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大剣のアリスティア  作者: 雉子谷 春夏冬
第一章「神様は赦してくれない」
24/45

第四話(生まれる前からって卑怯ですよね)・1

幕間集に間違えて入れてしまったので、投稿し直しました。

すでにお読みいただいた方、混乱させてしまいごめんなさい。

 切り立った崖のきわに、1人の男が佇んでいた。眼下には波が岸壁に打ち寄せて砕け、白く泡立つ海水に棘のように鋭い海中の岩が時折その険しい顔をいくつものぞかせている。足を踏み外せば、まず助からない。


 ここはラティカ西方、落涙海峡を臨む「ミドリアルの創造防壁」だ。近隣住民はミド様と呼び、拝む場所。


 かつてここは岸壁ではなく広大な砂浜で、帝国が治める蛮族と未開の地「暗黒大陸」から船を使ってラティカを擁する「始原大陸」へ上陸するのに恰好の上陸地点だった。


 アマリアの時代、時の皇帝がラティカを手に入れんと大船団を率いて上陸を試みたとき、生涯アマリアを守ったとされる4騎士の1人、ミドリアルが砂浜を隆起させ岸壁にし、船団を防いだばかりでなくそのほとんどを沈めた。時の皇帝はあまりの悔しさに涙したという伝説から、この海峡を落涙海峡と呼び、この岸壁をミドリアルの創造防壁と祀った。


「懐かしいですねぇここは」


 男が口を開く。その声が届く範囲に人影はない。しかしそれは独り言ではなく、聞いている可能性が高い誰かに宛てた言葉だった。


 その男の容貌は平凡に尽きる。どこの村にも街にもいそうで記憶に残りづらい。強いていうなら仮面めいた顔をしていた。


 その男は一歩踏み出す。そこはもう空中であるはずだが、なにか透明な橋でもかかっているかのように男は落下しない。人並みな容姿とは裏腹に、空中を歩くという非凡のことを散歩するかのような気軽さで男は進む。


 その男はグゼ、と名乗っていた。


 出発した崖先から少し離れたところで、グゼはぴたりと静止する。


「お久しぶりですね」


 足元の海面に向かっての挨拶は、口を閉じたまま行われた。


 モト通信。体内モトを交換しあったと自覚的な者同士でのみ可能なこの通信は、モト消費に目をつむれば理論上は陸海空関係なく、果ては宇宙まで交信可能なものだ。今回のように相手が深海奥深くにいても問題ない。これを声帯を使って不完全に再現したものを狩言葉、と呼ぶものもいる。


 返答はまず海中から響く轟音と、海面の変化から始まった。爆発と変わらない勢いで大きな空気の泡が無数に弾けると、海中から巨石がせり上がってきた。


 否。


 それは腕。6本の指をそなえる巨大な腕が飛び出してきたのだ。


 海上は嵐と遜色ないほど荒れ狂い、波紋状に津波が生まれる中で、その巨大の片腕はやすやすとグゼを握り潰した。


「やだなぁ、いちいちフィロソフィカルドールを壊さないで下さいよ。私のはきちんと人間を部品に使用している、手間暇かけたものなんですから」


 開いた掌にはべったりと赤黒い残骸が張り付いているが、グゼのモト通信は途切れない。


「人形嫌いと知りつつ、人形を寄越す貴様が悪いのだ。終黒しゅうこく


「グゼ。今はそう名乗っています。蓋棺嚆矢がいかんこうし様」


「名など。順番があれば我々終極の4体は事足りる」


 グゼがいた、「ミドリアルの創造防壁」には、いつのまにやら人間達がびっしりと横並びに手を繋いで突っ立ている。背格好、年齢もばらばらの老若男女。共通点は顔あたりにもやがかかっていて、うっすらと見えるその表情は仮面めいていること。


「出来損ないを使うか」


 蓋棺嚆矢と呼ばれた存在は、海面にはその巨大な手しかだしていないが、岸壁の頂上の整然と並ぶ100人ほどの人間達に言及する。


「ええ、私の体内モトを節約したくて。近隣住民ですよ。姫様の黎明の侍女達が、せっかく避難勧告したのに聞く耳持たなかった者達です。命が要らないようだったので、ありがたく中継に使わせてもらいました。いつの世もいますよね。昨日と変わらない今日が来て、都合の良い明日を夢見る。瞬きの間に世界が崩れる可能性を考慮しない」


「不完全な知性とは、つまるところそのようなものだろう。完全でなければ持たねば良かったのだ。知性など出来損ないどもには大それたものは」


 一際大きな水柱が立ち上ると、滝と化した滴り落ちる海水から現れたのは、山と見紛うほどの巨体。蓋棺嚆矢がその全容を海中から露わにした。


 輪郭だけなら人間に酷似している。しかし王族の住まう城の主塔すらゆうに超える身長を除いても、その全身はとても人とは似つかない。


 滑らかな黒き肌は筋肉なのかごつごつと盛り上がり、全身を太く脈打つ赤い線が幾何学的模様を描いていて、生身なのか鎧を纏っているのかすらわからない。


 背には透明な剣のように鋭い翅が左右対称に3対突き出しているが、その翅で飛んでいる様子もない。


 人で言えば顔に当たる部分は、目を固く閉じ、口を一文字に結び、誰がみても憤怒を象っていると思うだろう。さらにこめかみに当たる部分には角が生えており、先端にいくに従って赤く鋭くなるその様は、他者を絶対的に拒絶するという意志そのもののようだった。


