 アリスティア姫は、ごく自然に自身の髪を摘まむその姿さえ、どこを切り取っても絵になった。


「眠りからさめたとき本当はね、白髪になったんです。金髪から。だからこれが今の私の真実の姿。私は別に白髪のままでも良かったのですけれど」


 姫が小さく詠唱すると、リリトゥ・トライセンの身体からこぼれ落ちた煌めく粒子が、彼女の掌に集まる。


「金剛石です。それを皮膚や髪を傷つけないくらい、でも輝いてみえるように細かく砕いて髪に纏わせたのです」


 いつかのように空中から水を取り出すと、球体状に留まった。その宙に浮かぶ水球の中を金剛石の粒子が泳ぐように通りぬけてから姫の髪へと収まっていく。


「白くなった私の頭を見た侍従長のクラリスがね、毎日泣いたのです。自分のお世話が至らなかったせいだと。そんな訳ないのに。だからこんな方法をとりました。金髪には戻りたくなかったですし、まぁこうして武器にすることもできますし」


「武器?」


「首を切ったのも、体内から花びら状に攻撃したのもこれ、というわけです。手から飛ばした時は反射しないように空気圧を変更したから、真空の刃なんて向こうは勘違いしたのですね」


「半分以上、あんたが何言ってんのかわかんねえな」


 苦笑いするナナシに、アリスティア姫はじっと瞳を見つめてきた。


「ナナシさんは私が怖くないのですか?」


「怖い? あんたが?」


「私の戦いを経験した人はみんな、私を恐れます」


「怖い、ねぇ?」


 ナナシは首をひねって怖いという単語を口の中で転がした。


「いいや、怖いとは思ってねぇな」


「とは?」


「こういうとあんたは怒るかもしれねえが……」


「なんでしょう?」


「あの時も、ほら狼型神罰の大群に巨大な剣みたいな雷落っことした時もさ、俺はなんでかな、可哀想だと思ったよ。あんたのこと」


「可哀想? 私が?」


 大きな目をさらにまるまると見開いた姫は、一拍置いて弾けたように笑い出した。


 天を仰いで自らに降らせる底抜けた笑い声。乾いて響くそれを聞いてナナシは思う。

(ああ、そうか。こいつは俺とおんなじなんだ)


 ──自分のためには泣けない奴。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