 自然が生み出した生物というより、暴力に最適化された意匠との印象を与えてくる。


 ただ一点、左脇腹あたりが大きく抉れており、それは痛々しい負傷の後にも見える。


「なんの用か?」


「まだ完全回復には至っていないようですね」


「我が油断、貴様の罪。1隻の船を見逃したことのな」


「責任を感じるからこそ、お三方の手足となって東奔西走しているではありませんか」


「役割を全うせよ。それだけのこと」


「終極の4体、最弱の私が? ご冗談でしょう。あの男にでも私が倒されて「私」が起動してしまったら、皆々様も困るでしょうに」


「そんな下らない事を100人の出来損ないの命を使って言いにきたのか」


「いえいえ、本題はあなたの使徒の事ですよ。ほらこの間アリスティアに生き埋めにされちゃった子です。彼はどうしていますか?」


「あの軟弱者は身体を再構成中だ。終わり次第、アマリアもどきへと向かうだろう」


「それ、待ってもらえませんか?」


 甘えるような調子のグゼに、蓋棺嚆矢の翅が高周波の振動を放ち始める。


「不可能だ」


「そこをなんとか」


「貴様がどうにも迂遠で、慎重過ぎるきらいは終番故の、性質たちと言っていいだろう」


 グゼは沈黙を保つ。


「そして私ははじまりのあか。拙速こそ変えられないさがなれば、これ以上問答は無意味だ」


「わかりました。仕方ありません。ただ1つだけ」


「なんだ?」


「あなたの表現を借りるなら、アマリアがアリスティアもどきなのです。ゆめ、ご油断為されませんよう」


 崖っぷちに立つ人間達の顔のもやが晴れると、糸が切れたように一斉に崩れ倒れた。通信は終わったのだ。


 そこに蓋棺嚆矢の拳が叩きつけられて、「ミドリアルの創造防壁」は崩壊した。

 隕石の如き地形を変える殴撃。無論、生者などいようはずもない。




◆◆




 アリスティア姫の詠術によって、斜めに抉られた崖の縁に立ったナナシは、眼下を見て顔をしかめた。


「気味が悪い」


 その一言にアリスティア姫が抗議の声を上げる。


「可愛いじゃないですか! あの一生懸命登る姿が」


 坂のようになったとはいえ、太い雷で壊された崖は整地されているわけもなく、岩があちこちに顔を出した凹凸の激しい急斜面だ。


 そこをアリスティア姫特製の行李2つが、つっかえつっかえがたがたと震えながら登ってきていた。


「道具に一生懸命も可愛いもないだろ」


 どうにもひとりでに動くというのが気持ち悪いナナシはにべもない。


 とはいえ内心では助かったと思っている。ナナシの荷物はもうどこにあるかもわからないし、探しにいくわけにもいかない。その上この先に向かう狩師の集落は遠目でもわかるくらい壊滅している。失った装備も食料の補充も望めないだろう。


「機工詠術、だっけ? こんなのがあんたの国では当たり前なら、ラティカは確かに大国だな」


「機工詠術を研究していたのは私ぐらいでしたから、別に普及はしていないですよ。便利だけでは広まらないのが、世の中の難しいところですね」


「便利なのに広まらない?」


「役立つならなんでも使う、傭兵という立場からすると不思議かも知れませんね」


 アリスティア姫は少しだけ淋しさを混ぜた笑顔を見せる。


「でもナナシさんも言ってたじゃないですか。気味が悪い、と。世間という基準が曖昧な集団の中で、受け入れるか受け入れないかはそういう所で決まることもありえるのですよ」


 行李が2人のもとへとたどり着いた後、姫に勧められるまま、ボロボロになった上着だけを着替え、愛用の外套を羽織った。身繕いもそこそこに2人は歩きだす。ナナシの顔は進むほど険しくなっていく。


「こりゃ、見つからねえ里なわけだ」


 里の入り口に立って、ナナシは半ば呆れた声を漏らす。

 まさしく火に炙り出された里だった。こんな事態でなければ辿り着くことは不可能だったと、その徹底ぶりに素直に感心した。


 そもそもとして、この山腹に至る道がない。


 狼型神罰の大群に追い回された時、ナナシは無我夢中でアリスティア姫を後追いしていた。その途中、彼女がなにかを唱えたことによって入り口が出現した洞窟に入ったことは記憶している。当然隠し通路ということだろう。おまけにあの洞窟には階段に類するものがなかった。上に登る手段が用意されていない以上、偶然迷い込んでも辿り着けない。


 さらに言えば、仮に岸壁を登ってこの山腹に至っても、肝心の村が見えないのだ。


 その村は、わざわざ地面をくり抜いて作られたか、もしくは自然にできた窪地を選び整地して作られていた。どちらにせよ周囲から隠れる意図があったことは間違いない。


「ここは入り口というわけでもないのです。私達が来たあの洞窟は、彼らも忘れていた通路ですから」


 そう言うと、アリスティア姫はするすると里へと下っていった。


 人も人の営みも、すべて灰塵に帰していた。


 炭化した人の死体と、もう元がなんだったのか判別できない燃え尽きた木材の残骸があちこちに散らばり、焦げ臭さが胃のあたりを不快にさせる。


「炎だけじゃない。なにかと戦っていたな。ここが戦場だったのか」


 破壊の爪痕からナナシは想像する。この里は火をつけられただけではない、なにかと戦った痕跡が刻まれていた。建物が焼け落ちたにしては説明がつかない、吹き飛ばされた瓦礫や、壊れた武器が転がっている。アリスティア姫の説が現実味を帯びてくる。

(だが、これだけじゃなんとも言えない)


 目につく死体はすべて炎によって、その大分部を黒く焦げ付かせていた。


 死は死でしかない。そううそぶく傭兵もいたがナナシの見解は異なる。過去、詠術の炎の巻き添えになった同陣営の傭兵があげる悲痛な叫び声を聞いた時、焼死はご免だと心に刻まれたままだ。


 火では思う程、すぐには死ねない。火によって発生する煙で意識が奪われなければ、死んだほうがマシだと思うくらいの激痛が、ゆっくりとそれこそ死ぬまで続くのだ。火に包まれた奴の懇願が、『助けてくれ』から『殺してくれ』に変わるほどの苦痛なんて想像もしたくない。


「山火事に発展しなかったのは、不幸中の幸いというか、奇跡だな」


 生活の場が戦場になることほど惨いものはない。命育む場が、対極にある戦火に巻き込まれるなど悲劇以外なにものでもない。それでも炎による被害がここに留まったのは不自然なくらいに僥倖だった。


「ナナシさん、こちらです」


 姫が手招きする先は、日が真上に向かう時間でも暗い森へと続いている。分かりづらいがそれは曲がりくねった道だった。


「こちらが、彼ら北の狼族が使っていた本来の道です」


 ぞわり、ぞわり。その道に足を踏み入れたとき、土を緩慢にかき分ける振動と音が、ナナシの背筋を凍らせた。その音は心の奥底にしまいこんだ思い出の鍵を無遠慮に壊していく。


 姫とは違い、後を追うナナシの足取りは重い。自分が歩く地面だけ沈み込んでいくようだった。それでも彼女の背についていく。見なければならない見たくないものがある。その確信は、事実となった。


 ナナシは間違わない。その一見して農民にも見える格好の武人達の死因は、剣だ。それも大きな刃物による斬殺。抵抗など碌にできなかっただろう一方的な虐殺。道に迷わないように印を落とすが如く、点々と死体が転がっていた。


 そして、その死体に群がり這い回る虫、死喰虫の食事の音が、ぞわり、ぞわりとナナシを刺激する。百足によく似たその虫の口は、内側の腹全体に線のように走っており、這いながらその虫は死体をゆっくりと食い尽くすのだ。


『やめろぉ! 喰うんじゃねえ! やめろって言ってんだろう!』


 記憶から蘇る幼い自分の声に、ナナシは耳を塞ぎ、目を閉じた。


「頼む、こいつらを埋めてやってくれ。もうわかったから、里の奴らも全部、埋めてやってくれ」


 ナナシは姫にこいねがう。


 わかってはいるのだ。この死喰虫がいるからこそ、死体が腐乱し疫病の原因になることもなければ、土がやせ細ることもないことは。枯れた葉が微生物に分解されて肥やしとなるように、死喰虫もまた己の役割りを全うしているに過ぎない。食べること、生きることがそのまま環境を保全することに繋がる死喰虫は、自らの死体も植物の栄養となる。


 でもナナシには耐えられなかった。あの個性の塊なのに奇跡的に集団生活が成り立っていたアムトのみんなが、変わり果てた姿になって、まるで世界の歯車みたいな死喰虫にその死体が喰われるところを見ることはとても心が保たなかった。


 アリスティア姫はわかりましたと言って、詠術を展開する。狩師達の死体は死喰虫ごと地中へと沈み込んでゆく。


 ようやく見つけた大剣使いの痕跡。


「ここにいたんだな。ここにあの……、大剣使いはいたんだな」


 ナナシは膝をつく。目からこぼれ落ちた雫が、ぽたぽたと地面に吸い込まれていく。


「やっと見つけた……! もう無理だと思ってた。でもやっと手がかりを見つけたよ、みんな。ごめん、ごめんね、みんな」

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